第二話 『阿呆鳥が鳴いた』
「死んじゃった?ショック死ってやつ?」
「大丈夫だろぉ。というより、大丈夫じゃなけりゃあ俺がやばい......」
「あ、あぁ......そうねえ......」
「こいつに死んでもらっちゃ困るんだぜぇ。おぉ〜い、大丈夫かよぉ?」
(......会話が聞こえる。......あの男の声だ。あと一人は......誰だ?)
軽く瞼を持ち上げる。
「あっ、起きた!」
すると、一人の見知らぬ女の子が笑っていた。
「えっ、誰?この女の子」
「うぉおおう、良かったぜぇ!!ん?こいつかぁ?こんなやつどうでもいいっ!!」
男は側にいた女の子を突き飛ばして、泣きながら抱きついてきた。
(うげぇ、気持ち悪ぃ)
どうやら数分気を失っていたらしい。
「ちょっと!どうでもいいって何よ!」
突き飛ばされた女の子は男に向かって怒鳴った。
(あ、この子さっき手を振ってた女の子だ。羽の生え......た......)
「あっ!そうだ、思い出した!え!?何これ?何がどうなってんのぉ!?」
「ウッヒッヒッヒ。面白いねえ、おめぇさんは。リアクションが新鮮だわぁ。ガハ」
「......あんた相変わらず笑い方変ねえ」
(変なのは笑い方だけじゃない気がするが、面倒臭いから突っ込まないでおこう。ーーそれよりも......どうなってんだこりゃあ一体......)
今日は何か変だ。今朝はあんなに晴れていたのに、急に嵐になるし、奇妙な奴と出会うし、何より今起こっていることが全く飲み込めない。
「おめぇさん、まさかこれが夢だなんて思ってねえか?」
「ああ、これは夢だ!」そう言いたかった。
普通なら誰だって夢だと思うだろう。俺もそう信じたかった。だが、この時の俺は冷静だった。
「あぁ、いや......夢じゃないだろう」
「ほう、そりゃどうして?」
「自分の意思で体も動かせるし、あんたとこうやって話してる。俺はこんなにリアリティのある夢は見たことがねえ」
俺は「神様」とか「幽霊」とか、そういうオカルトの類はまるっきり信じていないのだが、自分の頭はこのように結論を出した。
「恐らくだが......『異世界』に送られた......とか?」
自分でも馬鹿げたことを口にしていると思ったが、こればっかりはそう考える他なかった。
「おぉう!話が早くて助かるぜぇ。まあ『異世界』って言っても、全く別の世界ってわけでもねえんだがな」
男はポケットから一枚のコインを取り出した。
「こりゃあ、この世界の通貨なんだが、どうやらこの世界はこれと同じらしいんだ」
「?」
「構造だよ。『表』と『裏』だ。ーーさっきおめぇさんがいた世界を『表』とすると、まあこの世界はその『裏』ってことになる」
男は説明を続けた。
「つまり、隣合って存在してるってことさ。だから、全く別次元ってことでもねえ。『表』も見方によっちゃあ『裏』になるだろ?ここはそういう世界だ。お互いが『表』で、お互いが『裏』。お分かり?」
(『表』?『裏』?一体なんの話をしてるんだ?こいつは)
「あぁ!もう!」
すると、先ほどまで黙っていた女の子が話に入ってきた。
「あんた説明下手ねえ。そんなので伝わるわけないでしょ。アタシが説明するわ」
彼女はどうやらせっかちなようだ。あの男の説明を聞いていられなかったらしい。
「この世界は〈ヘッズ〉。私たちはそう呼んでいるわ。そして、今あなたがいるこの場所は、『エリファス王国』に属している【エティア】という村。人口は名簿に乗ってる限りだと......百七十六人!比較的小さな村だけど、住んでる人の心は広い良い村よ。で、あそこに見える街が、王国の中心地【アレイスト】。まあ言うなれば、この国で一番の都会ね。あー、そうそう、言い忘れていたけど、アタシの名前はペイジ。この村の郵便局員をしているわ。で、こいつはーー」
「おいおいおいおいおいおい!」
男が会話に入ってきた。
「そんなんじゃあ俺の説明の方がまだマシだぜ!!いきなりすぎるんだよなぁ。そんな、なんつーかよぉ、ガァーっと言われたら普通混乱するぜ。もうちょっと順を追ってさあ、ゆっくりできねえのかぁ?お前はそういうところが面倒臭ぇんだよ」
「ちょっとぉ、何よそれ!こう言った方が手っ取り早いでしょう!?あんたみたいに意味不明な例えするより分かりやすいと思うんだけどぉ!?」
喧嘩が始まった。その二人の会話は、内容こそあまり分からなかったものの、二人の仲が悪いということを容易に理解させるものであった。
(俺は村の名前とかそんなのは正直どうでもいいんだが......)
すると、そこにこれまた奇抜な格好の男が現れた。
「おいお前ら、戯れ合いはその辺にしておけ」
男が険しい顔でこう言うと、喧嘩をしていた二人が声を合わせて言った。
「「ハジメェ!」」
ハジメと呼ばれたその男は、顔を白く塗っており、鼻にはアクセントのきいた赤い化粧をしていた。やや高身長の体に釣り合った大きく派手な衣装を着ており、その姿はまるで、大道芸をやる「ピエロ」のようだった。
「この世界に来てすぐにそんな細かい話しなくていい。直に慣れる」
話し方や態度を見る限り、それは外見とは裏腹に厳格な趣だった。
「それよりペイジ、お前、少し街を見てこい」
「え?何かあったの?」
「分からん。だが何か騒がしい。その原因を見てきて欲しい。お前なら五分やそこらで行けるだろう」
「ええ、分かったわ」
(なにぃ!?あの距離を五分!?あ、あぁ、君には羽......があるのか。ーーなんだか笑えてきた)
このエティア村からアレイストまでは、見たところかなりの距離がある。この村はやや峠に位置しており、街は視認できるのだが、恐らく列車であっても五分で行くことはできないであろう距離だ。しかし、その普段なら冗談に聞こえる会話が、今は何故か納得することができた。
(おいおい......俺ってば、こんな嘘みてぇな状況に対応してきたってのかぁ?......信じられねえ)
「しかしよぉ、おめぇともあろうものが、今かなりビビった様子に見えるがぁ、珍しいこともあったもんだねぇ」
「ああ、自分でも信じられないが、少し焦っているよ。ーー前代未聞の事態だ」
「自分で言うかね。それ」
「あのさぁ......」
完全に置いてけぼりを食らっていた俺は、ゆっくりと唾を飲み込んでから慎重に発言した。
「ん?どうした」
「盛り上がってるところ悪いんだが......」
(ああ、もうダメだ。さっぱり訳が分からん。なんだかやばい事態らしいが、俺には関係のないことだ)
「もうそろそろ帰ってもいいかな?俺そういやぁ、学校に行く途中だったんだ。もうどう考えても遅刻だが、今から行けば二限目には間に合う。あぁ、それと俺、家の鍵閉め忘れてるなぁ、多分。それ閉めに帰らないといけないんだが......」
(帰ったら誰かに言おうかなぁ、このこと。まあこんなこと真面目に話したら間違いなく精神科行きだな)
場が静まり返り、三人がポカーンとした表情でこちらを見る。
(ん?あれ?何か俺、まずいことでも言ったか?)
ペイジとハジメの二人は黙ったままであったが、しばらくしてあの男が口を開けた。
「アッハッハッハッハッハ!!」
「なんで笑うんだよ......二人もなんでそんなに黙ってるんだ?」
ハジメは男に言った。
「おい、お前......もしかして、そんなこともまだ言ってなかったのか?」
「あぁ!?俺のせいかよ!お前が急かすからだろうがぁ!?」
「あんたねぇ......」
空で、大きな鳥が「アホッーゥ!」と鳴いた。
(あんな鳥この世界にもいるんだなぁ)
「おめぇさん、もう元いた世界には帰れねえぜ」
「......へ?」
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