#20【ウォッチメン】ロールシャッハテスト?ちょっとそこは勘弁して!【投影法】

 ドラマ版の『ウォッチメン』が来年1月から始まりますね(唐突)。楽しみです。

 『ウォッチメン』はスーパーヒーローたちが自警団を組織し、陰鬱なアメリカ社会に渦巻く陰謀に翻弄されていくアメコミです。こう書くとキャプテン・アメリカめいたヒーローたちの活躍を描いたヌカっと爽やかな作品を想像しますが、登場するヒーローは誰もかれもよく言えば人間臭い、悪く言えば碌でもない感じです。


 映画化もされています。監督はザック・スナイダー。『ジャスティス・リーグ』と同じ監督ですが、どっちかというと『ボーイズ』のご先祖様というべきですね。


 さて、今回登場願うヒーローは『ウォッチメン』の主役といっても過言ではない男、ロールシャッハです。狂った極右の中年男性ウォルター・ジョゼフ・コバックスは、白地に黒いインクが蠢く特殊なマスクを被ると正義のヒーローロールシャッハに変身できるのだ! 彼のマスクの模様が、ロールシャッハテストに使用されるインクの染みに似ていることからそう呼ばれるようになりました。


 ロールシャッハテストとは、心理学で著名な心理検査の1つです。知っているようで知らない心理検査について、今回は解説していくとしましょう。


 まず声を大にして言いたいのは、心理検査と俗にいう「心理テスト」は全く違うものだということです。心理検査はある特定の心理的特徴、例えば不安の感じやすさとか、心の疲れ具合をきちんと測定できるように専門家によって開発されたものです。一方、心理テストはただの遊びであり、心を測定するためのあらゆる手続きを欠いています。


 医療に例えるのであれば、心理検査はインフルエンザ感染を確かめる検査キット、心理テストは「うーん、かなり熱が高いからインフルエンザかな?」という素人判断。これくらい開きがあります。


 だから「このテストでこう答えた人は、こんな性格!」などと言い出す人が現れたらすべきことは1つです。『ヒルガードの心理学』(筆者註:心理学関連書籍の中でも最も厚い本の1つ)を顔面にぶつけることです。


 そして大事なこと2つ目。心理検査には大きく分けて3つの種類があります。

 1つは質問紙検査。これは「最近気分が落ち込むことがある」といった質問に回答していく、アンケートのようなタイプです。測りたいものをはっきり測れる代わりに嘘をつかれやすい検査でもあります。


 2つ目は作業検査。単純な足し算を繰り返す内田クレペリン検査はこれに当たります。何を測っているのかわかりにくいので、誤魔化しがききにくいという特徴があります。もっとも、測っていると主張されている特徴を本当に測れているのか疑念が呈されることも。


 そして3つ目が、ロールシャッハテストに代表される投影法です。

 ロールシャッハテストは、インクの染みが何に見えたのかを答えることで、心の奥にある特徴を探るといわれています。このように、抽象的なイメージを通して深層心理を探ろうとするのが投影法の特徴です。

 ほかに有名な投影法の検査には、木を描いてもらうバウムテストがあります。


 もっとも、イメージの解釈が自由すぎ、解釈する人によって結果があまりにもばらつくなど、問題もあります。本当に測定できてるの? という疑念が一番投げかけられやすい検査です。


 そういえば#13で取り上げた『悪の教典』でも、ハスミンが教え子の描いた絵から心理状態を読み取れるか試みていましたね。相談されたカウンセラーはできないと否定していましたが。まっとうな訓練を受けたカウンセラーならだいたいそういう反応になるでしょう。


 解釈が自由すぎるといいましたが、そうは言ってもイメージの解釈はたいていマニュアルに従っているわけです。そういうものがないと有益な情報を取り出すことはできません。


 裏を返せば、検査のために描いたわけでもない絵や文章からそれっぽい心理状態を得々と解説する「カウンセラー」なる人物には気を付けたほうがいいわけです。「うーん、なんか出来物っぽいものがあるから水疱瘡でしょうね」みたいなレベルの話をしていることになりますから。


 ロールシャッハテストに興味を持った人は、どんな図版が使用されているか知りたいと思うかもしれません。臨床心理学関連の書籍、特に大学で教科書として使用される類のものには載っていると思います。


 あるいは、図版が意味深な感じであるせいか、『ウォッチメン』はじめフィクション作品にも登場することがあります。例えば『フォールアウト:ニューベガス』では、ゲーム開始時にキャラクターの特徴を決めるためのテストの1つとしてドック・ミッチェルが……ってこらぁっ!


 失礼、取り乱しました。というのも、『フォールアウト:ニューベガス』に登場するロールシャッハテストの図版は「マジモン」だからです。


 なぜ「マジモン」の図版を使うとまずいのか。それは、ロールシャッハテストが図版を「初めて見たときの素直な印象」を前提として成立する検査だからです。「あっ! これモハビ・ウェイストランドで見たことある!」とかまずいわけです。進研ゼミかよ。


 あとシンプルに著作権に引っかかると思います。図版は心理検査の著者オリジナルなものなので。


 ちなみに、同様のミステイクを犯している作品の1つに、心神喪失をテーマにした映画『39 刑法第三十九条』があります。そのテーマでこのミスはあかんやろ……。

 どうか、見なかったことにしてください。


 一方、ヒーローの方のロールシャッハは大丈夫なようです。彼のマスクの模様はロールシャッハテストの図版とは違います。そもそも、あのマスクの黒い染みは常に動いており、一定ではないですからね。


 そういうわけで、ドラマ版のロールシャッハもしっかり目に焼き付けて問題なさそうなので、是非楽しんでください。

 ただし、彼の活躍ぶりが「目に焼き付けて」いいものである保証はしかねますが。犬が出てきたら目をそらしたほうがいいかも。


【要約】

 ロールシャッハテストは投影法の心理検査。深層心理を浮き彫りにするが、本当に測定できてるの? という疑問も。

 本物の図版を軽率に使わないように!


【元ネタ】

ウォッチメン:アメリカの漫画作品。ヒーローの存在を皮肉で返すような作風。映画も面白い。

フォールアウト:ニューベガス:核戦争後の世界を冒険するオープンワールドゲーム。おすすめスポットはVault 11。


【参考文献】

村上宣寛 (2008). 心理テストはウソでした 講談社

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