第十二話 『死の旋律』
ーー【ウェスト区】スタニスラ聖堂。
「ウェストで教会っぽいとこっつったらここしかねえぜ。ーーしっかし......」
「誰もいないな」
外から見た時はそれほど広いとは感じなかったが、中に入るとあまりに閑散としていて少し広く感じられた。
それとない一言が大袈裟に響き、少々気恥ずかしかった。
(こんなに放っておいていいものなのか?)
「まあよぉ、今時こんな所まで来てわざわざ祈祷する奴もいねえさ」
ゼロの言う通り、ここはあまり気安く来ることのできる場所ではなかった。首都であるアレイストといっても、街からは外れており、途中に幾つか山越えをしなくてはならなかった。
「折角こんなとこまで来たってのに、結局お目当はいねえのか?」
「おっかしいなぁ......ここじゃねえのかなぁ?ーーまあいいや、ちょっと休憩しようぜ」
ゼロは身廊の一番前に腰掛け、堂々たる態度で足を組む。
俺もゼロの隣に座った。
「ああぁ〜、疲れたぁ!」
十分に体を落ち着かせると、ゼロはバッグに入ってる聖書を取り出す。しかし、開こうとはせず、ただ表紙を眺めているだけだった。
「......」
「そう言えばさぁ、お前何でそんなもん持ってんだよ。それって俺のいた世界の書物じゃねえのか?」
ゼロはこの世界ーー〈ヘッズ〉にいる人間だ。〈テイルズ〉へ行っても
(見たところ......日本語?)
「あ、ああ。こりゃ〈テイルズ〉の方にいた時に貰ったもんだ。神社に来たちょっとした参拝客にな。おめぇさんにとっちゃあどうでもいい話だが.....これは俺にとって結構大切なもんなんだ。バイブルとか、俺が神を信仰してるとかそんなんじゃなくて、それよりもずっと大事な物なんだ」
「へぇ......」
その表紙はひどく汚れていたが、それでも彼が大切にしているというのは十分に伝わってくるものだった。
ゼロは逆に足を組み直し、聖書を開いた。
「ーーそれにしてもよぉ......『神』ってのは全知全能なんだよなぁ?」
「?......いきなりなんだよ」
「この本、別に暇つぶしに読んでただけだし、あんまりよく分かんねえんだけどさぁ......『神』は一週間で世界を創ったわけだろう?」
「ああ......一日目に天と地、二日目に空と順に造って、六日目に人を造ったんだっけか?」
「そう。気になんのはその次なんだよ」
ゼロは顔をこちらにグイッと回転させ、不思議そうな眼差しを向ける。
「七日目は安息日だ。でも、『神』が休むってのはおかしくねえか?全知全能の『神』だぜ?」
「知らねえよ!物語なんだからその辺には目を瞑るんだよ。めんどくせえなぁ」
想像を超えるくだらない疑問に不覚にも声を荒げる。
「いやぁ.....ぜってぇ嘘だよなぁ、これ。全然つじつまが合ってねえぜ」
(嘘ってなんだよ)
「神様だって休む日ぐらいあるだろうよ」
適当な返事をしつつ、さらに深々と座ろうとすると、ゼロが立ち上がった。
「えっ!?もう?」
「十分休まっただろう?これ以上は、おめぇさんをナマケモノにしないためにもダメだ」
(三分も経ってねえ......ナマケモノどんだけ勤勉なんだよ)
仕方なく立ち上がる。
そして、聖堂を出ようとしたその時だった。
「ーーきゃああああああああ!!!!」
奥から女性の悲鳴が聞こえた。まるで、死体でも見たかのような大きな悲鳴。
その一声で、一斉に緊張が走る。
「!?ーーゼロ!」
「礼拝堂の方からだ!ーー嫌な予感がする......おめぇさんはここで待ってろ!」
そう言うと、ゼロは途轍もない速さで駆け出して行った。
「おい!」
俺の身を案じてだろうか、危険を察して、置いて行ったことに対し少々怒りを憶えたが、自分が行ってもどうしようもないということは明白な事実であった。
取り残され、何とも言い難い気持ちになりながら、また同じ席に着く。するとーー
「隣、失礼するよぉ〜?」
気付くと、見知らぬ男性がいつの間にか隣に座っていた。
「!!」
「驚かせたかい〜?ごめんねぇ、僕影が薄いからさぁ〜」
(こいつ......いつの間に......さっき絶対近くにはいなかった。ここに誰もいないことを確かに俺は確認したッ!)
息が詰まって一瞬声が出なかった。
「......どう......したんですか?」
「どうしたもこうしたも、ここに来る理由なんて一つだろう〜?」
男は見窄らしい格好をしていて、言葉には一切覇気が感じられなかった。
「......」
「神様にお祈りしてたのさぁ〜。ーーーどうか早く死ねますように、ってねぇ〜」
「!?」
(こいつ今何て......)
口調、態度、風貌、明らかに異常な人物ーー俺は咄嗟に理解した。
(間違いない)
「君は何をお願いするのぉ〜?」
「ーーあなた、さっきの悲鳴......聞こえましたか?」
徐々に込み上げてくる震えを堪えながら声を出す。
「ああ〜、はっきりと近くでねぇ〜」
「......近く?」
「当たり前じゃ〜ん。だってあれ、僕が殺したんだからねぇ〜」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます