出動!月原高校新聞部!

「……はぁ?! 渡辺が怪我で入院?!」

 月原高校旧校舎の生物教室で男子生徒の悲鳴のような声が上がった。

「はっ、はい……。あの、取材の時に、神社の階段を踏み外して、転んだらしくって……」

 ぜいぜいと、息を荒くして女子生徒が状況を説明する。悲鳴をあげた男子生徒はかけていた黒い太縁の眼鏡を外して眉間を指でつまむ。

「何でこんなタイミングに……で、データはあるのか?」

「それが……転んだ時にデータが破損したかもしれないって……」

「最悪だ」

 眼鏡をかけ直して唸るように言ったのは月原高校新聞部部長、三年生の山下やました孝文たかふみだった。視線を目の前にあるノートパソコンに向けると、『月原高校新聞』と書かれた白紙のデータが広がっていた。

「どうするんだよ、アイツが自信満々に『お祭り特集』組むからまかせろとか言うから、かなりスペース空けたんだぞ……提出期限延ばすなんてなったら、また生徒会に文句言われるぞ……」

 必死で思考を巡らせる孝文だったが、こんな時に限って何もアイディアが出てこない。真っ白な原稿と同じように頭の中も真っ白になりそうだ、と思ったその時。

「はい、先輩!」

「何だ、田中」

「私に提案がありますっ!」

 そんな孝文に声をかけたのは新聞部一年生部員、田中たなかみなみ。赤い縁の眼鏡の下の瞳をきらきらと輝かせて自分を見つめるみなみに、孝文は少しだけ期待の眼差しを向けていた。

「提案って、なんだ?」

「オカルト研究会の特集を組む、というのはどうでしょうか?!」

 やたら力強く言うみなみに一瞬圧倒されて身を退かせた孝文だったが、しばらくみなみの提案を頭の中で反芻させてふむ、と頷いた。

「確かオカ研の活動場所は物理準備室だったな。取材の手間はかからなさそうだ」

 孝文の言葉にみなみがこくこく、というよりはぶんぶんと首を振って頷いていた。

「はい、ちょうど下の階ですし! それに、今までにない研究会に、きっと他の生徒たちも興味があると思うんです!」

 みなみは拳を握り、いつになく強い口調で言う。孝文は「なるほどな」と言いながら手元にメモを用意してみなみの提案を書き留める。

 月原高校に突如発足したオカルト研究会の噂は生徒間でもささやかな噂になっていた。一体どんな活動をしているのか、一体どんなメンバーがいるのか、そしてどうやって生徒会を納得させたのか。孝文も個人的にいろいろと気になる点は多くあった。特に最後の部分が。

「まあ、急な取材は文句を言われるかもしれないが、事情を説明すればわかってくれるだろう」

「そうですよ! このまま中途半端な新聞を出したら生徒会が本気で新聞部つぶしにかかりますよ!」

 孝文の言葉にみなみが大きく手を鳴らして言う。やけに気合いが入っているな、と思いながら孝文は取材の準備をしようと立ち上がる。

「よし。早速取材に行くか」

「了解です!」

 孝文が言えば、みなみは敬礼するようなポーズをして教室を飛び出て行ってしまった。

「えっ?! おい、田中!」

 勢いよく出て行ったみなみを、孝文も慌てて追いかけた。


 一方その頃、物理準備室。

「あーあ、この間の調査も結局、収穫なしかあ」

 大きなため息を吐いて、里佳は写真を机に置いた。光貴は机に置かれた写真を一枚手に取って見た後、苦笑いを浮かべた。

「廃アパートの謎の声、なあ。声は聞こえなかったし、写真でも何も写んなかったもんなあ」

 写真の中にあるのは古いアパート。外壁にはひびが入っており、窓ガラスは割れているか埃を被って白くなっている。アパートの周りには『立ち入り禁止』と書かれている立て看板と柵が設置されていた。

「せっかく裏口から強行突破したっていうのに、もう」

 光貴と同じようなため息を吐きながら、里佳も別の写真を手に取る。それはアパートの中、外壁と同じく廊下の床にもひびが入っており、下手したら崩れそうなもの。そばにある排水管もかなり錆びているようなものだった。

「……普通、裏口から強行突破するヤツがいるか」

 里佳と光貴と机を挟んで向かいに座る夜維斗は文庫本に視線を落としたまま里佳の言葉に指摘を入れた。このたびは裏口からの強行突破が成功して無事に帰って来ることができたが、例えば侵入しているところを誰かに見られてしまったら、あるいは探索中に建物の一部が崩落してしまったら――今回の案件はただの不法侵入であり偶然運がよかっただけの話なのだ。それなのに、里佳と光貴は呑気に話して、しかもそれを何かしらの形で公表しようとしている。夜維斗としては全く理解できない上に関わり合いたくないと思っている次第である。しかし、当の本人たちは夜維斗の指摘など気にした様子もなく会話を続けていた。

「じゃあ今度はどうする? なんか新しい噂はー……」

 と、里佳が言いかけたときだった。

「失礼します! 新聞部のものですが、取材させていただいてもよろしいでしょうかっ?!」

 ばんっ、と大きな音を立てて教室の扉が開かれる。続けて聞こえてきた第三者の声に、喋りかけていた里佳は舌を噛みそうになり、机の上の写真をまとめて持っていた光貴は手の力を緩めてしまってまた写真を机の上にばらまいてしまっていた。夜維斗は眉間に小さな皺を刻んで扉の方を見ていた。

「……はい?」

 珍しく里佳が控えめに尋ね返す。声の主であるみなみは顔を真っ赤にさせて、肩で息をしていた。

「田中ー! お前は準備させる時間をー……って」

 続けて物理準備室にやってきたのは孝文だった。教室の前で荒く呼吸をするみなみと呆然としているオカ研メンバーを見比べて、孝文は瞬きをする。形容しがたいぎこちない空気が漂うのを誰もが察知していて、居心地の悪い沈黙が数秒続いたときだった。みなみの姿を改めて見た光貴が思い出したかのように口を開いた。

「あ、もしかして君、田中みなみちゃんだ」

「はい! さすが朱月先輩、噂通り、女子生徒の名前は完璧に覚えているんですね!」

 すっごーい! と楽しそうに言うみなみを見て、光貴はにこりと微笑む。そんな光貴に里佳が近寄って耳元で声をかけた。

「あの子、どちら様? 初めて見る子なんだけど……」

「ああ、一年生だからね。田中みなみちゃん、新聞部で放送委員会所属。中学時代はテニス部だったっけ?」

「すごーい! 正解です! 朱月先輩、違う中学だったのに部活までご存知なんですね!」

 まるでクイズに答えるかのように光貴がみなみについて答えると里佳がやっと納得したような顔をした。

「つまり、新聞部の取材ってこと?」

「その通りです! 急で申し訳ないのですが、よろしいでしょうか?」

 みなみが興奮したように尋ねると、里佳は「うーん……」と顎に手を当て考え始めた。そこでみなみが取材交渉を進めていることに気付いた孝文が「あっ?!」と声を上げてみなみの肩に手を乗せて制止しようとした。

「田中! 何でお前が勝手に取材しようとしてるんだ!」

「いいじゃないですか、先輩。多分、私が話した方が早い気がします」

 にっこりと自信満々に笑いながら言いきったみなみに孝文は表情を引きつらせるしか出来ない。そんな中、考えていた里佳がうん、と頷いてみなみたちに声をかけた。

「わかった、いいわよ。どうせ今、暇だったし」

「本当ですか!」

「もちろん! ね、しゅげっちゃんも夜維斗もいいでしょ?」

「おう、いいぜ」

 返事をした光貴と、何も言わない夜維斗。二人の反応を見た後、里佳は夜維斗の元にずかずかと近づいていった。すぐそばまで近づいた里佳に対しても反応を示さずに本を読んでいた。里佳は夜維斗の背後に回り、耳元で囁いた。

「いいわよね、夜維斗?」

 そこでようやく夜維斗は里佳に視線を向ける。夜維斗の眉間の皺は先ほどよりもさらに濃くなっており、里佳に向ける眼差しは僅かな苛立ちを含んでいた。しかし、里佳としては自分に視線を向けた時点でこの作戦は成功だった。

「やっとこっちを見た」

「……お前」

「新聞部の取材、いいよね?」

「……どうでもいい」

 本を閉じながら言う夜維斗の返答を聞いた里佳は満足そうに微笑み、みなみにウインクを投げかけた。


 数分後、孝文はノートパソコンを抱えて改めて物理準備室にやって来ていた。机の上にパソコンを置いて操作をする孝文を見て、里佳ははあと大きく息を吐いた。

「いいなあ、パソコン。部って、そういうのも支給されるんでしょ」

「まあな。でも、そろそろ部じゃなくなるかもな」

 苦笑いをして答える孝文に、里佳が疑問を含んだ視線を向ける。それを受けて孝文は一つ息を吐きだした。

「今、部員が俺と、田中と、あともう一人の渡辺ってヤツだけ。そんな状況じゃ、部として存続させるのもきついって言われてな」

「生徒会に?」

「あと、顧問にも。それは予想していたけど、やっぱり新聞部は憧れだったからなあ」

 ふう、とため息を吐いて孝文は窓の外を見て、言葉を続ける。

「俺が一年の時は先輩もたくさんいたんだけどなあ。俺の学年が一人だけだし、それ以降もほとんど人入らなくて」

「まあ、確かに新聞部ってイメージ薄いからなあ……」

「しゅげっちゃん!」

「いやいや、いいよ。実際そうだし」

 はは、と笑う孝文の顔は、少し悲しげなものだった。感傷に浸るような孝文の横顔を見て、里佳は表情をムッとさせ、そのまま孝文の頭を強く殴った。突然のことに、隣にいた光貴も、殴られた孝文も、ぽかんとした表情で里佳を見る。

「あんた部長でしょ?! それが、辛気臭くてどうするのよ!」

「……陽田」

「部長ならどーんと構えて、ただで潰させないようにしなさい!」

 腰に手を当て、まさに『どーんと構えた』ような里佳の姿を見て孝文は小さく噴出した。

「それもそうだな。ありがとうな、陽田」

「どういたしまして!」

「あと、お前……俺が先輩だとわかって殴ったわけ?」

 それを聞いて里佳は「えっ?」と孝文から視線を反らした。

「だ、だってみなみちゃんが一年生ってしゅげっちゃんが言うから、てっきり一年かと……。何でしゅげっちゃん、教えてくれなかったの!」

「だーかーら、俺はヤローのことは知らないって」

 里佳と光貴のやり取りを聞いている間に、孝文の後ろでカメラの準備をしていたみなみが「できた!」と声を上げた。

「カメラスタンバイできたので、写真撮影、してもいいですかー?」

「私たちはいつでもオッケーよ!」

 そう言って、里佳は座っていた夜維斗の腕を掴んで立ち上がらせ、それから光貴の腕も掴んで引き寄せる。

「立ち位置はこれでいい?」

「もちろん! 会長様がセンターじゃなきゃ、意味ないでしょ?」

「月読はー……って訊かなくていいか」

「どうせ選択権はないんだろ」

「要らないでしょ? あたしが決めるんだから」

 にっと歯を見せて笑う里佳を見て、夜維斗は諦めのため息を吐いた。そんな三人の様子を見て孝文の隣でカメラを構えるみなみが小さく肩を震わせて笑っていた。

「田中、ぶれるぞ」

「はーい。でも、こう言うのいいなあって思うんです」

 みなみの言葉を聞いて、孝文は視線をパソコンからみなみに変える。じっとオカルト研究会の三人をカメラ越しに見るみなみは、孝文にだけ聞こえる声で言った。

「私たちも、こんな風に活動、続けたいですね」

「……当たり前だろ」

 先ほどまでは部活の存続に不安を抱いていた孝文だったが、みなみの言葉に答えるその声は、自信に溢れているようだった。


 後日。

「……ナンダッテー?!」

 月原高校新聞部が発行した校内新聞には、オカルト研究会の取材の項目は全く載っていなかった。自分たちが新聞デビューできると浮かれていた里佳と光貴にとっては寝耳に水の出来事で、その日の放課後、無理矢理夜維斗も引き連れて、すぐに新聞部が活動している生物教室に向かった。

「どういうことよ山下部長! どうして、オカルト研究会の取材項目がないわけ?!」

「いやぁ、本当に申し訳ない。実は、渡辺のデータが生きてて」

 現在入院中の新聞部員が持っていたデータを見たところ、どうやら問題がなかったらしく、そのまま本来予定されていた『熱血! 地元のお祭特集』が組まれた。そして、オカルト研究会の取材は流されることとなったのだ。

「一時はどうなるかと思ったけど、よかったよかった。生徒会に掲載予定の変更するのも、なかなか面倒でなあ」

 あっはっはっは、いやー、よかったよかった。と、満足げに笑う孝文を見て、里佳の苛立ちは最高潮に達していた。そして、そのまま里佳は孝文に近付く。

「あっ、里佳?!」

「陽田、お前……」

「ふっざけんじゃ、ないわよー!!」

 光貴と夜維斗の止めも遅く、里佳は既に孝文を背負い投げしたのだった。

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