第十四話 『束の間の安息』
ーー朝、心地良い小鳥の鳴き声で目覚める。
これほどまでに気持ち良く目覚めたのはいつぶりだろうか。いや、これまでにあっただろうか。
経験したことのない快眠を経て、俺は今までの苦労を思い返す。
「やっぱ賢い選択をしねえとな」
ふかふかのベッドから降り、背伸びをして、深呼吸をする。
すると、下の階から元気の良い声が聞こえた。
「おーい!ノゾミー!起きたかー?朝食できたぞー!」
「今起きたとこです。もう行きます!」
仕事着に着替え、俺の新しい一日が始まる。
ここは、「
あの日の夜、行く先のなかった俺は、「拾ってください」と言わんばかりに道路脇にうずくまって寝ていた。すると、何と見事に狙い通り。この「雨宿亭」の宿主に拾われることとなった。
(これまでの運がやっと返ってきたって感じだ)
「雨宿亭」という名前は、雨宿りでもするように誰でも気軽に立ち寄れるよう名付けたそうだ。由来からも分かるように誰彼構わず宿を貸してくれる、とても親切な人に助けられた。
八部屋程の小さな宿だが、それほど人が来ることはないとのことで、一室を貸してくれると言う。
「ーーでも、本当にいいんですか?こんな美味い飯まで頂いちゃって」
「良いさ、私も一人じゃ寂しい。それにそろそろ厳しいと思ってたところでな。うちもあまり儲かっていないし、人も雇えないんだ」
この国のお金など当然持っているはずもなく、宿代は払えないので、部屋を貸してくれる代わりに俺はしばらくここで働くことになった。
朝は六時起きと俺にとってはやや早いが、しかし、一日の訪れる人の数も多くはないので仕事はそこまで辛くない。何より一日三食付きで、それが美味しかったというのが一つ目の決め手。そして、極め付けはーー、
「......」
「どうした?そんなジロジロ見て」
「あー、いや!別に」
彼女がかなりの美人であるという点に尽きる。
名前は「ローザリンデ」と言い、俺は親しみを込めて「ロザさん」と呼んでいる。彼女は、愛くるしいとか可愛らしいという感じではなく、まさに「美しい」という言葉が似合う容姿をしていた。
何故雇われがいないのかと不思議に思うくらいである。性格に難があるのか、それとも高嶺の花というので近づけないだけなのか......
しかし、今の俺にとっては見ているだけで励みになる。
(ーー何せ、これまでずっと、あれだけ見窄らしい男と一緒だったわけだからなぁ......)
絡みは鬱陶しいし、自分勝手で、それに臭い。
一瞬ではあったが、よくもまあそのような男と行動を共にできたものだと自分に関心しながら今の状況と照らし合わせる。
(俺って案外ラッキーガイなのかぁ?)
改めて考えてみると、この世の中はまさしく「運」と「賢い選択」なのだと痛感した。
朝食を食べ終えると、ロザさんは何やら出掛ける準備を始めた。
「どこか行くんですか?」
「ああ、ちょっと今日は用事があってな。夕方には帰ってくるんだけど......早速で悪いが、おつかいを頼まれてくれるか?」
「......あぁ、はい!分かりました」
この宿は宿泊客に夕飯を振舞っているらしく、俺はその食材調達に出掛けることとなった。
俺は机にあったメモを手に取り家を出た。
清々しい朝。鬱陶しい程の快晴に、俺は少し目を細めながら、商店街までの道のりを歩く。
考えてみれば、この世界に来て、ゆっくりと「一人」を感じたのは今が初めてかもしれない。本当に、何かの枷が外れたような気分だった。
(......)
随分と楽な気持ちになりながらも、俺の心には何だか寂寥感のようなものがあった。
一人でいることに対し、寂しいなどと思ったことはなく、むしろ自分は一人でいることが好きな方だと思っていた。しかし、今はとても寂しかった。
そして、事の重大さを知りながら、何もしていない自分に対し、後ろめたさを抱きつつ、しかし、「これで良いんだ」と言い聞かせ、これまでの事を忘れようとした。
「もうあんな目には......」
そう呟いた矢先だった。
俺の眼前を一本の剣が過ぎ去る。
「ーー!!」
地面に突き刺さる刀身。
それは左側からの投擲で、明らかに俺を狙っているようだった。
刀剣が飛んできた方向を見ると、そこには困惑顔を浮かべた男が立っていた。
「あれぇ?おかしいな。この距離で外すかぁ?」
俺は事態が飲み込めず硬直する。
「ーーーー」
男は徐々に俺の方へ近付き、ゆっくりと腰に装着していた刀剣を抜いた。
「何?逃げないの?」
その言葉の意味、そして、その男の表情を間近で見て、ようやく今の状況を把握する。
「!!」
男は抜いた剣を、またしても俺の方へ投げ込み、俺は間一髪の所でその攻撃を躱す。
「ーーッ!!」
(やばい!あとほんの少しでも反応が遅ければ死んでいたッ!)
「良い勘してるねえ」
地面に刺さった剣を抜き、男は突然激昂した。
「いいねいいねェ!そうこなくっちゃああァァ!!」
雄叫びを上げ興奮した男は、俺を目掛けて一直線に走ってきた。
「うわぁぁああああ!!!!」
俺は身の危機を察し、訳も分からず逃げた。
路地裏へ逃げ込み、何度も角を曲がり、全速力で逃げたが、その距離は広がらなかった。むしろ、徐々に縮まる男との距離に俺は焦りを憶え、かつてないほど懸命に走る。
(何だ!?一体何がどうなってるんだよぉ!?)
頭の中はパニック。何度も転びそうになりながら、ひたすらに走った。
だが、男の勢いは留まる事を知らず、二人の距離は縮む一方であった。
そして、自分がどこを走っているかなど毛頭分かるわけもなく、俺が逃げ込んだ先はーー
「......」
ーー行き止まりだった。
終わった。
今にも喉から心臓が出そうだった。
まともに呼吸する事すらできず、ましてや男に抵抗する体力など残っているはずもない。
「よく頑張ったよ。ーーでも、もう終わりだなぁ......」
(何だったんだ......この世界は......)
俺は全てを諦めた。
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