第1話
あの隕石騒ぎの次の日――。
ベッドで上半身を起こして頭を掻きながら、オレは夢の内容がおかしいと再確認していた。目覚めた時、はっきりと夢の内容を認識していたのである。
――こんな夢を見たことはない。一蹴りで空を飛んでいただけでなく、スピード、高さ、全てをコントロールするなんて……。何というか、妙にリアルに感覚が残っている。頭の中にも、体の中にも。
今まで見たこともない夢……。
現実を知り始める中学生になってから見るにしては、少し子供っぽいような夢だった。
――何で、こんな夢を見たんだ?
その日は、妙な夢だったと思う程度で気にも留めなかったが、これが始まりだった。
…
二ヶ月後――。
身長普通、体重普通、特に特徴なしの黒髪黒目の日本人のオレは、徒歩で通える近くの中学に入り、現在、十四歳の普通の中学二年である……が、一つだけ特別なことがある。
それは、あの曰くつきの隕石が落下してから、おかしな夢を二ヶ月間見続けているということだ。
――そう、あの妙な走り方の夢だ。
正直に告白するなら、同じ夢を三日見続けた時点でおかしいと気づき、五日目あたりからは自分が心の病にでもなったのではないかと思い始めた。
常人なら誰かに相談するか、病院に行って医者に相談するかを考えるだろうが、オレの心は既に病んでいたのかもしれない。また今日も同じ夢を見るかもしれないという怖さよりも先に、『何か面倒くさい』という感情が浮かんできたのである。
――そうなると何を考え出すか?
諦めて、この夢との共存を模索し始めるのである。
まず、医者に行くのが面倒くさいという理由から、自分がおかしいかもしれないという可能性を捨てる所からオレと夢との共存はスタートした。
所詮、見ているのは夢でしかなく現実に悪影響はないのだし、病気ということはないだろう。体調面で言えば、しっかりと寝ることは出来ており、精神面も早めに妥協して諦めたせいか、情緒不安定などということにもなっていない。
――そして、夢を見るのに慣れ始めた頃、冷静になった頭でこの夢との付き合い方を考えた。
改めて考えて思ったのが、夢を見ただけで自分が寝たと分かるのは、ある意味メリットであるとういうことだった。
夢を見たということは、イコール寝たということを意味し、確実に体を休めているという証明になる。寝ていることがハッキリと分かるというのはなかなか便利で、睡眠時間も正確に分かるし、寝てはいけない時に寝たことを理解して目を覚ますことも出来る。ただし、覚醒できる時間は寝たと理解して十五分ほどで、それ以上の時間が経つと外部から刺激を受けるか、睡眠による体の回復が終わるまでは完全に夢から覚めれないということが判明している。
この他にも夢というものに特徴があるのを改めて理解した。人によって夢だったと認識するルールは違うと思うのだが、オレの場合、夢の中では匂いがしないという特徴があった。もっと詳しく調べると、痛みというものも存在せず、あるのは視覚情報と聴覚の情報だということが分かった。ただし、聴覚の情報は些か曖昧で、何となく耳に入る情報が頭に片言で入ってくる程度なので、オレの夢というのは視覚情報がほとんどで、それを頼りに夢の中で体を動かしているということになる。
そういう訳で、オレは匂いを嗅ぐことで夢か現実かを区別できるようになり、夢の中だと認識すると、何となく両足をコントロールする使い方を開始するようになった。
…
そんな感じで夢を受け入れて、更に二ヶ月……。
夢が現実を外しに掛かるようなった。『何で、こんな夢を見たんだ?』の思考から『何で、この夢を現実に出来ないんだ?』に変わり、その間も夢が延々と現実を否定し続ける。
この考えがおかしいのは、オレだって理解している。現実では一蹴りで学校の校舎の屋上まで行けないし、一蹴りで空を飛べない。しかし、夢があまりに明確な感覚をオレに残し続けるため、『何で、この夢を現実に出来ないんだ?』という思いが少しずつ強くなってきている。
まるで夢に意思があるように夢は両足の正しい使い方を伝え、変えるのは脳の使い方だと訴え続ける。『頭の頂点に無を認識しながら力をコントロールしろ』『頭の頂点に力を入れながらリラックスすれば、夢での出来事は体現できる』と囁き続けている。
そして今日、誰も居ない河川敷で、四ヶ月の成果を試すことにした。
中学の授業が終わったあと、目的の河川敷で日が暮れて人気がなくなるのを待ち、この夢を現実に持って来れないか試すのだ。
…
河川敷――。
鞄を投げ出し、早速、オレは夢の体現の準備に入る。夢を見ている時となるべく同じ状態を作ろうと体の力を抜いて立ち、あとは散々夢の中で体験した脳の使い方を実践するのみだ。
――だけど、どうやったら出来るのか?
ここまで来て、そんなことが頭を過る。
思い返せば、オレの五感のほとんどは夢の中ではぼやけていた。匂いも感じず、音も曖昧で、ハッキリしているのは両足を使った時に残る感覚と指示を与えていた脳の矛盾した余韻。そして、力が発動した後に起こる視覚から入った情報のみ。
それらを現実と比較すると違いが浮き彫りになってくる。現実では河原に生える草の匂いを感じ、川の流れは絶えず耳に届いている。
「この現実と分かっている中で、どうやって夢を肯定しろと言うんだ?」
夢と現実で感覚に差分なく記憶として残っているものも多々あるのだが、一番強く残っているのが力を使ったという漠然としたものだ。特に、この力の胆となる頭のてっぺんに力を込めてリラックスするという矛盾が、現実ではなかなか肯定できない。
思わず眉間に皺が寄る。
「何かニュアンスが違うというか、現実ではぼやけてない感覚がハッキリし過ぎて夢との整合性が取れないというか、現実のハッキリしている感覚をぼかさないといけないような……」
夢と現実がハッキリと分かってしまうせいで、力を再現するのに、今一、何が必要で何が要らないかが分からない。試す前から解消できていない設定があるような気がしてならない。
「……でも、やるだけやってみるか」
とりあえず、頭に力を込めるように意識する。
……が、意識するということは集中するということなのでリラックスできない。それでも、力の発端となる頭に力を入れるということをしないと何も始まらないので、頭に力を入れてみる。
すると、夢の中ではぼやける頭に力を込めた感覚がハッキリし過ぎる。
「…………」
何か違う。そもそも頭に力を入れるという行動自体、力入れているんだからリラックスの逆だ。リラックスするなら、脱力しなければいけない。
「頭に力を入れるっていうの……間違ってないか?」
どんな矛盾も夢の中では思い通りになるのに、現実では一向に体現できない。矛盾しない時間だけが、ただ流れていった。
がっくりと項垂れる。
「……ダメだ。何で、夢の中だと出来るんだ?」
夢の中では何かの枠が外れて、出来ないことを出来るだけなのかもしれない。リアルで夢の中の事象を体現しようとするなら、その枠というものを現実でも外せるようにならないといけない。
頭に手を当て、溜息を吐く。
「帰るか……」
無駄な時間を過ごし、帰宅は遅くなってしまった。
日が落ちて夕闇の迫る空を見上げながら足を進め、首を傾げる。
「だけど、まだ頭に引っ掛かるんだよな。悪いのはオレのやり方だって感じがへばりついて、頭の片隅から一向に取れない」
心の奥底か、体の奥底か分からないが、この力の使い方に間違いはないという確信がある。常識では出来ないという大半を占める現実の中で、それは強く肯定する。一体、この気持ちは、どこから湧き上がるってくるのか?
そして、オレは今日も同じ夢を見る。また力の使い方の夢を……。
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