第10話
どうしてこんなことになってしまったのか——
舞い散る血飛沫と、焼け付くような胸の痛み。
世界がゆっくりと動き、右手から銃がこぼれ落ちた。
ああ、本当にどうしてこんなことに……
「ごめんね、お兄さん」
背後から、獲物だったはずの男が囁く声が聞こえた。
「君に恨みはないけど、これも仕事だから」
首に当たる刃の冷たさに、諦めて、空を仰ぐ。星ひとつない都会の夜空を彩るように、赤い血がまた飛び散った。
ああ。
薄れていく意識の中で、俺は生まれて初めて、泣きたいような気持ちになる。
こんなことになるのなら、あの時、あいつにちゃんと話してやればよかった。
俺の秘密の話。
ずっと隠していた秘密の話。
——それは大昔の、どこかの馬鹿なガキの話。
捨て子だったそいつは、ある殺し屋に拾われた。
殺し屋は、捨て子のそいつを拾い、読み書きを教え、自分の一人息子として可愛がった。馬鹿なガキは、それをとても嬉しく思い、殺し屋を「先生」と呼んで慕った。もう一人ぼっちにならなくていいんだと、心の底から安堵もした。なぜなら彼が捨てられたのは、誤って家族を殺してしまったことがきっかけだったのだから。
あれは本当に事故だったのだ。殺す気なんて一ミリもなかった。
ガキがいくらそう弁明しても、家族は誰も信じなかったし、そもそもろくに聞こうとさえしなかった。祖父が死んだのは、本当にただの事故だったのに。年老いて呆けた祖父が死んだのは、食い意地を張ってガキが隠していた菓子を勝手に食べ、喉に詰まらせただけの、馬鹿らしくも悲しい事故のせいだった。それなのに家族は皆、「興味本位で老人を窒息死させた化け物だ」とガキを非難し、家から追い出した。
ガキはもちろん悔しく思ったけれど、その反面、心の中ではわかっていた。家族は初めから真実などどうでもよかったのだ。いわゆる「妾の子」だったガキを追い出すのに、いい口実が欲しかっただけなのだと。
そんな時、彼を拾ってくれたのが殺し屋だった。
お前は化け物なんかじゃねえよ、と彼はしばしば言ってきた。お前は血の通った人間だ、俺が守ってやる、と。けれどその殺し屋はある日、態度を一変させて「その体で客でも取ってこい」とガキに命令した。ガキはその命令の内容などよりも、殺し屋が別人のように冷たい眼差しを向けてきたことにひどく怯えた。言うとおりにする代わりに、自分を一人にしないでくれと縋った。が、殺し屋は淡々と言い放った。
「身寄りの無いガキなんか、売り物にならなきゃ拾った意味もねえんだよ。自惚れんじゃねえよ、この化け物」
その言葉に、ガキの中で何かが壊れた。
やがて殺し屋の家から逃げたガキは、ひとり闇に姿を消した。殺し屋は面倒になったのか、追ってこなかった。
それなのに、一体どうして今更、あいつが出てくるんだ。
ぐらつく頭で、俺は考えた。
あのクライアントは、俺とユキとは別に、たまたまあいつのような本命の殺し屋を雇っていたのかもしれない。そして初めから俺たちを囮に使って、ターゲットを排除する計画だったのだ。
くそ。
くそ、くそ、くそ。
「……ごめん」
色々な思いが一瞬で脳内に渦巻いたが、最後に口からこぼれたのは、謝罪の言葉だった。
ごめん、ユキ。
お前はちゃんと秘密を打ち明けてくれたのに、俺は、結局。
ついに限界が訪れ、意識は深い闇に消えた。
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