07 もちろんあなたを愛しているからです
車が山道に入り、しばらくすると……
浜生は突然ハンドルを切り、舗装されていない林道を進んだ。
「ねえ、いったいどこに行くの?」
「この車は盗難車のようですから、ドライブには不向きなので」
山小屋の前の開けた場所に車を止めると。
「こちらに乗り換えましょう」
そこに停めてあった高級セダンのドアを開ける。
「ここ、あなたの……」
かすみが木材を山積みにした小屋を眺めて首を捻ると。
「この車は私のですが、この場所は最近倒産した材木会社の名義になっています」
「じゃあ」
「近頃は監視カメラやドライブレコーダーが蔓延していまして、なかなか逃走経路を確保するのが大変で」
いけしゃあしゃあとそう言って、ワンボックスワゴンに積まれた荷物をチェックする。
「やはりかすみさんを拉致監禁するつもりだったのでしょう。怪しい薬品やロープやテープがわんさか」
車の周りや裏側も、無線機のようなものを利用して確認すると。
「幸いGPSや発信機の類は無いようですので、乗り捨てできますね」
嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、いったいあなた何者なの?」
その慣れた手つきに、かすみが不審に思って問いかけると。
「あれ、まだ気づかないですか? 私が怪盗フェイカーです」
浜生はそう言って、ショーが終わった手品師のように両手を広げた後、片手を胸に当て優雅に頭を下げた。
「うん、全然意味わかんない」
かすみは目の前で起きている事にリアリティが無さ過ぎて。
やっぱり首を捻って……
それから、深くため息をついた。
¬ ¬ ¬
重厚な本革シートに座り、浜生……自称怪盗フェイカーの運転で二十分程走ると、高級別荘を絵にかいたような場所に着いた。
駐車場にはスポーツタイプやクロスカントリータイプの新車が並び、庭にはテニスコートや小さなプールまである。
ぐるりと山に囲まれ、他の建物が見えないところだけが……
唯一、隠れ家らしいと言える個所だ。
「浜生、こんな所に住んでいたの」
かすみがポカンと口を開けると。
「いいえ、浜生名義では市内にマンションを借りていて、普段はそちらで生活していました。こちらは先ほども言ったように、フェイカーの隠れ家のひとつです」
玄関を開けると、吹き抜けのエントランスに様々な名画が飾ってある。
中には有名なルネサンス時代の絵画も存在していた。
――これ、全部贋作なのかな。
そして二十畳はあるだろう、広々としたリビングに通され……
「コーヒーで良いですか?」
にこやかに聞いてきた。
かすみはその声に頷き、座り心地の良いソファーに腰かけた辺りで、徐々に自分の置かれた立場が理解でき始める。
――あたし今、こいつに拉致監禁されてんのかな。
自称? フェイカーはメイク落としの濡れティッシュで顔を拭き、コンタクトを外していつもの浜生の顔に戻っていたが。
本当にそれが素顔かどうかも良く分からない。
「と、とにかく。どうしてこんなことしたのか説明して!」
かすみがなんとか声をあげると。
浜生の顔の男はテーブルにコーヒーを二つ置いて、反対側のソファーに優雅に腰掛け。
「ではまず、昨日の事から」
角砂糖を自分のコーヒーにいくつも入れながら、スプーンをまわしてぽつりぽつりと話し出す。
浜生は、退社したかすみを例の紳士の姿で尾行していた。
理由はかすみが妙な男たちにつけられていたからだと言う。
「どんな男に?」
「先ほどのナイフの男たちは、昨夜バーのカウンターの奥にいたやつらです」
その言葉にかすみが記憶を探ると……
確かに、似たような風体だった気がしてきた。
それで浜生はバーでかすみに声をかけ、男たちの動向を探り。
「ちょっとまって、まずなぜあなたは変装したの?」
「かすみさんは何度誘っても断るので、この姿では逃げられる危険性がありました」
――確かに浜生の姿で声をかけられたら、逃げるな。
かすみは仕方なく話の続きを促す。
かすみの家に届け物があり、その後従妹と連絡を取ったことを知った浜生は、慌てて病院に先回りして再度変装し。
院内にあった白衣を借りて、怪しそうな場所を巡回していたら……
「おいこらちょっと待て! どうして家に届け物があったことや、静香ちゃんと連絡したことがわかるのよ」
かすみが耐えられなくなって、また突っ込むと。
浜生は自分のポケットからかすみのスマートフォンを取り出した。
「昨夜泥酔したかすみさんから少々拝借して、セキュリティのためにオリジナルのアプリを入れたり、玄関にも似たような仕掛けをしました」
――いつ盗ったんだ? しかもそれ、盗聴じゃない?
イケメンスマイルを発射する浜生に、かすみは引きつるこめかみを指で押さえ。
「まずそのスマホ返せ!」
そう言うと。
「今電源を入れるのは危険です。あのSNSアプリはGPS追跡が可能な位置情報機能があります。従妹さんから着信があった時点で、この場所がバレます」
浜生はまたポケットにスマートフォンを隠してしまう。
「じゃあ、静香ちゃんがあの男たちとグルだって言うの!」
「その可能性は否定できないですね、あまりにもタイミングが良すぎる」
かすみはそれに上手く反論することができない。
すると浜生はニコリと笑って。
「さて……ここで選択肢です。かすみさんには二つの道があります」
浜生はソファーから立ち上がるとマジックショーのように手の平を返し、優雅に指を二本あげる。
「ひとつは……私の話を信じないで、このままここから帰る。最寄りの駅まで送りましょう。その場合、明日から浜生夏雄と言う男はあなたの前からいなくなります。まああれ偽名ですが」
「警察に訴えるかもしれないわよ」
「結構ですよ、まあ警察がこの話を信じるとは思えませんけど」
――確かにこんなバカげた話は誰も信じてくれないだろう。
しかしそんなことよりも、かすみは何かを期待している。
ハッキリとした自覚は無いし、不謹慎な思いだったが。
「もうひとつは? その案次第で、返答が変わる」
今までの浜生の行動に、悪意を感じたことがない。話の中にはストーカー行為のようなものもあったが、結果的には感謝を述べなくてはいけないぐらいだ。
そしてこの現実離れした状況に、ワクワクしている自分もいる。
「私と一緒に、怪盗フェイカーに罪を着せようとした真犯人を盗む」
それはかすみが最も期待した言葉だったが……やはり不安と疑問が残っていた。
「さっき浜生は偽名だって言ったけど、本当なの」
「お金とその筋のコネクションさえあれば、人格のひとつぐらい何とでもなります。世の中はまだそこまで監視社会じゃない。まあ、五年十年と騙し続けるのは難しいですが」
「じゃあなぜ浜生の名でこんなことしているの? そもそもあたしをマークした理由は何なの?」
そして、一番の謎を言葉にする。
かすみは……今までの話と、今までの浜生の態度を総合すると。自惚れかもしれないが、この男が初めから自分を狙っていたような気がしてならなかったからだ。
かすみの真剣な眼差しに、その男もふざけたような態度を止め。
初めて見せるような真面目な顔で……
「もちろんあなたを愛しているからです」
そう答えた。
かすみは少し悩んでから……
やっぱりその男の顔を、グーで殴った。
¬ ¬ ¬
この男の言葉は信じられないけど、行動は信じよう。
結局かすみが出した答えは、それだった。
上手く力を逃がすように、一瞬後ろに下がったくせに……
殴られた頬を痛そうにさする仕草が、妙にイラっときたが。
「じゃあまず、あなたを何て呼べばいいの?」
「せっかくですから、フェイカーで」
「フェイカー、真犯人を盗むって……何をする気なの?」
「かすみさんが受け取った荷物から探ってみましょう、どうもそこにヒントが隠れている気がします。方向性を決めるのはその後で」
タイミング的にも、あの男たちは叔父の荷物を狙っていた可能性が高い。
かすみもそう思ってフェイカーに日記帳を渡し、手紙の内容を伝えた。
「なるほど、鍵が開かないのですね」
「四桁だから、叔父の誕生日や静香ちゃんの誕生日。その他それっぽいものはいろいろ試したけど」
かすみがそう話しているうちに。
フェイカーは日記帳のダイアルに耳を当てたり、くるくる回したりして……かすみに日記帳を返した。
「へっ、えっ?」
開いている鍵のおどろくと。
「0008、このナンバーに心当たりは?」
フェイカーは怪訝な顔で聞いてきた。
「えーっと、すぐには何も思いつかない」
「ねえかすみさん、その挑戦状が張られた絵画って。ひょっとしてハン・ファン・メーヘレン作では?」
「作者までは知らないけど、叔父さんが大事にしてたのは……有名な作品のレプリカだって言ってた」
「どんな絵でした」
「悪魔が人を食べるような感じの怖い絵よ。子供の頃、叔父がどうしてこんな絵を部屋に飾るのか、疑問を持ったわ」
その話を聞いたフェイカーは。
「方向性が見えました、まずはその作品を盗みましょう」
そう言ってニヤリと……
また、作られたような笑みをもらした。
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