第6話 陶酔する全体主義

11 閑話休題


あ~ら、お久し振り。アタシよ、ア・タ・シ。え、忘れた?まあ、ひどいわねえ。ほら、此の小説の冒頭で皆さんにお目にかかった弁士さんですわよ。もっと早く会えるかと思ったのに、再登場まで意外と頁が掛かったかしら?ま、それはともかく、ここでちょっと今までのお話を整理しますわ。まあ、なんて親切な小説なのかしら!

でもねえ、たいした話じゃあないのよ、基本はね。恋愛している鬼首久美に、悪の秘密結社「まだら団」がその恋を打ち破らんとして次々と襲い掛かる。その刺客をバッサバッサと言うか、なんとはなしに撃破していく。それだけのことですもの。

ただね、この刺客がナンバー2とか3とか連番制なのよね。これがちょっとややこしいから、ここで少し整理してみましょうかしら?

・ナンバー1(まだら団首領)

藤原京也  世紀の天才生徒会長 通称「学園のプリンス」

・ナンバー2

 工藤順一  生徒会副会長の美少年 通称「アイドルボーイ」

・ナンバー3

 草薙耕太郎 生徒会書記の天才科学少年 通称「マッド・サイエンティスト」

・ナンバー4

 加藤祐一郎 生徒会書記のバカ真面目人間 通称「苦い真実」

・ナンバー5

 御堂秀吉  浪速の天才少年相場師 通称「狂乱の資本主義」

・ナンバー6

 大久保家康 天才少年格闘家 通称「白い血の殺し屋」

・ナンバー7

 アダム・E・ジェファーソン USAの天才少年 通称「神の降臨」

・ナンバー8

 真田幸美 生徒会副会長の美少女 通称なし

・ナンバー9

 穂積芳正 天才少年将棋家 通称「神の一差し」

・ナンバー10

 火渡沙希 天才シャーマン 通称「燃えるシャーマン!」


 このうち、2、3、5、6、7、10の六人が既に敗れ去っているのよね。それで問題はこの番号が何番まで行くのかってことなのよねえ。この調子で何百番、何千番まで続いたら、此の小説はそれこそ何万ページにもなってしまいますものね。

 でも安心なさって。番号は14番までなの。なぜ分かるかって?それは、このアタシが14番だからよ。今日ね、新しく「まだら団」に入れてもらったのよ、アタシ。そしたら、ナンバー1さんが「君はナンバー14だね」って言ったのよ。

 だからね、鬼首久美達はこれから後、4、8、9、11、12、13そしてナンバー1の計七人を倒す必要があるのね。え、アタシ?アタシを倒しちゃあダメでしょう。弁士がいなくなったら、困るでショ。

 でもよく考えたら、まだ半分以上あるのよねえ。7/13だものね。でもこれから先は一度に二人以上の刺客が出ることも多くなるんじゃないかしら?思ったよりは長くはないかもしれないわよ。

 ではこの辺で失礼しますわね。またどこかの頁でお目にかかれると思うわ。その時には、アタシのことを少しはお話しできると思うわ。楽しみにしていてね。

 では続きの始まり、始まりイ~。


  12 陶酔する全体主義


 学園祭は大盛況のうちに無事終わった。お客さんの評判も上々だったし、チャリティーのお金も随分集まった。あんまり盛り上がり過ぎて、学園祭の準備や当日のキャンプファイアーなどを通じて仲良くなっちゃったにわかカップルがあちこちに溢れた。そうして、これほどうまく学園祭を取り仕切った生徒会現執行部に対する評価も最高潮に達してしまった。

 これは斉藤一子ちゃんには面白くなかった。あの売上競争や手作りケーキのセリで憎っくき藤原京也から一本取ったつもりだったのに、終わってみればその盛り上がりのおかげで藤原政権はより安定度を増してしまったのだ。なにしろ、先頃行われた新聞部による生徒会支持率アンケートでは、なんと94%もの生徒が現執行部を支持するという結果だったのだ。

 一子ちゃんが地団駄踏んで悔しがっているその隣では、久美ちゃんが藤原くんの御安泰に手を叩いて喜んでいた。そして真田幸美さんは加藤くんに生徒会長への立候補を求めたが、あっさり断られてしまって、窓の外の秋空を見る瞳も憂いの色を濃くしている。おまけに恋の狩人、綿貫浪江さんも、新たなターゲットと目星を付けていた三年生のサッカー部の先輩が、学園祭を機にマネージャーの女の子とくっついちゃったという話を聞いて、完全に脱力状態に陥ってしまっていた。

 こうして藤原生徒会は反対派を完全に圧倒し、対抗馬もなく、無敵の強さで選挙を勝ち抜き、このまま政権を維持することは誰の目にも明らかになった。そして副会長の真田幸美さんと藤原くんがうまくいっていないという噂も一部でささやかれ始め、彼女は今度の選挙に立候補しないで身を退くだろうという観測も、まことしやかに流れ始めた。

 だが、ここに一つの真理があった。それは、政治の世界は一寸先は闇、ということだ。そしてその闇は、一見すると、どうでもよさそうな事から、たいして関係なさそうな人から発することが多いのだ。

 或る日、事件が起きた。と言っても、此の学校ではない。はるか遠くの県の学校で、校長と教頭が不良の生徒に殴られるという不祥事が起きたのである。その学校は以前からかなり荒れていたので、結局警察が介入して関係した生徒は根こそぎ補導された。これはこれで重大事件だが、しょせんは数百キロも離れた地で起きた、新聞にも載らないような事件だった。しかし、これが大いに此の学校に影響した。なぜなら、殴られた校長が本校の校長と同級生だったからだ。そして校長は同窓会の席で二十年ぶりに再会した友人から、生徒に振われた暴力の恐怖をたっぷりと叩き込まれてしまった。友人は頬の痣も生々しく、自由放任にし過ぎたのが原因だったと涙ながらに語った。校長は帰りの飛行機の中で、自分の学校も自由闊達を校風とすることから、自由という点では暴力学校と変わらないのではないかと危惧し始めた。おまけにここのところ、チンピラヤクザに始まって、訳の分からない関西弁の少年や格闘家、謎の占い師なんかが出入りしているとも聞かされていた。これを校長は恐怖の始まりだと捉えてしまった。ついでに此の校長先生は、定年まであと一年だった。つまりあと一年だけ問題を起さずに乗り切ればそれでいいという、姑息な役人根性が忍び寄る余地が大いにあったのだ。

 

 その布告が出たのは、月曜日の朝、突然だった。昇降口の前の、一番目に付く大掲示板に、でっかい字で書いてあった。それは、こんな内容だった。


「 告 風紀取り締まりの強化について

 昨今、本校の風紀は乱れに乱れ、到底看過し難い状況に陥っている。ここにおいて、私、○○高校校長は、義憤の念止み難く、ついに強権の発動を決意するに至った。すなわち、現行の惰弱なる風紀委員会を「大公安委員会」に発展的に改組し、これに校内の治安維持の権限を全面的に委ねることとした。以後、生徒諸君は大公安委員会の指示に従順なることが絶対に求められることとなる。その旨、理解しておくこと。以上。」


 この奇ッ怪な文章は、すぐには生徒の皆さんには理解されなかった。なにしろ大公安員会なるものが何なのか、さっぱり分からない。それでみんなこの布告をほとんど相手にすることもなく、そのまま恋愛に若い日々を燃やしていた。

 布告が出てから三日目の朝、突然、灰色の制服に身を包んだ一団が校門に現れた。十人ほどの灰色制服は校門の両側に列を作り、登校してくる生徒達を威嚇した。この異様な連中に遭遇した生徒のほとんどは、足早にその場を通り過ぎた。幾人かの度胸のある生徒が、なんだおまえらはと詰め寄ろうとしたが、鋭くうなるムチと高圧電流の火花を散らすスタンガンに脅されて、身を退かざるをえなかった。

 その朝、一時限目の前に生徒達は全て体育館に集合させられた。いきなりの集合で何事かと皆いぶかしがった。そして、その疑問は壇上に現れた灰色制服の少年の姿によって頂点に達した。灰色少年は傲然と後ろ手を組み、胸をそらせて話し始めた。

「諸君、ご苦労である。私が○○高校大公安委員会委員長の土居原大造(どいはら だいぞう)である!私は此の学校の校長先生から、校内の治安全てを全面的に委任された。そして私はこの任に充たるための有志を集め、治安維持のための特殊機関、「大公安委員会」を結成した。本機関は、校内の風紀の乱れを芽のうちに全て摘み取り、以て治安の維持を図らんとするものである。なお、此の方針に反対した藤原生徒会長及び加藤生徒会書記は、現在無期限停学処分とされている。諸君の中から、万が一にも我々に反抗しようなどという者が現れたら、その不義なる精神は、正義の鉄槌によって徹底的に打ち砕かれるであろう!」

さすがにここまでくれば、事態がどうなったのかは誰にでも分かる。そして、誰もが猛反発した。土居原大造くんの演説が終わるか終らないうちに、生徒の中からふざけるなという怒鳴り声が起こり、それはあっという間に伝播し怒号の大合唱となった。

「黙れい!」

土居原大造くんの叫びとともに、火花が散った。体育館の四隅に配置されていた灰色制服どもが一斉に手にしたスタンガンを最大放電したのだった。皆、閃光を目にして悲鳴を上げた。が、再び黙れ!と怒鳴りつけられて、沈黙が支配し始めた。

「我々の治安維持任務は既に学校側も全面的に承認済みである。と言うよりも、学校側からの強い要請によるものである。校長先生、教頭先生、学年主任の先生方、どうぞ。」

土居原大造くんに促されて、先生達はのろのろと壇上に上がった。その顔は一様に強張り、年配の女性教師などは顏が青白くなってさえいた。土居原大造くんは丁寧に、しかし断固たる仕種で、校長先生をマイクの前に立たせた。そして有無を言わさぬ迫力で、どうぞ、と言った。

「あ・・・あの・・・」

校長はマイクに向かってぼそぼそと話し出した。

「私は・・・本校の現状を憂え、ここにいる土居原くん以下の諸君に、大公安委員会を結成してもらい・・・その、本校の学内の治安維持を委ね・・・これはつまり問題が起きないようにするための、言わば予防的措置であって・・・理解して下さい。」

尻切れトンボに話は終わり、校長は一礼するとマイクからふらふらと離れていった。その背中に、校長先生に礼!という威勢のいい掛け声が浴びせられ、灰色制服が一斉に頭を下げた。

 集会は戸惑いと怒りのうちに終了した。過激な生徒の中には、灰色の奴らを襲ってしまえ、という者もいた。だが大半の生徒はとりあえずこれから何が起きるのか、灰色どもが何をするのかを見極めてから自分達の態度を決めるつもりだった。そんな中で行動を起こしたのは、生徒会副会長の真田幸美さんだった。集会が終わるや職員室に直行し、事情の説明を求めると共に、藤原京也くん達の停学処分の理由の開示を求めた。だが、職員室は突如行われることになった実力テストの問題作成中という名目で立入禁止とされ、廊下で校長や教頭を捕まえても、もう決まったことだと逃げ惑うばかりだった。

「いったい、これからどうなるんだろう?」不安に駆られて一子ちゃんもつい顏が曇る。

「藤原くん、どうしちゃったんだろう。」久美ちゃんですら、うつむき加減になった。真田幸美さんは加藤くんに電話したが、全く通じない。彼の家の場所を知らない彼女は担任の山田先生に尋ねたが、個人情報の開示は勘弁してくれと逃げられてしまい、途方に暮れることになってしまった。


 翌朝、灰色の制服の一団が最初にやったこと、それは校門の前に一列に並んで、落ち葉を掃き掃除することだった。それから門の前の横断歩道で、小学生やご老人が渡る際の横断の誘導を始めた。更に登校してくる学生達に大きな声でおはようございます!といちいち挨拶をし始めた。特に先生が来た時なぞは、四十五度に腰を曲げて、深々と礼をして挨拶をした。授業が始まっても、灰色どもは大人しかった。もっとも彼ら一群の転校生はなぜか元の生徒から隔離されて、校庭のプレハブに臨時クラスを作っていたので、一般の生徒とはそもそもあまり接触しなかった。

 何事もなく一日が過ぎ、二日目の朝になった。そして、状況は変わった。大公安委員会が当初の姿を一変させたからだ。それは悪の牙を剥いた、というのではない。むしろその反対、なんと警察からお褒めの言葉をいただいたのだ。それはこういうことだった。つまり、大公安委員会のメンバーは人助けをしたのだ。夕べの八時頃、商店街の脇道で小学生の女の子が男に車で連れ去られそうになった。それをたまたまその日から町内の自警活動を開始していた大公安委員会のメンバーが見つけ、不埒な誘拐犯を取り押さえ女の子を助けたのだ。

 この美談はまさに電撃的に世間に伝わった。街の人々は拍手喝采を送った。メディアはこぞって褒め讃えた。テレビのインタビューに、土居原大造くんはこう答えた。

「僕らは転校生で此の街に来たばかりですが、一日も早く此の街の一員として溶け込んでいきたいと思いました。それで皆と相談した結果、街の方々の役に立つようなことをして地域社会を盛り立てていけば、きっと街の方々により早く受け容れてもらえるだろうということになったんです。それで自警団を作って見回りを始めました。それによって子供さんが助かって本当に良かったです。これからも地域社会に貢献できるよう、地道に頑張っていきたいと思います。」

この台詞に、某ニュース番組の有名評論家などは涙ぐみ、こうした若い世代の自警団活動のような地域に密着した運動こそが治安対策の決定打であり、同時に青少年問題の最終的解決策だと持ち上げた。こうして大公安委員会は、表向きは○○高校自警団として世間から素晴らしい組織と認知されるに至った。

 そして、校長もにわかに時の人となった。独創的な組織を結成して地域の治安に貢献し、同時に校内の治安も改善するという、素晴らしい策を生み出した人として、週刊誌の取材が来た。教育委員会も褒めてくれた。挙句に選挙の近い市長まで褒めに来て、校長に退職後に教育委員会のしかるべき地位を与えることまでほのめかしていった。校長は完全に頭に血が上った。そして、大公安委員会のやることに逆らうのは私が許しません、と心底から熱心に説くようになった。これ全て、わずか一週間に満たない間の激変であった。

 学校全体が、おかしな雰囲気になってきた。一般の生徒の中にも、要するに新しく応援団が出来たようなものだと言い出す者も現れ始め、ついには大公安委員会のメンバーに加えてもらいたいと言い出す者も現れた。

 大公安委員会のメンバーは当初の三倍以上に膨らんだ。そして各クラスに最低一人はいる状態になった。彼らは揃いの灰色の制服に身を包み、放課後も街の掃除やパトロールに勤しんだ。そして彼らのおかげで暴走族が寄り付かなくなったと町内会から御礼の手紙が来た後に、校長は全校生徒の前で大公安委員会を表彰すらしたのだった。

 このまま行けば、これはこれで不愉快だけれども、なんとはなしにマアいいか、という状況で収まったかもしれない。が、またもやささいな事で状況は進んでしまった。この学校の生徒の不祥事が起きてしまったのだ。それは或る愚かな生徒が商店街の本屋さんで万引きを見咎められ、しがみつく店員さんを振り払って逃げようとした際に、軽い怪我をさせてしまったという事件だった。この悪の生徒は駆けつけた大公安委員会によって取り押さえられ、交番に突き出された。次の日、土居原大造くんはなんと頭を丸めて、本屋さんに行った。そしてウチの学校の生徒が申し訳ないことをしたとつるつるの頭を下げて謝罪し、責任を取る意味で大公安委員会を解散するとまで申し出た。

 この潔さ?に街の人々は感動させられた。そして校長は、手の届くところまで来た教育委員会の座が、間抜けな生徒の暴挙によって潰されることもあるのだという事実に恐怖した。これで校長の最後の理性は吹き飛んだ。街の人々も、校内の不良を大公安委員会の手で取り締まらせろと言い出した。それに押されて、校長はGOサインを出した。

 翌日から、各クラスの大公安委員会のメンバーは行動を開始した。生徒達の持ち物検査を抜き打ちで行った。有名無実と化していた校則をタテに、髪の長さや色、果ては女生徒のスカートの長さまで計測し、少しでも規則違反と認定した生徒に対しては罰則と称して体育館で腕立て伏せや懸垂などが課された。逃げる者にはムチとスタンガンの電流が荒れ狂った。

「冗談じゃないわ!」

真田幸美さんは憤激して職員室に抗議に行った。久美ちゃんも、一子ちゃんも、ナミちゃんまでお供して殴り込んだ。だが、そこで待ち受けていた大公安委員会の連中に遮られ、腕を掴まれ引きずられ、文字通り校門の外に放り出された。そしてピシャリと閉められた門越しに、「先生方を脅した罪により無期限停学処分とする」という宣言を一方的に読み上げられてしまった。

 こうして、暴力は勝利した。そして暴力による支配は、速やかに広がっていった。


「いや、思った以上にうまくいったねえ。マア、いろいろ手回ししておいたからね。それに、偶然もうまいぐあいに作用してくれたし、ね。」

藤原京也くんは自宅のベランダで、愛用のマイセン焼きのカップで紅茶をすすりながら優雅に言った。

「ナンバー11、今や君は我が○○高校の盟主であるだけでなく、この地域の希望の星でもある。どうだい、ご感想は。」

「ちゃかさないでいただきたい。私はきわめて真剣なんです。」ナンバー1を前にしてナンバー11は直立不動の姿勢で答えた。「この腐った世の中を変えていくには、前衛的精神を持つ者が、率先垂範して引っ張っていくしかないのです。そして、世の中を変えるには、前衛たる我々が暴力を操り、その暴力を以て既存の体制を根底から打ち砕くしかないのです。そして暴力を行使するには、そのための前提条件があります。政治とは、暴力発動のための物理的・心理的条件を如何に整えるかということなのです。」

「なかなかに興味深い話だね。」

「世直しや変革を求めていく中で、いろいろと偶然も作用するでしょう。そうした偶然に対して臨機応変に対応することも必要です。ですが、何より大切なことは・・・」

「大切なことは?」

「まず与えること。そしてそれによって、こちらに依存させることです。我々はまず「治安」を与えてやった。その味を知った彼らは、我々のやることに対して、多少のことはもう気にしなくなります。」

「そうか、それで?」

「そもそも人は心の中に他人に対して暴力を行使したいという根本的な欲望を抱いています。しかし、これは日頃は抑制されている。倫理によって、報復される恐怖によって、あるいは他人よりも目立ってしまうことで村八分にされる恐怖によって。」

「ふうむ、おもしろいね。」

「こうした抑制装置を外してしまうのです。まず誰かが率先して暴力を振う。これで、暴力を行使するという選択肢もあるのだということを大衆に気付かせる。更に暴力を振う相手を我々から選別する。より劣った、あるいは悪の分子としてレッテル貼りをする。こうすれば、彼らに暴力を行使することが正当化される。これはまた、暴力を直接には受けない者達に、自分達は彼らとは違うのだから安全だという幻想を抱かせ、無関心に誘い込むことにもなります。そして無関心とは、匿名の賛同に他ならないのです。」

「それで?」

「ここまできたら、実際に一度暴力を行使させてみるのです。相手の筋や骨を砕いた瞬間の、その陶酔を体に覚えさせる。そして心のリミッターを外す。一度相手を殴れば、もう一線を越えた者となり、我々の共犯者です。そしてそれを褒めてやる。徹底的に暴力を褒める。この肯定的な評価が、共犯意識を参加意識へと昇華させていくのです。」

「なるほど。よく分かるよ。それで、君にとって愛とは何だね。」

「愛ですか。方便ですね。愛国心、愛校心、なべて愛とは人を集団にまとめ、戦闘集団に仕立て上げるための方便ですよ。それが証拠に愛国心などは他者との戦いの際に強調されるでしょう。」

「そうかい?しかし愛は集団に逆らうこともあるだろう。戦争に行かされるのが嫌で、愛する二人が手に手を取っての逃避行、なんてこともあるだろうに。」

「そんなものはそれこそ力で叩き潰せばよろしいのです。」

「そう簡単にいくかな?たとえ力づくで二人を引き裂いても、時が経てばまたくっついてしまうのではないかな。」

「それは力が弱いからです。力が完全に二人を引き千切るほどに強くないから、またぞろ復活するのです。力が強ければいい。歴史を御覧なさい。理のある方が勝つのではない。暴力で完全に破壊した方の勝ちなのです。インカやアステカを滅ぼしたことに対しては謝罪しないくせに、ユダヤの王国となると狂ったようにわめく。それはアステカの子孫には力が無いが、ユダヤの子孫には力があるからです。つまり暴力で完全に粉砕してしまえば、声も残らないのです。歴史に残るのは、声を残すことができる程に強い者だけです。」

「おやおや、君は反ユダヤ主義かね。さすが、ナショナリストだ。僕にはユダヤ人の友人もいるし、その辺は賛成しかねるな。人種なんてどうでもいい。それよりも、僕と同じように優秀であるかどうかだけが問題だ。」

「・・・世界はそれほど理性的ではないでしょう。しょせん、人種の壁はまだ残っています。」

「まあ、いい。ところで君は今や或る程度以上の力を得た。それで、これからどうするつもりだい?」

「そうですね。まず大公安委員会のネットワークを作ります。大公安委員会は今や現代の教育問題、地域の安全問題の模範解答と見なされています。声を掛ければ、賛同する者は山ほど出てくるでしょう。そうして、この運動を通じて、力を蓄え、一気に羽ばたく。」

「それはいいが、愛の方はどうする?」

「愛ですか。まあ力で制圧していく過程で軽く捻ってやりますよ。それとナンバー1、一つお願いがあるのですが。」

「なんだい、言ってみたまえ。」

「私は是非○○高校の生徒会長になる必要があります。生徒会を把握してこそ目的は達成される。いかがでしょう、お許しいただけますか?生徒会長の座を・・・」

「ああ、そんなことか。いいとも。お安い御用だ。生徒会長は君に譲ろう。しかし選挙があるぞ。」

「なに、校長先生が指名制にすると言っております。だから、私を指名させればいいのです。」

「なるほど、それは選挙の手間が省けていいな。」

「そういうことです。では、これで失礼します。」

ナンバー11の土居原大造くんは一礼して部屋を出ていった。それを見計らって、隣の部屋で隠れて聞いていたナンバー9の穂積芳正くんが入ってきた。

「よろしいのですか。生徒会長を譲れなどと、図々しい申し出を許しておいて・・・」

「許すも許さないもないさ。どうせ彼は決して生徒会長になることはできないんだからね。」

「なるほど。何かお考えがおありで。」

「考えというほどでもないがね。まあ、人間の天然自然の成り行きさ。放っておいても、世の中はそういうふうに動くよ。」藤原京也くんはそう言って不敵に笑ってみせた。

 そこへ、執事のセバスチャン熊本さんが銀の皿に封筒を載せて持ってきた。受け取るとナンバー1は丁寧にナイフで封を切って、手紙に目を走らせた。そうして満足の笑みを浮かべて、ナンバー9に手紙を渡した。元来が秘密主義のナンバー1が自分のところに来た手紙を他人に見せるなどというのは初めてのことで、ナンバー9はいぶかしがった。だがナンバー1の視線に促されて、手紙を読み始めた。


「ご依頼のありました「悪夢」の件についてですが、この上もなく完璧に仕上がりました。我々の育てた中でも間違いなく一番であるだけではなく、おそらくあらゆる組織が抱える同種の者の中でも圧倒的にナンバーワンの位置を占めるでしょう。更に言えば、この種の者の歴史の中でも特筆すべき存在になると請け合うことができます。その実力については我々が保証します。

 しかしながら、先頃発生したハイジャック事件のため空港の警備が厳重となっており、そうした中で日本に入国させるための偽造書類に完璧を期するために、「悪夢」を送るのは一週間ほど延期せざるをえなくなりました。申し訳ありませんが、ご了承願いたいと存じます。なお、所定の料金は我々の口座に20××年○月○日までにお振り込み下さい。云々。」


「これは・・・?」

「ナンバー13だよ。いよいよ日本にやって来る。君も作戦立案にあたっては、ナンバー13の存在をちゃんと計算に入れておいてくれ給え。」

「ナンバー13・・・やはりお呼び寄せられたので・・・」

「当然だ。彼がいなくては、最後の幕が開かないだろう?」

「はい・・・」ナンバー9の顏から血の気が退いていった。その様を実に楽しそうにナンバー1は眺めていた。


  13 革命の炎


 有無を言わさぬ停学処分を食らってしまって、久美ちゃん達が落ち込んでいたか?とんでもない!なんと言っても、○○高校の怪獣娘という有難いあだ名を一部の男子から頂いている彼女のことである。一番最初に考えたのは、どうしてくれようという、逆襲のことであった。それでも久美ちゃん一人ではどうしようもなかったかもしれない。しかし今回は頭脳の幸美さんと根性の一子ちゃんと、なんだか分からない情熱のナミちゃんも一緒だ。この四人組で力と策を合わせれば、なんとかならないことはないだろう!そう考えて、四人は幸美さんの家に集まって話し合うことにしたのだった。

 幸美さんのおうちはなかなかに立派で大きな家だった。久美ちゃんは、今まで優等生であった幸美さんが停学なんぞになって、ご両親はさぞかし嘆いておいでだろうと思っていた。ところが、さにあらず。学園祭の打ち上げでお知り合いになった幸美さんのお母さんは、よくぞ不正に立ち向かったと一同を褒めてくれた。そして話し合いの部屋にお菓子やらチラシ寿司やらをしこたま差し入れてくれて、最後まで頑張りなさいと力いっぱい発破を掛けていった。あまりの威勢の良さに呆気に取られていた久美ちゃんに、幸美さんは照れ臭そうに、いつもああなのと言った。

 気を取り直して、会議は始まった。まず久美ちゃんが、あの灰色制服どもと一大決戦をして一挙に事を決しようと提案した。

「確かに人数は向こうの方が多いけれど、でも私の兄ちゃん達が加勢してくれれば、なんとかなるよ!」

「ばーか、相手は武器を持っているんだぜ。」一子ちゃんは唇を突き出して言った。

「そうね、それに学外の人を引き込んで暴力に訴えれば、退学させられてしまうかもしれない。相手の思うつぼかもしれないわ。」

幸美さんも賛成してくれなくて、久美ちゃんは仕方なく案を引っ込めた。しかし、それで次の案が出るかというと、そうはならなかった。出るのはため息ばかりなり、という哀れな状況になってしまった。

 と、そこへトントンとノックの音が聞こえてきた。そして、どうぞと言う間もあらばこそ、勢いよく部屋の扉が開かれた。幸美さんは、お母さん勝手に開けるのはお客さまに失礼でしょうと言おうとした。したが、言い終わる前に硬直した。お母さまの胸には、久美ちゃんの愛猫のクマスケが抱かれ、その母の後ろには泥まみれで額から血を流している加藤祐一郎くんの姿があったからだ。

「あのねえ、この猫ちゃんをこの方が助けてくださったのよ!」幸美さんのお母さんはやや興奮した面持ちで言った。

「どういうこと?」一子ちゃんがクマスケと加藤くんを交互に見やりながら早口で問うた。

「あのねえ、クマスケちゃんが道を歩いていたら、いきなり灰色の制服を着た連中に襲われたらしいの。そこを通り掛かった加藤くんが助けてくれたそうよ。お向かいのお婆ちゃんが全部見ていてね。それで、お婆ちゃんは学園祭でクマスケちゃんのことを知っていたから、ウチの猫ちゃんだと思って、加藤くんを案内して連れてきてくださったの。」

「でも、その姿・・・」幸美さんは加藤くんのボロボロの様を見て、絶句してそれ以上は続かなかった。

「四五人、のしてきたからね。」加藤くんは無愛想に言った。

「すぐに手当しましょう。」幸美さんのお母さんは加藤くんの手を引っ張って、幸美さんの部屋に引き入れた。加藤くんはいいえと遠慮したが、その顏は赤面しまくっていた。

「幸美ちゃん、加藤くんを手当してあげて。私はクマちゃんを見るわ。」お母さんは救急箱を用意して、他の三人にも手伝うように手早く指示をした。久美ちゃんはクマスケが怪我をしていないか慌てて調べたが、幸いクマスケは擦り傷一つなかった。幸美さんは加藤くんと向き合って、真っ赤になって、ええとええとと言いながら消毒薬や絆創膏と格闘していた。その様を見て、これでは手当が先に進まないと一子ちゃんが苦笑しながら手を貸した。

「いったいどうしたの?」幸美さんは視線をずらして、それでも加藤くんの顏をチラチラと眺めながら尋ねた。

「どうもこうも・・・大公安委員会の奴らが、野良猫狩りを始めてね。街の環境浄化だとか言って。それで猫達を追い掛け回しているところに出くわしたんだ。弱い者いじめは止めろと怒鳴りつけたら、そのまま殴り掛かってきたので、仕方なく蹴り倒したのさ。」

「その猫がクマスケだったの?」久美ちゃんはクマスケを胸に抱きしめて問うた。

「君の猫だけじゃない。ここらの猫を根こそぎ、ね。」

「それで猫達は・・・」

「ああ、みんな無事さ。」

「でも加藤くんは大丈夫なの?」幸美さんは、額に大きな絆創膏を貼られた加藤くんの姿に、目に涙を浮かべて言った。

「まあ、猫達が無事でよかった。僕のことはどうでもいい。」

「でもこんなに傷が・・・怪我が・・・」

「額の向こう傷は男の勲章さ。」加藤くんは古い台詞を吐いて、にこっと笑ってみせた。これで幸美さんの涙は堤を越えて溢れ出してしまった。

 久美ちゃんは、加藤の奴ダサい台詞を言うなあと内心呆れていたが、その一方でクマスケの命の恩人であるから、心の底から素直に感謝の言葉を言った。

「あのさあ、実は私達停学食らっちゃってさ、これからどうしようかと話し合っていたところなのよ。よければ、加藤も話し合いに加わってくれない?どうせアンタも停学の身なんでしょう?」一子ちゃんは幸美さんのために、この機会を逃してはならないとばかりに口説きに掛かった。そして、友人達の同意を得ようと一同を見回した。そこで一子ちゃんはとんでもないものに出くわした。なんと、あの愛の狩人綿貫浪江サマが熱い熱い眼差しで加藤くんを見つめているのだ。これにはさしもの強者斉藤一子サンでも、未来を考えると背筋に冷たいものが走った。


「策は、ない。」加藤くんは正座する否や言い放った。「正面突破だ。暴力には、それが一番だ。」

「何か、いい見通しはあるの?」

「とりあえず頑張るだけだ。大丈夫、なんとかなるよ。」加藤くんの力強い言葉に、一同の心に希望の光が射してきた。

「あの、藤原くんは・・・」久美ちゃんは、加藤くんが加わるのなら、この際藤原くんも味方に引き込めないものかと、おずおずと言い出した。

「藤原は今日本にいないそうだ。昨日会いにいったが、屋敷の人にそう言われたよ。」

「あ、そう・・・」

「久美すけ、海外逃亡した奴なんか、相手にするな!」一子ちゃんに冷たく突き放されて、久美ちゃんは泣きたくなった。それでも涙を流すまいとクマスケに思い切り頬ずりをした。

「さあ、作戦会議を続けるぜ!」一子ちゃんはそんな久美ちゃんを励まそうとして、威勢よく叫んだ。


 大公安委員会委員長であるナンバー11、土居原大造くんは焦りの色を濃くしていた。今まで順調そのものであった状況が、ここに来て急変し始めたのだ。学内の反対派を暴力で完全に弾圧してしまった後、暴力を振う相手がいなくなってしまった。それで大公安委員会のメンバーにストレスがたまり始めた。そこへ街の人から野良猫の糞の被害について愚痴をこぼされたので、一部のメンバーが野良猫退治と称して行き場のない暴力の衝動を猫狩りに向けようとした。そこをナンバー4に叩きのめされた。

(しょせん、勝ち組の勢いに乗って来ただけの連中なぞ、我が「まだら団」のナンバー4には敵うわけもないか。)

土居原くんは目を閉じて、ボロボロにやられた部下に仇を取ってくれと泣きつかれた場面を頭に浮かべていた。彼としても一挙に事を決したかった。が、逆風が吹いた。猫狩りの連中が襲っていた猫達の中には、街の猫好きの人々が餌をやっている野良猫も多かった。それどころか飼い猫も混じっていて、おまけにそのうちに一匹は事もあろうに、藤原くんのおばあさんが可愛がっていたアメリカンショートヘアだったのだ。

(純血種の飼い猫と雑種の野良との区別もつかんとは・・・)

土居原くんは部下を罵倒してやりたかった。だがせっかく味方についたばかりの者を叱責によって敵に追いやってしまうことには躊躇した。それに区別がついていなかったのではなく、暴力のはけ口を求めていた部下達は純血種と分かっていてなお殺そうとしたと見る方が正しいと思われた。

 しかしこの暴挙は高くついた。街の老人会はすぐに敵に回った。もともと、真田さんや加藤くん達の旧生徒会にボランティア活動を通じて馴染みがあった老人達は、猫を苛められて迷わず真田幸美さん達の味方についたのだ。それだけではない。ナンバー1からの手紙が速達で届けられた。それは、

「僕の祖母を悲しませている暇があったら、さっさと「愛」を破壊したまえ。僕は明日一日以上待つつもりはない。」

という厳しい内容だった。トドメに、今日校門脇の掲示板に、加藤祐一郎・真田幸美・斉藤一子・鬼首久美・綿貫浪江の連名で公開挑戦状が叩きつけられた。それには、

「弱い者いじめは止めて、正々堂々と勝負しろ!」

との一行が、野太い毛筆で書かれてあった。

 暴力を旨とする組織が、力で挑まれて後に退くわけにはいかない。そうかと言って、か弱い老人達の味方を大勢の暴力で打ちのめすのは、それはそれで組織の体面が悪い。だが、時間もない。

(仕方ない。ここは力づくで押し潰す。)

決意したナンバー11は特に腕に自信のありそうな部下を十数人呼び集めた。


 翌朝、久美ちゃん達の挑戦状の隣に、新しい布告が貼り出された。それは大公安委員会委員長名で出されたもので、こうあった。


「 告

○○高校生は、本日只今より、恋愛は一切禁じられる。

 恋愛は、受験勉強の邪魔である。我が○○高校の大学合格率はここ三年間悪化の一途を辿っている。これは恋愛沙汰にうつつを抜かし、勉学に身が入らないためである。したがって、この悪しき事態を打破するために、大公安委員会は恋愛を一切禁止することとした。生徒諸君はこの命令を必ず遵守されたい。もし破る者があれば、すなわち今現在恋愛をしていると認定された者は、厳しい処分が下される。

 この布告に異議のある者は、放課後17時までに校庭に集合せよ。17時までに校庭に出頭しなかった者は、この布告に全面的に従うことを表明したものと見なす。

                     大公安委員会委員長 土居原大造  」


 放課後に、ほとんどの生徒は校庭を覗きにいった。そこで彼らが目にしたのは灰色の制服どもが、ムチやスタンガン、木刀などを手にしてひしめいている場面だった。灰色どもの真ん中に、土居原大造くんが会議室から持ち出してきた大きな椅子に足を組んで腰掛けているのだった。真っ当な人間ならば「私はあの布告には反対です」と名乗り出ることは到底考えられない状況だった。

 土居原大造くんは校舎の大時計に目をやった。午後4時48分。ほうっと軽い安堵が漏れた。同時に心の奥から軽い高揚も湧いてきた。順序を踏んでここまでやってきて、いよいよ裸の暴力で相手の心をへし折る、その段階に至った。それもどうやら、第一段階は成功で終わりそうだ。このまま既成事実として進めていけば、相手は完全に屈服する。一度暴力に屈してしまえば、二度三度と屈し続けることに抵抗が無くなる。それどころか、暴力に対抗しようとする人間に対して嫉妬を覚えるようにもなり、反乱を企んでいる連中の情報を進んで流すスパイにもなるだろう。そうなれば、完全に暴力による心理的な支配が完成するのだ。

(そうだ、あと一歩だ。)

また時計に目をやる。4時52分。と、側近の一人が身を屈めて、小声で話し掛けてきた。

「只今、密告がありました。旧生徒会の一部ハネ上がりどもが、反乱を企んでいるとのことであります。」

「・・・誰の密告だ?」

「一年生のクラス委員長です。昨日、停学になった副会長一派から電話があって、全学ストの計画について打ち明けられたそうです。しかしその一年生は我々の報復が恐ろしくなって、先ほど申し出てきましたので。」

「そうか。」土居原大造くんは頷きながらも、密告機械も機能し始めたかと心に笑みを浮かべた。そして、17時に行う勝利宣言の中で、全学ストを計画している不遜な連中がいるらしいが、参加者はタダでは済まさないと釘を刺しておくことにした。

 17時のチャイムが鳴り始めた。土居原大造くんは立ち上がった。そして周りの灰色どもを自分の側から遠ざけ、校庭の真ん中に一人、誰からでも分かるように目立つ位置に立った。

「諸君!」

側近がマイクを持ってきた。が、土居原大造くんは不愉快そうな視線で制して、鍛え上げた地声で続けた。

「諸君、約束の時は来た。しかるに誰も私の前には現れない!これはすなわち、我が意に賛同したことである!決まりだ、恋愛は禁止された。以後、恋愛感情を抱いた者は、我が鉄拳によって打ち砕かれる・・・」

とここまで言って、土居原くんの顏が歪んだ。一人の男がやってくる。いや、女も一緒に。遠目に見ていた生徒達の間から、浮かび上がってくるように、二人の姿が。

「・・・反対!」

加藤くんと真田さんが一緒に叫んだのと、17時のチャイムが鳴り終わるのはほぼ同時だった。土居原大造くんは、暴力による支配を完成させるには、面と向って反対してきたこの二人を、しかも彼が勝利を確信した瞬間に挑戦してきた不遜な二人を、暴力で打ち倒す以外に道はないと即座に悟った。

「どういたしましょう。」側近が駆け寄ってきて耳打ちした。「相手は二人きりです。しかも一人は女です。それに全校生徒も見ています。」

「だから何だ。」

「いえ、皆の前でよってたかって女に暴力を振うのはまずいのでは・・・」

次の瞬間、側近は灰色の制服を鮮血に染めて、仰向けに倒れた。

「おじけづく奴は許さん。いいか、暴力による支配とは、暴力の生贄になる様を、匿名の大衆に見せつけてこそ、維持されるのだ!」

部下の鼻血で汚した拳を見せつけて、ナンバー11は吠えた。

「いいか、そいつを殺せ!」

さすがにこの命令は躊躇を呼び起こした。灰色どもの足が止まった。だが、既に部下の血を見ていた土居原大造くんは興奮状態にあった。手当り次第に部下の首を引っ掴むと、ナンバー4に向かって急き立てた。悪鬼の如き怒りに怯え、灰色どもはイヤアアと気の抜けたような掛け声で殴り掛かってきた。が、腰の据わっていない攻撃はアッという間に加藤くんと真田さんに撃破されていった。

この様を見せつけられて、土居原くんは怒りに震え始めた。

(ふざけるな!これではまるで、あいつら二人が英雄で俺は引き立て役じゃないか!)

なんとしても、この場を乗り切らなくてならない。それには力で二人を叩きのめし、惨めな敗北の姿を晒してやるしかない。そう思い切った土居原くんは、理性の抑制などほとんど飛んでしまっていた。が、この期に及んでも、恐怖心は残っていた。ナンバー1があれほど買っているナンバー4に真っ直ぐに向かっていくことは躊躇された。

 獣の咆哮を上げて、ナンバー11はムチを振った。それは加藤くんではなく、真田さんを襲い、彼女の足を絡め取った。悲鳴を上げて転倒した彼女の頭を鷲掴みにして無理やり立たせ、その首筋にスタンガンを押し当てて、ナンバー11は叫んだ。

「ナンバー4、抵抗するな!」

ここまでやって、彼はようやく自分がとんでもなくみっともない卑怯な真似に走ってしまっていることに気が付いた。が、恐怖と恥辱と後悔でごちゃまぜになった頭と心は、更なる凶暴を呼び起こした。もはや、この二人を完膚なきまでに打ち倒すしか道は残っていないと思い込んで、ナンバー11は狂ったように叫んだ。

「抵抗するなあ!」

加藤くんは、真田さんを捕えたナンバー11の方を見た。そうして構えを捨てて、無防備の姿になった。

「やれえ!」

号令とともに、一斉に灰色どもが襲い掛かった。アッという間に加藤くんは引き倒され、十人近くに足蹴にされるままになった。が、それを見ていたナンバー11は、側の者に真田さんを押し付けると、加藤くんにたかっていた灰色どもを押し退けて、自ら彼に蹴りを入れ始めた。だが、焦り狂った足元は狙いがうまく当たらない。そのうちに、11の頭に、コイツを立たせて、皆の前で見事なストレートパンチをお見舞いしてノックアウトするところを見せつけてやりたいという、幼稚な芝居心が湧きあがってきた。

「立たせろ!」

灰色どもが、ボロボロになった加藤くんを無理やり引きずり起して、両腕を押さえ付けた。ナンバー11は、ハアーっと大きく深呼吸をした。そして右の拳を握りしめた。それをゆっくりと振り上げて・・・

「委員長!」

灰色が叫んで遠くを指差した。ナンバー11はとっさにその彼方に目をやった。そして目を見張った。制服が、青い制服の警備員さんが何十人もこちらに向かっている。それは間違いなくナンバー1の手勢だった。

(まさか、ナンバー1が俺を見捨てたのか?)

ナンバー11は激しく動揺した。が、さすがにそこは「まだら団」の大幹部だ。すぐさま頭を切り替えて、とにかくこの二人を急いで打ちのめし、とりあえずこの学校を制圧してしまおうと考えた。そうしてここに地歩を築いてから、ゆっくりとナンバー1とその後のことを交渉すればいい、と。

「おーい!」ナンバー11は声の限りに、警備員達に向かって叫んだ。

「攻撃は中止だ!藤原くんから命令が来た。再度命令が届くまで、その場で待機!」

これに警備員さん達は反応した。常日頃、我がままで気まぐれな命令を受けていた警備員さん達は、いかにもありそうなことだと一旦停止して、藤原京也くんに確認を取ることにした。

 時間は稼げた。確信がわずかな笑みを口の端に浮かべさせた。その瞬間、強烈な蹴りがナンバー11の顎を襲った。両手を押さえられていた加藤くんが自由だった左足でハイキックを見舞ったのだ。不意を突かれて、11はもんどり打って倒れ、顎を押さえて悶絶した。灰色どもは呆気に取られ、隙が出来た。この機を逃さず、幸美さんは抑えていた灰色の腕を振りほどいた。加藤くんは両脇の奴を投げ飛ばした。そうして二人で肩を支え合いながら、走り出した。

「逃がすな!」ようやく絞り出した声はかすれていて、誰も反応しなかった。11は自分のカバンのところまでヨロヨロと走り、そこからナイフを取り出した。沈む夕陽を受けて鋭く反射した凶器の光に、この騒ぎを取り巻いていた生徒達から悲鳴が上がった。生徒達は警備員さんに、なんとかしてと必死に泣きついた。しかし命令違反の際にどれだけ酷い目に遭わされるか骨身に沁みて分かっている警備員さん達は、藤原様の命令なしには動けないの一点張りで、棒立ちして遠目に眺めているだけだった。

 加藤くんと真田さんは逃げた。が、ついに体育館の側に追い詰められた。凶器に狂った11は、フッヘヘヘと不気味な笑いに酔い痴れ、ナイフをかざして迫ってきた。

 その頭上にネットが降ってきた。11は避ける間もなく、手足の自由をネットに奪われた。その腕を、加藤くんの強烈な蹴りが襲い、ナイフをハネ上げさせた。

「今よ!」幸美さんの叫びとともに、体育館のベランダから白い影が舞い降りた。これこそ、待ち伏せしていた久美ちゃんで、そのフライング・ニードロップは過たずにナンバー11を襲った。

なんと言っても、格闘技のチャンピオンを葬り去った技だ。ナンバー11は一撃でのされてしまった。そうしてネットをかけた一子ちゃんとナミちゃんが、土居原大造討ち取ったりイイと黄色い大音声で呼ばわった。

途端に、生徒の一部が灰色の群れに踊り込んできた。そのまま乱闘になりそうになったが、素早く加藤くんが間に入ったのと、先生達が遅ればせながら駆けつけたのと、ようやく命令の確認が取れた警備員さん達が灰色どもを取り囲んだせいで、なんとか凄絶な殴り合いにはならずに済んだ。


「君達、大丈夫かい!」警備員さん達の後ろから、藤原京也くんが叫びながら走ってきた。

「ああ、加藤くん、こんなに怪我をして・・・すぐに病院に行きたまえ。車を用意してある。真田さんも病院で医者に診てもらった方がいい。鬼首さん、綿貫さん、斉藤さんも一緒に付いていってあげて下さい。後の処理は僕に任せて。」

思いもかけず藤原くんに声を掛けられた久美ちゃんは、すっかりのぼせて、ハイそうしますウと元気に叫んだ。今や新たなる憧れの君である加藤くんに付き添って欲しいと頼まれたナミちゃんも一も二もなく賛成した。が、一子ちゃんは断固反対した。

「アンタね、今頃ノコノコやって来て、何のつもり?」

だがその抵抗も、保健の先生が早く病院へと急かすものだから、尻切れトンボになった。そうして戦いの主役達は混乱の中で車に押し込まれ、退場させられていった。

 灰色制服は皆集められ、追って沙汰あるまで自宅で待機と言い渡された。ナンバー1は警備員さんによって灰色達が退場していくのを見送りながら、おもむろに校庭の台に登った。そして集まっていた全校生徒に向かって、本日只今を以て、○○高校は大公安委員会から解放された、と叫んだ。

「抑圧の規則は全て廃止だ!恋愛も自由だ!我々の勝利だ!」

そう叫んで右手を天に突き上げた藤原くんに、全校生徒から一斉に物凄い拍手と歓声が浴びせられた。こうして久美ちゃん達の革命的勝利の果実は、一粒残らず生徒会長に横取りされてしまった。


「お疲れ様でした。」大演説を終えて屋敷に戻ってきたナンバー1を、ナンバー9と執事のセバスチャン熊本が迎えた。

「ナンバー11はすぐに中国に留学致します。その他の大公安委員会の中核メンバーは、○○県の全寮制の高校に転校とします。」セバスチャン熊本は、藤原くんの上着を流れるような手つきで脱がせてやりながら言った。

「ご苦労。毎度のことながら、見事な手並みだね。」ナンバー1はスリッパに履き替え、ソファにどっと座った。

「恐れ入ります。それと病院からですが、ナンバー4も8もたいしたことはありません。8はすり傷程度、4も巧みに急所は外させていたんでしょうか、負傷箇所は多いのですが、それも軽い打撲程度だそうでございます。」

「さすがにナンバー4だ。でも今回の敗因分析はナシのようだね。」

「さあ、それはまた病院から戻ってきてからでございましょう。大事を取って、今晩一晩は入院だそうでございますから。」

「そうか。で、ナンバー9の方はどうだ?」

呼ばれてナンバー9はすっと一歩前に出た。

「計画は完成致しました。後はナンバー4の回復と、ナンバー13の到着を待つだけです。」

「よろしい!」ナンバー1はポンとテーブルを一つ叩いて、陽気に立ち上がった。「セバスチャン、「まだら団」の全てのメンバーに連絡しろ。いよいよ最終段階だ。これで全ては我々の思うように完結する!」

ははあと大仰にお辞儀したセバスチャン熊本は、頭を下げたまま後ろ向きに進んで部屋から出ていった。

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