第十八話 『揺らぐ意思・揺るがぬ意志』


 ーー男は真剣な眼差しだった。


 とても冗談を言っているようには見えない。




「そして、その玉座が今一つだけ空いてるとしたら......君が襲われた理由も大体分かるやろう?」




「......そんな争いが今、起こってるってことか」




 分かり易く表すなら「椅子取りゲーム」。


 それも、「殺し合い」有りの。




「もう君はこの争いに参加してしまっとるんや。強制的になぁ」




「......」




 詳しくは分からないものの、俺たち〈アルカナ〉は何か一つのものを巡って、争奪戦をしているということだろう。




 〈アルカナ〉が一人で生きていくことはできない。


 その言葉の意味がようやく理解できた気がした。






「つまり、そういうことや。いずれにせよ、君は選ばなあかん。いつまでもそんな中途半端な考えじゃあおれんで」




「......」




「でもまあ、結論は急がへんわ。気が変わったらまた来なさい。ーー今日はちょっとまだやることがあってなぁ......」




(やること?そういや、さっきヘンドリックが何か言ってたな)






「今日はどうも......助かったよ」




「いやいや、ええねん。見ての通り、こいつら二人ともアホやろう?やから、会話もつまらん。今日は君と話せてぼくも楽しかったわ。ーーミカ、ちょっと途中まで見送ってきなさい」




「ーー」




 そう言われたミカは、「来い」と言って、俺よりも先に部屋を出る。


 長い階段を降り、家から出て少し歩いた所で、ミカは口を開いた。






「おい、ちょっと聞いてもいいか?」




「!」




 見事なまでの沈黙の最中、ミカの突然の発言に俺は少々驚いた。




「なんだよ」




「何故、誘いを断った?」




 どうやらずっと気になっていたらしい。彼にとっては、当然の疑問だろう。




「別に断ってはねえだろう。今はとりあえず保留ってだけだ」




「そこが俺にはどうしても分からないんだ。何故、保留なんだ?俺はてっきり即決するとばかり思っていた。だから、今の状況にやや驚いているんだ。ーーどこが駄目だったんだ?何を迷っている?」




「特に何が駄目っていうのは、俺にもよく分かんねえんだけど、なんつーか......踏み切れねえんだよ。ーー何かまだ諦めきれないっつーか、あんたの前で言うのもなんだけど、完全に信用していいのか分からない」




「......」




「逆にあんたは何でそんなに忠実に彼に従うことができるんだ?」




 ミカという男のマドカに対する忠誠心は、少し見ただけでも相当なものだと分かる。ヘンドリックだって、一見傲慢な性格のように見えるが、彼に対してはかなり従順な様子だ。


 やはりあの男は只者ではない。


 しかし、彼は自身のことに関しては、一切口を開かない態勢をとっている。


 そこがどうにも不気味というか、却って信頼に欠ける。




 敵になるかもしれないような人間に、自身の不利益な情報を与えられないというのは、もっともな判断だが、それはこちらも同じである。


 こちらを信頼していない人間を信頼しろ、というのはやはり都合が良すぎる。




 ミカはあの組織の一員であるというが、彼は一体どれほど彼らのことを知っているのだろうか。


 マドカという男は、仲間であっても、自らが知り得る全てを話すような人間には見えなかった。


 とても、お互いを信頼し合っている「ベストパートナー」というようにも見えない。


 それなのに、ミカは彼に忠実に従っている。そこが俺も気になる所ではあった。




「あまり具体的なことは言えないが、差し障りのない範囲でなら言っても良いだろう。俺が彼の仲間になった理由はーー」




「......」




「彼には、正しい道を歩む力があるからだ」




「ーー?」




 ミカは歩みを止めず話した。




「俺はこれまで数々の人間を見てきたが、彼はその誰よりも『臆病』だったんだ」




「『臆病』......?」




「ああ、彼はもっとも『臆病』だった。ーー彼は一対一では決して戦わない。二対一、いや、三対一になって、やっと戦うような男だ。何故なら、誰よりも『臆病』だから。だが、俺はそれが良いと思った。僅かでも自身の不利益になる賭けは決してしないし、常に『確実』だけを信じる。時にはつまらないと思うこともあるが、しかし、それで良い。その考え方には同時に『失敗』がないということだからな」




「......でも、話を聞いている限りだと、マドカはアンタより弱いってことだろ?何故自分より弱い人物の下にわざわざ就こうと思ったんだ?アンタほど強い相手なら、一人でも十分生きていけると思うんだが......」




「そうだな。俺はマドカよりも強いだろう。だが、それが駄目なんだ。そう思うことが、もうその時点で駄目なんだ。その油断が隙を生む。ーー俺にはそれが足りなかった。彼のような『臆病さ』が」




 彼の言うことには筋が通っていた。


 脳裏に焼きついた今朝の戦い。容易に思い出すことができる。


 確かにあれほど強い人間であれば、自ずと慢心もするものだろう。


 しかし、その慢心がいけないということだ。それを彼は十分に理解していた。


 存外、「馬鹿」という訳でもないらしい。




「彼の仲間になったのは、それを補いたかったから......という訳か」




「ああ」




 「正しい道を歩む力」、それは何だか分かるような気がした。


 あの男の、利害だけを考える生き方はとても効率的だ。


 一歩ずつ着実に勝利だけを見据える眼差し。それは確実なものだった。




「でも、それでもまだ頷けない点がある」




「ん?何だ?」




「手を組むってのは分かるが、今までの様子を見てると、どうにもアンタらが対等には見えねえ。今だって、はいはいと言われるがままだぜ」




「何を言っている。当たり前だろう?彼がこの組織のリーダーだ」




「だから、そこなんだよなぁ。俺が分かんねえのは」




 俺は少し前に出て、横からミカの顔を覗いた。


 しかし、ミカはそんなこと気にも止めず、一定のペースで腕を規則正しく振って歩く。




「さっき玉座は一つしか空いてないと言った。アンタらが何を目指してんのかはイマイチ分かんねえけど、このままだと最終的にマドカの独り占めにならないか?」




 あの組織の主導権は間違いなくマドカにある。そうすれば、必然的にミカが玉座に即くことはない。


 彼はそれを承知の上で組織に入ったのか。


 やはり、マドカの言うように「馬鹿」だから、言いくるめられているのではないかと疑ったが、次の瞬間、彼は一点の曇りもない表情でこう言った。




「ああ」




(!?)




「ああ.....って、それでも良いってのかよ?手柄は全部持っていかれちまうんだぜ!?」




 ミカは唐突に立ち止まった。


 そして、やはり表情は一切変えず、言った。




「ーー良いさ。俺は、彼が〈王〉になる時を拝めるだけで良い。忠義を尽くすとは、そういうことだ」




 俺は驚きのあまり一瞬固まった。


 改めて感じるミカの揺るがぬ意志。そこには俺にはない熱意があった。




 ヘンドリックも同じように思っているのだろうか。だとすれば、マドカ......あの男にはやはり、人を従えるだけの素質がある。


 それは俺の中で確信へと変わっていった。




 ミカの心境を垣間見ることができ、すっきりとした気分になった反面、葛藤は増えるばかりであった。


 俺もその〈王〉とやらを目指している訳ではない。と言うのも、ミカのように譲った訳ではなくて、そんなものに端から興味などないのだ。


 目指さないという点では、俺とミカは同じ境遇にある。


 ならば、ミカと同じ選択をとるべきだと誰もが思うだろう。






 ーーしかし、俺はまだ「あの男」を忘れられずにいた。

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