第9話 大謀略

18 大謀略


 いよいよ祝勝会兼旧執行部お別れパーティーとなった。今は午後3時で、午後5時までの予定。けれど、生徒会と関係ない生徒も参加自由にしたため、思いのほかの大人数に会場の学生食堂もごった返しで、食堂のおばさん達が用意してくれた料理では足りなくなってしまった。そこへうまい具合に、幸美さんのお母さんが父兄や街の人などを引き連れて、料理も山ほど持ってやって来た。それは「クマスケちゃんのマスコット猫記念パーティー」のためだと幸美さんのお母さんはおっしゃった。どういうことかと幸美さんが尋ねたら、なんと生徒会選挙の投票所にお母様がいらっしゃっていて、「クマスケちゃんマスコット信任投票」も同時に受け付けていたということだそうだ。「不信任の場合には、申し出て下さい。」という小さな看板を立てていたのだが、お母さんを父兄代表の選挙管理人と思い込んでいた生徒一同は、誰もその意味を正確に理解できず、その結果として、反対票ゼロでクマスケがマスコット猫に選出されたことになったそうだ。

 とにかく、とっさのことではあるが、一子ちゃんが気を利かせて、それでは合同パーティーにしましょうと提案した。これは賑やかな方がいいわというお母さん方の全面的な賛同を受け、急遽料理とパーティーの名目が増えることになった。

 パーティーは始まった。まず藤原京也くんが人々の前に立ち、今までのご支援に感謝する、新執行部はきっと素晴らしい仕事をしてくれるでしょうと簡単な挨拶をした。それが終わらないうちから、雷鳴のような拍手が起こった。それは久美ちゃんが一人で百人分の拍手をしているのであった。そうしてそれに釣られて、会場から徐々に大きな拍手と歓声が湧き起こった。藤原くんは軽く手を上げて応えると、では新執行部どうぞと言って、真田幸美さんに座を明け渡した。幸美さんは副会長の斉藤一子ちゃんと加藤祐一郎くん、それに書記の一年生を誘った。そして、これが新生徒会執行部です、一生懸命頑張りますからご支援宜しくお願いします、とこれも簡単な挨拶で終わらせた。その後で、副会長以下が名前と抱負をひと言ずつ言った。一子ちゃんが真田新生徒会長をしっかり盛り立てますと言った時、久美ちゃんが日本一!と声を掛け、一同の笑いを誘った。その後で加藤くんが、引き続き頑張りますと言ったところで、一部の生徒から裏切り者、という野次が飛びそうになった。しかしその声は、綿貫浪江サマの天をも切り裂くような凄まじい声援、

「世界一、太陽系一、銀河一、宇宙一!」

というのに完全に掻き消され、更にそれに引き続くドッとした笑いの中に圧倒されていった。

 挨拶の後は歓談となった。幸美さんは一子ちゃんと加藤くんの三人連れで、皆さんの間を回っていた。幸美さんのお母さん始めおば様・お婆さまご一行は、会場の中央のテーブルを占拠して、クマスケを取り囲んで盛り上がっていた。

 久美ちゃんは今こそ藤原くんを慰める時とばかりに、彼の姿を必死に探し求めた。だがその姿は見えず、代わりにナミちゃんにとっ捕まってしまった。

「久美っぺ、久美っぺ、いいこと思い付いたの!」ナミちゃんは興奮した面持ちで久美ちゃんの腕を引っ張った。

「なに?」いつもは友達思いの久美ちゃんも、藤原くん探しの真っ最中で気もそぞろに言った。

「いいことよ。アンタと藤原が仲良くなれる方法!」

これには久美ちゃんも敏感に反応せざるをえなかった。ナミちゃんの両肩をグワシと掴んで、なになにどうするのと肩を激しく揺すって問い詰めた。

「イタタ・・・焦るなって、あのさ。」ナミちゃんは久美ちゃんの腕を解いて肩を二三度回してから、おもむろに言い出した。

「あのさ、私は加藤くんが好き。久美っぺは藤原が好き。そこで二人とも幸せになろうという作戦よ。」

「だから、どうするの?」

「つまりね、アンタが加藤くんのところに行って、私のことを徹底的に褒めまくるの。そうすると彼も私のことを「そうか、いい娘なんだなア」って意識するじゃん。そこを狙って、私が彼に抱きつくというわけ。これで一発だよ、きっと!それで私も藤原のところに行って、アンタのことを褒めてその気にさせるから。アンタはその後でやっぱり藤原の胸に飛び込んでいくのよ。」

「それでうまくいくの?」さすがの久美ちゃんも、この到底作戦とは言えない策略には疑念が湧き起こってきた。だがナミちゃんは溢れる気合で、この当然の疑問を撃破した。

「だあいじょうぶだって!私が保証する!だからさ、久美っぺは加藤くんの方を頼むよ。私は藤原を探すから。それでさ、今日の5時くらいまでには、彼の胸に飛び込む準備を完璧に整えるのよ。グズグズしていると、他の子に先越されるからさ。」

久美ちゃんは気合に押されて、なんとなくうまくいきそうな気もしてきて、うんそうしようと力強く頷いてしまった。そうして加藤くんが一人になるシーンを求めて、彼の様子をじいっと窺っていった。


 藤原くんは一人で会場を離れて生徒会室に向かった。そこで待ち受けていたナンバー9とセバスチャン熊本に迎えられた。

「予定通りかい?」ナンバー1は生徒会長用の椅子にどっかと腰を下ろした。

「はい。」ナンバー9が畏まって答えた。「もうじき、ナンバー4と8は別々に指定の場所に呼び出されます。そこでナンバー4は鬼首久美に告白されます。その場面に8は出くわす。そして自分も告白します。ナンバー4はその場を立ち去ろうとしますが、ナンバー13が姿を見せ、彼を足止めします。そうして進退極まった彼は立ち尽くす。ここでミスター&ミス○○高校の表彰式を行います。そしてナンバー12が動員した連中が騒ぎ出し、8と4が居る位置とパーティー会場を隔てる天幕が落ち、皆の前に二人でいるところが明らかになります。しかし、生徒会長の責任から、8は逃げるわけにはいかない。そこで煽りに煽られます。ここで一旦流れを切ります。二人は演説の準備と称して奥に引っ込む。そこで8は思い切って4にキスしようとする。この辺りの流れは、8が図書館で借りた恋愛小説のシチュエイションに合わせてあります。8はそれとは知らず、ロマンチックな小説の流れとの符号を運命的なものと思い込み、気分が高揚する。そのための演出もナンバー12が総力を挙げて仕掛けております。そしてついにキスをしようとした刹那、「とびきりの方法」でナンバー13が4を殺す。これはおおむね17時頃を予定しております。この様子は、全世界の顧客にリアルタイムで配信されます。多少の計画のズレは予想されますが、その際の対処策はそれぞれ策定してあります。」

「よろしい!」ナンバー1は満足の笑みを顔中に浮かべた。「将棋の天才である君の読みと勘の素晴らしさを是非見せてくれたまえ。で、セバスチャンの方は?」

「はい、入札の結果、顧客の○○様と××様はついに核のスイッチについて言及されました。少年少女の純粋な恋愛に最後のトドメを刺すシーンは自らボタンを押したいと、そのためならば・・・と。このまま行けば、おそらくは。」

「こちらもよろしい!全ては僕の思い通りだ!」

藤原京也くんは机を二つ三つ叩いて立ち上がった。

「では、僕も配置に付こう。君達もそれぞれの役割を全うしてくれたまえ!」

ははあ、とナンバー9とセバスチャン熊本は深く深く頭を下げた。こうして、「まだら団」は最後の勝利へと向かって、地獄の進撃を開始させたのであった。


 パーティーは半ばを過ぎた。幸美さんは挨拶回りをあらかた済ませて、少し落ち着いて新副会長や書記達と話してみようと思った。が、ずっと寄り添っていたはずの加藤くんの姿は見当たらなかった。どこに行ったのかしらと見回していた幸美さんに、一年生の委員が、加藤先輩なら会場裏の食堂事務所の小部屋で待っています、と告げた。

「え、どうして?」

「分かりません。ただ、何か急用ができたとか。是非すぐに来て欲しいからって。」

「分かったわ、今すぐに行きます。」

幸美さんは側にいた久美ちゃんに、ちょっと出てくると言おうとした。が、いつの間にか久美ちゃんの姿も見当たらなくて、一子ちゃんもいなかった。仕方ないので、一年生の書記に、ちょっと出てくるからと言い置いて、指定された場所へ向かった。

 会場裏の小部屋では、幸美さんとは別にナンバー9に呼び出された久美ちゃんが、既に加藤くんと対していた。加藤くんの方は、ナンバー1の藤原くんから今回の作戦を中止したいのでこの部屋で話したいという言葉に誘われ、ナンバー13と共に部屋を訪れていたのだ。

 ナンバー13のサンダース久世くんは、素早く久美ちゃんに目配せした。それは、ここで加藤くんに好きです、と告白してしまえという意味だとは、久美ちゃんにも分かった。分かったがしかし、そのまま「好きです」と口にするのは躊躇われた。

(・・・だって、嘘つくことになるし。)

加藤くんにも、幸美さんにも、何よりも自分に対して。そうは言っても、藤原くんはいくら頑張っても足掻いてもこっちを向いてくれない。接触すらしようとはしてくれない藤原くんを振り向かせるには、確かに多少の荒療法は要りそうなのだ・・・久美ちゃんの心は引き裂かれそうになった。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・)

久美ちゃんは惑った。困った。迷った。だが、そこにあのナミちゃんの作戦が電撃的に頭に思い浮かんだ。

 ナミちゃんを褒める。でも幸美さんも加藤くんが好きだから、そちらも褒めてあげなくてはならない。だから、二人とも褒めちゃう。そうすれば公平だ。そうして加藤くんと歓談しているところを藤原くんに見せ付ければ、それで藤原くんは気が気ではなくなるだろう。やっぱり「好き」と言ってしまうのはちょっと行き過ぎのような気がするし・・・

久美ちゃんはとうとう決心した。

「加藤、聞いて!」久美ちゃんはずずいと加藤くんの目の前に進み出た。

「ゆきりんっていい子なのよ!」

久美ちゃんは加藤くんを先に好きになっていた幸美さんから褒めることにした。

「ゆきりんって優しいし、友達思いだし、親切だし、頭いいし、リーダーシップあるし、かわいいし、美人だし、気前いいし、きっぷもいいし、喧嘩も強いし、猫も好きだし、犬も好きだし、ペンギンも好きだし。」

「ああ、そう。ペンギンが好きなのは知らなかった。」加藤くんはやや呆気に取られてようやく答えた。

「それからね、ナミちゃんもいい子なのよ!」

「ええと、ナミちゃんって、綿貫くんかい?」

「そう、ナミちゃんって、過激だし、突撃するし、移り気だし、変わり身早いし、人を見る目はあんまりないけど・・・ええと、でも元気だし、陽気だし、めげないし、凄いのよ!」

「ああ、そうなの・・・?」

「そうなの!だから、私は二人とも大好きなの!」久美ちゃんは黄金の笑顔を目一杯輝かせた。

「ええと・・・」さすがのナンバー4、加藤祐一郎くんも圧倒されかかった。久美ちゃんが言わんとするところを必死に頭の中で組み立ててみようとしたが、全然形にならなかった。

「つまり君が言いたいことは・・・?」

「つまりね、ゆきりんとナミちゃんはいい子なの。だから、加藤も二人を好きになって!」

「え、そう来るのか。」加藤くんは虚を突かれた。

「ね、分かるでしょ。」

「そう言われても・・・」

「もうじれったいなあ。」余りに加藤くんの反応が鈍いので久美ちゃんはイライラし始めた。なにしろナミちゃんに、「5時までに頼む」と言われていたから、とにかく早く「ナミちゃんっていい子だなあ、ちょっと好きかも」ぐらいには思っていただかなくては困るのだ。それで焦った久美ちゃんはついに「あの言葉」を口に出してしまった。

「私も加藤が好きだから!」

「え?」加藤くんが棒立ちになった。途端に、心の底が震えるような甘くせつないメロディがどこからともなく流れてきた。

 テレビカメラで久美ちゃん達の様子を盗み見ていたナンバー12は、予想通りに運ばない事態に苛立っていた。

(いくら鬼首久美がバカだからって、これほど非論理的とは思わなかった。しかし、とにかく「好き」と言わせたのだ。ここはムードを盛り上げて、一気にいくしかない。なあに、人の心は音楽に左右されるものだ。だから歌は何千万人もの人が買ってくれて、僕の父の会社に巨万の富をもたらしてくれる。鬼首久美のような小娘の心なぞ、世界からより選った超一流アーティスト達がこの時のために作曲したBGMで容易に操ることができる。簡単にその気にすることができるさ!)

加藤くんは明らかに赤面していた。久美ちゃんもモジモジしている。この様に、ナンバー12はようやく勝利への確信を感じ始めた。

(やはりな。たとえ嘘でも、一度口にしてしまえば、それは本物へと動き出す。「好き」と言ってしまったからには、鬼首久美の心は必ず、ナンバー4に対して恋愛状況になる。僕がこのままムードを盛り上げて演出してやれば・・・)


「好きなの!」久美ちゃんはさっきよりも、もっとハッキリした声で叫んだ。

「いや、僕は・・・」加藤くんは目線を逸らした。

「好きなんだってば!」

「でも・・・」

「加藤も、それからゆきりんも!」


「え?」加藤くんは思わず目を見張って、久美ちゃんの顔を見た。

「私、加藤もゆきりんも、一子も、ナミちゃんも、皆好き!クラスのみんなも、山田先生も、お父ちゃんもお母ちゃんも、兄ちゃん達も、転校生の久世くんも好き。それからゆきりんのお母さんも、クマスケも大好きッ!でも、一番好きなのは、藤原くん!あ、でもクマスケも違う意味で大好き!一子もゆきりんもナミちゃんも、また違う意味で大好きッ!」

「え、と・・・それで?」

「だから加藤もゆきりんとナミちゃんをちゃんと好きにならないとダメだよ、分かった?」

これには加藤くんも参ってしまった。それは、その、あの、ええと、と口の中で繰り返すしかなくなってしまった。

「私も久美ちゃんが大好きよ。」

涼やかな声がして、振り向くと幸美さんが微笑んでいた。久美ちゃんは力強く頷いた。

 ナンバー9は作戦修正の必要を感じ取った。それでナンバー12に連絡し、すぐさま天幕を落として、ミスター&ミス○○高校の表彰式を行うように連絡した。12は久美ちゃん達のいる小部屋とパーティー会場を仕切っている天幕を落とした。そして、「祝 ミス○○高校 真田幸美さん&ミスター○○高校 加藤祐一郎くん」という横断幕を揚げようとした。が、天幕は落ちたが、横断幕は揚らなかった。一瞬早く、「祝 ○○町内マスコット猫 クマスケちゃん!」というデッカイ横断幕が上に重ねられてしまい、ミスのミの字も見えない有様となった。慌てたナンバー12は猫の横断幕の撤去をお母様方に申し入れたが、既にお酒もいささかきこしめして出来上がっていたお母さん達の地獄の咆哮のような反撃を受けて、すぐさま撃破されてしまった。幸美さんのお母さんは、クマスケを掲げて皆の前に出て、「ありがとー!」と叫び、12が用意したサクラ達の大喝采を浴びた。

そこへ、騙されたーと叫びながら一子ちゃんが乱入してきた。彼女は世田谷くんが待っていると9に騙されて、会場を引き離されていたのだ。もう会場は大混乱になった。この混乱の最中に、誰にも気取られることなく、幸美さんと加藤くんと久美ちゃんは、パーティー会場に戻ってきた。


「ナンバー9と12を呼べ!」

傍らで様子を窺っていたナンバー1は怒りの声でセバスチャンに命じ、自らは生徒会室に引き上げた。9と12の二人はすぐに引き立てられてきた。二人とも顏が既に蒼白だった。

「なんだね、今のは!あんなシーンを顧客に見せてしまって、どういうつもりなんだ!」

天も割れんばかりのナンバー1の怒りに遭って、二人はのけぞった。

「・・・しかし、まさか鬼首久美があそこまで間抜けだとは・・・」9は汗だくになって弁明する。

「それに、あんな猫のことは計算外で・・・」12が必死に言い訳する。

「あの程度のことで狂う計画で、何が将棋の天才だ!しょせん将棋盤は現実とは違うということだ。何が芸術芸能の天才だ!しょせん音楽遊びなぞ無知なガキをあやす程度にしかならないということだ!」

「そ、それは・・・」二人はそれ以上言うことができずに縮こまった。

「セバスチャン、この二人を粛清しろ!」

ナンバー1の叫びと共に、セバスチャン熊本は二人の背後に回り、その首筋に思い切り手刀を当てて、アッという間に昏倒させた。そして二人を軽々とかつぐと、一礼して部屋から出て行った。

 ナンバー1は額に手を当て、軽くうめいた。彼にしては初めての苦悩だった。今や計画は完全に狂い、アテにできる部下はほとんどいない。おそらく顧客はこの予定外のバカ騒ぎを見せられて怒り狂っているだろう。

(むしろ、ナンバー4を味方に取り戻すべきか。実際、彼とセバスチャン以外に本当に役に立つ奴はほとんどいない。)

そんな考えさえ頭をチラっとかすめてしまった。

(いいや、駄目だ。)ナンバー1は弱気を振り払うように頭を振った。(ここまで顧客を引き付けてしまっているのだ。今更止めるわけにはいかない。なんとしても、ナンバー4を抹殺しないわけにはいかない。そうだ、まだナンバー13が残っている。彼を使って・・・)

ふと、人の気配に気が付いて、ナンバー1は目を上げた。そこにはナンバー13と4が揃って立っていた。

「ナンバー13?どうして・・・ナンバー4も・・・」常になく上擦った声でナンバー1は問うた。

「計画が狂ったので、どのように修正すべきなのかご指示をいただきまいりました。」ナンバー13は機械のように答えた。「ナンバー4とはここで偶然に一緒になっただけです。」

「僕は君が作戦を中止するというから会いに来た。但し、その間にナンバー13に真田くんが襲われることのないように、彼の後をつける形でここまで来た。ナンバー9と12の慌て振りから作戦は頓挫したと見えたし。そうなるとナンバー13が君に会いに行くことは見え見えだったし。」

「なるほど、相変わらず察しがいい。さすがだね。」ナンバー1はシャツの首回りを少し緩めて息を付いた。

「藤原、何をしているか知らんが、もう止めろ。」

「そうはいかん!」ナンバー1は狂ったように叫んだ。「ナンバー13は既に日本で幾人も人を殺している。それに世界中の有力者を顧客として迎えているのだ。今この段階で止めることは、僕の破滅を意味する。そんなことができるものか!」

「自分が過っていると分かった時点で、止めるべきだ。君子は豹変する、とも言うだろう。根本さえぶれなければ、変わり身の早いことは恥ではない。」

「知ったふうなことを言うな!僕が過っただと?何度も言わせるな、我が「まだら団」は選抜された優等な能力の持ち主の集まりなのだ。だから決して過ちなどないのだ!」

「人を傷付けることは過ちではないと言うのか?」

「うるさい、今更倫理を持ち出す気か?倫理は今の此の世界に囚われた人間にだけ適用されるものだ。僕は此の世界を超える存在だ。倫理なぞ、関係ない!僕は此の世界に縛られやしないんだ。逆に僕の作ったルールを此の世界に押し付けてやるんだ!」

「それではただ他者を踏みにじるだけで、今までと同じだ。」

「それがどうした?優越する人間には、劣等な奴らを踏みつける権利がある!」

「優越など、偶然の産物に過ぎない。そんなものにすがるのは、間違いだ!」

「黙れ!僕の優越性に、優秀さにケチをつけるな!」

「・・・悪いが、今はこれで失礼する。君は作戦を放棄していないようだし、それなら真田くんの側にいなくてはならない。」

「そうか、結局君は行ってしまうんだな。勝手にするがいい。ナンバー8と仲良くな。」

「ナンバー8・・・それは欠番だろう?」

「そうじゃないさ。真田くんはナンバー8に値する資質を持っている。もっともご本人は「秘密結社ごっこなんかには付き合えません」って断ったがね。その時から、僕の計画では彼女を滅ぼすことになっていたのさ。」

「そんなことはさせない。」

「できるかな?君に。」

「さらばだ。それから、これは僕からの手紙だ。あるいは、これで最後になるかもしれない。その気になったら、読んでくれ。」

加藤くんは一枚の便箋を丁寧に机の上に置いて出て行った。彼の後ろ姿が消えるや否や、ナンバー1は手紙にしゃぶりついて、読み始めた。


『自分』同士の衝突によって負けた方はその存在を滅ぼされ、苦に沈む。つまり『自分』同士の衝突こそが此の世界の苦の根本原因なのだ。そして『自分』は一義の流れであるがゆえに他者に対して自ら譲ることはなく、あくまでも今現在の『自分』の流れを押し通して、他者を潰そうとする。此の構図を討つには、『自分』そのものを討たなくてならない。『自分』で『自分』を討つ。不可能かもしれないが、それができるという方に賭ける。そうして今の『自分』を捨てる。そのためには『自分』を討つという格別の「意志」が要る。

『意志を持って自分を賭けて捨てる』

此の具体的な内容はどういうものかは分からない。しかし、これは、苦しみのたうち回る中で必死に求めていかなくてはならない道なのである。そうして、こうした苦しみの中から、真の倫理、すなわち、他者のために『自分』を滅ぼすということが基礎付けられるのだ。


「これは・・・どういうことだ?」ナンバー1は思わずうめいた。「自分を賭けて捨てる・・・滅ぼす・・・って、まさか、4は自殺をする気ではないだろうな!」

頬を引きつらせたナンバー1の目は虚空を彷徨った。その目はようやくのこと、ナンバー13を捉えた。彼はナンバー1と加藤くんの問答の間ずっと側に黙って立っていたのだ。

「おお、ナンバー13、行け!」ナンバー1はほとんど反射的に叫んだ。

「具体的なご指示を。どうするのです?」だがナンバー13は冷徹きわまりなく問い返してくる。

「ナンバー4だ!自殺をさせてはならない。止めろ!」

「ナンバー4を助けるので?」

「いや、違う・・・」ここでナンバー1は冷静な計算思考を取り戻そうと必死に頭を振り絞った。彼の自殺を止めて・・・そう、彼を「殺す」形にしなくてはならない。

(いや、それだけではダメだ。ナンバー8と4を恋愛状態に落とさなくては。そのためには二人きりにする必要がある。ここはナンバー13を使って、ナンバー4を8に寄り添わせる。後は、僕が自ら出て行って、臨機応変にやるしかない。)

とっさにこう決断して、ナンバー1は13に、加藤くんを真田さんの居るところまで追い込めと鋭く命じた。

「いいか、ナンバー4と8を二人きりにしろ。そして二人きりになったら、その状態を監視できる場所を僕に連絡しろ。」

ナンバー13はイエッサーと答えると、風を巻いて消えていった。ナンバー1は時計を見た。既に針は17時に近づいていた。


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 加藤の奴は、ナンバー13を追い越して真田幸美の側まで行くつもりなのよ。でもね、もう手遅れなの。真田幸美は、このアタシ、今や側近NO1の地位にまで昇りつめたこのナンバー14が上手いこと言って、この校舎裏の土手に誘い出したの。ここらにはいくつも隠しカメラが設置されていて、これからここで起こることは全て全世界のお客様に放映されるのよ。え、何が起こるのかって?知らないわ、そんなこと。でもね、これが大飛躍の一歩であることは間違いないの。ウフフ、考えてみれば、いい時に「まだら団」に入ったわ。藤原様の側近が全部消えちゃった後ですもの。タナボタ式でドンドン出世するわ。ホーント、アタシって凄いわ。見てて御覧なさい。今に登場人物がみんな消えていって、最後にはアタシが此の小説の主人公だった、てなことにもなるのよ、きっと!


「司馬くん?」

あら、真田幸美がアタシに話し掛けているわ、答えなきゃ。

「なに?」

「どこにナミちゃんがいるの?」

・・・そう、実はあの綿貫浪江をダシにして呼び出したの。あの娘がナンバー4に惚れているのは分かっているから、「綿貫さんが加藤くんのことで決着を着けようと言っている」という嘘で呼び出したの。ホホホ、綿貫浪江の目茶苦茶ぶりは有名だから、真田幸美はパーティーの途中でも抜けてこざるを得ないと踏んだんだけど、うまく読みがあたったわ!

「ええと、ここらにいるはずだけど・・・ああ。」

来た来た、加藤。ナンバー13、うまいことここに誘導してきたのね。ハイ、いよいよご両人のご対面ね!

「あ・・・」

「え・・・」

おほほ、これでアタシは消えるわ。陰に隠れて見張っているのよ。いよいよラブシーンかしら?でもね、ラブラブごっこにうつつを抜かす悪い子ちゃん達は、どこかで様子を窺っているナンバー13がさくっと粛清しちゃうのよ。では、とりあえず姿を隠すわね。


「どうしてここに?」

「あの・・・」

「ええと、会場に戻らないのかい?」

「もうほとんど終わったわ。それにここで友達とちょっと用事があって待ち合わせしているの。」

「ああ、そうなんだ。」

あら、加藤ったら、時計を見ている。そうよね、ナンバー13との約束の時刻は17時までだから、そう、後数分ね。

「じゃあ、もう少し僕もここにいる。」

「え・・・どうして・・・」

やだ、真田幸美ったら、見ているこっちが恥ずかしくなるほど赤面しまくっているわ。いやあねえ、もう!

「いや、ちょっとだけだから・・・迷惑・・・かな。」

「ううん!そんな・・・」

「ごめん。」

「・・・なぜ謝るの?」

「別に、その・・・」

ああ、じれったいわねえ、二人とも!さっさと告白しちゃいなさいよ。それでナンバー13に粛清されちゃいなさいよ!

「ねえ、加藤くんはどうしていつも一人なの?」

「一人じゃないさ。藤原がいるし。」

「彼とは・・・違うでしょう。なぜ?それに、その、聞いたわ。「愛を否定している」って。」

「え?」

「藤原くんにね、前に「これが僕達の理論だ」って一冊の冊子を渡されて。それで仲間にならないかって誘われたの。もちろん断ったけれど。でもその冊子の作者名に加藤くんの名前もあったわ。」

「読んだのか。」

「うん、ざっとだけど。」

「・・・どう思ったの?」

「正直、よく分からない。なんていうか、形而上的で抽象的で。それに危険な香りがしたわ。うまく言えないけれど、何か危ない・・・」

「形而上的、か。よくそう言われる。しかし形而上的ではない、現実的な議論とは何か?それはつまり、今の此の世界に媚びへつらう言説の集まりに過ぎないんじゃないかな。そんなものはしょせん此の世界を変えることには役に立たない。」

「・・・ごめんなさい。よく分からないわ。」

「いや、僕の説明の仕方が悪かった。言い換えるとね・・・」

「・・・柔肌の熱き血潮に触れもみで、寂しからずや道を説く君・・・」

「え?」

「与謝野晶子の歌よ。そして・・・今の私の気持ち。」


あらら、二人とも見つめ合っちゃって、余計に真っ赤になっちゃって。いよいよ核心かしら。それにしても真田幸美ったら、短歌に自分の想いを託すなんて、戦中派かアンタは!まあ、和歌だろうとバカだろうと、とにかく告白したことには間違いないわ。あらまあ、真田幸美ったら、目を閉じて、キスの受け入れ態勢かしら?ウフフ、いよいよ攻撃よ。さあ、ナンバー13、やっておしまいなさーい!

 ・・・って。あ、あら、ナンバー13ったら出てこないわ。どうしたの?あ、そうか。アイツは教養がない上に外国育ちだから、短歌の意味が分からないのね。どうしましょう。アタシが合図してやらないとダメかしら。でも、どこに隠れているの?迂闊にでていくとナンバー4に見つかるし、頭脳労働者のアタシが腕っぷしでナンバー4に勝てるわけないし。どうしましょう。マズイわ、マズイわ。ナンバー1に「一線を越えさせるな」って命令されているのに、このままじゃあ・・・とにかく二人の動きを止めましょう。二人の邪魔をする者を呼んできて・・・そうだわ。鬼首久美や綿貫浪江を呼んできましょう。あの二人が乱入すれば、雰囲気ブチ壊しは間違いないわ。いいこと、二人とも、いい子にして待っているのよ。決して早まっちゃダメよ!加藤、真田幸美の唇に触れたりしたら、悪い子ちゃんよ!アンタは「愛」を否定するんでしょう?とにかく急いで・・・


「・・・どうしたの?」

「え、あの・・・」

「意気地なし。」

「え?」

「意気地なし!」

「・・・僕は「愛」を否定しているんだ。」

「そんなの、間違いよ。私の愛で・・・」

「愛は終わりだね。」

突如、二人の間に影が割り込んできた。悪夢のナンバー13が、いずこからともなく姿を現した。

「立ち聞きしていたの。」幸美さんは燃える目で睨みつける。しかしナンバー13は答えずに加藤くんの前に立って、彼に向かって何か黒い塊を差し出した。

「なんだ、これは?」加藤くんは頬を強張らせて尋ねた。

「爆弾だよ。自爆用のね。」ナンバー13はニヤっと笑った。

「何のつもりだ。」

「ナンバー4、君は愛を否定したはずだ。しかるに君はこの娘の愛に屈する寸前までいってしまった。これはまぎれもない変節だ。潔く、心を改めろ。初志に戻れ。その身の内に巣食った愛を滅ぼせ。それには、己が身もろとも愛を爆破するしかない。つまりこの爆弾で自爆するんだよ。それが己れを自ら滅ぼすということだ。」

「何を言っているの!」

真田さんは加藤くんの前に立ってナンバー13と対しようとした。が、加藤くんに強く腕を取られ、彼の側に引き寄せられた。その勢いで彼女は加藤くんの胸に頬をぶつけた。真田さんの全身が震えた。

「気を付けろ。彼は銃を持っている。」

加藤くんの静かな声に、幸美さんは目を上げた。そして黒光りする銃身を構えているナンバー13を見た。

「そういうことだ。ナンバー4。」背後から、声が襲ってきた。加藤くんと幸美さんが振り向くと、そこには残虐な表情を浮かべたナンバー1の藤原くんがいた。

「ナンバー13は世界中で二百人以上を殺している、プロ中のプロだ。逃げられやしない。しかし、僕にも慈悲はある。ここで君が大人しく死んでくれれば、ナンバー8は見逃してあげるよ。さあ、ナンバー8を助けたければ、素直にその爆弾で自爆するんだ。そうして、僕の顧客を喜ばせてくれ!」

加藤くんは唇を噛みしめた。そうして、ゆっくりと手をナンバー13の差し出す爆弾に伸ばした。

「ではナンバー13、後は頼むぞ。」ナンバー1は後ずさりを始めた。

「どこへ行く。」加藤くんの鋭い声が追った。

「人を殺すのは僕の仕事じゃない。君の抹殺など、下の者の仕事だ。僕は人を使って人を殺す、のさ。」

「最後まで付き合う度胸すらないのか!」

「君はいい友人だった。素晴らしい人だった。しかし惜しむらくは、僕と対等に付き合おうとした。総帥たる僕に対して、君は最後まで心の底から平伏しようとはしなかった。愚かなことだ。それが命取りになったね。残念だよ。」

ナンバー1は軽く右手を挙げて、バイバイのポーズを取った。ナンバー13は無線機の向こうで顧客が興奮した声で数えるカウントダウンに耳を澄まし、自爆の合図を送る構えに入った。

「さようなら、ナンバー4、愚かな友よ!」

ナンバー1、藤原京也くんの傍若無人な笑い声が、ひときわ高く天に突き刺さった。


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