第三十三話 『格の違い』
「ーー待て!」
(!?)
遠くの方から男の声が聞こえた。
「待つんだ......ウズ。その男はまだ殺すな」
その酷く冷たい声は、アーラのそれだった。
ウズは突然の事態に一瞬硬直し、明らかに不機嫌な態度で言う。
「......何?何だって?アーラ」
「まだ殺すなと言ったんだ。ーーそいつは捕獲した後、マドカに見てもらう」
「......マドカ?誰だっけぇ〜そいつ」
「さっき話したじゃないか!君がこれから身を置くことになる、俺たちの組織ーーその『ボス』だ。俺も、そして君も、彼の命令に逆らってはいけない。それがこの組織のルールだ」
アーラはまるで、聞き分けのない子供を説得する親のようだった。
「俺はしばらく彼と連絡をとってなかったんだ。だからその男のこともよく知らないし、無闇な真似はできない。まずは彼が帰ってくるまで待とう。ーー俺も久しぶりにスリルを味わったんで少々気分が高揚していた。今は落ち着いて......待機だ」
「アーラ......君はどうやら君の言う通り、冷静じゃなかったのかもしれないけどねぇ〜、僕は全然そんなことはないよ」
「......?」
「僕は始めからこの男を試すつもりでいたんだよ。この男が僕を『救える』人かどうかをねぇ〜」
「試す?」
「ああ。だから、彼を殺すか殺さないかっていうのは、その誰かさんが決めることじゃないんだよ......」
ウズがそう言い終えると、穏やかだった波の音が次第に激しくなっていった。
アーラによる説得は失敗に終わり、ウズは俺に向けての攻撃を開始する。
(そうか......もうそれほど近くに来ていたのか)
ウズが海の水を操ることのできる範囲内ーーその中に、俺はもうすでに立っていた。
「そして、どうやらこの男に希望はないらしい。それは残念な事だったが、紛れもない事実だ」
ウズがそう吐き捨てると、波の音はさらに大きくなった。
「ーー終わりだ......」
この時、俺の耳は研ぎ澄まされていた。
視覚からの情報がなかったおかげか、程よい緊張状態で本来より聴覚が発揮されたためか。
大きな波の音に遮られ、聞こえるはずもなかったその声は、遠くの方から、しかし、はっきりと聞こえた。
「ーーノゾミィィィイイイ!!!!」
「!?」
追い詰められて気がどうかしてしまったのか、幻聴なのかと一瞬疑ったが、間違いない。
ゼロの声だった。
「ノゾミ!!諦めるな!!その状況に屈してはいけない。おめぇさんが〈能力〉を掴むための、〈二つ目のヒント〉は『諦めない』事だ!!自分がこうじゃないって思った時に、目の前の現実を肯定しちゃいけないんだ!往生際が悪くたっていい。その現実を変えてやるって心から思うんだッ!!」
遠くの方から必死に、恐らく俺に目を向けて言っているんだろう。それは全力を振り絞った声だった。
こんな状況で何を言っているんだと、いつもならそう言ってやっただろう。
こんな、どうしようもない状況で、ここでもし俺が「諦めない」と思ったところで、それで何が変わるんだと、いつもならそんな消極的な態度をとっていただろう。
ーーしかし、その時俺は悟った。
この世界の一端を初めて理解できた気がした。
見えるはずのない「波」を見た。
その波は、今にも自分を飲み込もうとしていた。
そしてーー
「パァッッーン!!」と激しい破裂音を立てて、自分の方へ向かってきた波が弾けた。
その水は、力を失い地に落ちた。
(ーーまただ......)
「!?」
ウズは珍しくキョトンとした顔を浮かべる。
彼は何が起こっているのか深く考えもせず、続けてまた「水圧カッター」の攻撃を繰り出した。
「ーーッ!」
途轍もない勢いとスピードで投げ出されたそれは、俺の体に触れるや否やまたしても弾け飛んだ。
ほんの少しだってダメージは入らない。
「ーーッ!?」
ようやく彼は、この不可解な現象に気づいた。
「......何だ......?〈魔法〉が......効いてない......?」
思い当たる節はいくつかあった。
初めは、気を失ったゼロを救出した時ーーゼロを取り巻いていたウズの〈水魔法〉は、俺が触れた途端に解除された。その時は、ウズが〈魔法〉を操れる範囲外に出たとか、運良く解除されたんだとばかり思っていた。
そして、疑問に思ったのは二度目、ウズがマンホールの中から不意の攻撃を仕掛けてきた時ーーウズは俺に向かって至近距離で〈魔法〉を放った。しかし、その時も俺にその攻撃は当たらなかった。
その不思議な現象が二回も起こって、それでも俺が確信できなかったのには理由があった。
ーーそれは三度目の攻撃にあった。
ウズが〈魔法〉で攻撃をした三度目ーーウズが俺の視覚を奪おうと、目に向けて攻撃を仕掛けた時。俺はその攻撃を防ぐことができなかった......そう思っていた。
「おい......何故だ......君、もしかして僕が見えているのか......?」
さっき軽く目を擦った時に確信した。
目を擦った後の俺の手はキラキラと輝いていたーー細かいガラス片が付着していたのだ。
このガラスは恐らく、ウズが三度目の〈魔法〉を使った時、俺の目に入ったものだ。俺はてっきりウズの攻撃をまともに食らったんだとばかり思っていた。あれほど強烈な一撃......そんなものを食らって無事なはずはないーー俺はそんな激しい勘違いをしていた。
しかし、俺がダメージとして受けたのは、彼の〈水魔法〉などではなく、それに混じったワイン瓶の破片だけだった。ウズの放った「水」はその時、例外なく弾けとび、〈魔法〉の力を失った。
俺はその時「ワイン」と「血」を間違え、勘違いしていたのだ。
(ーーなんと情けない......)
それが今、目に入ったガラス片や「ワイン」は涙に流されたというわけだ。
全く傷にならなかったわけではないが、視力を失うほど重大なものにはならなかった。
ーーそして、『直感』で分かる。
俺は、ウズには負けない。
「......おぉい......どんな小細工使ったのか知らないけどねぇ〜〜君、僕の力がその程度だと思われちゃ困る......」
ウズが腹立たしそうにそう言うと、彼の背景が一変した。
「ドドドド」と地響きのような音を立てて、先ほどからは考えられない大浪が目の前にそびえ立っていた。それは「水」とか「波」とか、そんな小さな言葉で言い表わせるものではなかった。
「ーーそう、僕の〈魔法〉は『水』を操るなんて生ぬるいものじゃない。僕の〈魔法〉は『海』を操る!!ーー『海』を動かす〈魔法〉だ」
彼の言う通り、俺の目の前では「海」が動いていた。辺り一体の「海」が、普通では考えられない動きをしていた。
マルタの街全体を軽く飲み込むほどの大津波。そんな「化け物」が今にも俺に食らいつこうとしていた。
ーーしかし、そこに「恐怖」はなかった。
「来いよ。俺とお前の〈能力〉ーーその格の違いを見せてやる」
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