それいけ月原高校生徒会!

 とある放課後、月原高校のとある一室。

「どう思う?」

 眼鏡のブリッジを上げて、石倉いしくら悠吾ゆうごは尋ねた。あまりにも真剣な悠吾の顔を見て、その場に集まった面々は乾いた笑みを浮かべて沈黙していた。

「そうか、みんな真剣に考えてくれているんだな……」

 その沈黙をいいように解釈した悠吾はふっと穏やかに微笑んで一同を見る。そう言う意図の沈黙ではないのだが、と言いたい者もいたが言ったところで悠吾に伝わらないのはすでに察することができた。

「俺は思う。あんな部活、認められるはずがない、と」

「はあ……」

「そもそも、何で杉原先生はあんな部活の顧問を引き受けたんだ!」

「杉原先生も物好きだもんねえ」

 杉原先生こと杉原すぎはらまゆみは月原高校で現代文を担当している女性教諭である。授業のわかりやすさが評判で、親しみやすい性格もあって生徒からは人気がある。しかし今の悠吾にとっては杉原まゆみという人物は現代文担当教諭ではなく、とある部活の顧問教諭としてしか認識できず、苛立ちの要因の一つとなっていた。

 そんなわかりやすい苛立ちを露わにした悠吾はおもむろに立ち上がった。

「俺は行く」

 眼鏡の下に険しい瞳を含ませながら言うと、その中の一人が呆れたようなため息を吐きながら問う。

「どこに?」

「旧校舎」

 悠吾のいう旧校舎とは、月原高校にある古い校舎の通称。他の校舎が近年建て替えられたものに対して、すでに築数十年になる校舎だ。旧という名称がついているものの、現在でも一部の教科は旧校舎にある特別教室で授業が行われている。

 そして、その答えを聞いて一同はまた大きくため息を吐き出した。

「とうとう行くのか……」

 去ってゆく悠吾の背中を誰も追わない、と思ったその時だった。

「わ、私も行きます!」

 上ずった声で言ったのは、河田かわた志穂しほ。大人しそうな印象を与える彼女が、悠吾の様子を見て慌てて立ち上がった。そんな志穂の姿を見て悠吾はぱあと表情を明るくさせた。

「そうか河田! お前も真剣に考えているのか!」

「え、えっと……は、はい……」

「よし! 一人で行くより二人で行ったほうが心強いな!」

 満面の笑みを浮かべて志穂の肩を叩く悠吾。志穂の方は「はい」と俯きながら返事をしているが、その横顔から見える頬は真っ赤に染まっていた。そして、二人はそのまま部屋から出て行ってしまった。そんな二人の足音が遠のいた頃、一人が大きく伸びをしながら他の面々に声をかける。

「……会長暴走してるし、副会長もあんな感じだし。どうするよ?」

「放置してもいいんじゃない? ま、暴走してる会長面白いし」

 悠吾と志穂が出て行ったのは、月原高校の生徒会室。去ってゆく会長と副会長を追うこともなく、生徒会の面々は呑気に過ごしていた。


 旧校舎へと向かう間、大股で歩く悠吾は不機嫌な顔を浮かべて不満を吐き出し続けていた。

「全く、何が『中途半端な活動するな!』だ。あいつらのほうが中途半端な活動しているだろうが!」

「そ、そうだね……」

 怒りを露わにする悠吾に対し、志穂はぎこちなく曖昧な答えしかできなかった。悠吾に顔を見られないように、と俯いている顔は生徒会室を出た時以上に赤く染まっていた。

 簡単に言えば、志穂は悠吾に好意を抱いている。しかし河田志穂という少女は積極的に誰かと話すような性格ではなく、それ故に同じ生徒会に所属していても悠吾と話す機会はほとんどなかった。しかし、今回の機会を逃したらもう話せないかもしれないという謎の焦燥感に駆られて行動した結果、今に至った。

「杉原先生が顧問に就くとは思わなかった……というか、そもそも顧問が存在する部活になるとは思いもしなかった」

「そうだね、うん」

「しかしオカルト研究会、って何をする会なんだ? オカルト現象を解明するのか?」

「どうなんだろう……」

 悠吾が敵視しているのは――オカルト研究会である。オカルト研究会は確かに正式な方法で立ち上がったのだが、生徒会の承認を得る際に多少強引な手を使ったもので、生徒会……というよりは悠吾個人の反感を買ってしまったのだ。悠吾が生徒会の会議の際にオカルト研究会の文句を言う、というのが生徒会における日常茶飯事になりつつあった。

 旧校舎に近づくたびに志穂は背中に寒気を覚えていた。旧校舎の壁は古く建付けが悪くなっていることもあって風が通りやすくなっているが、今日はやけに寒気を感じると思いながら肩を震わせた。隣を歩く悠吾は特に寒さを感じていないようで、相変わらずオカルト研究会に関する文句をブツブツと言っていた。最初こそ返事をしていた志穂だったが、いつしか寒気が強くなってまともに返事をすることができなくなっていた。

「……河田、どうかしたのか?」

 そんな様子の変化に気付いた悠吾が志穂を見て問う。突然視線を向けられた志穂は再び顔を真っ赤にさせて、大きく首を振った。

「な、なんでもないよ?!」

 いろいろな意味で様子がおかしい志穂に対し悠吾は疑問符を浮かべたものの、深く問う理由もなかったためそのまま足を進めた。

「物理準備室、わかりにくい場所にあるんだよな……」

 悠吾は一枚の紙を胸ポケットから取り出した。それは部活新設申請書で、オカルト研究会のものであった。会員人数は現在三人しかいないが、顧問は就いていて活動内容もちゃんと記されている。成績不良の生徒は所属していないどころか、教員も一目置いている学年トップの生徒が所属しているため、承認しない理由も特になく新設された。活動場所も現在他の部が使用されていない教室だったので特に使用制限する理由もなかった。

「……ここだな」

 教室の前に下がっているプレートを確認する。埃と錆で表示が見えにくくなっているが確かに『物理準備室』と記されていた。隣に居る志穂も小さく頷くが、背中に感じる寒気はさらに強くなった気がした。教室の中からは、誰かが会話するような声が聞こえた。悠吾は覚悟を決めてその教室の扉を開いた。

「生徒会だ!!」


「え?」

 突然の声に、紙を準備していた里佳はぱちぱちと瞬きをして扉を見た。同じように準備を進めていた光貴も、ぼんやりと椅子に座っていた夜維斗も扉を見つめる。

「生徒、会?」

 里佳が先ほど叫ばれた言葉を繰り返すと、扉を開けた悠吾は強く頷いた。

「何でいっしーがここに来たの?」

「だれがいっしーだ。! ここに来たのは、生徒会の視察だからだ」

「……視察?」

 悠吾の言葉に光貴が小さく鼻で笑いながら聞き返す。どことなく感じる不穏な空気に志穂がおろおろとしていると、夜維斗が大きなあくびをして悠吾と志穂に視線を向けた。

「……誰だ?」

「はぁ?!」

「だ、誰……」

 夜維斗の疑問の言葉に悠吾が引きつった顔をして悲鳴のように叫んだ。そんな悠吾をからからと笑いながら、夜維斗の肩を叩いて光貴が説明する。

「あそこに立つヤローは、うちの生徒会長な。で、隣の子は副会長の河田志穂ちゃん」

「おい朱月、会長の説明が雑すぎるだろうが」

 光貴の説明に悠吾は不満の声を上げる。しかし光貴はそんな文句を鼻で笑った。

「ごめんな。俺、関わりないヤローの名前覚える主義じゃないの」

「関わりないって……あれだけ選挙演説とかしてたのに……」

 というか、一度も会話をした事がないのに何故自分の名前を知っているのだろうと思いながら志穂は呟く。

「あ、でも女の子の名前を一発で覚えるのはメチャクチャ得意だから任せて」

「いや朱月、聞いてないからな。っつーかお前、俺と同じ中学だっただろうが」

「そんな話はどうでもいいから! いっしー、視察って何するのよ?」

 光貴と悠吾のやりとりを遮るように、悠吾の目の前に里佳が腰に手を当て立った。

「お前らがちゃんとした活動をしているかどうか見に来たんだよ。今は何してるんだ?」

「こっくりさん」

 里佳があっさりと答えた言葉を聞いた悠吾と志穂は驚きを隠せず、瞬きを何度もしていた。

「こ、っくり、さん?」

「こっくりさん、ってあの十円玉使って質問するあの、こっくりさんか?」

「そうそう。それでね、アレって十円玉の年代が変わったらどんな変化するのかなあ、って思ったからそれの調査をするのが、今日のオカルト研究会の活動よ」

 年代で動きが変わるものなのか? と悠吾は首を傾げていた。隣の志穂はまだ困惑したまま瞬きをしている。そんな二人を見て里佳が手をぱんと鳴らして「そうだ!」と提案した。

「いっしーも志穂ちゃんも参加しよ!」

「え?」

「はぁ!?」

「良いじゃん、人数多いほうがテンション上がるし!」

 こっくりさんのテンション上げてどうするよ、悠吾はツッコミを入れたくて仕方が無かったのだが、里佳が既に腕を掴んでスタンバイしていたため何もいえなくなった。

「夜維斗! ほら、参加する!」

「パス」

「もう!」

「諦めたほうがいいぜ、里佳。むしろここに来ただけ月読も成長したってことで」

 光貴になだめられた里佳はむすりとした表情で夜維斗を睨みながらもそれ以上誘うことはしなかった。つい先日まで夜維斗は部室――どころか学校にすら来なかったのだから、光貴の言う通り成長したのかもしれないと里佳は自分で納得させた。

「こっくりさんに、何を聞くんだ?」

「今後のオカ研の活動について!」

 悠吾が問えば里佳はにっこりと笑いながら答える。そんな純真無垢そうに見える里佳の笑みを見て悠吾の中にぴんと一つのアイディアがひらめいた。

――俺がこっそり十円玉を動かしてオカ研の活動をやめるように言えば、こいつらは信じるんじゃないか?

「なら、俺も手伝おうか」

「えっ?」

 まさか悠吾がこの話に乗ると思っていなかった志穂が声を上げた。悠吾がするとなると自分がしない訳にはいかない、という妙な使命感にかられた志穂も「私も、します」と里佳に恐る恐る言った。

「よし! これだけ人数いればなんとかなりそうね! じゃ、始めましょ」

 そう言って里佳は緑茶の茶葉が入っているような筒状の缶を鞄の中から取り出した。じゃらじゃらと音を立てるそれの中にはおびただしい数の十円玉が入っていた。よくこんなに集められたな、と悠吾が関心したように見ている間に里佳がその中の一つを手に取った。そばに置いていたメモ帳に十円玉の製造年を記載して、里佳は十円玉を紙の上に置いた。

「じゃあまずはこれで……っと」

 その紙には『はい』『いいえ』という文字とは別に五十音が順番に書かれていた。『はい』、『いいえ』の間の空白に置かれた十円玉に、一同が人差し指を乗せる。その様子を、夜維斗が白けた目で見ていた。

「こっくりさん、こっくりさん、いらっしゃりますか?」

 里佳が尋ねると、悠吾は小さく笑った。それから十円玉がゆっくりと動き始める。

「おお! 来た?!」

「本当に動いた……!」

 里佳と志穂は対照的だが、どちらも驚きを隠せない反応をした。何も言っていない光貴だったが、その顔には驚きの表情が浮かんでいた。そして、十円玉は『はい』の上で止まった。

「すごい! 本当にこっくりさん来てくれた!」

 と喜ぶ里佳の横で悠吾の口角の端が僅かに上がった。気付かれないように十円玉を動かす作戦、成功であると確信した悠吾はふっと小さく息を吐いた。

「じゃあじゃあ、質問続けて……。えーっと、これからオカ研はどんな活動すればいいですかねぇ?」

 それがこっくりさんに対する態度か、と思いながらも悠吾は十円玉を動かし始めた。他の三人に気付かれないように、悠吾は十円玉をゆっくりと動かす。

「か……?」

 ぴたりと『か』の上で十円玉が止まる。それから少しずつ位置がずれて『い』の上で止まった。『かいさんせよ』、悠吾はそう言わせようと必死で繊細に十円玉をずらしていた。

「貝? なに、アサリ?」

「しゅげっちゃん、何で、貝でアサリなのよ? そこはサザエとかハマグリとかじゃないの?」

「貝だけでそこまで想像が働くお前らもすごいな」

「でも、『かい』って何だろう……?」

 志穂が首をかしげながら十円玉を見る。そんな志穂の隣で悠吾はなるべく感情を出さないようにしていたが、内心喜びで溢れていた。このまま気付かれないでいけば、こいつらは本当にこの言葉を信じる! という勝利の喜びである。

「あっ、動いた!」

 ゆっくりゆっくりと『さ』に向かって十円玉が動こうとした時、夜維斗の表情が一瞬変わった。

 影が、見えた。


「…………!!」


 瞬間。ガラスが割れるような激しい音が物理準備室に響く。

「ああーっ?!」

 続いて上がったのは里佳の叫び声。ガラスの破裂音に似た音の正体は、床に散らばる十円玉たちだった。

「タイムタイム!! 十円玉やばい!!」

「え!?」

 すると里佳はさっさと十円玉から指を離してしまった。こっくりさんって簡単に指離しちゃいけないだろ?! という悠吾の心のツッコミはもちろん里佳には届かない。

「ちょっとみんな! 十円玉回収して! あーっ! あっちまで転がってる!!」

 里佳の言葉に光貴もあたりに散乱した十円玉を拾う。どうやら、何かの衝撃で十円玉を入れていた缶が倒れて落ちてしまったらしい。志穂も慌てて十円玉を拾い始め、とうとう十円玉に指を乗せているのは悠吾だけになった。

「いっしー! 手伝って!!」

「あ、ああ……はい……」

 作戦大失敗。悠吾の頭の中にでかでかとその文字が現れた。そして指を離して悠吾はしゃがんで床に落ちている十円玉を拾い始めた。里佳が机の上に十円玉をどさりと置くと、視線を夜維斗に向けた。

「夜維斗も拾うの手伝って! いっぱい落ちちゃったんだから!!」

 里佳の言葉を受けてしばらく動こうとしなかった夜維斗も諦めの息を吐いて、腰を上げた。視線を紙に向けると、里佳が乱暴に置いたせいで数枚の十円玉が紙の上に乗っていた。

「…………」

 その十円玉は『あ』『う』『そ』『ほ』『゛』に落ちていた。

「一人でやってろ」

 夜維斗は小さく呟き、紙の十円玉を一気にかき集めて、ペットボトルの中に入れた。十円玉の年号は『あ』『そ』『ほ』『゛』『う』の順に新しくなっていたのだった。



「それで、いっしー。これで視察は大丈夫?」

 教室に散らばった十円玉を拾い終わった悠吾に、里佳は満足げに尋ねる。

「ああ、もう……いいよ」

 結局作戦は失敗に終わった上、逆に手伝いをしてしまったことで悠吾はがっかりと肩を落としていた。隣の志穂が「大丈夫、石倉くん?」と心配そうに声をかけていた。しかしそんな悠吾よりもさらに疲れた表情をしているのは夜維斗であった。

「何で月読はそんなにぐったりしてるんだよ」

「あの空間にいて疲れないお前がおかしい、朱月」

「そう? 里佳が楽しそうにしてたからよくね?」

 にこりと笑う光貴の顔を見て夜維斗はため息を吐いた。

「じゃあいっしー、お疲れ様でしたっ!」

 大きく手を振る里佳に見送られながら、とぼとぼと悠吾は物理準備室を出て行った。その背中を志穂が慌てて追いかける。


「何が何でも……オカ研をぶっ潰してやるーッ!!」


 生徒会長、石倉悠吾の戦いは始まったばかりである。

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