第七話 『ユリウス・ネエロ』


「さっきこの国の人口は百万人ほどと言ったが、あれは正確ではない」




「ん?どういうことだ?」




「国民は百万人ほどだが、この国に内在している『人』の数はおよそ一千万人だ」




 それは国民ではない「人」が他に九百万人いると言うこと。俺が思い当たるのは一つだった。




「それってつまり......『奴隷』がいるって事だよな」




「ああ......この国ーーエリファス王国には、『奴隷制』がある。戦争で打ち取った国の人々を『奴隷』として、少しずつ増やしていってるんだ。これは、国を繁栄させる一番手っ取り早い手段、この世界ではほとんどの国がそうしている。そのために戦争が起こる。ーーそして、この国は、ここらでも今一番『力』を持っている国だ。明日隣国に仕掛ける戦争にも、恐らく勝つだろう。そうして、この国が大きくなるに連れ、やがてはこの世界全体を征服し兼ねない......いや、必ずするだろう。そうなれば全ては『ヤツ』の思うがままさ」




「『ヤツ』......?」




「エリファス王国国王ーーユリウス・ネエロ。......彼女を殺した張本人だ」




 男がその人物の名を口にした時、彼はこれまで見たこともないような殺気立った表情をしていた。






「彼女は、この国の奴隷だった。名をソフィーと言う。ーー彼女と初めて会った時、すぐに奴隷だと分かったよ......身体中に痣があったからな。恐らく、彼女の母親もそうやって殺されたんだろう」




「......」




 重い空気だった。


 俺にとっては赤の他人だが、それでもとても悲しい話だった。知り合いの彼ならば、その思いは相当なものだろう。


 男はしばらく口を紡ぎ、当時の事について思い耽っている様子だった。


 その少女の事を話すのは、彼にとってとても辛い事だろうと思った。もう本心では、そんな辛い過去の事なんて話したくないのかもしれない。彼の顔を見て、会話をやめたいようにも思えた。


 しかし、俺はその場がとても息苦しくなって耐えられず、言葉を発した。




「......俺、あんまりよく分かんねえんだけど、そのぉ......奴隷っていうのは、どんなことをするんだ?農作業とかか?」




 とても的外れな質問だと思ったが、何かを言わずにはいられない状況だった。そんな雰囲気だった。


 男は少しの間黙っていたが、我に返ったように会話を再開した。




「農作業をしている者もいたのかもしれないが......ほとんどは土塁や要塞の建築、武器の生産とか、軍事方面に使われていた」




「なるほど。だからこの世界は俺が元いた世界より科学が発展していないのか」




「そういうことだ。人々の暮らしを豊かにするというよりも、ただひたすらに軍事力を拡大する方向にこの国は動いてる」




「それで、その......ソフィーちゃんは何故殺されたんだ?」




「彼女は......逆らったんだ」




「逆らった?」




「俺がソフィーと初めて出会った時、彼女は母親の遺体を埋葬するために、逃げてきたところだったそうだ。そして、そんなことをすればただじゃ済まされない。この国に奴隷なんて幾らでもいるんだから、使えないものはすぐに殺すだろう。ーー俺は彼女と一緒に逃げた。彼女を守るために......何より、彼女はあの場所にもう二度と戻りたくないと言った。厳しい労働が嫌だからではない、自分が『人を殺すための道具』を作っているということに対して我慢できなかったと言っていた。彼女は、とても優しい人間だったからな。俺も、そんな彼女を放ってはおけなかった。ーー何日か逃げ続けた。遠くへ逃げたからなぁ......軍のやつも、奴隷一人にいちいち構ってはいられないだろう。『助かった』と思った......でもーー」




「......見つかったのか?」




「それは偶然だった。神の悪戯だと思ったよ。ーーたまたま通りがかった『ヤツ』に出くわしたんだ」




「......国王......か」




「ああ。俺も演説などで何度か目にしたことはあったから、顔は知っていた。しかし、奴は最初まだ俺たちが誰だか分かっていない様子だった。シカトしてその場から去ろうと思ったが」ーー








ーー「ちょっと君たち、少し質問しても、いいかな?」




「......なんだ?」




「先日、うちの奴隷が逃げ出したそうでねぇ......君たち、知らないかね?」




「......し、知らない」




「本当かい?」




「ああ、本当だ。知らない。......もう行ってもいいか?」




「いやぁ......君、嘘をついているね?」




「!?ど、どうして!一体何のために」




「君の後ろに隠れている......女の子かなぁ?少し前へ出てくれないか?」




「!!」




(こいつ!気づいてやがる!)




「ソフィー!逃げろ!!」




「やっぱりかぁ......ボクは実に運が良いぃ。ダメだ......逃がさないよ」




 ユリウスは、乱暴に彼女の髪を掴んだ。




「きゃあっッッ!!」




「やめろ!!」




「ーー何故?何故やめなくちゃならない?」




「......頼む。見逃してくれ」




「残念だが、それは無理だ」




「どうして!?奴隷が一人逃げただけだ!まだ何百万もいるだろう!?見逃してくれ!もうあなたの前にも二度と姿を現さない!約束する!」




 人生でこれまでにない懇願だった。しかしーー、




「ああ......確かにこんなやつどうでもいい。だが、ダメだ」




「何故だ!?」






 ユリウスは、表情を急変させ、怒鳴った。




「ーームカつくんだよぉ!!」




「......は?......何言って......」




 その時、ユリウスは俺の方を見て、何の迷いもなく言葉を吐いた。




「こいつはボクの命令に背いたんだぞ!こいつはボクの物だ。ボクの所有物だ。『道具』に過ぎない!『道具』はボクの言う通りに動かないといけない。それなのに......それなのにこいつは!『道具』の分際で、ボクの命令に逆らったんだぞ!それがムカつくんだ!!」




 そう言うと、ユリウスは持っていた剣で、一切の迷いなく、彼女の首を刎ねた。ーー目の前に、彼女の首が転げ落ちて、俺はしばらく何が起こっているのか分からなかった。




「ーーーー」




「このボクがなぜこんなやつのために時間を割かなければならない!ああぁあ!ムカつくぜ!ーーこのッッ!このクソアマァ!!」




 ユリウスは、その後、叫びながら何度も彼女の体を切り刻んだ。見る影もないほど、八つ裂きにされた彼女の体を見て、彼は頷いた。




「......っと、このくらいでいいだろう......ふぅ、すっきりしたぜぇ」




「ーーーーッ!!」




「ボクの命令に反した者......それは万事に値する」




「あああぁあああああああ!!!!」




「君も覚えておくといい。......いや、待てよ?お前、さっきあいつを庇ったな?それはボクに対する冒涜だぞ?」




「......うぅ、ソフィー......ソフィー......あ、あぁ......」




 その言葉は届いていなかった。




「いや、今日はもう疲れた。帰るとするかぁ......見逃してあげるよ。もうすっきりしたしねぇ」




 そう言うと、ユリウスは去っていった。俺は、その時、泣くことしかできなかった。ーー








ーー「もう悲しい顔はしないと決めたのに、俺は弱かったから、その日は一日中泣いていた。」




「......許せねえな」




「ああ。その時誓ったんだ。あいつを......ユリウスを必ず......殺すってな......」


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