第11話
遠くの方から聞こえてくる、くぐもった悲鳴で目が覚めた。
地獄? ここ叫喚地獄?
そう思ってふと目をあげると、俺はどうやら寝そべっているらしく、無表情の少女がこちらをじっと見下ろしていた。なぜか、見覚えがある気がする。
「あ」
俺は気づく。これは、さっきの制服女だ。さっきはよく見られなかったが、近くで見ると、本当に生気のない顔をしている。袖振り合うも多生他生の縁とはいえ、こんな辺鄙なところでまた会うとは。
俺はなんだか面白くなり、いつもの調子で話しかけた。
「おい、なんだよ。お前も殺されたわけ?」
「え?」
「え?」
少女が「私殺されたの?」と言わんばかりに身体をチェックし始めると、「何やってんの」と誰かがその肩をポンと叩いた。
「誰も死んでないし。ということで残念ながら君も死んでないよ、殺し屋さん」
「え?」
その声に、俺は驚く。
やってきたのは、俺の首をナイフで掻き切ったはずの、黒コートの男だった。
「僕、同業は殺さない主義だから」
奴はそう言って微笑んだ。
「ここは、僕の知り合いの闇医者の家。弾、急所を外れててよかったね」
「急所を外れてた……?」
ベッドから半身を起こし、胸に触れる。
だってあいつは、俺の記憶では、射撃の名手だったはずだ。だから撃たれた時点で、首を掻き切られるよりも前に死を覚悟したのだ。かつて一緒に暮らしていた俺が、奴の百発百中の腕前を一番よく知っている。
そのことをかいつまんで伝えると、「そりゃ、まあ」と黒コートは肩をすくめた。
「誰だって、歳はとるでしょ。いつまでも人を見下すところには立っていられないもんだ」
「歳……」
そんなもの、なのだろうか。
「あと、僕が使ったナイフはおもちゃ。ボタンを押すと、血糊が吹き出る仕組みなんだ。でもこれ服につくとなかなかとれなくって……ごめんね? 服汚しちゃって」
両手を合わせ、がくん、とこうべを垂れて謝られ、俺は慌てて両手を降った。
「い、いや別に、それはいいよ。そもそも、なんでそんなもの使ったんだ?」
「こけおどし。さっき言ったでしょ? 僕同業はなるべく殺さない主義だから、もう一人の殺し屋も、これでビビって逃げてくれないかなって思ってさ」
「そんなもん、いつも持ち歩いてんのか」
「うん。意外ときくよ? みんな、殺し合いの最中に、まさかこんな馬鹿らしいことするとは思わないんだよ。ま、でも今回はきかなかったんだけど……よほど報酬がよかったんだろうね、そいつはすかさず次にリアちゃんに銃口を向けた」
黒コートは制服女に指を向けた。リアと呼ばれた少女は、「?」といった顔でこちらにぎこちなく手を振った。
「そしたら、いつのまにかそいつの後ろに知らない女の子が立ってて。その子が奴の後頭部に回し蹴りを食らわせて、一発KO。もうびっくり」
「ユキだ」
思わず呟いていた。大の男に回し蹴りを食らわせられる少女なんて、ユキしかいない。
「そうそうユキちゃん。君の仲間って言ってたから、一緒に連れて来たよ。もう僕らのこと殺すつもりなさそうだったし。今彼女は、隣の部屋でその殺し屋をごうも……じゃなくて尋問してるところ。それにしてもひどい目に遭ったね」
コート男は、心底同情すると言わんばかりに哀れみの目を向けてきた。
「同業だからよくわかるつもりだよ、君の気持ち。クライアントに嘘つかれてたこと自体ショッキングなのに、因縁のある相手に殺されかけるなんて……僕なら、軽く世を儚んじゃうね。君のクライアントは、あの殺し屋が君の昔の親代わりって知ってて雇ったのかな」
少し考えてから、俺は首を横に振った。
「それはないと思う。でもあいつのほうはきっと、囮に使われるのが昔育ててたガキだって気づいてたと思う。好都合だ、こいつならやりやすいって。だから侮って、余計に狙いもぶれたんだろうな」
「そっか」
あまり興味なさげにコート男は言って、ベッドの端に頬杖をついた。
「ま、ここで僕たちがどうこう推測をしていても仕方がないよ。ねえ、人間関係において、一番手っ取り早いトラブルの解決方法ってなんだかわかる?」
「殺しちまうことか?」
「いやいや。それ以外で。普通の人がそれやってたら社会崩壊するから」
コートの彼はにっこりと笑って、人差し指をあげた。
「正解は、ちゃんと当人同士が話し合うこと。お互い腹を割って、ね」
「……そうだな」
俺は軽くよろめきながら、ベッドから立ち上がった。彼は止めなかった。椅子に座ったまま明後日の方を向いて、なんだかわからない外国語の歌をご機嫌で歌い始める。
その歌声を後にして、俺は隣の部屋に続くドアまで歩き、開けた。
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