Chapter.3 真夜中の道化師
23 コスプレパーティーにしか見えねえ
八剱
戦前から続く、県内で最も有名な医療コンツェルンである八剱家には、三人の子供がいた。長男は優しく医者としては有能だったが、その優しさ故……当時実権を握っていた祖父から、八剱家の総裁に向かないと思われていた。
娘も二人いたが、美しく医者としても有能だった次女より、医学部受験をあきらめた派手好きで思慮の浅い長女を、祖父は気に入っていた。
「栄太郎君、変に機転の利く人物よりいっそバカで欲深い人間の方が組織のトップには向いている」
今思い返せば、八剱家の総裁は長男と次女の優しさを……この家から遠ざけようとしていたのだろう。
しかも皮肉なことに、その二人はもうこの世にいない。
テレビニュースを見ている妻は、麻薬組織の連中が次々と逮捕されているのを知り。
「所詮ヤクザにもなれないようなチンピラは、こんなものね」
楽しそうに笑った後……
「それで、あの忌々しいコソ泥はいつ捕まるのかしら?」
派手なシャネルの部屋着の襟を引っ張りながら、陽介を睨んだ。
「さあな、警察にはあの連中を売って司法取引したから、とばっちりもないし。あいつらが捕まるのは時間の問題だったが……泥棒の方までは知らん」
栄太郎が好きだったのは、次女の方だった。
しかし総裁からの長女の縁談話と、次女が駆け落ち同然で無動寺と言う男と逃げた事件が重なり。
「あら、あなた出かけるの?」
「病院が心配だからな」
結局、長女と結婚し……今の地位を得たが。
変に機転の利く人物より、いっそバカで欲深い人間の方が組織のトップには向いている。
――あれは俺の事だったのかもしれんな。
今回の出来事を振り返りながら、副院長である八剱栄太郎は……
深くため息をついた。
¬ ¬ ¬
大野が八剱病院の駐車場にワンボックスのパトカーを止めて、周囲を確認しても。
そこには深夜特融の静けさがあるだけだ。
無線の連絡を確認しても、逃走中のフェイカーと思われる人物は、検問個所を上手く外しながら大型バイクで別方向に走っている。
「わざと目立つような逃げ方だから、やはり陽動ね」
同じように無線を確認していた亞里亞が、そう呟いてワンボックスの後部座席から飛び降りた。
その後ろから、困ったような表情のかすみも降りてくる。
メイド服の美女二人に、大野は首を振った。
「コスプレパーティーにしか見えねえ」
二人は同じピンクのカツラをして、派手なメイクもしている。
亞里亞がかすみの化粧もしたのだろう。
しゃべらなければ、大野でも見分けがつかないぐらいだった。
「可愛いでしょ」
大野に向かって亞里亞がウインクする。
かすみは短すぎるスカートや、妙に大きくなった胸がズレてないかチェックしていた。
「それであたしは、この姿で栄太郎伯父さんを探せばいいのね」
「そうね、副院長室とか事務所とか……本人がいなくても良いから、なんだか証拠がありそうな場所を探るように徘徊すればOKよ」
「大丈夫かな……」
「それだけ目立つ格好だから、黙っていても王子様が見つけてくれるわ」
かすみが大きなため息をつくと。
「もしもの時は俺やこいつがフォローに入る、危険だと思ったらすぐに連絡してくれ」
大野が自分の耳に指をさしながら、そう言った。
その服にはあちこちに無線や発信機がついていて、インカムで簡単な会話も可能になっている。
かすみがコクリと頷いて、夜間通用口に向かって歩き出すと。
亞里亞はその歩き方を凝視しながら、その場で何度も体を動かした。
大野がそれを見ていると……徐々にそれは、かすみの動作そのものに変わって行く。
「凄いな、刑事辞めて女優になるべきだ」
「この程度なら、あなたでも少し練習すればできるわよ。後はあの子のイメージをどれだけ取り込めたかだけど」
声色は亞里亞のままだが、口調や仕草がかすみそっくりで、大野はポカリと開けた口が塞がらなくなった。
「大野先輩……そんな所でボケてないで、ちゃんと仕事してください!」
亞里亞がそう言って、かすみの追走を始める。
大野はそのセリフの内容や声色まで……
初めに病院に入ったかすみと、見分けがつかなくなっていた。
¬ ¬ ¬
畑中
「ええそうですね、ナンバー0008が動きましたよ」
電話から漏れ聞こえる声は英語だったが、笑顔を崩さず絹江は何度か頷き。
「あの坊やがどこまであたしたちに気付いたか、ですか……」
首を捻ると。
「会ったのは一回だけでしたが、あたしが畑中絹江じゃないことは分かってたんじゃないのかなあ、だって睡眠薬入りのお饅頭は食べたふりして、ポケットに入れてましたし」
そう付け加えて楽しそうに笑った。
「残った監視対象は処分ですか。……それも仕方がないですね」
畑中絹江と名乗っていた女は、半年間住んでいた日本の中古家屋を見回して、小さくため息をつく。
「いえいえ、監視対象に対する情けじゃなくて。おばさん暮らしも板についてきてたから、寂しくなりましてね」
そして通話を終えると、部屋の押し入れを開け天井の板を外し、ジュラルミンケースを取り出す。
ケースの中には分解された狙撃用ライフルが有り、その女は慣れた手つきで点検組み立てを始める。
ライフルに弾倉をセットして標準確認が終わると、女は縁側に出て空を見上げた。
「今日は風も無いし月が綺麗だから、仕事は楽かもね」
そこにはまだ規制線が張られ、割れた窓にビニールシートがかけられたままの……
殺人現場が良く見えた。
¬ ¬ ¬
大野が病院の夜間通用口の前でスマートフォンをチェックしていると。
「何だ、てっきりホシを追いかけてると思ってたんだが」
低い男の声が話しかけてきた。
「子守は意外と大変でして」
大野がため息まじりに顔を上げると、村井がスーツ姿でリュックを肩にかけて佇んでいた。
「災難だったな、だがこれで事件も終わるだろう」
大野はスマートフォンにメッセージを入力して、ポケットにしまうと。
「そう言えば、奥様と娘さんはどちらに?」
ゆっくりと村井に向き合う。
「何だ突然」
「鑑識の鈴木から聞いて。会いに行かれたそうですね、休暇を重ねてとったのは知ってましたが、それは知らなかったから」
「ああ、言い辛かったからな。オーストラリアだ……娘は留学だと言い張ってるが、俺には遊んでるようにしか見えなかった」
村井が後ろに手をまわすと、シュッと空気が抜けるような音が響く。
大野はそれを確認すると。
「全部状況証拠と想像なので、今までは話せませんでした。犯人はあの窓から侵入してない……例えば夕方に玄関を開けてもらって侵入し、あの空き部屋で待機して。殺害後、窓を割って下に降りた」
「あの事件の推理か? 珍しく名探偵気取りだな、ならホシは顔見知りの犯行なのか」
苦笑いする村井に、大野は話し続ける。
「その線だと矛盾が起きる。犯人は警察捜査を熟知していて、登山の経験があり、空気銃を保有している。そんな顔見知りがいれば別ですが」
「何の話だ?」
「顔見知りじゃなくても、あの頃簡単に家に入る方法はあった」
大野はゆっくりと村井に歩み寄る。
「ふん」
鼻を鳴らした村井が腰に手をまわしたが、大野は特に気に留めたふりを見せない。
「ちょうどフェイカーの挑戦状が届いていたから、警察に通報してますよね。なら……」
「犯人は
卑下するような言葉に、大野はついつい笑ってしまう。
「それ、背負ってる中身は登山用の酸素ボンベですよね。オーストラリアなら一部の狩猟用空気銃はライセンスなしでも購入できるみたいですが……あまり空気圧を上げると、暴発の危険性が高いそうです」
ボンベに直結して空気圧を上げれば、海外なら一般販売の商品でも殺傷能力の高い弾丸が発射可能だ。
問題はボンベの持ち運びと購入だったが。
小型の登山ボンベなら、その問題をクリアできる。
「俺を疑ってるのか?」
「動機がさっぱり……でも村井さんが、今危険なのは確かだ」
大野は頭痛を堪えるように、眉間に指を当てた。
――この感覚は、あのホテルの時と同じ。
村井が腰からオレンジ色のエアホースがつながった拳銃を抜くと同時に大野は飛びかかり、病院の柱の陰に避難するように村井を引きずった。
カシャンとガラスが割れる安っぽい音が響くと、大野は村井を背にして自分の拳銃を抜き取り、柱越しに病院の外を見る。
トスントスンと二回連続して、隠れた柱のコンクリートに何かが撃ち込まれるような音がする。
もう一度柱に潜んで、大野は舌打ちした。
柱の向こう側を見るまでもなく、コンクリートにめり込むなんて、狙撃用ライフルの銃弾しかありえない。
発射音は確認できなかったから、かなり距離があるはずだ。
村井がおどろいて、大野の顔を見たので。
「亞里亞の推理では、村井さんが今この時間にあらわれるなら、あなたは捨てられたのだろうって」
大野がそう言うと。
村井は突然小声で笑い出し。
「あの女は変人で大事な部分のネジの抜けたやつだって聞いてたが……人の話はあてにならねえな」
そう呟いた。
大野はそれに対し「合ってますよ」と、言いかけて……
なんとかその言葉を飲み込んだ。
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