それいけオカルト研究会!
桃月ユイ
月原高校オカルト研究会、始動。
長月市にある公立月原高等学校。市内ではいくつかある普通科高校の一つで、それなりの進学率を誇る進学校である。そこそこ長い歴史を誇ってはいるが特記するような有名人を輩出したわけでもない。地方にある、ごくごく普通の高校である。
***
時刻は午前六時三十分。一人暮らしの小さなアパートの自室で目覚めた少年はスマートフォンを操作して時刻を確認した。
彼の名は
あえて『通学する』ではなく『在籍する』という表現になった理由としては彼の出席日数の問題がある。夜維斗が学校に出席するのは定期試験の時と模擬試験の時だけなのだ。いわゆる不登校ではあるのだが、とある事情で夜維斗は進級を許されていた。
スマートフォンに映しだされている日付は、四月十日。始業式が始まって三日ほど経っている。始業式だけは参加しろと教諭から言われて渋々出席したものの、その後二日間は学校に行くことはなかった。
布団の中でスマートフォンを眺めていた夜維斗だったが想像していたよりも早く覚醒したことに気付いて、スマートフォンを置いてもうひと眠りしようと思っていた。が、妙に覚醒がよかったらしく、目を閉じても眠りに就けそうにないことを察して身体を起こした。洗面所に行って顔を洗い、冷蔵庫から食パンを出してオーブントースターで焼く。簡単な朝食をこしらえて、夜維斗は自室のテレビの電源を入れた。テレビからは新生活におススメの雑貨の特集だとか、話題のアイドルのライブ映像だとか、国会の内容だとか前日とそう変わらない内容のニュースが流れていた。食パンをかじりながら夜維斗はぼんやりとテレビを眺めていたが、気付けばすでに時刻は七時を過ぎていた。腹が満たされたのか、それともテレビの内容で思考が飽和したせいか、夜維斗は程よい眠気を感じていた。食器を片付けて、もうひと眠り決めようかと思った時だった。
ぴーんぽーん、と間抜けなチャイムの音が夜維斗の耳についた。
その途端、夜維斗の動きが硬直する。ぎこちなく首を動かして玄関を見る――どうか、先ほどの音が夢幻の類であるように、と祈りながら。
しかし、その祈りは叶わず再び玄関からぴーんぽーん、とチャイムが鳴った。
時刻は七時十五分。こんな早朝にチャイムを鳴らしてくる人間に心当たりは、あった。それでも夜維斗はチャイムを無視してまだ敷いたままになっている布団に戻ろうとしていた。が、
「夜維斗?! あたしを無視するなんて許されると思ってんの?!」
「月読、朝だぞー。ほら、学校行くぞー」
どんどん、と扉を叩かれる音。そして扉の向こうから聞こえてきたのは女と男の声だった。
「月読くーん。わざわざ二人でお迎えに来たんだぜ、ほら一緒に学校いこうよー」
「そうそう、先生も待ってるから! だから無駄な抵抗はやめて、外に出なさい!」
どんどんどんどん。激しく叩かれるドアの音を聞いても夜維斗は息を殺して無視し続けた。さっさと諦めてくれ、という夜維斗の祈りは――やはり虚しく届かなかった。次に扉から聞こえてきたのは、がちゃがちゃという玄関の鍵を施錠する音だった。
「おっはよー夜維斗!」
扉が開かれると同時に大きな少女の声が部屋の中に響き渡る。玄関に立っているのは月原高校の制服を着る女子生徒と男子生徒だった。その姿を見て夜維斗の眉が露骨に歪んだ形になる。
「
「いやあ、爽やかな朝ねえ。うんうん、いい天気じゃないの」
夜維斗が陽田と呼んだ女子生徒、
「いい天気よ、夜維斗。一緒に学校行きましょう」
「何でそんな話になった」
「そりゃあ、里佳が決めたことだから」
里佳の隣にいる長身の茶髪の男子生徒、
「何で鍵持ってんだ」
「なんてったって幼なじみクオリティ」
そう言って里佳はポケットから鍵を出す。幼なじみだからといって鍵を持っているのはおかしい、という自身の疑問を投げかけたところで通じる相手ではないというのは夜維斗が一番理解していた。
「さーて、着替えろ月読」
「は?」
「その格好で学校行けるはずないでしょ。脱ぎなさい」
「誤解を招くような発言をやめろ……」
「いいから脱げ!」
「朝からうるせえ……」
これ以上言ったところで里佳も光貴も帰らないだろう。諦めた夜維斗は大きくため息を吐き出して、制服を持って洗面所に向かった。その様子を見た里佳と光貴は嬉しそうに笑いながら手を合わせていた。
洗面所から出てきた夜維斗は月原高校指定の学ラン姿に着替えていた。いつ以来着るだろうか、などと考えていたら光貴がぷっと吹きだした。
「うっわ、若くねえ表情」
「朝からうるさいのが来たからな」
「えー、誰のことかわかんないなあー」
「はぁ……」
のらりくらりという光貴の言葉に夜維斗は本日何度目になるかわからないため息を吐き出した。目の前の二人を相手にしているときには呼吸をする以上にため息を出しているのではないのだろうか、と夜維斗は考えてしまっていた。
「さーて、はりきっていきましょー!」
「おー!」
「………」
朝からハイなテンションの里佳と光貴とは正反対に、夜維斗はがくりと肩を落としたのだった。そのまま学校に向かうのだろうか、と思った時だった。
「あ、そうだ。月読、印鑑ある?」
「は?」
光貴の質問の意味がわからず、夜維斗は聞き返した。しかしいつの間にか部屋を漁っていた里佳が光貴の探し物を見つけ出していた。
「えーっと、ここにあったはず……あ、あった!」
「ここに押したらいいはず」
「ありがとう、しゅげっちゃん!」
里佳と光貴のやり取りの間に、何かの紙に夜維斗の印鑑が押されていた。嫌な予感しかしない光景を見るしかなかった夜維斗に、里佳がにんまりと笑いながら持っていた紙を見せつけた。
「本日より、夜維斗! あんたも月原高校オカルト研究会の会員よ、光栄に思いなさい!」
里佳が突き出したのは『月原高校部活入部届』の書類。そこに書かれていたのは里佳が書いたであろう丸みを帯びた『オカルト研究会』の文字と、夜維斗の名前。そして、つい先ほどつかれた赤々とした『月読』の印。それを見て、夜維斗は本日最大級のため息を吐き出すしかできなかった。
***
学校に行く道のり、里佳はオカルト研究会設立までの険しい道のりを語った。
「生徒会にそんな会が設立できるはずないって言われてさ。『そんな中途半端な部活、誰が入るか』って言われたのよ!」
「まさか、お前……」
「え? ……し、してないわよ。生徒会長背負い投げなんて」
どこかぎこちなく言う里佳を観て夜維斗は彼女が生徒会長を背負い投げして「あんたの生徒会活動の方がよっぽど中途半端よ!!」とか怒鳴る姿をすぐに想像することができた。そんな夜維斗の想像を裏付けるように、光貴がははと笑いながら話を続けた。
「すごかったぜ、里佳の背負い投げ。さすが県大会で優勝しただけあるよ」
光貴の言う通り、里佳は先日まで柔道部に所属していた。しかし、そんな優秀な成績を残した里佳であったがオカルト研究会を立ち上げるために柔道部を辞めたのである。次期柔道部部長とも言われていたが、「それよりやりたいことがある」と言って退部届を顧問に突きつけたらしい。
「でしょー。あたし、柔道だけなら誰にも負けない気がするわ」
「月読にも?」
「う………」
誇らしげに言っていた里佳だったが、にやりと笑った光貴に指摘されて言葉を詰まらせた。里佳がちらりと夜維斗を見るが、夜維斗はそんな視線を気にしている様子もなく大きなあくびをしていた。
「夜維斗は、あのー、あれよ。論外、っていうか人外」
「俺も人間だ」
「それはどうかなー?」
光貴が笑いながらそう言って、鞄から一冊の冊子を取り出す。表紙には『全国模試回答・結果』とタイトルが大きく書かれていた。それを見た夜維斗が「ああ」と思い出したような声を上げた。
「この間の模試か」
「そうそう。えーっと、はいここ」
光貴の指先には『月読夜維斗』の名。そのページに書かれているのは、全国模試の総合成績。夜維斗の名前の隣には『一位』の文字も書かれていた。
「また全国一位? なにやったらそうなるわけ?」
「何って……」
光貴が持ってきた冊子を覗き込む里佳が夜維斗の名前を確認した後、本人に問う。問われた方の夜維斗は答えようもないと、言葉を濁す。
「家で何してるの? 勉強?」
「いや、別に……」
「んじゃ、ゲームとか?」
「興味ない……」
「えーっと、まさかの…いやらしい本読んでる、とか」
「は?」
二人の言葉に気だるげに夜維斗は返事をした。家で夜維斗がしていることと言われても家事全般ぐらいで、何か特別な事をしている自覚はない。
「ところで里佳、オカ研って入ったはいいけど何するんだよ?」
光貴の言葉で、彼もまたオカルト研究会の会員であることを夜維斗はようやく知った。それ以前に夜維斗の家に一緒に押しかけた時点で何となく察してはいたが。そんな光貴の質問に答えるように里佳が鞄の中からファイルを取り出す。
「じゃじゃーん!」
「お?」
「今まであたしが調べてきた都市伝説とか、七不思議とか」
「すげー……」
ファイルを受け取った光貴が中をぱらぱらとめくる。そこに書かれているのは主に学校内の怪しげな噂と、一般的に言われる都市伝説の話についてだった。
「で、それを実際に調査しに行く。それが月原高校オカルト研究会よ!」
「パス」
里佳の高らかな宣言を受けて数秒後、夜維斗ははっきりと言う。
「はい?」
これまでの中で聞いたことのないはっきりとした夜維斗の言葉に里佳と光貴が同時に声を上げた。
「だから、パス」
「何が?」
「その、調査」
里佳は瞬きをして夜維斗を見つめる。それから里佳は夜維斗の真正面に立ち、顔を近づけて夜維斗を見つめた。
「はぁ!?」
目の前で叫ばれた夜維斗は目を大きく開いた。夜維斗はなぜ叫ばれたのか理解していない、というよりは理解したくなかった。
「そんな言葉認めません! 陽田さんの耳にはそんな言葉聞こえません!」
「大丈夫だって月読、そんな怖いことばっかじゃねえって」
へらへらと笑いながら光貴が夜維斗の肩を叩く。怖いとかそう言う問題ではないのだが……と反論する気も夜維斗には起きなかった。この二人に何か言っても無駄なことを経験上理解しているのだ。そうでなかったら、夜維斗は今ごろ家でゆっくりと過ごしていただろう。
「はぁ……」
疲れたため息をついて、夜維斗は空を見上げた。
これが、月原高校オカルト研究会の始まりであった。
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