#22【時計じかけのオレンジ】不良少年アレックスを"更正"させた魔法「ルドヴィコ療法」とは何か!【条件づけ】
舞台は近未来のロンドン。15歳のアレックス・デラージはドルーグの仲間たちとともにコロヴァ・ミルク・バーにたむろして
何言ってるかわからないって? ちょっと堪忍してください。アレックスの使う独特な言葉も本作の特徴なので。
さて、そんなエキセントリック無軌道ボーイのアレックスですが、強盗に押し入った家に住む老婦人を撲殺してしまい、警察のご厄介となります。懲役14年を宣告され、刑務所に入れられてはや2年。いい加減外に出たいアレックスは新しい犯罪者"更正"プログラムに飛びつきます。
その名は「ルドヴィコ療法」。なんと2週間で凶悪犯が善人に早変わりという夢のような治療でした。
しかし、ここからアレックスの地獄が始まります。ルドヴィコ療法は薬を打たれ気分が悪くなった状態で暴力的な映像を見ることで、暴力そのものに嫌悪感を抱くというものですが、アレックスは映像のBGMに使用されていたベートーヴェンの楽曲にも嫌悪感を覚えるようになってしまいます。これにはベートーヴェン大好き少年アレックスは大弱り。
しかし、そもそもルドヴィコ療法ってどういう仕組みなんでしょうか。実はフィクションといえど「条件づけ」という心理学の基礎的な理論を用いたものであり、アレックスの身に起こったベートーヴェンへの拒否反応もあながち的外れな描写ではなかったりします。
今回は、その条件づけについて解説しましょう。
さて、条件づけというと著名なのがパブロフの犬です。条件反射という言葉でご存じの人も多いはず。これは犬にえさを与えるときにベルを鳴らしていたところ、えさを与えなくてもベルの音だけで唾液を出すようになったというものです。
このメカニズムをもう少し詳しく見てみましょう。まず、犬はえさを見ると唾液を出します。えさ→唾液という流れは生得的な反応です。次に、ベルを鳴らしながらえさを与えると、犬は「ベルが鳴るとえさがもらえる」と「学習」します。この時点で、犬はベル→えさという流れが頭に入っています。
つまり、ベルを鳴らしながらえさを与えるという一連の動作は、犬の中でベル→えさ→唾液という「連合」を作ることになります。こうなると、真ん中のえさがなくてもベル→唾液と一足飛びに反応するようになるというわけです。
これが、条件づけの基本的な仕組みです。
ちなみに、条件づけには大きく2つの種類があります。1つは上掲のパブロフの犬のようなもので、これを「古典的条件づけ」といいます。えさ→唾液という生得的な反応が、学習によってベル→唾液という全然生得的じゃない反応に発展するのが特徴です。
では、アレックスの例でみてみましょう。アレックスはまず、映像を見る前に薬を打たれています。これが気分を悪くする薬ですが、アレックスにはそのことを教えません。この薬によって気持ち悪くなっているときに映像を見ると、映像のせいで気分が悪くなったんだと誤解することになります。これは#2で述べた情動二要因理論とも絡んできますね。アレックスが不快感の理由を正しく知ってしまうと意味がないのです。
この、不快感の理由をアレックスが知らないというのがポイントです。彼の立場では「映像を見ているとなんか気分が悪くなる」ということしかわかりません。大抵は映像の内容に不快感の原因を求めるのですが、アレックスは音楽に詳しかったのが運の尽き。BGMがベートーヴェンであることに気づいてしまい、不快感とBGMとを結びつけてしまいました。
ここであれ? と思う人もいるかもしれません。映像を見て不快になると学習するのはわかった。じゃあ、なんでそれが実際の暴力を抑制するの? そこはフィクション特有の誇張なの? という風に。
実は、誇張は誇張でもやはり根拠のない描写というわけではありません。
というのも、一般に条件づけの学習は「般化」することが知られているからです。
般化というのは、学習の内容がより広い範囲に適用されることを指します。著名な古典的条件づけの実験に、ワトソンがアルバート坊やで行ったものがあります。行動主義と呼ばれる立場をとっていたワトソン君は、哀れなアルバートを使ってこういう実験をしました。
まず、アルバートに白いネズミのおもちゃを見せます。アルバートは興味をもってそれを触ります。そのとき、ワトソンが後ろでドカンと一発、不快で大きな音を鳴らします。赤ちゃんは当然、不快な音を聞けば怖い思いをして泣きます。つまり不快な音→怖いという連合が生得的にあるわけです。それを繰り返すとどうなるか、もうわかりますね。不快な音→怖いという連合にネズミが入り込み、いつしか白いネズミ→怖いという連合が成立してしまったのです。
重要なのはここからです。その後、アルバートは白いネズミだけではなく、白くてふわふわした、つまりネズミに似たものの多くを怖がり始めたのです。これが般化です。白いネズミ→怖いだった連合が、いつしか白いふわふわしたもの→怖いに変わってしまったのです。
であれば、アレックスが経験したように映像の暴力→不快が実際の暴力→不快に般化するのも時間の問題といえましょう。
どちらかというと、とあるショックで条件づけが全部消えてしまったという結末の方が誇張であるというべきです。というのも、#4で紹介したように人間の記憶にはいろいろと種類があるのですが、条件づけによって獲得した連合は長期記憶の一種であると考えられているからです。何かのショックでぽーんと消えてしまうとは考えにくく、もし消えるほどの大きな損傷が脳に起こっているのであればほかの記憶などにも影響していないとおかしいのではないかと思います。
ともあれ、本作に登場する条件づけは、暴力を滅茶苦茶拒絶するという程度の著しさこそ大袈裟ですが、結構しっかり心理学の理論に基づいているといえます。
いいことを聞いたぞ! じゃあ犯罪者を集めて同じことをやろう! と思った人。そう、あなたです。早計!
アレックスの描写は、確かに心理学の「理論」にはしっかり基づいています。しかし、実際に同じことをしても絶対にうまくいかないといえるでしょう。なぜそうなのかは、次回のお楽しみで。
【要約】
生得的な連合を、ある種ハックする形で新しい反応を作ってしまうのが古典的条件づけ。アレックスの描写は案外心理学的に妥当。ちなみに、「条件付け」ではなく「条件づけ」である。間違えると条件づけ警察が飛んでくる。
【元ネタ】
時計じかけのオレンジ:アンソニー・バージェスによる小説。スタンリー・キューブリックによって映画化もされている。
【参考文献】
ジェームズ・メイザー (2008). メイザーの学習と行動 二瓶社
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