第2話



「ん?」


 玄関の方からうおおおおお! という叫び声が聞こえたので、俺は携帯灰皿で吸い殻を潰しながら首だけをそちらに向けた。ユキも奇声に気づいたらしく、バリバリとせんべいを食べながら首を回す。

 見ると、鉈にノコギリに金属バット、という物騒な武器を持った屈強な男3人が、今にも人を殴り殺しそうな表情でこちらに向かってくるところだった。まあより正確に言えば、特にでかい一人がものすごい形相で突進してきて、後の二人は一応ファインティングポーズを取りながら、後衛ですと言わんばかりに逃げ道を塞いでいる。

 けれど、どのみち3人とも素人なのはすぐに見てわかった。

「ったく」

 絵面の雑さに思わず笑うと、ユキも同じタイミングで吹き出し笑いをしていた。

「全く、壊れてんなこの世界は」

「ほんとに」

 二人とも、躊躇はなかった。

 椅子から立ち上がると、でかい男が下品な笑い声をあげた。

「なんだ、チビが二人っきゃいねえのか。つまらねえ。もっとキレた、やべえ奴らが待ってるのかと思ってたが」

 俺はポケットから折り畳みナイフを取り出して、構えた。

「お、意外と日本語うまいな。ひょっとして地球人か?」

 おらあと声をあげ、男が鉈をこちらへ投げ飛ばしてきた。ユキがさっと俺の前に立ちはだかり、空中で、難なくその柄を手で掴む。ユキの動体視力は常人の域を超えている。無軌道な動きでこちらに向かってきているように見える鉈でも、彼女にかかれば、そよ風に乗って運ばれてくる葉っぱを掴むのとなんら変わらないのだ。

「なっ」

 驚く男が二の句を継ぐよりも早く、容赦無く、ユキはそれを投げ返す。直線的な軌道を描いて飛んだそれは、ダーツの矢のように男の腹部に突き刺さる。あああああ、と意味のない言葉を叫ぶ大男の目元めがけて、俺は手元のナイフを投げた。見事(自画自賛)、それは眼球に直撃する。

 一瞬間前まで成人男性だった血の袋は、中身を派手に噴出させながらフローリングに倒れた。

「ひ、」

 倒れた死体に近づいてナイフをひっこ抜くと、「さて次はどっちか」と俺は聞く。

「ノコギリクワガタ」

「りょーかいっ」

 ナイフを構え直し、俺はノコギリを持った方の男に向かって走る。

「こ……この野郎!」

 やけを起こしたらしく、男はノコギリを両手で構え、激しく振り回し始めた。ぶぉん、ぶぉん、と音を立てて、空気抵抗に刃が波のようにうねる。

「っと、あぶねえよ。俺はユキと違って、目が悪いんだからよ」

 足を止め、床を蹴って一歩下がり、その勢いでナイフを放った。滅茶苦茶に動くノコギリがそれをはたき落とし、キィンと冷たい金属音がした。だがその頃には、もう次に放るナイフの準備はできていた。

 フォンッ。

 二番目のナイフは超軽量型、小気味好い音とともに風をよく切って、そのまま、ノコギリの男の鼻に命中した。

「いでぇえええええ」

 ドクドクと血を吹き出し、顔面をヌルヌルと血まみれにしながら、男は倒れ伏した。俺がもさくさとナイフを投げている間に、金属バットの男がユキに襲いかかっていたので、背後から椅子で頭を殴ろうと振りかざしたが、途中でふと思い直して、バット攻撃をかわし続けるユキに、バット男の頭越しに叫んだ。

「なあ、バットの奴、ユキ、お前がやる?」

「は? なんで。別にいいよ、譲るよ」

「いや、こんなところで遠慮するなって。別に貸しとか思わねえからさ」

「遠慮? バカなの? 普通に気分が乗らないだけ。早くやっちゃってよ!」

 金属バットの男がそこでようやく振り返り、ヤケクソ気味に「うおおお!」とバットを向けてきた。

「あっ、そ」

 バット攻撃を、椅子で受け止める。

 さすがの衝撃に、グシャ、と椅子が壊れる音がした。椅子の残骸を床に放り投げる。

「死ね!」

 バットを床に放り捨て、男は拳を作って襲いかかってくる。

 俺は後ずさると、手探りで、ノコギリ男の鼻からナイフを引き抜く。

 男の屈強な拳が、俺の目の前をかすめ、空を切った。

「お前が、死ね!」

 男は何かを言いかけ、代わりに空気の漏れる音だけを残し、その場に崩れ落ちた。

 すんでのところで俺の放ったナイフは、男の開いた口の中へ突き刺さっていた。

 

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