第二幕 格之進、憤る

「――なるほど。それで鉱山でこき使われているというわけか……」


「へえ。その上、毒の煙にやられておとっつぁんは体を壊すし、もう我慢がならなくなっておら達逃げ出したんです。だども、途中で見張りをしているヤクザ達に追いつかれてしまい……ほんとにさっきは助かりました。ありがとうごぜえます!」


 忘れ去られた廃屋ながらもまだ充分使える炭焼き小屋へと移動し、格之進と六九兵衛は親子から詳しい事情を聞いた。


 それによると、彼らの村は天領(※幕府直轄地)であり、代官の阿久田意寛あくだおきひろが治めているのであるが、阿久田はこともあろうに地元の商人・上野こうづけ屋、地回りのヤクザ・湯煙の玉五郎と結託し、隠し鉱山から掘り出した硫黄でご禁制の火薬を作り、密かに売り捌いて暴利をむさぼっているというのだ。


 さらにはその硫黄を安価で採掘するため、村人達は労役と称して毒煙の上がる危険な谷底に閉じ込められ、いつ果てるともなくタダ働きを強いられているそうなのである。


「私利私欲のために村人を苦しめるばかりか、幕臣であるにもかかわらず、謀反に使われるやもしれぬ火薬で金儲けをはかるとは……断じて許さん!」


 久々に火を入れたであろう古びた囲炉裏の前で、話を聞いた格之進は閻魔の如き形相になって憤る。


「かような輩、ご隠居が聞いたら怒り心頭で卒倒してしまうだろう……ああ、そうだ! ちと尋ねるが、草津の山中にあるという有名な秘湯はもしやそなたらの村の近くではござらぬか?」


 そして、自分以上に正義感の強い、頑固な老主人のことを口にした格之進は、またも忘れ去っていたそのことを思い出して唐突にも親子に尋ねた。


「秘湯? ……いやあ、うちの村近くにも湯くれえ出てるが、そんな話題になるようなもんじゃないし、そりゃあたぶん、山を三つほど越えたとこにある村のことだな。ほら、おら達が助けてもらった二又の道を反対側にずっと行ったとこだ」


 だが、娘の父親は腕を組んで少し考えた後、格之進の望みとは相反する答えを返す。


「そうか。それではかなり離れているな……やむをえん。六、ここは俺達だけでなんとかするぞ」


「へい! がってんだ。でも、格さん、ご隠居もいないのにどうするつもりです?」


 光圀達が連絡の取れるような距離にいないことを悟った格之進は、主人になり代わって悪を正すことを決意すると、六兵衛にもその旨を伝える。


「あ、あのう、あなたさま方はいったい……?」


 そんな二人のやりとりに、ただの旅人ではない空気を感じとった父親は、怪訝な顔でおそるおそる二人を交互に見比べながら尋ねる。


「じつは我らの主人はさる身分のあるお方でしてな。ま、多少、偏屈者ではあるのですが、こういった身分をかさに悪事を行う輩が大嫌いなのです。無論、我らもその家臣として、このまま見過ごすわけにはまいらん。その悪い代官と取り巻きの悪党ども、この格之進と六九兵衛が懲らしめてしんぜよう」


「はあ……」


 光圀の名は伏せながらも正直に答える格之進であるが、突然、自分達の力ではどうにもならないと思っていた代官をなんとかしてくれると言われてみても、親子は信じられずに二人してポカン顔である。


「そうだな……その、掘った硫黄というのはやはり村内で火薬にしておるのですかな? ならば、できた火薬というのはどこに隠してあるのです?」


 そうして目をパチクリさせている親子に、格之進は腕組みをすると難しい顔で尋ねた。


「……へ? へえ。硫黄は村で尿から作ってる硝石と混ぜて火薬にした後、外には洩れねえように代官所の蔵にしまっておりやすが……」


 訊かれて我に返った父親は、信じられないながらも有体ありていに火薬製造の秘密について答える。


「そうか……よし。ご隠居もおらんことだし、まずはそいつを盗み出し、悪事の証拠として関東郡代に届け出よう」


「そうっすねえ……二人だけってのはちょっと心もとないですが、まあ、ちょっくら拝借してくるだけならなんとかなりそうっすね」


 話を聞き、具体的な作戦を立てる格之進に、六兵衛も少々不安な面持ちながら、その企てに賛同の意を示す。


「ちょ、ちょっと待ってくだせえ! 代官所に乗り込むって、お二人だけでですか!? あそこの蔵は代官所の役人ばかりか湯煙一家の連中まで警護についておりやす。そんな所にお二人だけでなんて……」


「そうですだ! どんなにお二人がお強かろうと、とてもじゃねえが危なすぎますだ!」


 一方、彼らが何者であるかを知らない親子二人は、その普通聞いたら無謀すぎる企てに驚きの声をあげて必死に止めようとする。


「なあに、だいじょぶっすよ。この格さんがいれば千人力。たとえ鬼が来ようが何千何万の鎧武者が来ようが、赤子の手を捻るようにちゃちゃ~っと、叩きのめしてくれまさあ」


 だが、真顔で心配する父娘を他所に、六兵衛はまるで真剣みのない笑顔を浮かべると、あたかも自分のことであるかのように胸を張ってそう嘯く。


「………………」


 そんな六兵衛を、格之進は「おまえが言うな」というような渋い顔をして、冷めた細い目で黙って見つめていた――。


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