第二十二話 『愛と死と僅かな希望』


 モルダン地区ーー【マルタ】


 海に面しているこの町は、自ずと漁業が盛んな地域で、モルダンの商店街に並ぶ魚は、殆どこの港で漁れたものだ。


 人口は近隣の町と比べても、多からず、少なからず、ごく平均的な数ではあるのだが、この日は誰も外に出ていなかった。




「どうなってんだ?こりゃ......」




 町に入ってすぐには理由が分からなかった。


 何故昼間だというのに、どこの家も閉めきっているのか。カーテンも閉まりきっているし、物音一つしない。まるで留守にしていることを分かり易く示しているようだ。


 しかし、家の中に人はいる。それも殆どの家に。


 これはカーテン越しにも確認できる。人の影が映っている。




(何で皆隠れてんだ?)




 だが、目的地ーー「あの組織の拠点」の近くに来た時、その理由が理解できた。








「おい!そこのてめぇ!何者か知んねえがぁ、そこをどきやがれ!」




 聞いたことのある声だった。


 何故か安心するような声。




 ーーそこにいたのは、ゼロだった。


 ゼロが見知らぬ男性に対し話しかけている。




「てめぇに用はねえ。俺がここへ来たのは、そこのぉ!てめぇの後ろにいる奴に会うためだ!」




 そう言ってゼロが指をさした先にいるのは、夢にまで出てきた程鮮明に覚えているあの男ーーウズがいた。


 忘れたくても忘れられない、その特徴的な顔や、雰囲気、素振りは全く変わっていない。


 何処を向いているのか分からないような目つきに、常にフラフラしている安定感のない体。


 何よりも、彼からは「生気」が感じられない。




「あのさぁ〜、僕の方はぜ〜んぜんっ!お前みたいなやつに用なんてないんだけどねぇ〜興味もないしぃ〜」




 ウズがそう言うと、彼の前にいた男性が話した。




「良いんだウズ。君は前に出てこなくて良い。中へ入ってくつろいでいてくれ」




「そうは言ってもアーラ、君は彼に勝てるのか〜い?」




(アーラ?どっかで聞いたような名前だな......何だっけ?)




「......確かに、きっと相性は良くない。俺の方が不利だろう。しかし勝てるさ、君のためなら俺は何だって出来そうな気がする」




 アーラがそう言うと、ウズは後ろへ下がった。




「でもまあ、念のためさ。見ておくよ〜」




 彼はそこにあったベンチに腰掛けた。


 いよいよ戦いが始まるのか、と思ったその時、アーラという男性が突然俺の方を見た。






「ん?」






(まずい!気付かれた!でも何故?)




 俺は建物の陰で静かにしていた、というより、あまりにびびり上がって姿を出せなかったというべきか。


 しかし、どちらにせよ身を隠していたというのに、何かを感じたのか、彼は咄嗟にこちらを見た。


 俺はそれに驚き瞬時に奥へ下がった......が、どうやら遅かった。




「おぉい......そこに誰かいんだろ?今ちらっと、動くのが見えたぜ。ーーこいつがいるのにそこを通るなんて、ここの住民なわけはねえよなぁ?」




 場は静まり返った。


 緊迫が解けたと言えば良い響きに聞こえるが、しかし、こちらは最悪の状況。


 いや、本来はゼロの援軍として来たのだが、それを分かってはいても俺の体は動かなかった。


 自分が場違いな存在だというのが、たった今身に染みて分かる。


 しかし、後悔してももう遅い。


 その場全員の視線が向かう中、俺は渋々建物の陰から出た。途端ーー




「ーー!?」




 やはり、真っ先に反応したのはゼロだった。




「ノゾミ!?......どうして......何でここに!?」




 分かり易く、そして予想通りのリアクション。


 それはつまり、安心であった。


 これが今、この場所でなかったなら、笑ってこちらへ向かい飛びついて来るほどのテンションであったが、しかし今は状況が違う。ゼロもそれを分かってか、一瞬顔が綻んだが、すぐに緊張を取り戻した。




「いや、今はここへ来た理由なんてどうでもいい。何で出て来たんだ!早く逃げろ!」




 俺だって本心では逃げたかった。


 正直な心に従えば、逃げるのが最善の選択。


 しかし、俺の理性がそうはさせなかった。


 今逃げてしまえば、もう二度と自分は変われない。


 そんな気がした。






「ーー俺よぉ、あん時......頭に来てたんだぜ。おめぇは何も出来ねえから逃げろって、そう言われてるような気がしてなぁ。けど、実はそんなにびびってもなかったんだぜ!ーー今見りゃあ、大したことねえなぁ!?面構えがよぉ!!」




 そう言って威勢良くウズの方を見たが、本能がそうしたのか、反射的に目を逸らしてしまった。


 びびっていないなどとは全くの嘘である。


 正直に言うと、パニック状態であの時の細かい記憶など殆どないのだが、自分がびびっていたということは鮮明に覚えている。


 情けない。


 それは今も変わっていないようだ。


 彼の存在は、どうにも苦手というか、「生気」がない代わりに「狂気」がある。それは常人が見ても分かる事だ。


 彼の姿を普通に見ていられる方がおかしい。






「何〜?誰かと思えば、いつぞやの少年じゃないか〜。フッフ、丁度会いたかったんだよ〜」






 ウズは不気味に笑い、立ち上がった。


 そして、こちらへ向かって来ようとすると、ゼロが咄嗟に動いた。




「おいてめぇ!ノゾミに近づくんじゃねえ!ーーノゾミも何突っ立ってんだ!今の状況を分かってねえのか!?こいつらは〈逆位置〉の〈アルカナ〉だ!何されるか分かんねえ!逃げろ!」




「......くっ......だからよぉ!......だから!舐めてんじゃねえ!!」




 この状況、俺が場違いな事は自分が一番よく分かっている。


 力だって何だって、自分が一番劣っている。奴らに殺されるかもしれない。数秒後には死んでいるかもしれない。


 そう思ったが、俺は怒鳴った。




 自分の生きる道を示した。






「俺は決めたんだ!!こいつらと戦う事を。もう逃げない事を。そして、お前と共に道を歩むという事を!!」






 勝たなければならなかった。


 これまでの自分に。


 絶対的なピンチだからこそ、ここで決める事が出来た。




 ここはあの組織の拠点のすぐ近くだ。


 しかし、大声で叫んだ。


 ミカやヘンドリック、マドカがすぐ近くにいるのかもしれない。


 そんな事は分かっていた。


 だが、俺はもうおどおどと何かに怯えながら過ごすような、そんな生き方はしたくなかった。






「ーーノゾミ......ふんッ!おめぇさんよぉ!とんでもなくバカだぜ!ーーしかし、元気なことは大いに結構だ!!」




 ゼロは嬉しさを堪えきれず、笑った。






「ノゾミ!ーー気合入れろよ」




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