第二十三話 『戦略的撤退』
ゼロの戦う理由ーーそれは、殺された知り合いの仇をとるため。俺は彼がその知り合いとどういう関係なのかは知らないが、あの日の夜、彼はひどく落ち込んでいた。きっと大切な人だったに違いない。
そして、そのように人を簡単に殺すような存在ーー〈逆位置〉の〈アルカナ〉を、この世界で野放しにするわけにはいかない。それを未然に防ぐ意図もあるだろう。
しかし、これは〈アルカナ〉のーー〈正位置〉と〈逆位置〉の間で起こった戦争。先程のような理由がなかったとしても、当然戦わなくてはならない。そうしなくては、ユリウスやウズのような「狂気」を持った人間が〈王〉の座に就く事になる。
人を平気で殺すような者がこの世界を牛耳れば、大量虐殺など当たり前。それよりももっと酷い事態になる可能性は十分にある。そうなってはいけない。
このまま見過ごす事は出来ない。
俺は自然とそう思えるようになっていた。
これは、避けられない争い。
ーー俺には戦わなくてはならない理由が十分にある。
「なあ、どうするよウズ。殺さなくちゃならねえ人間が一人増えたぜ。あいつも多分、君の敵だろう?そういう事になったんだろう?ーー君の邪魔をする存在は、俺の敵だ。全身全霊で戦うけどさぁ......これは俺一人ではキツくなったかもなぁ。一対一じゃなくなった」
「心配しなくていいよ〜。だって、そいつ。多分まだ自分の〈能力〉がどんなものかも気づいてないよ〜。顔見たら分かるでしょ〜?何も出来ないような顔してる。こんなの敵が増えたうちに入らない。それに危なくなったら僕が手助けするしね〜」
「確かに。よく見れば、全然強そうじゃねえな。威勢の良い事を言ってはいたけど、腰も引けてるし、さっきまでずっと隠れてたんだ。むしろ足手まといかもなぁ!」
アーラは数秒俺の顔を見てそう言った後、手を叩いて笑った。
ウズの方も俺が先程から怯えている事はお見通しのようだ。
(まあ声震えてたもんな......今でも震えてるけど)
「おい、おめぇさん。随分舐められてんなぁ。来てくれたのは嬉しいが、もうちょっと堂々としてろよなぁ」
「......すまねえ。ーーけどよぉ!あいつらの言う通りだぜ。ノイルは俺がここに来ることによって『運命』が変わるとか何とか訳の分からねえことを言っていたが、俺はまだ全然理解してねえんだ。これから俺はどうしたら良い?」
「何ぃ?そんなこと俺が知るかよ。ーーここへ来たって事は、ノイルに聞いたんだろうが......あいつ、武器の一つも持たせてねえのか」
ゼロがそう言うと、俺はようやく〈あの事〉を思い出した。
「あっ!」
「ーー?何だよ」
「そうだ、忘れてたぜ。俺が来た理由。ーーノイルがあいつの......ウズの〈能力〉を視たんだ」
「何!?ホントか?どんなのだ?」
「ーーあいつは絶対に死なない。不死身だ。決して死なないというのが、あいつの〈アルカナ〉の〈能力〉だ!」
「え!!何それ!ホントかよ......で?後は?」
「いや、それだけだけど」
「......あ、あぁ、そうか。ありがとう」
(まあそうなるよな)
俺もこれを伝えてどうなるのか、と思ったが、これも一つの使命であったので、言わないわけにはいかない。
それにしても、ゼロはこれからどうするのだろうか。
俺たちがひそひそと話していると、アーラがこちらへ近づいて来た。
いよいよまずい。
「殺し合いを始めんのに合図なんていらねえよなぁ......俺も作戦を練らせてあげるほど、お人好しじゃねえんでなあ!!」
そう言うと、アーラは瞬時に背にかけてあった弓を取り、矢を放った。
放たれた矢は途轍もないスピードでこちらへ向かってくる。
「ッ!!」
「危ねえッ!!」
ゼロは俺を凄い勢いで引っ張り、共に倒れる。
飛んで来た矢を俺はまともに目視すら出来なかった。
またしても「死」が、俺の頭をよぎる。
「っつつ......ちくしょう。こりゃあまずいな」
ゼロは瞬時に起き上がり、軽々と俺を担いだ。
俺の体重は他の人と比べるとやや軽めではあるのだが、しかし、この歳になって片手で担ぎ上げられた事はない。
改めて感じるが、凄い力だ。
ゼロは人を担いでいるというのに、凄まじいスピードで走った。
頭がクラクラして、自分がどんな状況かもよく分からなかったが、どうやらアーラのいる方向とは逆の方向に走っている。
「おい!何逃げてんだよ!俺のことを思ってやってんならマジにキレるぜ!」
「あぁ?逃げてんじゃねえ!これは戦略的撤退だ!」
そう言いながら、ゼロは全速力で走った。
「状況が変わった。おめぇさんが来ずにあのままでいたら、俺はがむしゃらに立ち向かっていくだけだったが、今は二人だ。今の俺たちには作戦が必要。そして、それを練る時間が必要だ!」
「それは分かったが、おい!......ぐふっ......下ろせって!......っ......俺だって走れる!」
「何言ってんだ?俺がこのまま走った方が早い」
それは尤もな主張だった。
ゼロは人を一人担いで走っているというのに、後ろから追いかけて来ているはずのアーラを振り切っていた。その姿は疾くに見えない。
やはり、常軌を逸した駿足の持ち主だ。
俺はされるがまま、成す術無く揺られるのみ。
かなり恥ずかしい状況だったが、背に腹は変えられない。
仕方なく俺は揺られた。
しばらく走ったところでゼロは足を緩め、俺を肩から降ろした。
「ふぅ......ちょっと疲れたな。これぐらいでいいだろう」
「ーーで、これからどうすんだよ?距離をとったのはいいが、逃げてるばっかじゃ攻撃出来ねえぜ」
逃げることは出来る。
実際、今この調子で行けば、奴らに見つかることなく、この町から離れることだって出来るだろう。
そうすれば、ノイルの〈能力〉で視えた未来すなわちゼロの「死」を避けることが出来るかもしれない。
これはノイルの言った通り、確かに「運命」が変わった。
しかし、ゼロはそんな判断をしないだろう。
現実問題、そのようなことをしても何も変わらない。
この場は逃げ切れるかもしれないが、それは奴らに時間を与えているようなもの。
何か事が進んでいるという事は確実であるし、それは止めなくてはならない。
そして、今回を見逃せば、次いつウズの居場所を特定できるか分からないし、これはゼロにとっても絶好のチャンスだ。
これは、こちら側のチャンスなのだ。
逃げる事は出来ない。
「もしかして、走って距離をとったのは、あの場所からアーラだけを引き離すためか?ーーあの状況、二対二、いや、もっと不利な状況だったかもしれない。そこで数の有利をつけるために、一人ずつ確実に仕留めようと思ったのか?」
「いや、それは違うぜ。実際、随分前から追いかけて来てねえ」
「何!?ーーいやだって、初めはちゃんと追いかけて来てたぜ!」
「あれは演技だ。そういうフリだ。自分の計画を悟られないようにそうしているんだ」
「?」
「アーラはあの場所から離れる事はできねえ。おめぇさんが言ったように、自分の不利になるからな。だから、この距離で十分安心なんだよ」
ゼロは腰を落ち着かせた。
「言っただろう?作戦を練るためだって」
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