第10話

 緑髪の少女――もとい、宇宙人の幼女との決闘まで、あと二日――。

 金曜日は、そのまま先輩と別れ、土曜日に市内にある図書館で待ち合わせをすることになった。

 オレは待ち合わせの時間より少し前に図書館に出向き、館内で先輩を探す。

「図書館のどこで待ち合わせをするかも、決めておけば良かった」

 ただ何となく場所は分かる。漫画関係のところに、先輩は現れるに違いない。しかし、図書館は公共の場であり、ジャンプ作品などの漫画は置いていない。

「だけど、あの作家の漫画は置いてある」

 館内の天井から下がるジャンルを確認して、オレは足を進める。そして、予想通りに先輩は居た。手塚治虫――日本を代表する漫画家でありながら、残した作品の内容から文学として置いている図書館も少なくない。

「よく分かったな」

 火の鳥・ギリシャ編を片手に、先輩は声を掛けた。そして、何故か、服装は制服だった。

「何で、制服着てるんですか?」

「勿体なくてな」

「勿体ない?」

「そうだ。学生服というのは意外と高いのだ。素材もいいものを使っているから、物持ちもいい。しかし、中学生という成長期に、折角買っても買い換えなくてはいけなくなることが多いのだ」

「そういう理由ですか」

「だが、この制服は去年のままでな。少し大き目に作ったにせよ、私は成長が乏しいようだ」

「それは横じゃなくて縦が伸びたからじゃないんですか?」

 先輩は腕を組む。

「確かに身長は伸びていたな。まったく成長がないわけではないか」

 火の鳥・ギリシャ編を閉じると、先輩は本棚に戻す。

「さて、本題に入ろうか。とりあえず、娯楽スペースに行こう」

「はい」

 オレと先輩は図書館の娯楽スペースへと向かった。


 …


 金のない中学生が夏の暑さを凌ぐためにファミレスへ入ることなど出来るわけもなく、自然と足が向くのはこんなところである。

 娯楽スペースの向かい合わせの席に座りながら、先輩は両手を組んで目を向ける。

「では、まず手塚治虫についてから語ろうか」

「やめてください。それで一日が終わります」

「ん? そうだな。彼の残した作品は、あまりに膨大だ」

 その通りです。

「では、日を改めて、じっくり、しっかり、こってりと語り合おう」

「はあ……」

 こってりって、何だ?

「それで、例の宇宙人との決闘だったな」

「はい」

 オレが先輩の向かいの席に座ると、先輩はゆっくりと口を開く。

「決闘の内容も分かっていないのもそうだが、実は日にちだけで時間を指定していないのも困ったことだ」

「…………」

 あのチビッ子、捨て台詞吐きながらどっかに行ったからな……。そして、相変わらずのマイペースで核心と微妙に違うところから話を始めるな、この人は。

「昨日は気付くこともなかったが、今日になって、ふと思い当たった次第だ」

「もう、始まる前からグッダグダですね」

「やる気も失せるな。しかし、月曜日のジャンプを読まずに殺されるのも、困りものだ」

「オレは殺されるってだけで、嫌ですけど」

 先輩は溜息を吐く。

「だが、実際のところ、本当に奴は殺しに来るのだろうか? 明日、無視して過ごせば泣いて宇宙に帰るのではないか?」

「完全にガキンチョのあしらい方じゃないですか」

「実際、見た目は幼女だしな」

 オレは腕を組む。

「でも、仮にも宇宙人ですから、見た目どおりの年齢じゃないかもしれませんよ?」

「精神年齢は見た目どおりだと思うが?」

「『ワタシは、まだ二回の変身を残している』とかのパターンだったら、どうするんですか?」

 その言葉で、先輩が真面目に考え出した。この人を真面目に話させるなら、ある程度ネタを絡めるのがいい。

「フリーザ様だとでもいうのか……あの幼女が?」

「もの凄く少ない可能性の一つですけど。ただ光線銃ぐらい持ってんじゃないですか?」

「何か、宇宙人のイメージが鳥山明で固定されてないか?」

「否定はしません」

 椅子の上で、先輩は足を組み直す。

「まあ、その決闘というのがよく分からんから、こんなに困るのだ。ガチンコの殴り合いなら、それはただの喧嘩だろうし、武器を使っての刺し合いなら、食うか食われるのかの殺し合いだ」

 同意しながら、オレは頷く。

「そうなんですよね。オレ達、武器なんて使ったことありませんから、それで勝負と言われても困るんですよ」

「となると、コレだな」

 先輩は左手を軽く上げる。

「例の宇宙人のくれた力だ」

「この力も、一体、何で提供されたか分からないですよね?」

「奴の口振りだと、絶対に発動しないものだったのだろう。故に、その発動方法を夢という形で私達に毎日のように見せて、ノイローゼかなんかにして『自分に縋って泣いて謝るなら許してやろう』の考えだったのではないか?」

「……本当にガキの考えだ」

 激しく項垂れた後に、オレは気を取り直して話しを続ける。

「だけど、決闘するにしても、オレ達の力はバレてんじゃないですか? 昨日の会話で、向こうは先輩の行動が変わったことを知っていましたよね?」

「それも同じように、会話によって分かっているではないか。私達が力を手に入れたことに驚いていたのだ。知っていれば驚かない。四六時中は観察していなかったということだ」

「ああ、そっか。発動した力も、違うものと思っていたみたいだし」

「そういうことだ。やはり私達の力が鍵になる。今から武器を扱う修練をしても、身につくものなど高が知れている。ならば、使い慣れた武器で戦うしかあるまい」

「ですね」

 先輩は頷く。

「では、今から力を使う上で、重要なことを決めようと思う」

「重要なこと?」

 この力に対する危険性や制約だろうか?

「この力の名前をどうするかだ」

「…………」

 何だっていいじゃないか、そんなもん。

「昨日、家に帰って風呂に浸かりながら考えてみたのだが、私の左手の力をスター・プラチナと名付けようと思うのだ。どうだ?」

 先輩は目をキラキラと輝かせ、頬を染めながら期待の目を向けている。

 何だ、その恋する乙女のような顔は? 完全に使い方を間違えているだろう。

「私と君の力は精密動作が可能だ。これはジョジョのスタンドのスター・プラチナの能力のようだとは思わんか?」

「似てますね……」

「だろう! あぁ……。ついに、私にもジャンプ作品に関わるサプライズが訪れたのだ……」

 案外、喜んでんじゃないか。その宇宙人の嫌がらせの力。

「そしてだな。君の力の名前も考えたのだ」

「聞きましょう」

 さっき以上に乙女の笑顔を強くし、先輩は名前を発表する。

「ホワイト・ラビットだ」

 ジャンプ離れたな。サンデーのARMSにいった。

「私の力もARMSにあやかってナイトにしようかと思ったが、私がジャンプを捨てるわけにはいくまい」

 あなたとジャンプに、どういう繋がりがあるんですか?

「まあ、ジャンプもサンデーも同じ一ツ橋グループで繋がっている。少年誌の種類が違うからといって、私と君との関係は不変だ」

 そんなもんなくても、関係に変わりはない。

「どうだ?」

「よく分かりませんが、ありがたく使わせて貰います」

「そうだろう! ありがたいだろう!」

 やめよう。突っ込んでも無駄な時間が流れるだけだ。

「ちなみに、先輩の能力は花山薫でもいいんじゃないですか? 必殺技は握撃」

 娯楽室のテーブルを叩いて先輩は否定する。

「そんなものはダメだろう! カタ仮名が入ってないではないか!」

「名前選びに、そんなルールがあるんですか?」

「私ルールだ」

 そうですか。あなたのルールですか。

 先輩が眉間に皺を寄せて、オレを睨む。

「ところで、いい加減に真面目な話をしていいか?」

「話を逸らしていたのは、先輩ですけどね」

「そう言うな。つい、浮かれてしまったのだ」

 オレは溜息を吐く。

「それで、続きっていうと、宇宙人との決闘の話ですよね?」

「うむ」

 椅子に体重を預け、オレは腕を組む。

「やっぱり、殺すって言われているのが、暴力関係の決闘を連想させるんですよね」

「それはあるな。だが、仮にも相手は宇宙人だ。幽遊白書の海藤優のタブーみたいに能力発動中は暴力行為が出来なくなり、頭脳戦で魂を懸けて勝負なんてことになったら勝てる自信がない。自慢ではないが、私は頭が良くない」

「オレも同じですよ。漫画読んで、ルールを理解して、作者の考えたどんでん返しを見て、純粋に『おお!』ってなる庶民ですからね」

「そうか。私と対して変わらないなら、頭脳戦は勝ち目がないな」

 溜息を吐く先輩に、オレは右手の人差し指を立てる。

「じゃあ、運の勝負だったら、どうですか? ――あり得ないけど、すごろくとか」

「それなら自信がある。私の運は強いからな」

「そうなんですか?」

「ジャンプの××人プレゼントキャンペーンで、よく当たるからな」

 オレは項垂れる。

「……あれ、ほぼ全プレみたいなもんじゃないですか」

「そうなのか?」

「そうですよ」

 先輩は眉間に皺を寄せた。

「……私の運は強くなかったのか。毎回、当たるからおかしいとは思っていたが」

 これは、お茶目で可愛いところと捉えるべきなのだろうか?

「私の運は強くないようだが、君の運はどうだ?」

「同じようなもんですよ。ワンピースの複製原画が当たるぐらいです」

「あれか。私もインターネットから応募して当たった。――ちなみに、どのシーンが当たったのだ?」

「ニコ・ロビンのシーン」

「おお! 譲ってくれ!」

「…………」

 何か、また話が逸れていく。先輩とは、一生まともな会話は出来ないかもしれない。

「あげますから、宇宙人の話をしましょう。明日を乗り切らないと、あげることも出来ません」

「うむ、分かった! ご褒美が出ると分かって、やる気も出たぞ!」

 それは結構なことです。

 再度、溜息を入れて気分を入れ替えると、オレは話しを続ける。

「色々と考えたんですけど、明日の決闘は暴力的なイベントの一本に絞りませんか?」

「理由は?」

「あの子の言い回しからして、一番可能性が高いこと。明日までにオレ達が再確認できる力がこれぐらいのこと。最悪、あの宇宙人を力で黙らせてしまうなら、この力を扱える必要があるからです」

「まあ、当初はそういう予定だったな」

「ええ、もうオレ達の会話が、さっきから脱線しっぱなしです」

「悲しい人間の性だな」

「……そういうことにしておきます」

 オレは、また溜息を吐く。もう癖になり掛けている。

「で、オレ以上に力を使っている先輩の話を聞かせてくれませんか?」

「改めての情報交換――いや、再確認か」

 先輩は左腕を軽く上げる。

「スター・プラチナの能力が精密動作を含んでいるのは間違いない。しかし、その精密動作というのに自動補正が掛かっている節がある」

「補正?」

「ああ。私は承太郎のスター・プラチナのように弾丸の軌道は見えない。だが、壁に投げて跳ね返るボールを正確に、この左手はキャッチする。それだけではない。訓練しないとボールを的に当てるのはプロでも難しいが、投げたボールは百発百中で狙ったところに当たる。ボールとは違うが、見てくれ」

 先輩は娯楽室の机に転がる鉛筆を手に取ると、左手の人差し指を立てた。

「君は、この鉛筆を人差し指の上に立たせることが出来ると思うか?」

「思いません」

 先輩は頷くと、左手の人差し指に右手で鉛筆を縦に置いた。

「……凄い」

 鉛筆は直立不動で先輩の左手の指に立っていた。

「本来、こんなことは出来ないのだ。だが、バランスを取ろうと思うだけで出来てしまう。この補正力は異常だ。夢と現実の境界を失くすというのは、実は大変危険な行為だ。ジャンプを読む時ぐらいにしか使ってはいけない」

 さりげなく、自分の有効利用範囲だけを許容するのは、これからもジャンプを読むためには使い続けると宣言しているのだろう。本当に、先輩は自分に正直だ。

「今までの話だと、弱点らしいものが無いように感じますね。攻防一体で隙がないです」

「確かにな。だが、唯一の弱点というものもある」

「まあ、当たり前ですけど――」

 オレは、先輩の左手を指す。

「――直接触れないといけないことですよね?」

 先輩は頷く。

「そうだ。それが一番の問題点なのだ。決闘する相手が飛び道具を持っていた場合、相手に近づく前にやられる可能性が高い。私は本の虫で体が弱いからな」

「本の虫って、漫画も含まれるんですか?」

「漫画は、既に日本のカルチャーだろう。文化だろう。文化の文は、文学の文だ」

「だから、本の虫で、文学少女ですか」

「そうだ」

 誰か、彼女に相応しい呼び名を命名して欲しい。

「それで、私の体の弱さを補う方法だが、君のホワイト・ラビットに期待している」

「……そうなりますよね」

 先輩が左手に力を宿すように、オレの両足にも同じ力が宿っている。現実と夢の境界を失くすこの力で走り出すと、アホみたいなスピードが出る。

「オレ、扱える自信ないんですけど……」

「全力で使うことは望んでない。あくまで決闘なのだろうから、奴も人外の動きはしないはずだ」

 昨日の宇宙人の幼女の行動を思い出し、オレは眉間に皺を寄せる。

「確かに人外な動きはしないと思うんですけど、あの宇宙人は精神年齢からして子供と変わりませんから、オレは手加減っていうのを知らないんじゃないかと思うんですよね。どっちかというと、そっちの方が心配です」

「それも考えられるが、その時は、こちらにも考えがある」

「どんな手です?」

「君が容赦なく、手心を加えず、真っ直ぐに宇宙人の顔面にヤクザキックを捻じ込め」

「…………」

 本物の外道じゃないか。見た目幼女の顔面にヤクザキックをかませ? 馬鹿か!

「出来るわけないでしょう」

 先輩はポンとオレの肩に手を乗せる。

「命が懸かれば、別だ。君は、そういう男だ」

「宇宙人より先に、先輩をぶっ飛ばしますよ」

 先輩は両手をあげる。

「冗談だ。スライディングで転倒させてやるだけでいいさ。転ばせるのも、補正が効くはずだから上手く転ぶだろう」

 オレは立ち上がると、両足の力を発動して先輩の座る椅子を蹴っ飛ばす。

「痛っ!」

「本当だ」

「私で試すな!」

 この人は何処まで本気で、何処まで冗談か掴みどころがない。だけど、そういうのを含めて、この人と付き合っていくのは面白い。

 手を差し出すと、先輩は握り返して立ち上がる。

「このあと、河川敷で少し試してから帰るか」

「はい」

「明日は、夕方六時に待ち合わせよう」

「そんなに遅く?」

「その一時間後ぐらいに、ジャンプを乗せたトラックが馴染みのコンビニにやって来る。コンビニの店員とは顔なじみで、月曜を待たずに売って貰っているのだ」

「先輩、オレ以外に友達居たんですね」

 先輩は腕を組んで首を捻る。

「う~ん……。友達というか、しつこくお願いしていたら、そのうち諦めた口かな?」

 この人、本当に何やってんだろう。

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