第九話 『ゼロ』
「ーーまあ、そういうわけだ。これが俺の答えることができる範囲での説明になる......」
男は不思議そうな表情で、こちらを見た。
「なんだよ、ノゾミ......何も言わねえのか?」
「何を?」
「俺はてっきり怒られるとばかり思っていたぜ。完全に俺の私情で、おめぇさんの人生を変えちまったんだからな」
「......」
男は首を傾げる。
「なぜだ?なぜ怒らない?」
「確かに、お前がやったことは最低の行為だ。頭のネジがぶっ飛んでるぜ。普通の人なら怒って当然だろう。ーーでも、俺は今、なんていうか、そう悪い気分じゃねえんだ」
「?」
「この世界に来てからの気分は案外悪くねえ。むしろ、あそこにいた時より良い気分なんだ」
「......どうして?」
「俺にもはっきりは分からねえが......あの時の俺は、恐らく『明日』のことなんか考えなかった。日に日に『明日』を考えなくなった。でも、今は違うんだ。ーー今日はいろんなことが起こった。すぐには理解できないほどに......新鮮だった。だから、『明日』にはどんなことが起こるんだろうって思える。前より、少しだけ『生きたい』と思えるようになった気がする」
俺は、こんなにも一日を早く感じたことはなかった。
つまらない時間は長いように感じる......それは、その時間が『早く終わって欲しい』と思いすぎているから。今の俺にはそれがない。これが、一日の本来の早さだと感じた。
「っていうことは......正式に俺の仲間になってくれるってことでいいんだな?」
「今更帰るって言ってもダメなんだろ?本当に卑怯だぜ」
「あれは!本当はあいつ......ハジメが急かしたからだぜえ。俺ぇ、案外ビビりだからよぉ、あの時このことを説明して、お前が本当に嫌だと言ったら、もしかしたら、やめてたかもしれねえ。そんなことをすればもう二度とチャンスはなかったっていうのによぉ......」
あの時のことを思い出し、俺はふと疑問に思った。
「あの時?......二度とチャンスはないって、俺をこっちの世界に送るにはあの時しか無理だったのか?ーーそもそも、なぜ俺があそこを通って、あの神社で雨宿りをすることを知っていた?」
「それはだなぁ......とりあえずそれは、後で話すよ。ちょっとだけ言っとくと、それは『予言』によるものだ。今はそれしか言えねえ。ーーで、まああの時しかダメだったっていうのは、あの神社の性質によるものだ」
「あの神社?
「ああ......あの神社が〈ヘッズ〉と〈テイルズ〉を繋ぐのは限られた時間だけだ。ーーそれも、まるで神の気まぐれのようにランダムに発生する」
「それを......その『予言』というので知ったのか」
『予言』......そんなものがこの世界には本当に存在するのか。
しかし、こいつは嘘をつくような人間ではない。短い付き合いだが、それは直感で分かる。こいつは、根は「真面目」だというのがしみじみと伝わってくる。
何しろ、俺は今日この一日で、信じられないものをたくさん見てきた。この事も全く信じられないという事はなかった。
「ーーちなみに、もう気づいているとは思うが......いや、おめぇさんなら気づいてねえなぁ。一応言っとくと、あの時の『嵐』はハジメが起こしたものだ」
「なにぃ!?ホントかよ!どうやって!?」
「ウッヒッヒッヒ。やっぱり気づいてなかったのね。おめぇさんは察しが悪すぎるぜぇ......ウヒ」
「......〈魔法〉か!」
「うーむ......ご名答、あれは、ハジメの〈水魔法〉ーー水を操れるってんなら水からできている雲も当然操れる。それを俺の〈能力〉で移動させたってわけさ」
(なるほど......しかし、あの規模の嵐を起こすことができるなんて、一体あのハジメってやつは何者なんだ......?)
「......あ!ってことはお前!天気予報が外れたなんて嘘じゃないか!予報はちゃんと当たっていた。それを無理やり変えたんだろ!」
「アッハッハッハ!」
「この野郎......『科学』が大したことねえとか言っといて......」
「いやぁ、あんなに外れる訳ないだろう?グフッ......日本の科学力はご立派だぜぇ。アッハッハッ!......いや?でもよぉ、〈魔法〉によって嵐がくるなんてことまでは、予報できなかったみたいだなぁ?ガハッ!」
「ーーおい......あんなことして大丈夫なのか?今頃大騒ぎになってるんじゃねえのか?」
「大丈夫だよぉ......そんなもん放っておけばぁ」
(放っておくのかよ......全然大丈夫じゃねえ)
「いやぁ......マジな話をすると、あんなことをやったのは一回きりだぜぇ。本当はあっちの世界に干渉すんのは控えてるんだがよぉ、今回ばかりは例外ってことで」
(嵐になれば俺はあの神社に雨宿りをするだろうと......そこまでわかっていたのか。予言ってすげえ......)
随分と話した。何となくではあるが、ようやくこの世界のこと、俺がここに来た訳も分かった。
「それじゃあ、これで二人目だな」
「二人目......そうか、俺も何か〈能力〉があるってことなんだよな?ーーどんな『能力』なんだ?」
「はぁ?そんなもん知るかよ。俺だって何でも知ってる訳じゃねえんだぜ?むしろ知らないことの方が全然多い。ましてや、その〈能力〉ってのは〈アルカナ〉だ。ーー〈アルカナ〉っていうのは『秘密』を意味する言葉......おめぇさんの〈能力〉はおめぇさんしか知らない。逆に教えてもらいたいね」
「何だって!?そんなの何にも分かんねえよ!どうやって見つけるんだよぉ!」
「はぁ......そいつぁ地道に探るしかねえな。ーーただ一つ分かっていることは......おめぇさんのカードだけだ」
「ーーカード?何なんだ?」
「あの爺さんは『希望』がどうとか言ってたなぁ。ーー『希望』を意味する『大アルカナ』のカードは......」
男は、空を指差して言った。
「『星』だ」
「ーー『星』......」
「『大アルカナ』十七番目のカード『星』。『星』は『直観力』を表し、それは明るい『未来』の暗示だ」
〔大アルカナ〈十七番〉のカード『星』ーーその光は、明るい未来を指し示し、希望の実現を表す。意味する主な言葉は、「希望」「期待」「成功」〕
(明るい未来......一体どんな〈能力〉なんだろうか......)
「そうだなぁ......これは、飽くまで俺の憶測だが、おめぇさんには人間の理解を遥かに凌ぐ『直観力』が備わっている」
「『直観力』?」
「『直観』または『直感』であるかもしれない。おめぇさんのそれは、必ず正しい。ーー何を基準として正しいとしているかまでは説明できねえが......おめぇさんはその『直感』に従っていい。おめぇさんの本当にそうだと思うことは全て正解だ」
「......よく分かんねえけど、そうなのか」
「いやぁ......だから、飽くまで俺の憶測だぜぇ?ーーそれに準ずる〈能力〉だとは思う。俺が分かり得るのはここまでだ」
自分の〈能力〉がどんなものなのかは追々探っていくとして、俺にはあと一つ知りたい情報があった。
「ーーもういいか?」
「......最後にあと一つだけ」
「なんだ?」
「お前の名前ってなんていうんだ?そういやぁ、聞いてなかった」
「俺の名前?......そうだなぁ、どんな風なんだろうなぁ。当然そんなものは忘れちまってるけど......」
俺は、こいつの名前が知りたかった。もう「お前」だの「こいつ」だのと呼びたくはなかった。これから一緒に行動していくのだから、名前というのは重要だ。
「名前かぁ......そうだなぁ」
男は何やら納得のいった表情でこう言った。
「ーー『ゼロ』だ。当分はそう呼んでくれ」
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