第二十話 『運命の水晶』

 

 ノイルはしばらく無言でいて、少しして鼻で笑った。




「ふんっ!そんなものはお前が一番分かっておろうが」




 質問に対し、予想外の返事だったため俺は少し驚いた。




「何!?分からないから聞いてるんだぜ!教えてくれよ!」




「何もかも教えろ教えろと、そんなに人に頼りっきりでは先が思いやられるわい。少しは自分で考えてみんか」




「考えただろうがよぉ!さっき言ったことは総じて間違ってないはずだ。俺だって懸命に考えてんだぜ!」




 分からないことを他人に聞くのは恥ずかしいことではないと思っている質で、昔から何でも人に聞いてしまうのは自分の悪い癖だと承知している。しかし、知っていることをあえて教えないというのは、やや意地が悪いのではないか。






「『類は共を呼ぶ』って言葉ぁ、あるよな?この世界にはねえのか?ーーとにかく、性格の似通った奴らが、自然と周りに集まるってのは、どこの世界にだってあることだとは思うんだが......今の俺にはまさしくそれが当てはまるんだぜ。この世界に来てから会うのは、殆ど変な奴ばっかだ。アンタも含めてな」




 ノイルは僅かに表情を緩めて言った。




「わしを気色の悪い奴だと思うのは構わんが、目利きを侮られたのには少々不愉快じゃのう」




「?」




 ノイルは、やれやれと言わんばかりの表情で言う。




「ゼロが探す〈アルカナ〉は全て、わしが教えてやっているものじゃ。勿論、彼奴の仲間になる様な者かどうかも分かる時は事前に忠告済みじゃ。だから、ゼロをお主の所に向かわせたのも、確信があって行なったこと。ーーそれに、『類は友を呼ぶ』というのなら、お主がこうやってわしの所に来ている事は、どう説明するんじゃ。マドカの美味い話に乗らなかったのも、お主は本心で分かっておったからじゃ。理屈だけで考えれば、奴の元に就く方が余程安全であろう。それが分かっていながら、お主は決断に困った。そこにもう答えは出とるんじゃないかのう」




「ーーそれってつまり......」




「ああ、心配するな」




 俺は少し綻んだ。


 彼の言葉には、揺るぎない根拠と説得力があった。それは、俺を安心させるのには十分な言葉だった。


 自分がどんな人間であるかは、自分では案外分かり難い。他人に認められて、初めてそれに気が付く。


 彼は容姿こそ不気味ではあるが、案外まともな事を言う。


 優しい声だ。


 それが作り物でない事が分かる。


 彼は信じても良い人間だ。




「しかし残念ながら、わしはお主に朗報だけを伝えて帰らすほど気前の良い人間でもない」




「......?何だよ」




「仕事を止めてまで、お主の話を聞いてやったんじゃ。その分の働きはしてもらう」




「何ぃ?仕事だ?客なんて一人もいねえじゃねえかよ!せいぜいアンタがやってた事は、その変なガラス玉磨いてただけだぜ!」




「悪いが、ゼロの『付け』がお主に回って来とるんじゃ」




「何でだよ」




 清々しいまでのとばっちり。


 その「付け」をまともに受けたノイルにもツッコミたいところだったが、俺はそんな事よりも気になる事があった。






「なあ、そういえば、ゼロは今何をしてるんだ?」




「......」




 聞いた途端、ノイルの顔つきが変わった。


 元々彼は感情がすぐ顔に出るというタイプではなく、どちらかと言うと常にポーカーフェイスを通している様な男であったが、何となく目つきが変わったのが分かった。


 俺はその普段崩れない表情が僅かでも変わった事に、より一層不安を憶えた。




「......何黙ってんだよ」




 ノイルは一呼吸置いて、重い口を開く。




「ーー今、〈逆位置〉の〈アルカナ〉の元へ向かっている」




「!!」




「落とし前をつけるだか何だか知らんが、そう言って今朝飛び出して行きおった」




「それってーー」




「ああ、お主も見たと言う男じゃ」




 数日前、俺が人生で一番の「恐怖」を憶えたあの時。


 少し思い出すだけでも、吐き気を催してしまう。


 確実にトラウマだ。彼は普通の人間にはない異様なオーラを放っていた。感じた事のない、限りなく闇に近い「負」のオーラ。形容し難いそのオーラを目の当たりにした俺はあの時、息をする事さえ苦しい程だった。


 そんな「あの男」の所にゼロが今向かっているというのか、それとももう対峙しているのかもしれない。


 ーー「落とし前」をつけるために。




「一週間ずっと探しておった。それが先ほど、視えたところじゃ。それを知るや否や、いつもの如く......いや、いつも以上に勢い良く扉を蹴って出て行きおったわい」




「......あれは完全に俺のミスだ。俺の失敗だ。ーー本当に申し訳ない」




 一体誰に謝っているのか、自分でも分からなかったが、何とも居た堪れない気持ちになり、自然とその言葉が出た。




「申し訳ないと、本当にそう思っているのなら、お主はこんな所にいる場合ではない。謝る相手を間違っている」




「......」




「一週間前、どんな事が起こったかは、詳しくは聞いておらんが......ゼロにも申し訳ないという気持ちがあったのじゃろう。落とし前をつけると、そう言っていた。殺された知り合いのこともあるじゃろう。しかし何より、お主に申し訳ない事をしたと言っていた。自分の都合でこの世界に連れ込み、したくないような仕事を無理矢理させたと。ーーきっと、彼奴なりに責任を感じたんじゃ」




 それは違う。


 あれは俺が自ら選んだ事だ。


 あの時、星空を見上げて誓った。ゼロの過去を聞いた時、俺は彼に協力する事を、この世界で強く生きる事を誓った。


 それなのに、そんなものは都合良く忘れて、逃げ出したのは俺だ。


 ゼロは何も悪くない。




「ーーそれを、何で言い淀む必要があるんだ。探していたものがやっと見つかったんなら、それは良い事じゃないのか?嬉々として言っても良いくらいだ。あの男に対して、ビビり上がってる俺が言えることじゃないかもしれないが、彼はそんなに強そうには見えなかった。ゼロならきっとコテンパンに懲らしめて帰って来るぜ」




 ノイルの表情は変わらなかった。




「視えたんじゃ......不吉なビジョンが、決して良くはない未来が、今回に限っては意に反してはっきりと視えた」




「何......!?ゼロが負けるってのか?あの男に?そんな馬鹿な話があるか!」




「お主も心の中では分かっておるのじゃろう。〈アルカナ〉の戦いが、喧嘩の強い弱いで決まる程安くはない事を」




 一対一、殴り合いの喧嘩なら、ゼロが負けるとは到底思えない。


 恵まれた体躯に、あの駿足、力だって俺の数倍は強そうだ。


 対してあの不気味な男は、例えるなら、吹けばすぐにでも飛んで行きそうな程華奢で非力な見た目をしていた。




 しかし、〈アルカナ〉には特殊な〈能力〉がある。


 ゼロの場合だと、『触れた物を異世界に吹っ飛ばす』という普通では考えられない超能力を持っている。


 「あの男」がゼロのそれを遥かに凌ぐ程、強力な〈能力〉を持っていた場合、身体能力など関係なくゼロは敗北するという訳だ。




「......必ず、なのか?......そのビジョンは絶対なのか?」




「こればかりは信じたくなかったが、わしの『予言』は決して外れない。このままだと、間違いなくゼロは......死ぬことになるじゃろう」




「!?」




(死ぬ!?ゼロが死ぬだと!?そんなことをこいつ......何故こんなにも冷静に話す事が出来るんだ......!!)




「何故だ!?そんな事を知っていながら何故行かせたんだ!死ぬことが事前に分かっていたのにどうして止めなかった!?」




 何故だ。


 分からない。


 俺はつい声を荒げた。


 自分が感情的になったことを遅れて理解し、一瞬の沈黙が訪れたところで、ノイルは言った。






「ーーこれは『運命』じゃ。人が逆らう事のできない『壁』がそこにはある」






 ノイルは手元の水晶を俺に見せつける様に掲げた。






「これがわしの〈能力〉ーー『運命の水晶クリスタル・オブ・フェイト』。この水晶に映し出されたものは、必ず起こる『事実』じゃ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る