第4話 青い目の刺客

  8 青い目の刺客


「いやあ久し振りだね、会いたかったよ。」

生徒会室に入ってナンバー1と握手するなり、ナンバー7は驚くほどに流暢な日本語で言った。そうして勧められてもいないのに、輝くような金髪をなびかせて、青い瞳でウインクしながら長身の体を革の椅子に沈めた。

「そこはナンバー1の席ですが。」

ナンバー9は冷たい一言を発したが、ナンバー7は9を相手にしようともせずに、当たり前のように机の上にあったナンバー1のハバナ葉巻を手に取った。

「火は?ライター。」

7は9に初めて声を掛けた。だが9は反応しない。ナンバー1は7の背後に回り、その首に後ろから手を掛けた。

「ナンバー7、MR.アダム・E・ジェファーソン。久し振りではしゃぎたくなるのも分かるがね、でもおふざけは、ここまでだ。」

「OK、ナンバー1。」

ナンバー7は軽く肩をすくめて、茶目な笑い見せながら向かいの客用のソファに移った。

「さて、ナンバー7、改めて礼を言おう。はるばるアメリカから来てもらって、ありがとう。」ドカリと7の座っていた椅子に腰を下ろしてナンバー1は7にライターを勧めた。

「いや、従兄弟が今度在日アメリカ大使館に勤務になってね、それで遊びに来たのさ。なにせ、日本は僕の故郷だ。生まれは在日米軍の○○基地だからね。」

「ナンバー9、君はナンバー7は初めてだったかな?彼はアメリカ軍人の父君と英国貴族の御令嬢だった母君との間に生まれた、アメリカのエリートの本流さ。祖父は上院議員、彼自身は将来の大統領を狙っているそうだ。なにしろ彼は天才でね、日本語を含めて四か国語がペラペラ、今は十七歳だが、ええと、飛び級でプリンストン大学に通っているんだっけ?」

「プリンストンはもう卒業した。今はハーバードだよ。」ナンバー7はふうーっと煙を吐き出した。「いや、これはなかなかいい葉巻だ。さすがにナンバー1は趣味がいいね。」

「さて、ナンバー7、今度はナンバー9を紹介しよう。穂積芳正(ほづみ よしまさ)くんだ。彼は天才将棋少年でね、中学生でプロとしてデビューして、連戦連勝中。目下注目されている棋士なんだ。極めて近い将来の、将棋のチャンピオンだよ。」

紹介されてナンバー9は軽く頭を下げた。だが7はわずかに一瞥をくれてやっただけで、挨拶を返そうとはしなかった。

「ナンバー1、君は本当に素晴らしい友だが、一つだけ欠点がある。それは下らない連中にナンバーを付けて友人として扱い、側に侍らしていることだ。言っておくが、僕は君以外の日本人を我がSPECKLED BAND(まだら団)のメンバーとして認めるつもりはない。」

わずかに眉を歪めたナンバー9の穂積くんを優雅な手振りで制して、ナンバー1は7の話を続けさせた。

「だいたい、僕は日本生まれだが日本は大嫌いでね。西洋化して百年以上も経つくせに、未だに完全に西洋文化に同化していない。いいかね、此の世界で最も高貴で崇高なもの、それはアメリカ独立戦争とフランス革命の聖なる炎の中から血で鍛え上げられた、自由の精神なんだ。自由の精神は誰も冒すことができない。神から与えられた聖なる権利だ。しかるに、イスラム教などの異教徒ども、そして儒教なぞという訳の分からないものを振りかざすアジア人達、彼ら劣等な連中は、それが理解できないんだ。我々の祖先が血で贖って手に入れた自由の精神を教えてやろうとしているのに、ああだこうだと嫌がる。命を救う特効薬を飲ましてやろうというのに、それが苦いから嫌だと駄々をこねている子供と一緒だ。ハッキリ言おう。ナンバー1を除いて、アジア人どもの精神年齢は12歳だよ!」

「ナンバー7、自由の精神は尊いよ。しかし、フランス革命の精神は自由だけじゃない。自由・平等・博愛じゃなかったかな?」

「平等に扱ってやるさ、僕らと同じように自由の精神を理解するならね。愛してもやる。僕らと同じ自由の精神を持つならば。だがそうではない劣等な連中ならば、分相応に扱うだけさ。」

「君の言う、自由の精神、それは一言で言うと何だい?」

「簡単さ。好きなことを誰にも邪魔されずにやる。もっとストレートに言えば、僕らと同じ精神を持たない劣等な連中を、自由に処分する裁量権だよ。」

「そんな君が日本に来て、何をしてくれるんだい、我がまだら団のために?」

「正確にはまだら団のためじゃないな。僕は日本は嫌いだが、日本で大いに評価していることが一つだけある。それは、女性だ。日本女性は男に従順だと言うじゃないか。」

「そうかな?最近ではなかなかに手ごわいよ。」

「フフフ、まあ見ていてくれよ、日本の女性は白人の男に弱いそうだから。それもリサーチ済さ。」ナンバー7はそう言って立ち上がった。「実はね、もうターゲットは定めてあるんだ。さっきこの学校で見掛けて、一目で気に入った。さっそく隠し撮りさせてもらったよ。」

「さすが立派な紳士だ。」ナンバー1は7が差し出したスマホを覗き込み、目配せして9にも覗かせた。

「しかしね、君に落としてもらいたいのは、残念ながらその娘じゃない。この娘なんだ。」ナンバー1は鬼首久美ちゃんの写真と資料を差し出した。しかし写真を目にした途端、ナンバー7は露骨に嫌な顔をした。

「こんな不美人なアジア人は僕の趣味ではないね。」

「落とす自信がないかね。」

「挑発しても無駄さ、と言いたいところだが・・・まあ他ならぬナンバー1の頼みだ。さっきの日本美人を落とすついでに、このチビも落とすとしよう。では明日から早速やろう。なに、半日も掛からないよ。」

そう言うと、ナンバー7のアダム・E・ジェファーソンくんは傲慢な笑みを残して肩で風を切って生徒会室を出て行った。

「よろしいのですか、あんなバカに任せて。」7の姿が消えるや9の穂積くんが吐き出した。

「ふふふ、ナンバー9、君は生粋のナショナリストだから、7には我慢がならないんだろうね。しかし彼は彼でなんとか我々の役には立ってくれるだろうさ。」

「しかし・・・だいたい、あのスマホに写っていた女生徒はナンバー8じゃありませんか。」

「そうだったねえ。ハハハ、実に楽しみになってきたじゃないか!」そう笑うと、ナンバー1の藤原くんは、食事にでも行こうと9を陽気に誘うのだった。


 その日はぽかぽかと暖かい日で、全国一斉実力テストなるものも無事?終了して、久し振りに久美ちゃん達四人組、すなわち我らが鬼首久美ちゃん、斉藤一子ちゃん、真田幸美さん、そして綿貫浪江ちゃんは、校庭の芝生の上で、のんびり伸び伸びとした気分でお昼を食べていた。

「なあんか、このところバタバタしてたけど、やっと少し落ち着いたねえ。」斉藤一子ちゃんが秋の青空に向かって大きく伸びをした。

「そうだねえ。試験も終わったし、悪さしてくる変な奴らもあらかたやっつけたし。」久美ちゃんはそう言っておにぎりにぱくりとかぶりついた。

「そうそ、本当にそうよね。」その久美ちゃんのお弁当から卵焼きを一個いただいて、綿貫浪江ちゃんがぽんと口に放りこんだ。

「ナミッペ、あんたね、そうそうって言うけれどさ、その「変な奴ら」の中には、あんたが追っ掛けていた工藤も入るんだよ。分かってるの?」

「うん。」ナミちゃんはほっぺたにご飯粒をくっつけてあっさりと言う。「工藤くんね、なんかね、実際付き合ってみたら、全然イメージと違うの。美少年はいいんだけど、ケチでだらしなくて。それでバイバイしちゃった。」

「恐ろしい子だねえ。」斉藤一子ちゃんは心底からの呆れ顏だ。「でも結局、工藤も草薙も転校していっちゃったね。」

「まあ、工藤はハリウッドスターを目指してカリフォルニアへ、草薙も才能が認められてマサチューセッツ工科大学への留学準備のための渡米だそうだし、良かったんじゃないの。」久美ちゃんは実に暢気そうに言った。

「あんたね、あんな訳分からん目に遭わされたくせに、二人の門出を喜ぶの?それって、ちょっと人が良過ぎない?」

「だって、まだ若いんだもん。いいじゃん、やり直せば。あの関西弁の人と大久保家康も警察でお灸をすえられただけで特別に勘弁してもらったっていうし。特に大久保は心を入れ替えて、「高校アマレス界の虎の穴」の異名を取る××高校に編入するんだって。それで改めてプロレス入りを目指して頑張るって。本当に良かったねえ。」

「久美すけ、いいのか、それで?」

「だって、あれだけの逸材がプロレス入りするんだよ。私のニードロップでプロレスの素晴らしさに目覚めてくれたなんて、嬉しいよオ。」久美ちゃんは溢れる笑みで万歳までしてみせた。

「ほんとにバカだよ、久美すけは!」

「バカじゃないもん!」

「まあまあ。」ここでいつものように幸美さんが間に入り、友達に仲直りのための手作りマドレーヌを差し出した。

「でもね、工藤くん達の転校で生徒会は困っているの。」マドレーヌの至福の美味しさに浸っている三人の友に幸美さんは嘆いてみせた。「生徒会の副会長と書記がいなくなってしまって。生徒会長の選挙も近いのに、新しい候補者を探さなきゃ。」

「その辺の猫でも推薦すれば?」この真面目な悩みに、綿貫浪江ちゃんは凄まじい提案で応じた。「どうせ工藤と草薙なんて、何の役にも立ってなかったんでしょ。それなら犬猫でも務まるじゃない。クミッペの飼い猫のクマスケなんてどう?」

「あんたねえ、ついこの間まで追っ掛けていた相手をそこまで言う?」斉藤一子ちゃんは呆れを通り越して、ウゲエという顔になった。

「クマスケでよければ生徒会に貸してあげるよ。でもあの子、たいてい寝てばかりいるけど。」久美ちゃんはバカ真面目に応じて、一子ちゃんに後頭部をしたたかにひっぱたかれて、なによおとまたもじゃれ合いが始まってしまった。

「とにかく真面目な話、候補者を新たに見つけなくてはならないのよ。」幸美さんは脱線しがちな話を必死に元に戻そうとする。

「でもさ、一年生の学級委員なんかは生徒会にしょっちゅう出入りしているんでしょ。その中からめぼしいのを書記とかにすればいいじゃない。だいたい、二年生以上で陣容を固めちゃったら、後継者の育成ができないでしょうに。」一子ちゃんはマトモに反応してくれた。でも久美ちゃんはまだナミちゃんに、クマスケは最近招き猫の芸を覚えたから、書記くらいは務まるなどという話に興じていた。

「そうなんだけど・・・書記や副会長は一年生でもいいんだけど・・・会長がね・・・」

「生徒会長は藤原で決まりじゃん。アイツ、親父さんが学校に寄付した金を運動部とかに予算増としてバラまいているから、絶大な人気があるもんね。対抗馬なんて、出るわけないよ。」とここまで言って、斉藤一子ちゃんはハッとした。

「そうか、ゆきりんが会長に立候補するんだ!」

「違う、違う!」幸美さんは懸命に首を横に振った。「私じゃないわ。」

「じゃ、誰よ。他にいるの?」

「もしかして、私?」久美ちゃんはズイと前にお顔を突き出した。途端に、そんな訳ないでしょ、と一子ちゃんにど突かれた。

「・・・実はね、加藤くんを考えているの。」幸美さんは少し頬を染めて小さな声で言った。

「うひゃあ、そうか。現副会長と現書記が組んで、現生徒会長の追い落としを図る!ハッキリ言って、クーデターだア!」一子ちゃんは素っ頓狂な声を上げて、手を叩いた。が、すぐに幸美さんから声が大きいと鋭く注意され、口をつぐんだ。

「正直言って、藤原くんは生徒会長に向いているとは思えないわ。でも加藤くんなら。前にも言ったけれど、実際に生徒会を回しているのは、私と加藤くんのようなものだし。」

「なるほど、そりゃあいいや。じゃあ今日から多数派工作にかかるか?」一子ちゃんはいかにも秘密めかして、幸美さんに言った。

だが、この大謀略はいきなりつまづいた。

「ダメだよ!」久美ちゃんが二人の前にバーンと立ちふさがった。

「生徒会長は絶対に藤原くんなの。他の人じゃダメ!」

「どうしてさ。藤原は親父から貰った金をバラまくだけで、他には何もしていないんだぜ。そんなの生徒会長と言えるのか?」一子ちゃんも立ち上がって久美ちゃんと向い合った。

「ダメダメ!生徒会長は学校の顏なんだから、カッコ良くないとダメ!」

「顏がよきゃあいいってもんじゃないだろうに!」

「でも加藤はダメ!だあって、地味過ぎるもん!」

と言ったところで、久美ちゃんに一子ちゃんの左ストレートパンチが飛んできた。

「アンタね、あんた、バカあ!」一子ちゃんが凄まじい表情で迫ってきた。これには久美ちゃんも消え入るように、ばかじゃないもんと言うのが精一杯だった。

どことなく、雰囲気がやばくなってきた。世話焼きの一子ちゃんは、なんとかしなきゃと思った。そうして、そうっと幸美さんの顏を覗き見た。そこには、なにか普段と違う色が現れていた。アチャーと思った一子ちゃんは、取りあえずもう一度久美ちゃんをド突き倒すことでなんとかこの場を収めようとした。

 が、振り上げた拳は振り下ろされなかった。突然、失礼シマスという怪しい声が降りかかってきたからだ。皆の視線は、近付いてくる見知らぬ外人さんに注がれた。

「どうも、初めまして。ワタシは、この学校の交換留学生デス。学校に来たのは今日が初めてで、校内をコレカラ案内していただきタイのデスが。」

言い方はそれなりに丁寧っぽいが、態度はデカいこときわまりない。四人を上から見下ろす態勢で、後ろ手に手を組んで、傲然と顎を突き出している。だいいち、いくら外人だって、お昼ご飯を食べている最中だっていうことは見て分かりそうなものなのに、こちらの都合も聞かずに一方的に校内を案内しろとは尋常ではない。

 久美ちゃんは素早く、礼儀を教えるためにハイキックをお見舞いしてやろうと提案した。さすがにこの破壊的な案に賛同する人はいなくて、困っている外人さんには親切にしようという、一子ちゃんの穏当な案で落着きそうになった。

「案内って誰がするの?」

「やっぱり生徒会副会長のゆきりんかなあ。」

だが久美ちゃんと一子ちゃんの問いは、ナミちゃんの突撃によってあっさりと砕かれた。気が付くと、既に綿貫浪江サマは謎の外人さんの右腕に寄り掛かっていて、さあさこちらですと案内の態勢に入っていた。

ところが、この外人はあくまでも図々しかった。なんとナミちゃんの手を振り払って、

「いえ、アナタじゃありません。ワタシは、アチラの方に案内して欲しいのデス。」と幸美さんを御指名したのだった。これには穏健派だった一子ちゃんも一気に強硬派に鞍替えした。

「なめんじゃねえわよ、キャバクラのホステスじゃあるまいし、ご指名たあ、ふてえ根性じゃねえの!このすっとこどっこい!」

突然、凄まじく汚い日本語が発射された。それは友達のナミちゃんに無礼を働いた謎の外人に対して、久美ちゃんが怒りを爆発させた瞬間だった。これにはタカ派の一子ちゃんも目が吹き飛ぶ思いがした。

 しかし言葉が通じなかったのか、外人さんは怒らなかった。それどころか、普通なら久美ちゃんが怒っている姿を見ればヤバイ雰囲気と感じ取って少しは遠慮しそうなものなのに、なぜか平気な顔で、「アナタ、案内してクダサイ。」と幸美さんに再度モーションを掛けた。

「失礼ですが、どちらさまですか。」幸美さんはしかし落ち着いた様子で対応した。「交換留学生の方ということですが、私は生徒会副会長であるのに、そんな話は聞いたことがありません。」

「留学生候補デス。まだ留学すると決めたわけではアリマセン。アナタ方の態度を見て、決めます。」

「では、留学していただかなくて結構です。」

「決めるのは、僕だよ。」外人さんは急に表情を変えた。「いいかい、決めるのは常に僕なんだ。君達じゃあない。」

幸美さんはこの余りにも日本語が上手で、余りにも異常に我の強い異邦人を、またぞろ現れた変な連中の一味と素早く見当をつけた。そこでなんとか久美ちゃんだけでも引き離そうとして、久美ちゃんに、急に用事を思い出したから職員室までお使いを頼まれてくれ、と言おうとした。しかし、既に久美ちゃんの怒りは完全に出来上がってしまっていた。ふざけるんじゃあねえわよ!という怒りの一撃が謎の外人の傲慢なる顎の先目掛けて放たれた。

が、まさにその瞬間だった。

「待って!彼を苛めないで!」久美ちゃんの正拳の前にナミちゃんが、その身を投げ出してきた。慌てた久美ちゃんはギリギリのところでようやく寸止めした。

「彼が失礼なことをしたというなら、謝る。私が代わりに謝るわ!」

ナミちゃんは謎の外人さんの前に立ち、両手を広げて盾となる格好になった。

「あんた達、お知り合いなの?」あまりの展開に斉藤一子ちゃんはおそるおそる尋ねた。

「そうよ、私とこの人は運命の糸で結び付けられているの!」ナミちゃんはうっとりとした目で、青空に向かって宣した。

久美ちゃんはなあんだ、と思った。見知らぬ人に図々しい態度で来られたから頭に来たけれど、それがナミちゃんの仲良しさんとなれば話は別だ。知り合いの友達に、ちょっとふざけていただけなのかもしれない。

「そう、ナミちゃんの御友人だったの。失礼しました。私は真田幸美と言います。」幸美さんは礼儀正しい挨拶をした。これには、外人さんの方はどう思ったのか分からないが、ナミちゃんは丁寧にご挨拶を返すべきだと考えた。そこで外人さんを、友人一同にご紹介しないわけにはいかない、と思い付いた。

「あなた、名前は何て言うの?」ナミちゃんは後ろを振り向いて、かばっている外人さんに問うた。だが、この何気ない行為は久美ちゃんを再び戦闘モードにしてしまった。

「ちょっと、ナミちゃん。コイツの名前、知らないの?」

「うん。」ナミちゃんはケロリとした顏で言った。

「だって、運命の人だって・・・」

「だから、今知り合った運命の人だってば!」

「それって、全然知らない人ってことでしょ!」

「だから、運命だってば!」

「知らない人でしょ!」

「今は知っているでしょ!」

「ワケ、わかんないよ!」

「ワケ、わかるでしょ!」

「なによ!」

「なによ!」

銃撃戦のように早口で言葉を飛ばし合う会話に、さしもの語学の天才のナンバー7も日本語のヒアリングについていけなくなった。それどころか、自分の名前を名乗る機会すらない。眼の前では、ナンバー1が写真で見せたチビの女の子と、どこの誰とも分からない女の子が口角泡を飛ばしてわめきあっている。それがバリアーとなって、彼が本命と狙っている美少女へのモーションもうまくいかない。

「君達、少し落ち着いて・・・僕の話を聞いて下さい。いいですか、僕は彼女に案内をお願いしているのです。僕の言うことを聞いて下さい。君達、ちょっと・・・」

しかしこのセリフに気を止める人はいない。今や斉藤一子ちゃんが久美ちゃんをはがいじめにし、幸美さんはナミちゃんを宥めるのに追われていた。そうこうするうちに、今度は一子ちゃんの頭が偶然久美ちゃんの後頭部を二度ばかりこづいたものだから、久美ちゃんが何するのよ、と後ろ脚を蹴り上げた。蹴られて、一子ちゃんは久美すけバカアアと怒鳴った。

「バカじゃないもん!」

「バカ久美すけ!」

「バカじゃないもん!」

「運命の人だってば!」

「ウソつけ!」

「ウソじゃないモン!」

「もう、みんな、止めて!」

もう誰が何を言っているのやら分からない状態となった。既に会話ではない。

「君達、理性です。理性が必要です。何をしているんですか?落ち着いて下さい、落ち着いて!」ナンバー7もついに大声を上げ始めた。彼にすれば、ナンバー1に半日で二人を落とす、と大見得を切ってしまっているのだ。それが、口説くどころか、話し掛けることすらできないなど、全く以てあってはならない事態なのであった。しかし目の前の現実は、あくまでも非情だ。いくら大声を張り上げても、誰も彼のことを相手にしてはくれない。だがこれはある意味では当たり前のことで、仲良しの友達と大喧嘩している最中に見知らぬ一見さんの相手なぞしていられないのが人情というものだ。だがこの人情の道理は、今まで常にスターで周囲の人からチヤホヤされ続けてきたナンバー7のプライドを蝕んでしまった。

「いいですか、聞きなさい!理性のない人達!話を聞くんだ!なんと野蛮な人達だ。僕に話もさせない!いいか、いつもこうなんだ。僕ら高貴なる者が自由の精神を説いてやっても、いつも耳を貸さない!神を信じない!いいか、神だ。神が此の世を統べておられるのだ。唯一の神が。その神が愛を讃えているんだ。だからこそ、愛は神の最も優秀で忠実なるしもべである僕に与えられるべきなんだ。唯一の神を信じない、異教徒、邪教、多神教徒どもは、我々西洋の類まれなる清浄な精神によって退治され、清められる必要があるのだ。いいか、聞いているのか?だから我々が支配してやるのだ。支配して、文明を教えてやったのだ。邪教と未開を叩き潰して、近代化してやった。感謝して欲しいね!君ら未開人どもは我々に従うべきなんだ。我々の文明・精神に同化する。そうすれば守ってやる。我々の軍事力で、経済力で守ってやる。これこそが、パクス・アメリカーナだ。それなのに、おまえらは反抗する。野蛮人どもが!どうして我々の庇護の下に入らない?マントの中に入れて下さいと跪かないんだ!聞いているのか?僕の話を聞け!僕の言うことを聞け!愚か者どもめ、劣等人種め、いいか、よく聞け!創造性のかけらもない者、おまえらは、我々の言うことだけ聞いていればいいんだ。バカ者ども、クズども、汚らわしい・・・」

ここまで言って、ナンバー7はハッと気が付いた。今までさえずっていた四人が、恐ろしい目つきで一致して睨みつけている。

「なに、コイツ!」一子ちゃんが最初に斬りつけた。

「汚らわしいって、何様よ!」久美ちゃんは既に手刀の型を取っている。

「この人、ナミちゃんの運命の人だって?」幸美さんすら、いつもの温厚さのカケラもない峻厳極まりない声だ。

「知らないよ、こんな奴。」ナミちゃんは鮮やか過ぎるほどバッサリと運命の糸を切り捨ててみせた。

そうしてナンバー7と四人組の回りを、黒山の人だかりが取り囲んでいた。もはや口説くというムードではない。しかし半日以内に落とすという公約もこれあり、この場を逃げ出すわけにもいかない。かと言って、この情勢で何か言えば火に油を注ぐだけだ。ナンバー7はニッチもサッチもいかず、ぶるぶると体を震わせ始めた。

「謝りなさいよ!」誰かが叫んだ。この一言が、ナンバー7の背中を押した。彼は無意識のうちに手を挙げていた。そしてそれを、目の前でうるさくわめく女の子に向かって振り下ろしていた。

 だが一瞬早く、久美ちゃんの足払いがその長い脚を刈っていた。ナンバー7は満座の前で、顔面から芝生に突っ込んだ。

「UGHHHH・・・」

芝生の切れ端と土にまみれた顔に自慢の金髪も乱れに乱れ、ナンバー7は既に英語ですらない理解不能な言葉を発するだけとなった。だが、そこはさすがに「まだら団」のメンバーである。すぐさま言葉は取り戻した。もっとも、その言葉には自慢の理性はスッポリと抜け落ちていた。

「アメリカ人に暴力を振るったな!いいか、偉大なるアメリカは、アメリカ人に暴力を振るった野蛮人には、何十倍ものお返しをするんだ。アメリカ人一人の命は、野蛮人ども何百人分もの価値があるんだ・・・」

ここまで言って、ナンバー7の体はガクっと力を失った。そしていつの間にか側に来ていた藤原京也くんによって、その体を支えられている状態となった。

「失礼、みなさん。お騒がせしました。」藤原くんはごく丁寧に久美ちゃん達に対した。「どうも何かの手違いがあって、隣の高校への留学生が紛れ込んでしまったようです。彼も勝手が分からないところに迷い込んでパニックになってしまったようですね。」

藤原くんは、しっかりしなさいと軽く7の頬を張って気を取り直させた。そうして、それでは失礼、と格好付けた挨拶をして、ナンバー7の肩を支えながら去っていった。

「ね、ね、見た、今の!」久美ちゃんは興奮して言った。「藤原くんが、変な外人をやっつけたよ!鳩尾への当身一発でおとなしくさせちゃって。やっぱり格好いいよね!」

「そうか・・・?」

一子ちゃんは素直に疑問を呈した。しかしそれはこの場では少数派で、回りを取り囲む連中、そしてナミちゃんまでもが、ハヤテのように現れてズビシと外人さんをやっつけて、ハヤテのように去っていたその姿に歓呼の声を浴びせ掛けていた。


(敗因分析)

今回の直接の敗因は、「自分は優等階級にあるから劣等階級にある者は当然自分に惚れるはずだ。」という余りにも非現実的かつ自己中心的見当はずれにある。

 その一方で注意すべきなのは、ナンバー7の優越性の根拠とされた理性、自由の精神、宗教はどれも胡散臭いものだということだ。理性は万古普遍のものではなく、近代西欧に生じた特殊なものに過ぎない。自由も、文字で書くだけでは空疎な概念だ。自由とは、『自分』を押し通すことができた時に主観的に感じ取るものであり、そのため『他者』を打ち砕くことがその根底にある。自由はつまり、『他者』を殲滅できるだけの相対的な強者でなければ享受できない特権なのである。また、宗教も意味がない。此の世は偶然が支配しており、今の『自分』が続くという保証など、どこにもない。そんな中で、明日を保証してくれるものを欲しがって人間が作り出したものがカミ(GOD)なのだ。つまり宗教とは今の『自分』に固執することから生じるものに過ぎない。

 このように、空疎な概念に基礎を置いた自己を基に戦いを挑んだことが、今回の本当の敗因であると言えよう。


「なるほどねえ、君、どう思う?」ナンバー1は側に控えるナンバー9に言った。

「さあ、どうでしょうか。私は将棋というロジックの世界に生きる者なので、ナンバー4の形而上的な理論には付いていけない面があります。」

「そうかね。」ナンバー1は敗因分析を丁寧にファイルに綴じ込んだ。

「それにしても、今回のナンバー7は策が無さ過ぎたようにも見えましたが、ナンバー1には当然の意図があってのことなのでしょう?」

「まあね。布石だね。一見無駄に見える手が徐々に効いてくるものだよ。」

「それにしてもナンバー4の冷淡な態度はもちろんのこと、ナンバー8の姿勢も気になります。今回のナンバー7の件は彼女がもっと協調的なら、こんな結末にはならなかったものと思われますし・・・」

「まあ、将棋と違ってね、飛車が飛車の通りに動かないのが現実の面白いところさ。現実は、金が桂馬になったり、飛車が角になったりね。勝負はこれからだよ。」

「なるほど、それで次の駒は何です?」

「そうだねえ、ここのところ理性的な話が多かったから、ここで思い切りオカルトな話をしたいねえ。」

「というと、ナンバー10、彼女を使うので?」

ナンバー1はニヤリと笑い、カレンダーに目をやった。

「そう言えば、もうじき年に一度の学園祭じゃないか。ナンバー10の活躍にはもってこいの場だ。楽しみだねえ。」


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