第二十四話 『背水の陣』


「ーー作戦って?どんなだよ。あいつらに勝つ方法でもあるのか?」




「あぁ?おめぇさん、さっきから何だかすげえびびってるようだが、あいつらはそこまで脅威でもないぜ。何せ俺がついてるんだからなぁ。もう少し安心しな」




 俺がこんなにも怯えているのは、ノイルがあんなことを言ったからだ。


 ゼロが死ぬ未来を視ただとか、それが「運命」とか何とか。


 あたかも俺を怖がらせるように言っている。


 後がないなどと焦らせて、俺にやる気を出させようとしているのなら、それは最も逆効果である。




「何でお前はそんなに余裕そうなんだよ。今はどう考えても追い込まれてる方だぜ!」




「気持ちの問題だよぉ。端っから勝つって思わなきゃあ勝てるもんも勝てねえぜ。おめぇさんは強い!今からはそう思え」




 精神論は嫌いだ。


 根性があれば何でも出来るなどとは思わない。


 何故なら、そこに「根拠」がないから。


 根拠も自分の納得もないことは信用しない。


 少なくとも俺はそう割り切っている。




「作戦よりまずは俺の推測だが......おめぇさん、アーラとかいう奴が何故追って来ないか分かるか?」




「......いや、分からない。何だよ?」




「......あいつはきっと、あの場所から動きたくないのさ」




「?ーーどういう事だ?」




「あいつ......いや、奴らはあの場所にいる方が有利なんだ。それは今さっき気付いた事だ。ーーアーラは、俺が攻めて来るのを待っていた。あの状況、あちら側が本当に有利なら、自ずと先に攻めて来るはずなんだ。俺やおめぇさんを楽勝にやっつけられるんだったら、そんなものに時間を割くわけはない......無駄だからな。計画の邪魔とか何とか言ってたが、そんなものがあるなら尚更だ。奴らに無駄な時間を過ごしてるような暇はないんだぜ。ーーでも、奴はずっと俺の様子を伺っていた。というより、俺が攻撃するのを待っていたんだ。俺が奴に近づくのをなぁ」




「近づく?ーーもしかして......奴もお前と同じ、自身が触れる事をトリガーとした〈能力〉を持っているって事か?」




 ゼロの「触れた物を異世界へと吹っ飛ばす」能力。それは、ゼロ自身の左手に触れることをトリガーとして発動する。


 そして無意識では発動せず、右手でもいけない。


 飽くまでも左手に意識を集中させなければ発動しないらしい。


 アーラが持つ〈アルカナ〉の〈能力〉がそのような系統のものなら、当然近づいて来るだろう。




 しかし、ゼロは言った。




「いや、それは恐らくない」




「え、何で!?どうして分かるんだよ」




「奴が接近戦を得意とする〈アルカナ〉なら、弓なんか持ってるわけがねえ。もっと、剣とか槍とか、接近戦を想定した武器を持つはずだ。ーー奴が弓で攻撃してきたのは、様子を伺っていることを悟られないように上手い具合に戦う意思を見せるためか、それとも、もう俺の〈能力〉を知っているのかもしれない。あのウズって野郎にも、勿論見せたつもりはねえが......どこかからバレたのかもしれないな」




 俺は一つ疑問に思った。




「ちょっと待てよ。あいつがお前の〈能力〉を知ってて弓で攻撃してきたってんなら、お前のさっき言ってた事とは矛盾してるぜ!あいつらは俺たちを近づかせようとしてたんだろ?お前に触れられたら、持ってる武器は勿論、服だってもぎ取って素っ裸にされちまう。もっと大事な物だって持ってるかもしれない。それはあいつらだって困るだろう?」




「いやぁ、男の服なんて剥いだって俺も嬉しくはねえけどよぉ......」






 ゼロは奴らのいた方向を、何かを検討するように見た。




「きっとあの場所に近づくことがまずいのさ」




「あの場所......ってもしかして、あの組織ーーマドカやミカが近くにいるから......そうか!狙われていたんだな?あの建物......いや、それ以外のどこかかもしれないが、隠れていたって事か?」




「あぁん!?何ぃ!?おめぇさん、マドカを知っているのか?」




 ーー失言。




 驚きつつも、今はそれどころではないと冷静な表情に戻るゼロ。




(しまった......そうか。こいつにはまだ言ってなかったな。ーーそして、やはり知っていたぜ。知り合いというのは本当のようだな)




「あ、あぁ......ハハッ。ちょっとな。ーーそれより、どうなんだよ?そういう事なのか?」




 焦りを隠し、少し笑って誤魔化す。


 ゼロはきっぱりと言った。




「いや、それもないな」




「え?どうして!?」




「あの建物に奴らの仲間はいない。いるんだったら攻撃するチャンスは幾らでもあったはずだ。出てきて加勢でもしたなら、今頃俺たちはやられてる。あいつらにとって俺たちは都合の悪い存在だっていうのは言うまでもないだろうが、必死に命を取りに来てもおかしくないんだぜ?そんな奴らを易々と見逃すかねぇ」




 ゼロの言う事は尤もだった。


 実際、奴らが頑なに動こうとしなかったのも見て取れるし、弓で攻撃して来たのも、痺れを切らしたからだろう。


 仕留めるための一撃でないのは直感で分かった。


 狙って射ってはいたものの、「殺気」は感じなかった。


 「反撃してこい」と言わんばかりの、いわば煽動のような一撃。




 マドカらがあの場所に居合わせていないというのも、恐らく正しい。


 ミカが戦いに加われば俺たちに勝ち目はない。


 しかし、それは俺が想定していた程最悪の状況ではないという事。


 案外、勝ち目はあるのかもしれない。




「なら何なんだよ!?あそこにはそれ以外特に何もなかったぜ」




「本当か?ーーじゃあここは何という町だ?言ってみろ」




「何?町?ここは......マルタ。漁業が盛んで、すぐ横には広大な海が広がっている......夕焼けが綺麗な町マルタだ。だが、言っちゃ悪いが、その他には特に何もない平凡な所だ」




 しかし、ゼロの言っている事は分からない。


 あの場所には、何かがあるようには見えなかった。


 奴ら以外に人の気配は感じなかったし、武器が隠されているという訳でもなさそうだ。


 あるのはアーラの持っていた弓矢のみ。


 ウズの方も、恐らく服のどこかに小さなナイフが隠されている程度。


 とても今から戦闘を行うような格好ではない。それなのに、あの余裕......


 それはきっと、自身の〈能力〉に大きな自信を持っているからだ。でなければあの余裕は生まれない。




 だが、ゼロは「あの場所」が危険だと言った。


 だとすると、罠でも仕掛けているのだろうか。


 落とし穴や地雷といった罠を、事前に設置しているとでも言うのか。


 それはとても考えにくい。




「あいつらのいるあの建物は、この町の最も南ーーつまり、海沿いにあるんだぜ?」




「?......だから何だよ」




「だからぁ......『水』が大事なんだぜ。近くに『水』がある事が安心なんだ」




(!!)




 ここで俺はやっと分かった。


 〈アルカナ〉であるという事で、着眼点が逸れていた。


 奴らのあの余裕は〈能力〉に頼ったものではない。




「そうか!〈魔法〉だ!奴らのどちらかが、水属性の〈魔法〉を使う事ができる!」




「ああ、俺の予想では......いや、これは確信だ。あの場所から海までは十メートルもない。そして、海の水を操れる程といったら相当な〈魔力〉。しかし、その強大さ故か、どうやら操れる範囲は半径二十メートルやそこらだ」




「だから動かなかったのか。俺たちがいた所までは攻撃が届かないから、自分のテリトリーに誘うため、迂闊に攻撃して来なかった......」




 〈能力〉ばかりに気を取られ、〈魔法〉の存在をうっかり忘れていた。


 奴らは自身の〈能力〉を使うまでもなく、俺たちを仕留める事ができるという訳だ。


 〈魔法〉を使えば、奴らはゼロに触れる事なく攻撃する事ができる。




「だからあの場所に近づくことができねえって訳か......」




「ああ。ーーそして、屋内に身を隠さなかったのを見る限り、恐らくあのウズとかいう野郎が怪しい。もう片方も何かしらの〈魔法〉が使えるのかもしれない。ーー対して、こちらが打てるのは、俺の風属性の〈魔法〉一発。こう考えると、かなりマズい状況だぜ」




 先日、ウェスト区に向かう途中、ゼロが〈魔法〉を使う所を初めて見たが、正直に言って「強力」と言えるものではなかった。人を数メートル飛ばせる程の威力。普通に考えれば、それなりの突風ではあるが、攻撃として奴らに通用するとは思えない。




 今ここにハジメが居れば、どれほど心強いだろうか。






「ーーなぁ、そういやぁ、ハジメはどうしたんだ?どこにいる?このまま一度引いて、戦力を上げてからでもいいんじゃないか?今の状況は明らかに不利すぎる」




「......それがぁ、あれ以来、連絡が取れていない」




「えぇ!?」




「家に訪ねても居なかったし、エティアの方でも姿を見ることがなかった。ーー元々、自由奔放な奴ではあったが、今はマジに居場所が分からねえ」




「......嘘だろ」




(一体何があったんだ?)




 少しの不在なら良いのだが、全くの行方不明というのは、とても気にかかる。


 あれ以来というのは、あの大火事があった日ーーあれから、一週間が過ぎているというのに、仲間と一度もコンタクトが取れていないというのは不安だ。


 もし、あれほどの逸材が居なくなれば、こちらの戦力は大幅に落ちる。


 それは考えてもみたくないことである。




「......それによぉ、今はチャンスだって言ったはずだぜ!ーー今は、奴らも相当戦いたくない状況だ。何せ、本来ならあの場所にいるはずの仲間がいないんだからな。言っただろ?今はこちら側の滅多にないチャンスなんだって。俺たちが、俺たちだけの力で、今奴らに勝つ必要があるんだ!」




「でもよぉ......あの場所に近づけねえってんじゃあ話にならねえぜ。戦うなら、少なくとも近づかねえと、こっちからも攻撃ができねえ!早くしねえと、マドカたちが帰ってくる可能性もある!」




 彼らがいつ戻ってくるかも分からない状況。


 しかし、こちらにはもう助けを呼べる〈アルカナ〉はいない。


 こうやってただ闇雲に時間を費やすのは、とても良い策とは思えない。むしろ悪手だ。






 しかし、ゼロは動こうとしなかった。




「ーーーー」




 もう何も話そうとはせず、特に作戦を考え込んでいるようにも見えない。


 何かをただひたすら待っているようだった。




「おい!何してんだよさっきから!こうやって待っててもこっちが不利になる一方なんだぜ!?」




「いや、そうでもない。ーーまだだ。まだもう少し待つんだ」




 そう言って、ゼロは海を見た。


 この町は、海沿いに民家が立ち並び、まるで碁盤の目のように綺麗に整列している。


 海に向かっては何も遮るものがないということもあって、どこにいても心地良い潮風を感じる事ができるし、誰だって綺麗な夕焼けを見ることができる。


 何もないと言ったが、景色だけは格別のとても素晴らしい町である。


 しかし、今はそんな呑気に構えている場合でもない。




 気が付けば、もう日も暮れていた。


 そのオレンジ色の光が俺たちを照らす。


 それに眩しそうにしながら目を細めるゼロは、こんな時に景色でも楽しんでいるかのように海を眺める。




「だぁから何やってんだよ!お前はこんな時によぉ!!今は呑気してる場合じゃねぇって!!」




「あぁ!?まだ分かんねえのか?おめぇさんはぁ......」




「??」




「俺がただ何もせず!浮かれた旅行気分で夕焼けなんか見てると思ってんのかよぉ!?ーーもう俺の作戦は始まってるんだぜ!こうやって待っていることが奴らを倒す事に繋がるんだぜ!」




(?)




 いよいよ言っている意味が分からない。




 こうやって夕焼けを見ることが、奴らを倒す作戦だって?




「何だ......どういう事だよ」




 ゼロは真剣な表情で、海を見つめて言った。






「ーー『干潮』さ。俺は潮が引くのを待ってるんだ」






「!!」




(そういうことかッ!)




 全く気付かなかった。


 ゼロは、綺麗な景色を見ていたのではなく、「海」そのものを観察していたのか。


 目の前の敵を倒す。ただそれだけを考えて行動している。


 先程の推測。そして、それを加味して立てた作戦。


 これまでの彼の観察眼......






(こいつは戦い慣れしているッ!)






「全くおめぇさんは勘が鈍いよなぁ......ガキじゃねえんだからよぉ?一から十まで言わせんなっつの」




「......」




 俺は息詰まって黙ってしまった。


 この男はやはり「信頼」できる。


 信じ頼る事ができる。


 不利な状況でも、それをチャンスに考える姿勢。ーー決して『希望』を捨てない。




 彼の目には、目標に向かって突き進む力強さがある。


 限りなく前を見つめる力がある。




 初めて会った時に感じたのは、この熱意なのかもしれない。






「この町は特に干満差が激しい。それは嫌な程知っている。雨が降った日だって、波の調子を見て、干満のタイミングをピタリと当てられる。今日は、あと十分で潮止まり......最干潮を迎えるな」




「何で......そんなに知ってるんだよ」




「ウヒヒィ!まあ、今はそんなことどうでもいいだろ?」




 ゼロはそう言って誤魔化した。


 この男は何かを誤魔化す時に笑う癖がある。






「しかしよぉ......困った事に、どう攻めて良いのか分かんねえ」




「何!?何でだよ。もう脅威は減ったし、どう攻めるも何も突っ込むしかねえ。それか、隠れて近づいて不意打ちでもするか、何が何でもやるしかねえ」




「いや、奴にもこれがバレてねえ訳はねえんだぜ。多分そんなに間抜けじゃない。実は攻撃してこなかったのも、ただ面倒だっただけなのかもしれないし、本当はもっと広範囲に渡って攻撃ができるのかもしれない。ーー今俺が言ったのは、飽くまでも推測だ」




「バレてたら何だって言うんだよ?こっちは少しでも有利になった......のかもしれないんだろ?もうグズグズしてる暇はねえ」




「いや、そうじゃねえんだ......タイミングが......こっちのリズムがバッチリ読まれてるんだぜ。きっと」






 ゼロは先程より少し曇った表情で、爪を噛みながら奴らのいる方へ目を向けた。


 奴らがゼロの思惑に勘付いているなら、こちらが動くタイミングは確実に読まれている。


 一刻も早く敵を倒したいというのは、恐らくこちらの方が強く思っているし、動くなら潮が完全に引いた時。


 不意を衝くなんてことはできない。




 場所も、海がある方向は大きくひらけているし、何より海の近くへは行けない。


 攻めるタイミングも方向も恐らくバレている。




 今の状況は良く見積もっても、「超最悪」から「最悪」に変わったという程度だ。




「けど、もうそろそろだ。時間はねえ......作戦を......いや、俺は何をすれば良い?」




「そうだなぁ......とりあえず俺がーー」






 ゼロが話そうとした途端、大きく地面が揺れた。






「「!!」」






 「ドドドドド」と音を立てて何かが近づいてくる。




「ーー何だ!?」




 何か危険が迫っているというのははっきり分かる。


 しかし、予想外の事態に混乱し、行動を起こす事はできなかった。




(何だこの地響きは......!?ーー地面?)




 二人が辺りを見回している最中、ゼロの後ろにあったマンホールが爆発した。






「ッッ!!」




「ーー何!?下水道ッ!!」






 盛大に弾け飛んだマンホールの蓋は宙を舞い、中から大量の「水」がゼロを目掛けて飛び出した。


 途轍もない水圧に、ゼロは壁に叩きつけられ、その壁をも突き破って飛んで行く。




「うぐっ!!」




 地中からは、その後も凄まじい威力の激流がゼロを襲い、その「水」はまるで生き物のようにゼロの口に纏わり付いた。




「ッッ......ぐっッ!......」




(まずい!)




 ゼロがもがいて「水」を掴もうとするも、当然手はすり抜ける。


 このままでは窒息して死んでしまう。


 それを分かっていながらも、俺は何もできず、ただ立ち尽くすのみ。




「......くッ!」




(駄目だ......また何もできないッ!)




 〈魔法〉も使えない。


 〈能力〉も使えない。


 物理的に救出する事は不可能。


 為す術がない。




「ーークソぉッ!!」




 慌てふためきながらも、必死に辺りを見回す。


 この状況を打破するには、この〈魔法〉を使っている人物を攻撃するしかない。


 しかし、見つけたとしてもーー






(ーーどうやって攻撃する......!?)




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