第十一話 『険しい道のプレリュード』


 ーーあちらこちらに見慣れない道具のような物が置いてあり、それらには一様に埃が被さっていた。店内は全体的に薄暗く、不気味な様相であった。




「『地獄の門』?」




「ああ、この店の名前さ。ーー店として成り立ってるのかは知らねえが......ここは、占い処『地獄の門』。そして、この爺さんが昨日話した『予言者』のノイルだ」




 そこには、齢九十ほどの老人が一人、こちらを凝視しながら立っている。やや腰は曲がっており、顔や体を覆い尽くすほどの大きなマントを着ていた。




「『予言者』などと、そんな大層なものではない......わしゃただの『占い師』じゃ」




「へへッ!細けぇこたぁいいんだよ。そう言った方が説明し易いし」




 その老人はこちらに近づいてきて、下から舐め回すように俺を見た。




「......」




「へえぇ、お前さんが......」




 近づくと漸くその顔が見えた。店内の様相から見て取れるように、その老人もどこか不気味な雰囲気を漂わせており、俺は反射的に目を逸らした。




「順調だぜぇ、ノイル。言った通りだったよぉ」




「今回は割とはっきり視えた方じゃったからなぁ......まあ運が良かっただけじゃな」




 彼は一頻り俺を見ると、店のカウンターの方へ行き、そこに腰掛けた。




「ふうぅ......まだ二人じゃけどな......お前は一体いつまでわしを扱き使うんじゃろうなぁ?」




「まあまあ、どうせ暇なんだろ?今週は幾ら客が来たんだぁ?ーーまあ言わなくても大体予想つくけどっ!ウヒヒ!」




 ゼロがあからさまに嫌な態度をとっても、そのノイルという老人は顔色一つ変えなかった。




(温厚な人なんだなぁ......それにしても、こいつはどうしてこんなことばかり言うんだ。どうにもそこが気に食わねえんだよなぁ)




「ところでよぉ......視えたのか?次の〈アルカナ〉は」




 これまでの脈略から察するに、どうやら『予言』というのも狙ってできるものではないらしい。ーーゼロが進捗を確認すると、ノイルはその一瞬固まったように見えた。




「......うむ。ーー少しだけじゃがな」




「おおう!最近嘘みてぇに順調だなぁ?なんかコツでも見つけたのかぁ?ガハハ!」




「......近頃、妙に『視える』......何かの予兆かもしれん。ーー用心しろよ、ゼロ」




「何かの予兆だって?そいつぁ俺がヤツに勝つって事に違いねえ。ようやく事が進むかもなぁ......ところで、そいつはどうなんだ?ーー〈正位置〉なのか?」




 ノイルは躊躇いながら口を開けた。




「よくは分からんかったが......恐らく『逆』じゃ」




「......そうか。まあでも、確かめてみるよ。最近俺ツイてるからよぉ」






 俺が不思議そうにしていると、それに感づいたゼロは思い出したように説明を始める。




「ああ、まだ言ってなかったな」




 昨日までは、思い立っても聞こうとはしなかったが、いよいよ他人事でもなくなった。俺は、注意深く説明を聞いた。




「〈アルカナ〉には、二種類の形が存在する......一つは〈正位置〉と呼ばれるものーー字のごとく『正しい』位置に存在する〈アルカナ〉だ。これは、一般的な道徳が備わっている者を指す......俺や、お前のように正常な人間だ。ーーそして、一方そうでない者もいる。一言で言えば、『人格破綻者』ーー『正しい』や『間違っている』の区別がつかない『狂人』のことを指し、それらを〈逆位置〉と呼んでいる。俺は、そいつらとは味方にならねえと決めている」




「......簡単に言うと、サイコパスって事か......でも、どうやってそんなことが分かるんだ?」




 ゼロは曇った表情で、俯きながら話した。




「見てきたからだよ......何人も。ーー幾ら試みても、話の通じなかった奴や聞く耳を持たなかった奴もたくさんいた。とにかく『普通』じゃないんだ......あいつらは」




 「普通」じゃないーーそう言った時、ゼロはどこか哀れむような目をしていた。




「『狂人』......何だってそんな奴が〈アルカナ〉には、そう何人もいるんだよ。ーー何か理由があるのか?」




「......明確なものは何も分からない。ーーただ、〈アルカナ〉の〈能力〉は必ずしも便利なものばかりではない。〈能力〉によって人格が壊れる者もいるということだ」






「ーーユリウスもそうなのか?」




「......可能性は高い。ヤツは紛れもない『狂人』だ。ヤツには決定的に欠落している『何か』がある。常人に備わっていて当然なものーーヤツにはそれがない」




 昨晩のゼロの話を思い返せば、その言葉の意味は容易に汲み取れた。


 ユリウス・ネエロを「狂人」たらしめるものーーそれが〈アルカナ〉の〈能力〉によるものなのか......もし、そうであったなら、彼の他にも同じ境遇の者もいるだろう。




 俺は、そう思った途端に寒気のようなものを感じた。






「〈正位置〉と〈逆位置〉ーーどうしてそんなものがあるのか、それはわしにも分からん......神のみぞ知ると言ったところじゃな」




「それで?次の〈アルカナ〉はどこにいらっしゃるんだぁ?〈正位置〉かどうかはこの目で確かめる」




 「狂人」とまで言われた手前、あまり会いたくはなかったが......しかし、そんなわけにもいかないようだった。




(こいつに慣れてきてんだから、俺も案外まともじゃねえな......)






「ーーウェスト区の東、教会のような場所で視えた。まあどちらにせよ、一度見ておいた方がいいじゃろう」




「分かった。ありがとよ!ーーじゃ、行くか!ノゾミ」




「ああ......っておい!」




 ゼロは店の扉を蹴り飛ばし、早々に駆け出して行った。








「ーー気を付けてな......」




 ノイルが、小さく呟いた。




「ん?」




「ノゾミ......と言ったか。ーーこの先、決して楽なものではないぞ......」






 別れ際に言ったノイルの言葉......それは何故か、俺の心に重く響いた。


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