第八話 『希望の光』


「ーー殺すって......国王を殺すってことは、それはつまり国を敵に回すってことだぜ!?」




「いや、そうとも限らない。一人でいるヤツをこっそり殺せるかもしれない。そこら辺を呑気に散歩しているところに出くわすことがあるかもしれないだろう?」




「おい、真剣に答えろよ」




「......真剣だ。真剣に考えている」




「......」




 男は真剣な表情だった。


 そこには揺るぎない信念のようなものが見えた気がした。




「......だが、もし、国王を殺すことができたとして......そんなことをすれば、ただじゃ済まない。間違いなく殺される。その覚悟は、できているのか?」




「......ああ。ーー俺は、誓ったと言ったはずだ。ヤツを殺すと誓った。ヤツを......ユリウスを、このままにしておいてはいけない。俺の死などどうでも良い。大事なのはこの国の統治者を変えるということだ。ヤツがこのまま国を制圧していけば、近い将来、この世界は......終わる。あいつはそういう存在なんだ。気に食わない奴はすぐにだって殺す。それが味方だって誰だって、弱っている老人だって、生まれたての赤ん坊だって、そんなこと一切関係なく殺す。そんな奴が王であってはならない」




「でも、そいつが死んだとして、後継者が同じような奴だったらどうするんだ?良い奴だなんて限らない。むしろ、親族なら似たような価値観を持っているに違いないぜ」




 「蛙の子は蛙」とはよく言ったものだ。大抵素行の悪い子供の親は、総じて立派な人間じゃない。大体の人間が、自分が育ったのと同じように子供を育てる。それは、仕方のないことだが、悪循環ではある。




「いや、それはない」




「どうして?」




「俺も詳しくは知らないが、聞いたところによると昔は今ほど酷い国家ではなかったらしい。先代は、国民の命を重んじる素晴らしいお方だったと聞いた」




「ーー!?なぜそんなにも変わってしまうんだ。同じような環境で育ったんじゃないのか?」




「ヤツは元々王族ではなかったんだ」




(何?王族じゃない?それって......)




「この国は世襲制じゃないってことか?」




「それもハズレだ。この国は世襲制だ......いや、『だった』と言った方がいいか。ーーどんな家柄かは知らないが、ヤツは王族ではなかった......無理やりのし上がったんだ、あの地位に」




「......そんなことができるのか?」




「普通はできない」




「じゃあ何故?......何故そんな奴が統治者になれたんだ?王族でもない、そんな無茶苦茶な奴にどうして誰も逆らわない?」




 王族の存在は絶対だ。ーーそれは、このような国家において「王権神授説」が敷かれているためであり、国民はそれに決して逆らってはならない。




「......それは」




 男は、空を睨みつけた。




「あいつがあの〈能力〉を......『皇帝』のカードを持っているからだ」




「『皇帝』......それって、さっき言ってた」




「ああ......ヤツも、神に選ばれた一人だったのさ」




 〔大アルカナ〈四番〉のカード『皇帝』ーーそれは、社会における指導者であり、「権力」の象徴。意味する主な言葉は、「威厳」「男性」「決断」〕




「じゃあ、そいつも何か......不思議な力が備わっているのか?」




「ああ」




 この世界には「神に選ばれた者」が二十二人存在するらしい。それらは、普通の人間が持っていないような特殊な『能力』を身につけていると、この男は言う。






「それは一言で言えば、『支配』だ」




「『支配』......」




「ヤツは、対象の心を完全に支配......コントロールすることができる。一度だけ目にしたことがあるんだ......ヤツの前では、全ての人間は無力だった」




 簡単に言い表すと、「人」を自分の思い通りに動かせるということ。それは「指導者」の持つべき最も重要な能力である。言い換えるなら、そんなものを持っていれば、「人」の上に立つことなど造作もない。




「そんな......そんなの、絶対に勝てないじゃないか!どうやって倒すって言うんだよ!?」




「そう慌てるなよ。確かに、俺が知っている〈能力〉の中でも最強クラスのものだ。今のままでは、まず勝つことは不可能だろう......でもそれは、今のままでは......だ」




「......何か策があるのか?」




「策っていうか......単純に考えれば、サルだって分かる」




「......」




「ヤツの他にも、〈能力〉を持っている者がいる」




「!」




(そうか。確かに、信じられないほどに強力な〈能力〉だが、逆に考えれば、そんな〈能力〉を持つ者がまだいるかもしれないということか。ーーってことは、つまり......)




「同じように〈能力〉を持つ者と協力すれば......」




「そういうことだ......俺はそのためにここにいる」




 そう考えると、男のその計画はそれほど無理な話ではないかもしれない。




「ところで、その〈能力〉を持っている奴は今どれくらい味方にいるんだ?」




「あ、あぁ......えっと......今確実に仲間だと言えるのは、一人だな」




「一人!?全然じゃねえか!」




 思いがけない答えに反射的に突っ込むと、男も同じトーンで切り返し怒鳴った。




「分かってるよぉ!そう簡単じゃねえんだよ!」




「ーーその一人って、もしかして......」




「ああ......お察しの通り、あのいけ好かねえ野郎だぜ」




(ハジメか......確かにいけ好かないというのは分かるが、あいつはどこか信頼してもいいような感じだ。なんというか、口では説明できないけど、それは直感で分かる)




「......ハジメは一体どんな〈能力〉を持っているんだ?」




「あいつは、『魔術師』ーー〈能力〉は『あらゆる物を創造する能力』だ」




 〔大アルカナ〈一番〉のカード『魔術師』ーー「一番」......数字の「一」という数字は、「始まり」を表す。それは、「終わりのない機会」「無限の可能性」へとつながる。意味する主な言葉は「才能」「可能性」「創造」〕




「あらゆる物を......創造って、聞いた感じだと滅茶苦茶に強そうじゃねえか」




「ああ......紛れもなく強い。でも、おめぇさんの思ってるように便利なものでもねえんだな。ーー『物』って言った通りあいつは『物体』を作ることしかできない。『生命』のあるものは作れないし、自身の想像できる範疇の『物』しか作り出せない。数も無尽蔵というわけにはいかないし、パワフルな〈能力〉だからな......その作り出した『物』は、保って数分存在できるかどうかだ。ーーそう聞いている」




「......そうか」




「それでも、十分頼りになる〈能力〉だ。それに〈能力〉抜きにしても、あいつには『魔法』がある。きっと大きな力になってくれるはずだ」




「そうだな」






 俺も男と同じように仰向けに寝転がった。




「ところで、さっき確実に仲間だと言えるのは......って言ったよな?あれはどういう意味だ?仲間だと言えないかもしれない奴がいるってことか?見通しが立ってないとか?」




 男はどこか嬉しげに話した。




「ああ、あと一人......やっと見つけたんだ。ーー希望の光を」




「希望の光......」




 男は俺をじっと見た。俺の顔を見て、そして、「ふふっ!」と笑った。






「ーーおめぇさんだぜ」




「......え?」




「おめぇさんが俺の......俺たちの『希望の光』だ」






 案外驚きはしなかった。心のどこかで、薄々気づいていたから。


 でも、そんなわけはないと思った。俺は、「希望」なんて言葉とは遠く離れた存在だと思っていたから。




「......俺が」




 「希望」......そう言えば、俺の名前もーー






「ーーそういやぁまだ、おめぇさんの名前を聞いてなかったな。聞いてもいいか?」






「ノゾミ......星川希望ほしかわのぞみだ」






 夜空には無数の星が瞬いていた。その瞬きは、元いた世界よりも一層明るく輝いていた。

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