第二十五話 『覚悟』


「ゼロ!何か言ってくれ!俺は何をすればいい!?」




「......ぐッ......!ゴホッ......!」




 駄目だ。


 ゼロは今それどころではない。


 呼吸ができていない。会話など出来るはずがない。




 苦しそうにもがいているゼロを、俺はただ見ていることしかできなかった。




「ちくしょう!!また俺は何もできないのか!!」




 自分は弱い。


 そんな事は自分が一番良く分かってる。


 一人じゃ何もできないし、それを分かっているから何かをしようとも思えない。




 今回もまた駄目だ。




 ゼロがやられたら、俺は一人。


 間違いなくすぐに命を落とす。


 しかし、この状況を打破する術はない......








 どこからともなく現れた矢が、気づくと眼前にあった。


 瞬きをしたその一瞬。矢は現れた。


 凄まじいスピードだ。


 威力も先程見た一撃を遥かに上回っている。




(アーラが放った矢だ......どこから来たんだ?ーーまあそんなことどうでもいいか......俺これから死ぬんだもんな)




 避けられない。


 俺は「死」を悟った。


 この眼前の矢が脳天を貫いて、俺の人生は終了。


 ゼロもあのままだと直に死んでしまう。




 俺たちの負けだ。




(やっぱりあんな奴らに喧嘩売るんじゃなかったな......)






 何もかも諦めたその時だったーー






 「ズドンッッ!!」と何かにぶち当たったような鈍い音と激しい痛みが走った。




(痛い......これが「死」の痛みか......案外、大したことない......な......ッッ!?ーーいや、これは......)




 矢に射抜かれたような鋭い痛みではない。


 しかしーー




「痛てて......」




 確かに痛みがあった。




(ーー腰?)




 腰が痛い。


 先程の情景から察するに、今は頭に激しい痛みがあるはずだ。


 いや、痛みなど感じる間もなく即死だと思ったが......




「!?」




 目を開くと、そこにはこちらを見るゼロの姿があった。


 変わらずウズに攻撃されているままであったが、彼の手がこちらを向いていた。




(何がどうなってる......!?)




 俺は家屋の壁に打ち付けられたみたいだ。木の扉をぶち破って、古民家の中にいる。


 瓦礫の崩れる音を聴きながら、何が起こったのかを分析する。


 あのままなら俺は確実にアーラの矢に射抜かれていた。


 それなのに、何故生きているんだ......?




 ーーまさか......




「〈魔法〉を使ったのか......?」




 ゼロの表情で事態は把握できた。


 彼は「風属性の〈魔法〉」を使ったのだ。


 俺を助けるために。




 彼は今も尚苦しんでいる。


 〈魔法〉を使えば、ゼロはあの状況を打破できたのかもしれない。


 しかし、そんなことをしてしまえば俺たちの勝率はグッと減る。


 何故なら、ゼロは〈魔法〉を一日に一度しか使えないのだ。


 それなのにーー




「何やってーーうわっ!!」




 アーラは二撃目を繰り出した。


 今回は運よくギリギリのところで躱す事ができたが、恐らく次はない。


 この場所にいるのはまずい。


 俺は入った方と反対の出口から家を出て距離をとったーーゼロを置き去りにして走った。








 何故ゼロはそんな事をするのか。それが俺には分からなかった。


 自分が苦しんでいても、堪えて使わなかった〈魔法〉。


 それは、奴らに対する「とっておき」だったのだ。


 実際、奴らに通用する武器は、ゼロの〈能力〉と〈魔法〉の二つしかない。


 そのうちの一つを使ってしまった。




(なんで......俺なんかを助けるために......)




 彼は恐らく俺に「逃げろ」と言っているのだろう。


 俺にもう二度とあの時のような思いをさせまいと、きっとそう思っているのだ。




「クソッッ!!俺はまた逃げんのかよ!!」




 正直に言って、勝率はもう殆ど無くなった。


 今立ち向かっても勝ち目はない。




 俺は必死に走りながら考えた。


 このまま逃げてしまっていいのか。


 しかし、そうなれば、もう二度と顔を上げては生きられない。




 俺は立ち止まった。


 ここで奴らから逃げ切れば、今あるこの命は失われないのかもしれない。


 それとも、ゼロを裏切って奴らに降参すれば、もっと安全な暮らしができる。


 そうだ。マドカの仲間になるのだ。そうすれば、身の安全は保証されると言っていた。


 きっと、こうやって圧倒的な力の差に屈する事もない。


 色んなことを考えた。






 ーーだが、それらは心の平穏には直結しない。


 誓いを破るということは、「自分に嘘を憑く」という事だ。


 それは、今ここで死ぬことよりもずっと怖い事のように思えた。








 気付くと俺の目の前には、アーラがいた。


 しかし、アーラが追ってきたのではない。




「おいおい良いのかよぉ!?せっかく最後の力振り絞って、逃してくれたっていうのによぉ!」




 驚いたゼロの表情と、それに止めを刺そうとしていたアーラがいる。


 アーラはこちらを呆れたように見ていた。






「一生自分に嘘憑いて生きてくんなら、ここで死んだ方がずっとマシだ」




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