第9話
緑髪の少女が指摘した夢の話。だが、同じ夢を見続けていたのを知っているのは、オレと先輩しか居ないはずだ。それを知っているということは、この緑髪の少女が言っていることは本当で、宇宙人であるというのも本当だということだ。
「いい加減、同じ夢を見るのも飽きただろう。ましてや、矛盾を実行しろという内容だ。頭がおかしくなっても仕方がない」
「「う~ん……」」
先輩もオレも困ってしまった。その問題は、既に解決済みだ。
「もう少し早く言ってくれればなぁ……」
「まったくだ」
緑髪の少女は不思議そうに聞き返した。
「どういうことだ?」
緑髪の少女に、オレは答える。
「その問題は二ヶ月ぐらい前に解決してるんだ」
「……解決した? まさか、力が発動したのか!?」
自分で仕掛けておいて、何を驚いてるんだ?
「信じられん……。二人に掛けて、二人とも成功するなど……」
緑髪の少女は些か真剣な顔で、オレ達を見返した。
「ここの原住民の脳に未知の領域があることは、昔から宇宙人の間では有名だった。それはある種のリミッターで抑制されているものだと予想され、意識してコントロールできれば、瞬間的に自身の力を数倍に出来るものと言われている。簡単に言えば、火事場のくそ力と言われるものだ。例をあげると、スポーツ競技などで適度な興奮状態と緊張感から解放される限界を一歩超える力のようなものだ」
先輩がオレに話し掛ける。
「脳内麻薬のことのようだな。3×3EYESのコネリーの話では身体能力を急激に上げると言っていた。グラップラー刃牙のエンドルフィンも含まれるか?」
「それのことですかね。ただどちらも、肉体的苦痛を限界以上に与えないと発動しない代物ですから、オレ達の力とは別なんじゃないですか?」
声を落とし、先輩は緑髪の少女に聞こえないように囁く。
「それが未知の領域と言っているものなのだろう。彼女は、別のものと思っているようだが」
緑髪の少女が話を続ける。
「お前達も、少しは心当たりがあるようだな。そうだ。人間に限らず、この星に住むあらゆる動物にはリミッターが設けられている。それは進化の過程を調節するためではないかというのが、我々の中では定説になっている。急激な変化は肉体にどのような負担や影響を齎すか分からない。そのため、生物は進化の過程で、そのリミッターを徐々に外していき、数世代を経て慣らしながら進化を遂げるのだ」
「なるほどな。その説なら、思い当るところがある」
先輩が補足するように続ける。
「江戸時代と現代の日本人の平均身長はかなり違いがある。今ほど食べるものが多くなかった江戸時代の人々の身長は、私達よりもずっと低かったという。これは生きていくために体を小さくしていたと言えるだろう。そして、現代で言えば、脳――頭の部分が進化しているらしい。より多くの情報を蓄えたり制御したりするために頭が大きくなっているのだ。最近の子供たちの中で、親知らずが生えない子が居るのは、そういった理由ではないかという説がある」
「ニュースを見ない割には詳しいですね?」
「漫画からの受け売りだ」
やっぱりか。
「兎に角、その宇宙人の言う通りなら、あの夢により、未知の領域の力が解放されたということだろう」
先輩は緑髪の少女を睨みつける。
「さて、ここ一年の不可思議な理由は分かったが、何で、私達がその夢を見せられなければいけなかったか、ということだ」
「…………」
緑髪の少女は答えない。
「もし、ささやかな復讐だったというのなら、貴様の復讐は大成功だったとだけ伝えておこう。私は自分がおかしくなったと思って病院にも通ったし、それが原因で学校にも通えずに留年してしまった」
緑髪の少女は低い声で、先輩に言い返す。
「とてもそんな風には見えないがな。お前は、一年前よりも会話が増えたように思えるぞ」
「ああ、そうだろう。一年のずれ込みにより、彼に出会ったからな」
新しい玩具を手に入れた子供のような笑みを浮かべて、先輩はオレに顔を向ける。
「初めて私を理解してくれる者に出会ったのだ。女子だから、容姿と会話の内容が合わないから、色んな理由から話したい内容を共有できる者に出会えなかった」
先輩は緑髪の少女に顔を戻した。
「私はジャンプを読むことだけで幸せを感じられる、狭い世界にしか生きていない者だ。しかし、もう少し欲を言えば、その読んだ感想を語り合いたいとも思っていた。そして、一年学校を休み続けて留年したことにより、語り合える友を得た。私の狭い世界が少しだけ広がったのだ。今は無駄に費やした時間を帳消しに出来るぐらいに、私は充足感を得ている」
先輩の横で、オレは頬を掻く。
正直、自分の存在が先輩に与えている影響など、微々たるものだと思っていた。ただ先輩の話を聞いているだけの存在だと思っていた。しかし、オレの思っている以上に、オレは先輩に必要とされているようだった。
そして、もう一つ重要なことにも気付かされた。今、言われるまで気付かなかったが、先輩に接してきた今までの人と同じように、オレは先輩に偏見を持っていたということだ。女子らしくない会話をする人だと思っていたし、見た目が清楚だから、あまり少年誌を熱く語らないで欲しいとも思っていた。
だけど、先輩との会話が楽しいと思っていたのも事実で、個としての先輩をオレは嫌いではない。どちらかというと、今の関係の方がいいと思う気持ちの方が強い。きっと、オレ達は男同士なら普通と言われる会話をしていただけなのだ。
オレは溜息を吐き出す。
「今、自分がもの凄く嫌になりました」
「ん?」
先輩は視線だけをオレに向ける。
「オレも心の底じゃ、先輩が今まで会ってきた人達と変わらないことを考えていました。だけど、その考えは捨てます」
「ん?」
「先輩が望む友人で居ます。ジャンプの話がしたければ、思う存分しましょう。周りがどう思おうが、先輩との会話は楽しいんです」
先輩は唇の端を吊り上げる。
「いい答えだ。私も自分の考えを告白した甲斐がある」
先輩は緑髪の少女に言い放つ。
「宇宙人、そういうことだ。お前は復讐を果たし、もう私達に因縁をつける理由もないはずだ。まだ謝罪を求めるというなら、言葉だけだが謝ろう。すまなかったな」
「申し訳ありません」
一歩二歩と後退しながら、緑髪の少女は言葉を漏らす。
「何なんだ、コイツらは……考え方が滅茶苦茶だ。こんな異分子が入っていたから、正確な評価がされなかったとでもいうのか?」
緑髪の少女は奥歯を噛み締めたあと、指を差す。
「そんな理由で納得できるか――ッ! お前達を殺す!」
「ころ――ハァ!?」
「何を言っているのだ!?」
緑髪の少女は地団太を踏んでいた。
「お前らといくら会話をしてもダメだっ! お前らは何をしても後悔しないっ! 言ってることが、変な方向に流れるだけじゃないかっ!」
まあ、先輩とオレを相手にすれば、そうなっても仕方がないかもしれない。
「だから、殺す!」
「そんな物騒なことを言うもんじゃないよ。話し合えば分かると思うよ?」
「散々話したのに思った通りの方向へ進まないじゃないかっ!」
宇宙人の見た目が幼女のせいか、何か虐めているような気がしてきた。
「明後日、ここで決闘だ!」
「それはダメだ!」
先輩の声に緑髪の少女が顔を向ける。
「明後日は、日曜日ではないか。ジャンプが納品される日だからダメだ」
緑髪の少女のコメカミに青筋が浮かび、緑髪の少女はビシッ!と先輩を指差した。
「絶対に、その日で後悔させてやるっ!」
そう捨て台詞を吐くと、緑髪の少女は走り去って行った。
緑髪の少女が居なくなった場所を見ながら、先輩がポツリと漏らす。
「……何か面倒くさいことになったな」
「宇宙人でも、外見どおりの子供なんですかね?」
「そうなのかもしれんな。ところで――」
「はい?」
「――決闘って、何をするのだろうな?」
「…………」
こうして、よく分からないまま二日後に宇宙人の少女と決闘をすることになった。
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