#23【ドラえもん】ジャイアンがああも攻撃的なのは体罰のせい?【罰と強化】

 どこにでもいる普通の、まぁ平均以上にぐうたらで頭の悪い小学生野比のび太。ある日、彼が部屋でごろごろしていると、突然机の引き出しが開いて……。

 って、あらすじいらないですよね。今回は知らない人はいない世界的漫画、ドラえもんのジャイアンについてです。


 ジャイアンは自らガキ大将と歌い上げるほど、極めて粗暴で攻撃的な、反社会的人格です。なにせ「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」ですから。もうちょっとで共産主義の萌芽なんですけどね。惜しい(なにがだ)。


 実際、彼の言動を見ると暴行、傷害、恐喝、窃盗と小学生でなければ法的責任を問われうるものばかりです。作中の時間は無限ループしているので小学五年生のままの彼ですが、中学高校とこのまま進めば非行の程度が酷くなることは請け合いです。


 では、何が彼をあそこまで反社会的にするのでしょうか。氏か育ちかという言葉がありますが、ここでは育ちのほうに注目して話を進めましょう。


 育ちの何がジャイアンを凶悪にしたか。それは探すまでもなく、母親の体罰です。

 漫画にせよアニメにせよ、ジャイアンはよく母親に拳骨を食らったり平手打ちされたり、物置に閉じ込められたりといろいろやっているようですね。


 さて、体罰です。世には体罰を広めようとする奇特な集団もいるらしく、いまだに子供をぶん殴りたくて仕方がない大人が大勢いるというのは、さほど昔ではない過去に子供だった筆者からしてもなかなか脅威です。さっさと取り締まれ。


 こういう連中は日本だけでなくアメリカにもいるようです。なのでついにアメリカ心理学会(APA)がキレた! 関連する研究をリファレンスとして大量に紹介した決議文を採択し、体罰には「心理学的に効果がない」ことを明言しました。


 その関連研究によれば、たいていの場合、体罰は子供の反社会的行動や精神的不健康など、多くのネガティブな結果と関連しています。中には、極めて軽度な体罰であればポジティブな効果があると示唆した研究もありますが、その効果も体罰を使わないほかの罰の効果を上回るものではなく、わざわざ体罰を振るう意味はないと断言できます。


 では、なぜ体罰には効果がないのでしょうか。

 前回のお話で、条件づけの話をしました。不快な音と結びつけられた白いネズミを見ると怖がるようになったアルバート坊やの話です。アレックスも、不快感と暴力が結びついた結果品行方正な若者になりました。理屈の上では、罰も人の行動をうまく変えそうです。


 体罰がうまくいかない理由は、大きく2つ考えられます。1つは、罰に強い副作用があること。もう1つは体罰が概ね不公平であることです。


 まず、前者について。体罰の副作用というのは、般化と関係あります。

 前回、条件づけは似たようなものにも一般化されると話しました。般化です。罰を与えると、与えた側はこの般化が「似たような悪い行為でもダメなんだ」と学習されると期待します。人を叩いたらダメなら、蹴ってもダメ。みたいな感じですね。


 しかし、この般化は罰を与える側に都合よく起こるとは限りません。前回のアレックスがいい例でしょう。アレックスは暴力だけではなく、ベートーヴェンの音楽にも拒否反応を示してしまいました。


 これを、体罰が起こりやすい場面、学校に置き換えてみましょう。例えば、教室で体罰が行われるとします。このとき、般化はどこに起こるでしょうか。悪い行為に起こるというのはあまりにも楽観的な見方です。実際には、体罰を振るわれた場所である教室であるとか、体罰を振るった教師に対して起こります。


 体罰に関連する報道で、よく被害者が学校に通えなくなったということを聞くことがあるかもしれません。その理由がこれです。教室や教師という刺激が、体罰という不快な刺激と結びついてしまうので、その場所に行けなくなってしまうのです。まぁ、誰だって殴られるかもしれない場所には行きたくないですよね。


 つまり、体罰を振るう側の思惑とは異なって、子供はもっと色々なものを不快な刺激と連合させ、怖がるようになるというのが体罰の副作用です。精神的健康が損なわれるのも無理はないでしょう。


 では、後者のポイント、体罰の不公平さについてです。

 犯罪心理学の研究では、罰のどんな要素が犯罪抑止につながるかの検討がされてきました。その中で重要だと指摘されているのが、罰の強さとかではなく、公平性です。


 これも、直感的にはわかりやすいと思います。同じことをしていても自分は叱られほかの人間はスルーされていたら腹が立ちますよね。


 学習心理学的にも、罰や報酬が確実に与えられるほうが、刺激の連合を学習しやすい、つまり「この行動をとったらこういう結果になる」ということが理解されやすいといわれています。悪いことには小さくても確実に罰が、いいことには確実に報酬が、これが学習のポイントです。


 しかし、体罰はたいてい不公平です。そりゃそうで、そもそも体罰というのは行為の重大性に対してあまりにも過大であるというのもありますが、体罰というのは文字通り殴ったり蹴ったりするわけですから、こまめにできないという特徴があります。


 「殴るほうも痛いんだ!」というお決まりのフレーズがありますが、痛いかどうかはともかく殴るのは結構疲れます。四六時中人を殴っていられるほど人は体力に恵まれていませんから、十中八九、体罰が発動するのは、親や教師が「よし、ここは殴ろう」と恣意的に決定した場面に限られます。これでは公平で確実な罰など望めません。


 ましてや、一発殴っても大ごとになる現在では、体罰の行使はより慎重になる、つまりより不確実な罰になるので、皮肉なことに体罰の不公平性はより高くなっているといえましょう。


 ちなみに、不公平で不確実な罰の行き着く先が「学習性無力感」と呼ばれるものです。これは「どうせ何やっても不快から逃れられないんだ……」という無力感です。


 犬に絶対に回避できない電撃を与え続けたあと、ちょっと横に移動すれば避けられるという状況にしても、犬は自ら動こうとしなかった、という実験から来ています。すでに回避できないことを「学習」してしまったので、状況が変わっても避けることを試そうともしないというわけです。


 あれほど反抗的なジャイアンですが、母親に逆らえた試しはありません。それはある意味、学習性無力感から来るのかもしれませんね。まぁ、逆らえないのは母親に対してだけで、ほかのところでは好き放題なので躾が成功しているとは思えませんが。


 なんにせよ、体罰は悪影響が大きく、極めて理想的に振るったとしても体罰ではない躾を上回る効果は得られません。止めましょう。もしどうしても体罰を振るいたいなら、まずAPAと喧嘩して体罰を認めさせることです。


 世界最高峰の心理学者との喧嘩とは、私は絶対勘弁ですけど、ほんやくこんにゃくくらいなら差し入れますよ。


【要約】

 ジャイアンが凶暴なのは日常的な体罰のせいかもしれない。体罰にポジティブな効果はほぼなく、ネガティブな効果は大きい。文句があるならAPAへ。俺は知らねぇ。


【元ネタ】

ドラえもん:藤子・F・不二雄による漫画、およびそれを原作とするアニメ作品。ちなみに、ドラえもんの声優が変わってから今年で15年経ちます。


【参考文献】

ジェームズ・メイザー (2008). メイザーの学習と行動 二瓶社

荻上チキ・高 史明 (2019). アメリカ心理学会「体罰反対決議」の本気度──親の体罰を禁じるべき根拠 ニューズウィーク日本版 URL: https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/06/post-12364_1.php (最終閲覧日: 2019年12月18日)

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