第3話
「で、これはなんの冗談ですか?」
3人ぶんの死体を部屋の隅に寄せてから、俺はクライアントに電話をかけた。血の匂いはまだするが、そんなことは気に留めぬ様子で、ユキは無事な方の椅子に座り、血のついた足をぶらぶらさせながら、喉飴をガリガリ噛んでいた。
俺たちは、いわゆる殺し屋だ。
俺の出身は日本ではなくヨーロッパのとある小さな国だが、どちらかの親が日本人だったのか生まれつきとても日本人らしい顔立ちだったので、とりあえず日本人っぽい「コウ」という名を名乗っていた。長所を生かすために日本語も勉強したので、ほとんど純日本人と見分けがつかない振る舞いができるようになった。ユキとは日本で仕事をしていた時にたまたま出会って組むようになったのだが、ユキも俺と同じような境遇らしかった。知らない人からはしょっちゅう兄妹と間違えられるが、血の繋がりもなければ、互いのこともあまりよく知らない。
そういう訳で今回は、馴染みの仲介屋から「日本でいい仕事がある」と聞きやってきたのだが、さっきのは一体なんだったのだ。
そういう疑念を込めて質問すると、クライアントは素直に謝罪してきた。
「申し訳なかった。これは、いわゆるテストでね」
「テスト?」
「君たちがどれほど使えるか、チェックさせてもらった。さっきの三人は、金で雇ったただのチンピラだ」
偉そうに、と舌打ちをしたくなる。
「製品の安全点検ってわけですか。石橋を叩いて壊す、でしたっけ? 日本のことわざにありましたよね、そんなのが」
「そう怒らないでくれ。文句があるなら報酬は弾むよ。私は何としても標的を消したいんだ」
「……」
俺は少しためらったが、結局こう言った。
「雇われている身でこんなことを言うのも変な話ですが、それなら、殺し屋なんて使わず、あなた自身が手を下す方がいいんじゃないですか? そいつらを確実に消してから、金で犯罪をもみ消したらいい。俺たち的には仕事をもらえて万々歳ですけど」
するとクライアントは朗らかに笑った。これから人を消そうとしている人間とは思えない、明るい笑い声だった。
「それもそうだ。だがね、それは規則で禁じられているんだ」
「規則?」
「ああ。やむを得ない場合を除き、できる限り自分の手は汚さないこと。それがうちの組織の、二番目に大事な掟なんだ」
「二番目? 一番目はちなみになんなんです?」
「うちの組織のもっとも大事な掟は、秘密結社を許すな、だ」
「はあ」
意味がさっぱりわからない。
そう思っていると、クライアントはこう聞いてきた。
「たとえば、君には秘密があるだろう?」
「秘密? まあ、人並みには」
「そうだろう。だが、もし君に恋人がいて、その恋人が『君の他に恋人が五人いる』ということを秘密にしていたら、どう思う?」
「そりゃ殺したくなりますね」
「つまり人間はね、自分は秘密を抱えていても、他人の秘密は許せない。そういう生き物なんだよ」
「……」
いや、それは極端だろ。
「なんか、誘導尋問に思えますけど」
「そうかな?」
「だって例えばある職場で働いてる男が、同僚の女に、自分がどんな女が好みでどんなエロビデオを見るのかを秘密にしていたって、別に、誰も怒ったりしない。それが常識だし、むしろ人として思いやりがあるってもんでしょう」
「人殺しの君が、人としての思いやりを説くのか。面白いね」
「今、そういう話してませんよね」
ハハ、とまたクライアントは軽やかに笑った。
「でもね、結局のところ人間は、他人の秘密に真に寛容になることはできないんだ。しかもなぜか、自分が秘密を持っている人間ほど、他人の秘密に対して許せない気持ちを強く持つようになる。自分が不倫をしている男ほど、妻の浮気をしつこく疑うのと同じことさ。君だって、私が秘密で君たちをテストをしたことに怒っていただろう?」
「……はい」
もうこいつには何を言っても無駄な気がして、俺は適当に頷いた。
「ね? そういう風に、ただでさえ他者の秘密に不寛容な人間という生き物が、秘密結社なんてものを作ってしまったら、それはもう悲劇としか言いようがない。そんな団体を一つ残らずこの世から消すことが、我々の組織の鉄の掟なんだ」
「そうですか」
「話し合いで解決できたら一番いいんだがね、現実、そうもいかない」
心底残念そうにクライアントはため息をついた。
「ファイル付きのメールを送るから、それに入っている人物を消してくれ。住所も調査済みだが、もう別のところに移っている可能性もある。できるだけ早く向かってくれ」
そういうと、電話は勝手に切れた。
「……」
早く向かえって言うのなら、くだらねえテストなんてさせんなよ。
俺は電話をしまうと、床に落ちていた菓子の袋を踏み潰す。中で真新しいスナック菓子が潰れる、気持ちの悪い音がした。
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