第十話 『初めての朝』


 朝、目が覚めると、それはやはり夢ではなかった。いつもの朝と大きく違うところは、寝床が硬い土の上だという点と、「独りではない」という点であった。




「痛え......いつもこんなところで寝てんのか?ゼロ」




「慣れればそんなに悪くもねえさ。空気も澄んでてよぉ、気持ちの良い朝だ」




 「ゼロ」と名乗るその男は昨日知り合ったばかりだが、俺はどうやらこいつと当分行動を共にするらしい。全くもって突飛な話だが、紛れもない事実である。




「ところで、俺らは一体これから何をするんだ?ーー今日は戦争がどうとか言ってたが......」




「それは俺らが今首を突っ込んでもどうしようもない。一先ずそいつはシカトだ」




 昨日、王国軍が口にしていた隣国との戦争ーーゼロはエリファスが必ず勝つと言っていた。奇襲を仕掛ける形で始めるらしいが、このような大国がそんなことをする必要があるのだろうか。




「そうだなぁ......よし!ーーまずはあのジジイのとこだな」




「ジジイ?」




「昨日言ってた『予言』をする爺さんさ。今できることと言ったら、あの爺さんに〈アルカナ〉を探してもらうぐらいだ。まだ二人なんだからよぉ」




 〈アルカナ〉ーー特殊な〈能力〉を持つ者のことを総じてそう呼んでいるらしい。俺たちの当面の目標はこの〈アルカナ〉をより多く見つけ出し、それらと協力関係になることだ。




「よっしゃ!行くぞ!」




「えっ!?もう!?まだ起きて一分しか経ってねえぜ!」




「何甘ったれたこと言ってんだよ。一分ありゃあ十分に目は覚める。それにそうのんびりしてるわけにはいかねえんだぜぇ?今も彼奴が何してるか分からねえんだからよぉ」




 ゼロの言う通り、俺たちにはあまり時間がない。確かに、そうのんびりするつもりもないのだがーー




「つっても俺、朝食は必ず食べるタイプなんだよぉ。しかも、昨日あんだけのスープじゃ全然足りねえぜ」




 腹が減っていた。


 昨日は、食事などそっちのけだったので、あまり深くは考えなかったが、俺の胃袋は全く満たされていなかった。


 あれだけ走って、あれだけ頭を使ったのだから当然である。




「文句ばっか言いやがって......別に戦するわけじゃねえんだから、腹なんか減ってても問題なしだ。ほら行くぞぉ」




 何だかこいつに命令ばかりされている気がする。


 俺は、少々ムキになって反抗してみたくなった。




「嫌だ!何か食わねえと動けねえ。ーーそれに、聞きに行くってんなら一人で行ってこいよなぁ」




 ゼロは「こいつ案外面倒臭い奴だなぁ」とでも思っているのか、どこか呆れたような顔で、




「なんてまあ燃費の悪い......仕方ねえ、ついて来い」




 と言い、ろくに身支度もせず、いつも持っていると言う薄汚れたバッグだけを乱暴に手に取り出て行った。




(そういえば......昨日持っていたあの「棒」と「袋」はどこにやったんだ?まさか本当に捨てた?)




 俺はそんなどうでもいいような事を思い出し、少し辺りを見回したが、それらは見つからなかった。


 そして、ゼロが忘れろと言っていたので、俺は素直に忘れる事にした。








 アレイスト郊外『モルダン』ーーエティア村の位置する地域。ここも元々一つの国であったが、今はエリファスの領土となっている。


 後に聞いた話によると、ここの先住民は王国で労働を強いられる事はなく、その代わりに他よりも多くの「税」を支払っているらしい。その「税」とやらが、お金なのか食料なのかは特に気にもならなかったので、聞いたりはしなかった。






「なんだ、商店街か。ーーう〜ん、良い匂いだぁ。ますます腹が減ってきた」




 ここは、モルダン地区で一番人の多い市街。ーーそこには、幾つも出店が連なっており、たくさんの人が賑わっていた。




「そうだろう?ここの品々はどれも採れたて新鮮!うめぇんだぜぇ?」




「なんでこんなところがあるのに渋ってたんだよ。早く何か食わせてくれ」




「それにしても、おめぇさん何もしてねえのにどうしてそんな腹減ってんだぁ?......まあいいや、好きなの取っていいぞ。ーーバレないようにな」




 そう言うと、ゼロは辺りの野菜や果物などを掻っ攫って、通りを走り抜けて行った。




「!?」




「こぉおおらあああ!!またアンタかい!みんなぁ!猿が出たよぉ!とっ捕まえなァ!」




 商品を盗られた店の店主が大声で怒鳴った。すると、辺りはざわめき出した。




「またかぁ、カミさん。あんた目ぇつけれてんでねえか!?ハッハッハッハ!」




「ダメだぁカミさん、もうあんな遠くまで行っちまってる。アイツに走って追いつけるやつなんていねえさぁ。諦めな」




(ええぇぇェェ〜〜!!好きに取っていいってそう言うことかよぉ......)




 俺は、必死に後を追いかけた。






「おいおいおいおい!待てって。何してんだよぉ?」




「あれ?おめぇさん手ぶら?なんで何も盗ってねえんだ?」




「なんで盗るんだよ!ダメだろ盗っちゃあ!」




「おめぇさんが腹減ったって言うからだろう?ほらっ、これ食いな」




 そう言いながら、食いかけのリンゴを投げる。




「いらねえよ!っていうか、盗んでまで食うほど減ってねえよ!」




「そう?ならいいけど」




「......い......いや、やっぱもらう!」




 俺は仕方なくリンゴを胃に収める。




(あ、ホントだ。美味い)




 食べ終わると、再び歩みを始めた。




「ーーにしてもお前、なんでそんなに金がねえんだよ」




 一文無しでこの世界に来たと言うが、それにしてもこの男の貧乏具合には驚く。


 彼は、特出して賢いという訳でもないが、それほど低能でもない。比較的恵まれた体躯をしているし、身体的スペックだけを見れば、彼は十分に優秀な方で、一切、手に職がないというのは少し不思議だった。




「そんなこと聞かないでくれる?俺にも分かんねえよ」




「ハジメはどうやって暮らしてるんだ?いきなりこの世界に連れて来られて......境遇はお前と同じだろ?」




「博打ででっけぇの当てて、その金で土地買って今は一等地の地主になってる」




「めちゃめちゃ成功してんじゃねえか......」




「俺だってなんでこんなに差があんのか分かんねえぜぇ。なんか俺は何やっても上手くいかねえんだよぉーーあぁ、なんだかイラついてきた。やめようぜこの話」




「......そうだな」




 本当に苛立っている様子だったので、この話はやめよう。








 アレイスト郊外『エンテル』ーーモルダンと同じく至って普通の国家であったが、アレイストの襲撃により、瞬く間に過疎化し、現在殆ど人は住んでいない。




 そこは、まさに西部劇に出てきそうな、回転草が転がっているような荒廃した街で、一応民家が立ち並んではいるものの、そこに人が住んでいる様子はなかった。




「おいおい、こんなとこにホントに居んのかよ......その『予言者』さんとやらがよぉ」




「ああ。逆に言えばこんなところだからこそいる。そんな爺さんだ」




「その爺さんは『味方』じゃねえのか?〈アルカナ〉を見つけてくれるってんなら、それは協力してるってことだぜ」




「......『味方』とは言えねえなぁ。あの爺さんは飽くまで中立的な立場さ」




「中立的......?」




「『味方』になるってことは、同時に『敵』を作るってことだ。あの爺さんはそんなリスクを好まない。だから今はお客として視てもらってるだけだ」




(視る?お客?)






「着いたぜ。ここだ」




 そこには怪しげな看板があった。








「ーーようこそ『地獄の門』へ」




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