第二十七話 『救世主』
俺たちは動いた。
ゼロは「追われるのは好きじゃない」と言っていたが、そんなのは誰だってそうだ。
俺だって好きじゃない。
「引き離すっつってもよぉ、どうするつもりなんだ?」
「あぁ?そんなもんなるようになるぜ!特に何も考えてねぇよ」
(ホント楽天的な奴だ。考えているのかそうでないのかはっきりしてほしい)
ゼロの呆れた態度に、緊張の解れていた俺は、油断していた。
隠れていた家屋から出ようと、扉を開いたその時ーー
「!!」
ーーまたあの時のように、一瞬にして矢は現れた。
「危ないッ!!」
ゼロは勢い良く俺の背中を蹴った。
俺はその衝撃で地面へ叩きつけられる。
「うぐッ!ーーッ!!」
顔をあげてすぐに辺りを見回しーー奴は建物の屋根の上に立っていた。
「......やはりおかしい。何故当たらないんだ?」
アーラは、正面の家屋ーーその屋根の上に居た。
恐らく、俺たちが出てくるのを待ち伏せて、狙撃を目論んでいたのだろう。
しかし、またしても間一髪のところで回避。ゼロに助けられた。
「おうおう!探す手間が省けたぜぇ。おめぇさん、案外引き離すのは簡単だったみたいだなぁ?」
「いや、まだ分からない。ウズはあれから一度も姿を現していないんだ。何処かに隠れているかもしれない」
ここは注意深く行動する。
それは、今のような不意打ちに合う可能性があるからだ。
(それにしても、待ち伏せて攻撃してくるとか、ずっと隠れているだとか、姑息な戦い方をする奴らだ。この上なく卑怯だぜ)
アーラは狙撃に失敗すると、しばらく次の攻撃に移ろうとはしなかった。
慎重に出方を伺っているのか、しゃがんだ姿勢から腰を上げて、こちらの様子をじっくりと見ている。
「ーー?何だ?何故攻撃して来ない?」
ゼロも、アーラの不可解な行動に足を止めた。
アーラは弓を持つ左手を下げて、右手を自分の顎にあてた。そして、何か考え事をするように黙って動かない。
彼はしばらくして言った。
「......当たらないからだ」
「あ?」
「何故なのか考えているんだ。ーー俺はさっきから何度も貴様らに向けて矢を放っている。それなのに何故どれもほんの少しのところで当たらないんだ?ーー俺は幼い頃から弓の腕は良かった。十六の時に軍の弓兵になってから、狙った的は外したことがない......一度だってなかったんだ......」
彼の声は震えていた。
それは悲しみからではなく、誰かに対する「怒り」からなる震えだ。
込み上げてくる感情を必死に食い止めようとする震えだ。
「しかし何故だ......何故貴様には当たらないんだ!!ーー俺の調子が悪い訳でもなく......ゼロ!貴様の反射神経が良いからって訳でもねえ!......何だこれは......これは偶然じゃない!!」
調子が悪くないとは言ったが、しかし、彼は明らかに自分に対して怒っている。
思い通りにならないという「悔しさ」が、「怒り」に変わっている。
普通なら、これは偶然だと割り切るだろうが、彼の塗り固められたプライドがそうはさせないのだ。
「ああァ!むしゃくしゃするぜぇ......!俺が......ここまで、射抜けないなんてよぉ!!」
アーラは髪を手で掻き毟って、苛立ちを露わにした。
「クソッ!クソッ!」と何度も言って、まるで子供のように腹を立てた。
「おいおいおい〜!怒っちゃってんのかよぉ?おもちゃを買ってもらえなかったガキんちょのように!思い通りにならないからって怒ってんのかぁ〜?グヒヒッ!」
少しでも触れると爆発しそうな表情のアーラに、ゼロはあとひと押しだと言わんばかりに挑発する。
(こいつ......これじゃあどっちが子供なのか分からねえ......)
どうやらお互いに精神年齢というのは高くないらしく、アーラもその挑発を真に受けたのか、ゼロの声を搔き消すような大声でこう言った。
「ああ怒っているさ!しかし、貴様らにじゃねえ!自分自身にだ!何度撃っても、貴様ら程度を射抜く事の出来ない......この俺に対して怒っているんだッ!!」
そう言うと、彼は持っている弓を背後に放り捨てた。
「撃っても当たらないのなら、もう撃たねえ!!ーーこれ以上撃つと、外す感覚を覚えちまうからなぁ......」
「?」
(苦しい言い訳のようにも聞こえるが、これはただ意地を張っているだけなのか?......それだとーー)
「じゃあ......どうやって俺たちを攻撃するって言うんだぁ?ーー悪い事は言わねえからよぉ、今捨てた弓を取るんだな。俺はテメェらみたいな姑息な真似はしねえ。そのくらいは待ってやるぜ」
「......」
しかし、アーラは動かなかった。
「おぉい......良いんだな?そんならーー」
「ーーこの俺がぁ!」
「!?」
「ただ腹が立つからといって弓を捨てたのだと思うのかァ!?ーーただ狙い易いからという理由で、高所に立っていると思っていたのかァ!?」
(何だ......?何を言ってーー)
「ーー!!」
気付いた時にはもう遅かった。
「ッッ!?」
足にとても重い感覚ーーこれは重いというより......
「ノゾミッ!!」
下を見ると、自分の両足が地面と一体化している事に気付く。
「あ、足がッ!って何だこれ!?」
ここは煉瓦が敷き詰められた道路。その煉瓦を突き破って、下から「土」が固く俺たちの足に絡み付いていた。
そして、その「土」は生き物のように蠢き、両足を地中へと吸い込もうとしている。
気付いた時には、足首の辺りまで完全に埋まっており、膝までは、動く「土」や煉瓦が一緒くたになって纏わりついていた。
「これはッ!!」
「地」属性の〈魔法〉。
アーラは自身の〈魔法〉を使って、すでに俺たちを攻撃していたのだ。
(こいつはッ!「土」を操る〈魔法〉ッ!!ーーしかし、いつの間に!?音もなく攻撃していたのか!)
全く気付く事が出来なかった。
「土」は次々と集まり、物凄い力で両足を地中へと引き摺り込む。
まるで地面が生き物のようで、俺たちを飲み込むかのような勢いだ。
「おい!ゼロッ!!」
アーラの方へ目をやると、彼の手には弓があった。
(いつの間にッ!!)
「止まった的を射抜くっていうのはぁ、何だか面白くねえが......しかし、もう外すことはねえ!」
彼はすでに矢を引いていた。
(一度弓を捨てたのはフェイント!俺たちを油断させるための罠だ!そして、屋根の上に登っていたのも、狙撃が本来の目的ではなく、視線を上方に誘導するためッ......!!弓で攻撃しないと言ったのもブラフ。苛立って、怒った様子をしていたのも、そのための演技......なのか!?ーーこいつッ!全てこの時のためにッ!!)
気付くと俺の両足は膝まで地面に埋まっており、その場から動く事は出来なかった。
この攻撃を避けることは出来ない。
標的は当然、俺の方だった。
プライドの高い奴のことだ。ここでゼロに狙いを定めたのなら、それは自分の腕を信じられなかったという事。プライドが高く、意地を張った今の奴なら必ず俺を撃ち抜こうとするだろう。己の運命に打ち勝つために。
狙いは分かっていても、今回ばかりは避けられない。上半身の移動ならかろうじて出来るが、眉間を狙っても無駄だという事を彼は学習しているに違いない。間違いなく身動きの取れない箇所に狙いを定めてくる。そして、もう逃げられない。
もし一撃目を避ける事が出来たとしても、それ以降はどうする事も出来ない。
(駄目だ......もう何もーー)
ーーそう思った、その時だった。
「おらッッ!!」
ゼロは、上半身を俺のいる方へ倒し、「左手」で足元の地面を触った。
「ーーッッ!!」
すると足に纏わり付いていた「土」は見事に消えて無くなり、地面にはぽっかりと穴が出来た。
俺は態勢を崩し、またしても転ぶ。
「うわッ!!」
ゼロの「触れた物を異世界へと吹っ飛ばす〈能力〉」。いつ聞いても凄まじい〈能力〉だが、その範囲はゼロの左手の可動域に限る。
運良く俺はゼロの手の届く範囲にいたため、回避する事が出来た、が......しかしーー
「うぐゥッッ!!」
ゼロは俺の方へ庇うように身を乗り出した。しかし、そのためにアーラの攻撃を食らうこととなった。
矢はゼロの左肩に深く突き刺さり、彼は苦しそうに小さく声をあげた。
矢の突き刺さった肩に手をやり、上半身を地面に打ち付け、倒れ込む。
「ゼロ!!」
慌ててゼロの方へ行こうとすると、彼は怒鳴った。
「何やってんだ!!こっちじゃねえ!あっちへ行くんだよぉ!!」
「!?」
「今がチャンスだ。ウズの所へ行くんだぜ!ノゾミ!」
「でも!お前ーー」
「いいから行くんだ!!こいつらの元いた場所だ!海の近くに必ず奴はいる!」
ーー俺は走った。
ウズのいる方へ。
ここは彼を信じるべきだと思った。
彼は、自分の足元の「土」を消さなかった。
それは「消さなかった」というより「消せなかった」のだ。
きっと、あの肩へのダメージで左手を動かす事が出来ないのだろう。〈能力〉が使えないのだ。
あの状況、非常にまずい事は十分に分かっている。
俺ならこんな決断はしないだろう。
しかし、俺は彼を信じるべきだと思った。
ーーー「おいおい嘘だろぉ!?本当に行かせちまいやがった。貴様ァ、今の状況分かってんのかよぉ?」
「......ンフッ!ウヘヘッ!!」
「......何だよ。気持ち悪ぃ笑い方しやがって......」
「テメェなら易々と見逃してくれると思ったよ。ノゾミをぉ......ウズの所へ行かせてくれると......」
「......何だと?......何故そんな確信がある?」
「ーーテメェの〈魔法〉も恐らく、効果を及ぼす範囲はそう広くねえ......もし広いなら、あの時最初に使ってるもんなぁ?ーーノゾミを追ってここを離れたら、この『魔法』は解ける。そうなったら、折角俺を甚振るチャンスだってのに、勿体ねえ......とか思ってる」
「......」
「そして何より、ノゾミが行った所で何もできやしないさとーーそう思ってる」
「当たり前だろう?あんなただの凡人がーー」
「いや違うねぇ!」
「!?」
「テメェも薄々気付いてるんだろ?〈アルカナ〉ならよぉ!?」
「......」
「あんな奴にウズが負ける訳が無いーーテメェはそう思いたいだけさ。でもよぉ......あいつはおめぇの矢を悉く交わしているんだぜぇ!?的を一度も外したことのないテメェがよぉ......」
「ーーくっ......!!あれは嘘さ......」
「いやそれも違う。あの時、テメェの言ったそれだけは本当だったんだ。これは偶然なんかじゃない。ーー俺が意識を失って、テメェらに追い詰められたあの時もぉ!ピンチをくぐり抜けたのは『偶然』じゃない!」
「何だよ......何が言いてえんだよ......貴様はよぉ!!」
「ーーあいつは『救世主』になる〈アルカナ〉なんだ」
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