化石少女と緑の男
たまき
レポート1 『接触者』について
採掘場は今日も大賑わいだった。澄みきった晴天の下、そこここで自らの親を呼びつける子供の声と、それに答える優しげな声が響いている。
周囲より一段低くなり、白茶けた地肌が露出したそこは、かつて新種の恐竜の化石が見つかり、大々的な調査が行われた跡地だった。一般に立ち入りを許可された今でも、ほんの小指の先ほどの骨片などがしばしば見つかるため、少年たちのひと夏の思い出作りに最適の場所となっている。
その採掘場の端近くに、熱心に地面を掘る一人の少年がいた。地面の一点を大きな茶色の瞳で見つめつつ、集中のため唇を尖らせて、貸し出された小さなたがねと槌を一心不乱に振るう。母親は偶然会った知り合いとのおしゃべりに興じており、熱に浮かされたような少年の様子に気づかない。
何か感触の違うものが、たがねの先端に当たる。少年は一旦手を止め、慎重に砂埃を払う。しかし興奮のためか、呼吸はさらに荒くなっていた。周囲よりわずかに色の薄い箇所を避けて、丁寧に石を割っていく。少しずつ、それは姿をあらわしていった。このギザギザした部分は歯だろうか。であればここが鼻先、この歪な楕円が眼窩だ。小さなものだったが、確かにいつか図鑑で見た恐竜の頭の形をしていた。
少年の口元がゆっくりと笑みを浮かべる。しかし、その表情は突然凍り付いた。見開かれた瞳に映るのは、小さな頭骨がパキパキと音を立てながら動き出す姿だった。それは首をもたげ、震えながら口を大きく開け―――、
雲一つない真夏の空に、まだ幼い悲鳴が響き渡った。
ケース4 9歳男性 接触対象:何らかの化石?
一般開放されている化石発掘体験施設にて、突然頭部より発火、そのまま死亡した。屋外であり、湿度は低かったものの、周囲に火気はなかった。犠牲者の付近には、何かを掘り起こした形跡があった。
火の勢いは不自然に強く、数秒のうちに火は全身にまわり、周囲の人々が水による消火活動を行ったものの、鎮火したときには既に遺体の大部分は炭化していた。比較的損傷の少ない足先を調べてみたところ、熱によるものとは考えられない変形が見られた。皮膚は爬虫類のものによく似た鱗に覆われており、足先の骨は鈎爪のように湾曲しながら伸びていた。
***
きっとそれは、かつて生きていたものたちの、もう一度生きようとする意志だ。
化石、剥製、木を伐りだして作った何かなど、「かつて生きていたもの」に触れて心身に異常をきたす者がいる。それはほとんどの場合、原因不明の事故死や単なる精神異常と見なされて顧みられることはない。ひょっとすると、何かに触れた、というのはこれらの事件に全く関係がなく、彼らはそれぞれ別の原因によって不運に見舞われた、という可能性もある。しかし調査してみる価値はあるだろう。「生きていたもの」と人間の接触、心身の異常、通常では考えられない現象、これらのことに因果関係があると仮定し、リストを作成することとする。
***
昨日は学校で、化石の話を聞いた。近所の博物館の中には、名札付きでライトに照らされているもの以外にも、たくさんの化石があること。例えば、エスカレーターの横のつるつるした石の壁には、その昔海で暮らしていた小さな貝がいるのだという。はじめのうちは分かりやすいうずまきを探していたけれど、急に、分かってしまった。この壁一面にある小さなぽつぽつが、全部それなのだと。
でも、誰が教えてくれたのだろう。学校の先生はここにはいないのに。冷たい壁にぺたりと手をつくと、その下で小さな貝はざわざわと動き出した。それでまた分かった。彼ら自身が教えてくれたのだ。壁の上の方まで見上げると、貝たちはいよいよ活発に動き出し、壁を抜け出して視界いっぱいに広がった。
「うわあー! すごーい!」
それはまるで星空のようだった。
ケース14 7歳女性 接触対象:フズリナの化石
生存例としては1例目。○○県の博物館にて、某日不可解な建物の損壊が起こった。壁面に使われていた大理石がまるごと消失したのである。力任せにはぎ取ったりした形跡は見られず、下地もまったく傷ついていなかった。
現場を目撃したという少女は、「勝手に動いていなくなってしまった」などと要領を得ないことを話している。
少女に直接聞き取りをしたところ、やはりどこかへ行ってしまったのではなく、少女が『接触』したためにその場から消え去ってしまったらしいことが分かった。大理石がフズリナ化石を多く含んだものであったために起こったと考えられる。大理石に触って消えてしまったあと、何か身体に異変はないかと尋ねると、背中を見せてくれた。背骨に沿って数か所、フズリナの化石が肌に埋まっているのが確認できる。また、フズリナは彼女と意思の疎通ができるらしい。彼女はフズリナを「先生」と呼び、「なんでも教えてくれる」と話している。
―――――
「……やめろ」
頭を掻きむしると、白いシーツの上に鮮やかな緑の葉が散らばる。
「やめろ、いやだ、いやだ」
背中を丸めると、肩甲骨のあたりでめきめきと音がする。怖い。自分の体が変化していくのが恐ろしい。
だが、それよりもっと恐ろしいのは、頭の中で絶えず囁き続けるこの『声』だ。それは、言葉でもなければ音ですらない。ただ、ひたすらに何かを伝えようとする意識のようなものだ。何を言っているのか分からない。分かりたくない。きっとこれを理解してしまったら、そのとき自分は自分でなくなる。受け入れてなどやるものか。
「おれの中に、入ってくるな……!」
ケース50 21歳男性 接触対象:ヒノキ
驚くべきことに、数少ない生存例の一つは身近なところから見つかった。現在大学にて勉学に励んでいる我が養子である。あとから聞き取る形でなく、自らの目で経過を観察できるのはこれが初めてである。以降、当時の日記を引き写す。(あとから註釈を入れた箇所あり)
1日目
調査のための旅行もこれで3週間目に入るが、○○の妹(注:実母のもとで暮らしているが、交流がある)から連絡が来る。兄がかれこれ2週間大学に姿をあらわしていないとのこと。電話をしてみても、少し体調を崩しているとしか答えない。病院へ行くよう勧めても言葉を濁すし、見舞いに行くと言うと途端に厳しい口調でやめろと言う。家に押しかけても顔を見せることすらしないので、さすがに心配になって私を頼ることにしたらしい。私が彼に連絡してみても概ね同じであった。非常事態とみて、急遽帰宅を決定。
2日目
帰宅。○○の制止を押し切って部屋に入る。彼の髪には、緑の葉が混じっていた。どうやら頭皮から直接生えているらしい。3週間前から生え始めて、ちぎってもまた生えてくる上に量が増してきているという。生え始めたあたりで何か変なものを見たりしなかったか、と探りを入れてみる。古い扇子から枝が伸びるのを見た、とのこと。骨董の露店でふと手に取ったのだそうだ。その扇子はどうしたのかと聞くと、不思議な現象を見た直後に幻のように消えてしまったという。間違いない。『接触』の事例だ。
葉を観察した結果、彼が『接触』したのはおそらくヒノキだろうということが分かった。
夜、彼がうなされている声が聞こえる。すぐに起こしてしまったため、寝言の内容は分からない。眠りに落ちると、頭の中で何かが話しかけてくるのだと言う。何を話しかけてくるのか、と聞くと、言語ではないのでわからないと言う。わからないから怖い、と。毎晩そうなのかと聞くと、そうではないとの答え。しかし、話しかけてこない夜は、記憶にないはずの妙に鮮明な風景を夢に見るらしい。
化石少女と緑の男 たまき @Schellen
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