#21【Dr.STONE】マジな話、メンタリズムって何よ?【メンタルマジック】

 『Dr.STONE』は文明の滅んだ世界を科学で復興させようとする主人公その他が大活躍の「理系」冒険漫画です。しかしながら! 筆者は全く違った観点から毎週この作品を読んでいます。


 私が注目しているのが、千空たちと同じ現代からの復活組であるゲンこと浅霧幻です。彼はなんと「メンタリスト」を名乗り、その技術と推理力で彼らを助けることになります。一昔前の業界人みたいな特徴的なしゃべり方のせいもあって憎めないキャラで、なかなか好きです。


 さて、メンタリズムという言葉が出てきましたね。そういえばホウエン地方のチャンピオンと同じ名前の某人も、メンタリストを名乗っていました。#8で取り上げた『メンタリスト』に登場するパトリック・ジェーンもメンタリストです(そうじゃなかったら看板に偽りありです)。そもそもメンタリズムって何なんでしょう。心理学とどう違うのでしょう。


 はっきりした定義があるわけではないでしょうが、筆者が調べたところを簡単に結論すると、メンタリズムとは「人の心理に関する技術」あるいは「人の心を読む(風の)手品」であると言えましょう。


 技術、とはどういうことでしょうか。それを理解するには、そもそも心理学とは何ぞやという、結構壮大な話を考える必要があります。


 心理学を一言で表現すると、人間の心理を「科学的に」研究する学問であると言えます。この「科学的」というのがミソです。

 科学は通常、仮説をたて、観察し、分析するという手続きから成り立ちます。心理学も同様に、人の心理について仮説をたて、観察し、分析することで様々なことを明らかにしてきました。


 心理学を科学として考えるときに、やはり大変なのが「観察」でした。しかし心理学者は調査を繰り返したり、実験を試行錯誤することで、人の心を「観察」することに成功したのです。科学万歳! 心理学万歳!


 科学の知見というのは、一般法則のようなものです。水が100度で沸騰するとか、重力加速度がいくつだという話は一般的で、抽象的なものなので、このままでは現実に役立てるのは難しそうな感じがします。


 一方、技術というのは、科学が明らかにした様々な現象を、現実社会に役立つように「実装する」と表現すればわかりやすいでしょうか。例えば、てこの原理は物理学ですが、これを応用して作られた缶切りは技術といえましょう。缶切りは物理学の知見を利用していますが、「缶切りは科学だ!」といわれると違和感があります。缶切りそのものが科学かというと……。


 心理学でいえば、臨床心理学で用いられる種々のカウンセリング技法は、このような技術に近いと言えるでしょう。暴露療法でトラウマを軽減するような治療は、学習心理学と呼ばれる分野の知見の応用です。


 とりあえず、心理学を含む科学は一般法則(に近いもの)を明らかにするもので、技術はその法則を社会の役に立つものにすることだと考えればいいでしょう。


 で、メンタリズムの話に戻ります。以上のように考えると、メンタリズムは科学というより技術です。まさしく、心理学の知見を用いて人の心を読んだりしているわけですから。


 しかし、ここで重大な問題が発生します。というのは、メンタリズムが依拠していると称する心理学の知見の多くには、誤解や曲解が相当含まれているからです。


 例えば、著名な心理学の現象に単純接触効果があります。これは「目にする回数が多いほど好感度が上がる」という現象で、だから好きになってほしい人にはできるだけ会いましょう! などと書いてあることがあります。そういう本を読んだことがある人も少なくないでしょう。


 しかし、この単純接触効果は、好感度が中立の刺激にしか起こらないという指摘があります。つまり、あなたが元々嫌われている場合、いくら会う回数を増やしても好きになってもらえません。ご愁傷さまでした。


 仮にそのことがなかったとしても、そもそも単純接触効果で変化する好感度はたかが知れています。たいていの心理現象というのは、「接触回数だけ変え、それ以外の要因は一切変えない」といったある種極端な実験状況で明らかにされるものであり、実験室で観察される現象が現実場面にも起こりうるかは慎重に検討される必要があります。人の好感度は、当然ですが接触回数以外の要因にも大きく左右されますから。いくら会う回数が多くても、会うたびにセクハラ発言をしていては好感度はストップ安でしょう。


 あるいは別の例として、嘘の見抜き方なんてのも書いてありますね。しかし最近の研究では、嘘をつくときに「右を見る」「目をそらす」といった特定の行動をすることはないと明らかになっています。つまり、「これが嘘のサインだ!」というのは全部古い研究に依拠した話だと思ってください。


 巷にあふれるメンタリズムは、ほとんどがこのように、心理学的にはいささか心もとない理屈で成り立っています。あるいは、理屈自体は間違いとは言えなくとも、魔法のように効き目があるかのような誇大広告です。どのみち、あまり信用しないほうがいいでしょう。


 でも、某ダイ何とかさんが人の心を読んでいるのを見たことがあるぞ! という人があるかもしれません。

 ここで、メンタリズムのもう1つの説明である、メンタリズムが「人の心を読む(風の)手品」だという話が聞いてきます。


 ダイ何某はよくテレビでマジックを披露しますね? ゲンも作中でマジックを披露していましたし、ジェーンも同じです。国も世代も違うメンタリストがそろって手品を得意とするのにはちゃんと訳があります。


 メンタリストだって、常に人の心が読めるわけではありません。さっきも書いたように、メンタリズムの技術自体が脆弱な基盤の上に成り立っているからです。しかし、職業としてメンタリストを名乗るからには、常に心が読めてるように装う必要が出てきます。


 そこでマジックを利用するのです。

 話は簡単です。例えば、トリックを使って相手の持っているトランプを当て、最後にこう言うだけです。

「これがメンタリズムです」


 要するに、トリックでやったことを全部「心を読んだからできた」かのように装えばいいわけです。最後に「メンタリズムです」というか「ハンドパワーです」というかの違いでしかありません。


 もちろん、彼らも「ある程度は」心を読めるかもしれません。さすがに、長年やっていれば少しはそうした技術に長けてくるでしょう。しかしそれは、言語化・体系化の難しい経験則であって、科学とは程遠いものです。


 つまり、メンタリズムが心理学であるというのは、基本的には間違いです。


 ゲンやジェーンがあまり鼻につかないのは、彼らがメンタリズムをそういう経験則的な技術だと割り切って使っているところがあるからでしょう。実際、ゲンは最近メンタリストというよりは「推理力がゴイスーな人」くらいの扱いになってきていますし。


 一方、ダイマックスさんが心理学者的に鼻につきまくるのは、メンタリズムを心理学であるかのように騙って商売をしているからです。おかげでいい迷惑ですマジで。メンタリズムはメンタリズムとして正々堂々やっていればケチをつける気にもなりませんが、心理学を名乗ろうというなら話は別です。


 ちなみに、今回とはまったく関係ない話なんですが、心理学者は昔から「大きな音で驚かせて恐怖を刷り込む」「権威を使って無理やり電気ショックのボタンを押させる」「せっかく作った模型を目の前で壊す」「脳の快楽中枢へ直に刺激を送れる電極をぶち込む」「ゴキブリの入ったジュースを飲ませる」など碌でもない実験をすることで知られています。


 いやぁ本当、今回の話とは全く関係ないんですけどね。

 ところで、いま実験参加者が足りていなくてですね……。


【要約】

 メンタリズムは技術、しかも曲解と誤解に基づいた心もとない技術でしかない。少なくとも心理学ではない。全く関係ない話だが、ミルグラムの服従実験は近年も追試が繰り返されている。本当に無関係な話だが。


【元ネタ】

Dr.STONE:原作を稲垣理一郎、作画をBoichiが担当する漫画作品。週刊少年ジャンプ有数の知能指数を誇る作品である。個人的には同作者の『アイシールド21』が懐かしいが。


【参考文献】

アレックス・バーザ (2019). 狂気の科学者たち 新潮社

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