ゆるやかなオカルト活動

 二人の少年と一人の少女が、古い屋敷の中をゆっくりと歩いていた。一歩踏むたびに軋む木の音が彼らの恐怖心を誘う。足取りもどこかおぼつかない、不安げなものだった。

「大丈夫だよ」

 先に進んでいた茶髪の少年が振り返って黒い髪の少女に向かって言う。その言葉を聞いて、少女は小さく頷いて辺りを見渡す。窓もなく、光源となるものもないため室内はまるで夕暮れ時のような薄暗さ。昼間なのに、とぼそりと茶髪の少年の隣を歩く黒髪の少年が呟いた。

「怖いのか?」

「ま、まさか!」

「そんなことねえよ!」

 黒髪の少年の問いに茶髪の少年と少女が大声で否定する。それを見た黒髪の少年は呆れたような顔を浮べた、ため息を吐き出した。

「どうせ出てこねえよ、幽霊なんて」

「そんな! 出てくるかもしれないじゃない!」

「ないね。あんなもん、偽物に決まってる」

「お前、信じてないのについて来たのか?」

 茶髪の少年が不快そうな顔をして黒髪の少年に尋ねる。黒髪の少年は頷いた。

「俺は、お前らがビビる姿を見たいからな」

「お前……!!」

 答えを聞いた茶髪の少年が黒髪の少年を殴りかかろうとしたその時だった。

 床の木の軋む音が響く。三人ははっとして、あたりを見た。

「この家は古いからな……俺たちの重みで鳴ってもおかしくない」

 黒髪の少年がわずかに引きつった表情を浮かべて言う。三人は立ち止まっているはずなのに軋む音は止まない。ぎぎ、ぎぎ、と音は少年たちに近付く。黒髪の少年が吐き出した息が、白く染まる。

「え……」

 先ほどまでそんなことなかったのに、と黒髪の少年が言いかけたその時、少女の目の前に白い影が現れた。その影は不気味な笑みを浮べて……


「きゃあーっ!!」



 テレビから出てきた音以上に大きな音で、里佳が叫ぶ。その両隣に座っていた光貴と夜維斗は思わず強く目を閉じた。それから数秒、ようやく里佳の悲鳴の反響が去ったところで光貴が里佳を肘で軽く小突いた。

「里佳ー、叫びすぎ」

「えへへー、ごめんね。つい叫んじゃった」

「お前、これ観るの何度目だよ」

 夜維斗が呆れた表情でテレビを指さした。大画面のテレビでは少年と少女が出てくるホラー映画が流れている。内容は少年少女が『お化け屋敷』と呼ばれる古い屋敷に入り、その現象に巻き込まれるという王道のストーリーだった。

「んーと、昨日も見たし先週の土日も見たし……」

「どんだけ見てんだよ」

 光貴の言葉に里佳はにこにこと笑って「だって、何度見ても飽きないもん」と言った。テレビで流れ続けている映画は最近のもの、というには映像がやけに古めかしい印象があった。

「これ、いつの映画?」

「結構昔。多分、十五年ぐらい前じゃないかな」

 里佳の答えを聞いて光貴は「はー……」と感心したような声を漏らす。

「もー、ここのシーンはいいね! 何度見ても飽き飽きさせないからさあ」

「はいはい、知ってる」

 里佳の熱い言葉を夜維斗はさらりと受け流す。きっと何度も里佳に付き合わされてこの映画を観たんだろうな、と察した光貴はテーブルに置かれているジュースを飲みながらきゃあきゃあとはしゃぐ里佳と適当に返事をする夜維斗の二人をぼんやりと見ていた。

「ね、しゅげっちゃんはどう思う?!」

 いきなり里佳に振られた光貴は目を丸く開いた。危うく喉に詰まらせそうになったジュースを無理矢理飲み込んで、里佳に向かって頷いた。

「……あ、あー? うん、月読が悪い」

「よねー!」

 適当に返事をしたものの、里佳の満足を得られた光貴は安心してへらりと笑いながら再びジュースを飲んだ。そんな光貴に夜維斗が白けた視線を向ける。

「そうだ、昨日クッキー焼いたの。食べる?」

 里佳がにこりと笑って光貴と夜維斗に尋ねる。夜維斗は何も反応しなかったが、光貴が「もちろん」と頷いたのを見て里佳はクッキーを取りに部屋を出た。

 本日のオカルト研究会の活動は、陽田家でのホラー映画鑑賞である。これは活動に入るのか、と夜維斗は思っていたが反論する暇もなく、里佳と光貴によって引きずられるように連行されて今に至る。

「……疲れた」

 夜維斗が首を軽く回してため息を吐く。若くないな、と光貴は隣で背伸びをする同級生を見て笑った。

「月読ってさー、いっつもこの映画観てんの?」

 光貴の問いかけに夜維斗が少しだけ意外そうな顔をした。テレビではまだ映画が流れている。

「まあ、ずっと見せられてはいるけど」

「ずっとって、どれくらい?」

「……中学前ぐらいから」

 ごく当たり前に答えた夜維斗を見て、光貴の眉がぴくりと動いた。

「月読って里佳と幼なじみだったよな」

「ああ」

「そっかー……ずっと、だよな」

「まあ、ずっと」

「ずっとねえ……」

 光貴は夜維斗の言葉を繰り返した。二人はソファに座ったままテレビを見つめている。テレビには青白い顔の女が少年少女たちを追いかける様子が映し出されていた。

「……月読」

 夜維斗に顔を向けることなく、光貴が声をかける。夜維斗は露骨に面倒臭そうな顔をして光貴を見た。また何か面倒な話でもされるのだろう、と思っていた夜維斗だったが、光貴の視線がやけに真っ直ぐに自分に向けられていてその次に発する言葉を予想することができなかった。

「俺さ、里佳が好きなんだよね」

「……」

 何も言わなかった夜維斗だったが、その表情は少しだけ驚愕の表情を浮べた。そんな夜維斗の表情の変化を見て、光貴も光貴で驚いたような顔をしていた。

「はい?」

「だから、里佳が好きなんだって」

「……はあ」

 どのように反応すればいいかわからない夜維斗はため息交じりの声を出すことしかできなかったが、光貴の真剣な顔を見てどうやらただ事ではないと思った。

 普段から様々な女子生徒と親しくしており、軽々しい態度を取っていることが多い光貴が、真面目な表情を浮かべてそんなことを言ったのだ。朱月光貴という人間との付き合いは短いとはいえ、普段とは全く違う様子でそんな話をされるとは思ってもいなかった夜維斗はこの先どのようにすればいいか全くわからなかった。

「お前さあ、幼なじみのこと好きになったって言われてそれだけかよ?」

「いや、何ていうか……いきなり言われても」

「お前が照れんな! 俺が恥かしいだろ!」

「誰が照れるか」

 平然とした態度でそう切り返す夜維斗をみて光貴はため息をついた。光貴としてはもう少し何かしらのリアクションを求めていたのだが……と期待の眼差しを夜維斗に向けて見るが夜維斗は眉間に深く皺を寄せるだけだった。

「なあ、月読」

「何だ」

「お前は里佳のこと、どう思ってるわけよ?」

 ずっと光貴が抱いていた疑問。里佳と最も近い距離にいる男は、果たして何を思っているのか。

「大切だと、思ってる」

「……え?」

「だから、お前みたいに好きとかどうこうはないけど、大切だとは、思ってる」

 それだけ言い終えた夜維斗は、視線を光貴からテレビに戻した。テレビの向こうでは幽霊に捕らわれた少女を、黒髪の少年と茶髪の少年の二人が協力して助けようとしている。

「……ふーん」

『大切』は好き以上の何かがあった。光貴にはその正体の名前はわからなかったけれど、漠然とした何かだけはしっかりと感じ取ってしまっていた。光貴も視線を夜維斗から、テレビに向けて救われた少女が少年たちと抱擁するシーンを眺めた。

「おまたせー! 里佳さん特製のクッキーを味わいやがれー!」

 そんなタイミングで、里佳の大声が映画の音を差し置いて響いた。里佳がテーブルに置いたクッキーを見て光貴は「うまそう!」と楽しそうに声をあげた。ちらり、と夜維斗が光貴に視線を向けるとその横顔には何と表現すればいいかわからない感情が映り込んでいるように見えた。

「さすが里佳だな、美味いよ」

「でっしょー? あたしに不可能はないってね!」

 楽しそうに会話をする光貴と里佳の横で、夜維斗はクッキーを頬張りながら映画を見つめていた。いつの間にか、映画はフィナーレを迎えていた。

「……」


 結局、少女と少年たちは進展なく友達のままだった。

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