第2話
隕石が落ちてから一年――。
つまり、同じ夢を見続けて一年。以前に増して、夢を見ると『早く練習しなければ』と思うようになっていた。現実と夢の壁に綻びが確実に出来始めている。
それは繰り返される夢で、おぼろげだったものが逆にハッキリしたからだとも言える。今では夢の中で翳す手のぼんやりとした印象と現実にある自分の手の感覚の違いがハッキリと理解できるようになった。
他にも違いはある。現実では暑さ寒さを感じるが、夢では感じない。現実では転んでしこたま手を打ち付ければ痛覚が反応を返し、怪我もすれば血も出るが、夢ではそれらが一切ない。一方、夢には触覚のようなものはあるが、それすらも視覚から得た情報で、脳が現実と錯覚して伝える情報に他ならない。
夢と現実で共通にあるのは、体を動かしたという使い方のみ。筋肉の入れ方や体をどう動かしたかではない。こう動いていたという過去形が刻まれるイメージだけが残る。それらを繰り返せば繰り返すほど記憶に残り、現実との差異を浮き彫りにして矛盾点を強く指摘する。
つまり、これらの矛盾点を排除し、共通している感覚だけを現実に引きずり出せれば、夢で行っていることが現実でも出来るはずなのだ。
――もう少しで上手く出来そうな気がする。
切っ掛けとか偶然とかそういうのではなくて、『自分で理解して練習していけば使える』と、オレ自身の中の何らかの予感が囁いていた。
…
自宅――。
学校が終わってそのまま帰宅し、夕飯時に家族とテレビを見ながら気兼ねない会話をし、風呂にも入って、寝るまでやることなくぼんやりとベッドに寝転びながら天井を見続ける。今日も時間が空けば、夢について考えている。
当初は意味の分からない繰り返しに飽きが生じると思っていたが、そんなことはなく、痛みもなく怪我もない夢の中で思う存分力を使うのに快感を覚えることさえある。
こんなことは、現実では人前で練習できない。頭のおかしい人間と思われる。もしかしたら、中二病が夢に現れている可能性もあるので、現状、頭がおかしくなっていないとは断言できないが……。
少し横道に考えを逸らしたが、考えを夢のことへと戻す。
オレの夢が伝える力は走って飛ぶこと。夢の中で練習を重ね、夢の中では当たり前のように出来ていることが、現実になるとまるで出来ない。今では夢と現実の違いの感覚は手の中にあるというのに……。
――これだけのことが出来ない。
違いなんて、寝てるか起きてるかだけなのに……。
オレは溜息を吐いて呟いていた。
「どうかしている……。この一年で現実を否定して、夢を肯定しているなんて……」
当たり障りのない友人ができ、当たり障りなく授業を受け、オレの中学生活はメリハリもなく、ただ流れていくようになっていた。
同じ夢を見続けるせいで――夢の中の方が充実しているせいで、自分の中の中心は夢が中心になる。現実の活動時間よりも夢の中の活動時間の方が長くなる。
――今では夢のせいで、現実がおかしく見えるようになった。
――今では夢と現実の区別がつかない上に、現実に出来ないことを否定するようになった。
――今では、もう夢を否定するなんて出来ない。
この頃には、時差の関係で深夜に見ているオリンピックの新記録に驚かなくなっていた。
――だって、人間は一蹴りで百メートルだって走り切ることが出来るし、そんなことすら出来ないオレがおかしいんだから。
オレは完全に夢に屈服していた。テレビのニュースから流れる詰まらないオリンピックを見るのが嫌で仕方なくなり、くだらなさに溜息が漏れる。
時計を見ると、眠気が襲ってくるまで、まだかなりの時間があることが分かる。オレの足は夜にも関わらず、また河川敷へ向こうとしていた。
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