第三十話 『残酷な音』


「ーーうわぁぁああああああああ!!!!」




 痛い!




「う......うぅ......ぐっ......!!」




 痛い痛い痛い痛い痛い!!




 目が焼けるように痛い。


 俺はあまりの痛みに蹲った。




 立っている事はできなかった。




「......はぁ......うるさいーー大袈裟だなぁ〜それくらいで」




 ウズは呆れるようにこちらを見たーーいや、見ているだろう。


 俺には、彼が今どんな行動をとっているのか、確かめる事すらできなかった。


 何故ならーー




「目がぁ......!!何も見えないッ!!俺の目が......!!」




 ーー両目を潰された。


 痛みを堪えて瞼を開いたが、俺の目に「光」が映る事はなかった。


 どれだけ見開いても、景色は残酷なまでの「暗闇」だった。




 しばらくして、自分の目がグチャグチャに潰されたんだと理解して、俺は叫ぶのを止めた。


 痛みが引いたわけではなかったが、そんな事よりも、これから一生「光」を見る事ができないという「絶望」と「恐怖」で胸がいっぱいになり、声など出なかった。




「......はっ......あ......」




「やっと静かになったねぇ〜フフッ!......痛いかい?ーー目が見えなくなる事は怖いかい?」




「くっ......」




「でも、僕が悪いんじゃないからねぇ。僕は正々堂々本気でいくって言ったから、僕の攻撃をまともに食らった君が悪いんだ」




 俺は、確かにその通りだと思った。


 この世界は、俺が元いたような甘い世界ではないということを改めて実感した。


 相手は自分を殺そうと思って攻撃してきているのだ。勿論、眼球を潰したからといって、謝罪するとか、手加減するといったこともない。


 むしろ、本当にまずいのはここからだ。


 俺はこれで終わったかのように構えていた。




(違う!これからのことを考えるとか、そんな事は後だ!)




 俺は後ろに方向転換し、何度も壁にぶつかりながら、その場から逃げた。




 目が見えなくなったという事は、一気に形勢が逆転したという事である。


 ウズの行動が確認できない今、攻撃を躱す事は困難だ。どれだけスローな動きでも、見えなければ避ける事はできない。




(やばいぜ......これは、死ぬかもしれない......!)




 人間、命の危険を感じると、案外それ以外の事はどうでもよくなるのかもしれない。


 先ほどまであった激しい痛みが、気づけば何ともない事に気付いた。


 アドレナリンが分泌されて、感覚が麻痺しているのだろう。




(......忘れろ!今は「不安」や「後悔」を忘れろ!ーー今集中するのは、今この時をどうするかだ......そうしなければ、俺は死ぬ......!!)




 俺はこれまでの記憶を頼りに走った。ただただウズから距離をとろうとした。


 そして、その上で一番してはいけない事は、この場所から南ーー「海」に向かって走るという事だ。その方向へ逃げれば、俺の生存率はほぼ無くなる。


 しかし、目の見えない今でも方向くらいは覚えている。そして、何より、この町で彼から逃げる事は難しくなかった。




 なぜなら、この町は入り組んだ道が少ない。


 その理由は、この町の「地形」によるものだ。




 ここ【マルタ】は、周りを取り囲む山々からの土砂によってできた町ーーつまり、典型的な「扇状地」である。「扇状地」は、山沿いであるため雨量が多く「土砂崩れ」がある他、風の強い時は「高潮」「津波」など波浪による災害も警戒しなければならない。そのため、それらの対策として、「山」から「海」へ広がる扇型に沿って、直線上に家々が立ち並ぶといった今のような形に造られたのだ。




 ーーつまり、路地を抜ければ、当分突き当る事はない。


 そして、幸いな事に、今は町人も一切おらず、道幅も充分に広い。俺はただ一直線に走るだけで良かった。


 もし、目の見えない今、入り組んだ街中や森で戦っていたなら、あのような弱々しい〈アルカナ〉といえど殺されていたかもしれない。


 不幸中の幸いというやつだ。




(まだ......諦める事はできない。まだ、あと少しだけ......残された「希望」がある!)




 俺は全力で走った。


 これまで目を瞑って歩いてみた事はあるが、そんなものとは段違いに怖かった。


 痛いほどに肌に突き刺さる冷たい風が怖かった。


 いつも以上に研ぎ澄まされているのに、虫の音ひとつ耳に入らない。聞こえるのは、不気味な風の音だけ。それがたまらなく怖かった。




 しかし、死ぬ事より怖いものはないと思って、全力で走り抜けた。




(体力に自信のある方じゃないが、奴が相手なら直線で追いつかれる事はない。あとは......)






「ーーゼロに助けを求める......かい?」




「ッッ!?」






 近くにいるはずのないウズの声が聞こえた。






(......今......いや......そんなはずは......)




 随分と距離を離したつもりだった。


 彼の足で追いつけるはずがなかった。




「......どうして、お前の......!?」




「ゼロがいる方へ向かって、また助けてもらおう......そのつもりだったみたいだねぇ。ーーでも、残念だったね」




「何で......どうして......」




「駄目だなぁ......ダメダメだなぁ......逃げるだけじゃ何も変わらない」




 俺は確かに、北方に向かって走った......つもりだった。






 ーーそれなのに、聞こえるのは波の音だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る