#15 【きのこたけのこ戦争】コラム:今こそ、「たけのこの里が勝利した」という歴史修正主義に抗する【尺度と測定】

 歴史修正主義。それは歴史学の蓄積を軽視し、自身の信じたい物語を信じる愚かな行為です。

 曰く、ホロコーストはなかっただとか。

 曰く、南京虐殺は中国共産党の陰謀だとか。


 まぁ、それらの重大な社会問題と化している歴史修正主義には劣るかもしれませんが、割とマジで今後大きな禍根を残しかねない歴史修正がこの日本で行われています。

 それはあの日本最大の内紛「きのこたけのこ戦争」において、たけのこの里が勝利したという根も葉もないでたらめのことです。


 そもそも、「きのこたけのこ戦争」とは何でしょうか。

 「きのこの山」も「たけのこの里」も、ともに明治製菓の販売する人気のチョコレート菓子です。チョコレートの塊にビスケットを取り付けることで満足感と手が汚れない利便性を兼ね備えたコロンブスの卵的発想でヒットを飛ばしたきのこの山と、クッキーをチョコレートでコーティングすることで「ほぼクッキー」「手を汚さないために持てる場所が狭すぎる」「よしんばうまく持てても、結局クッキーのカスが手について汚れる」と突っ込みを入れられたたけのこの里は、どちらがおいしいのかという論争が長く続いていました。


 おい、心理学関係ねぇじゃねぇかという突っ込みが聞こえてきますが、実はそう無関係ではありません。その理由は後でわかります。


 さて、美味しさで競い終戦の兆しの見えない両陣営ですが、近年にわかにある流言がまことしやかに囁かれるようになりました。それはこの「きのこたけのこ戦争」でたけのこの里が勝利したというものです。

 いまだ停戦すらかなわない戦争で、勝者が決まっているという奇妙な構図。そしてその奇妙さがあっさり受け入れられてしまう日本社会の異様な空気はいったいどこからきているのでしょうか。


 たけのこの里が勝利したという流言が根拠として主張している内容には、大きく分けて2つがあります。

 1つは複数回行われたきのこたけのこ戦争の「投票」あるいはそれに類似する行為において、たけのこの里が多数派を占めたという事実です。例えば任天堂のゲーム『スプラトゥーン』内のイベントにおいて、きのこの山とたけのこの里をそれぞれ好む陣営へ分かれて対決を行い、たけのこの里が6割を超える支持を集めて勝利したということや、明治製菓が行った総選挙でもたけのこの里が多数を占めて勝利を収めています。このこと自体は事実です。


 もう1つの根拠は、たけのこの里が科学的にもおいしいと証明されたとするものです。調べたところ、慶応義塾大学が開発した味覚センサー「レオ」がたけのこの里の方をよりおいしいと判定したというNetgeekの記事が見つかりました。これ自体も事実です。


 しかし、これらの根拠は実際のところ「たけのこの里の方がおいしい」と断じるのには不十分と言わざるを得ません。それは「おいしさ」の定義のありかた、そして調査のありかたに根本的な問題が存在するからです。


 さて、突然ですがここで心理学に話を戻します。

 心理学はその誕生から今に至るまで、ずっと「目に見えないものを測定する」という困難な作業を強いられてきました。無意識に限らず、心は目に見えないので当たり前です。

 では、目に見えないものをどうやって測定すればいいのでしょうか。その方法は「その概念を明確に定義して目に見える形で測定する」ことでした。

 目に見える形で測定するというのは、レバーを押すとか質問紙に丸を付けるといった行動で測定をするということです。


 このような測定でまず重要になってくるのは、定義づけです。なにせ目に見えないものを扱うわけですから、研究者の中でも微妙にイメージが異なります。これが「りんご」のように目に見えるものであれば実際に観察して「あぁこれがリンゴだな」とイメージを擦り合わせることもできるのですが、「不安」とかになってくると難しいですよね。


 しかも尋ねる相手は研究者ではなく普通の人です。もっと「不安」に対するイメージがばらけるでしょう。そのため、「いまどれくらい不安ですか?」と聞いたときにどの感情について答えればいいかの認識が回答者で一貫せず、その質問が本当に不安を測定しているのか微妙になることも考えられます。

 「リンゴは好きですか?」と尋ねているのに、ミカンを思い浮かべる人やレモンを考える人が混じっているとお話にならないのと同じです。


 そこで、不安を定義、特に「どうやって測定したものをそれとして扱うか」という操作的定義が重要になってきます。これがしっかりしていれば、その操作や測定をなぞればともかく先行研究と同じ概念を測ることは担保されますから。

 そしてもちろん、操作的定義は「この質問で測ったものを不安とみなします!」と宣言すればそのまま受け入れられるわけではありません。常に「本当にそれでいいの?」という批判が入ります。


 「きのこたけのこ戦争」に話を戻しましょう。たけのこの里が勝利したという喧伝に使われる証拠は「多数決」と「機械の測定」でした。それぞれ「二者択一(あるいはそれに近い選択)で選ばれたほうをおいしいとする」「機械で測定されたある数値をおいしさの基準とする」という操作的定義をしているとみなしていいでしょう。

 しかしこの定義には大きな問題があります。


 例えば多数決ですが、果たして多数が「おいしい」とみなしたものを本当においしいと素直に考えていいのでしょうか。その理屈が正しいならば、世界一売れているマクドナルドのハンバーガーが世界一おいしいという話になりそうですが、おそらくこの主張は受け入れられないでしょう。また毎年お正月にオンエアされる『芸能人格付けチェック』では、高級な牛肉よりも安い肉をおいしいと豪語した結果画面から消えてなくなる芸能人が登場します。このような例を考えれば、単に多数決で選ばれたからおいしいと考えるのには慎重であるべきだといえるでしょう。


 また、仮にこれらの批判をかわして「やはり美味しさは多数決で決められる」としたとしても、かつて行われた「選挙」はやはり測定方法に極めて重大な問題をはらんでいます。

 例えば2018年に明治製菓が行った選挙では、シンプルにきのこの山やたけのこの里に投票するのではなく、それぞれの勢力が「マニフェスト」として提示した企画に投票するかたちをとっていました。このような形式によって行われる投票は、それぞれの菓子のおいしさを純粋に測定出来ておらず、企画の面白さや注目度合といった余計な要素を含んでいます。またもう1つの例として挙げたスプラトゥーンのイベントも、勢力として勝利するという余計な目標が付与されている以上、純粋においしいから投票したということが担保されていません。


 このような理由から、過去に行われた投票を根拠に「たけのこの里が勝利した」と主張することには無理があります。


 では、もう1つの根拠である「科学的な測定」であれば、勝利を強く主張することはできるのでしょうか。

 これも、調べてみるとどうにも怪しい根拠であると言わざるを得ません。


 というのも、検証に使われた味覚センサー「レオ」について調べてみると、通常うま味やしょっぱさといった味のバランスについて可視化する装置であり、おいしさをそのまま得点化して比較するような使われ方をするものではないようです。ではなぜ得点という話が出てきたのかというと、某テレビ番組で「甘みと塩味のバランス」を根拠に算出された数字が詳細不明のまま独り歩きしているようです。


 ここでの重大な問題は、甘みと塩味のバランスというおいしさの基準ではあくまで一面的なものでしかない要素を絶対視し、おいしさであると定義したことにあります。「レオ」の測定によれば甘みはきのこの山のほうが強いらしいので、仮においしさの定義を「甘みの強さ」であるとすれば簡単に勝敗はひっくり返ります。

 だいたい、塩気が多いほうがおいしいかどうかなんて、その食べ物によるとしか言いようがないでしょう。フライドポテトに塩味が聞いていなかったらまずいでしょうし、ショートケーキがしょっぱくてもやはりまずいでしょう。

 このようないい加減な定義づけは、何としてでもたけのこの里を勝ったことにしたい歴史修正主義者の詭弁であるといえます。


 もう1つの重大な問題は、おいしさの定義に関して本来重要であるはずの要素、たとえば嗅覚を完全に無視してしまっているという点です。

 少し想像してみてください。きのこの山でもたけのこの里でもいいのですが、そこから廃棄物処理直前の生ごみのにおいがしたら、おいしいと感じるでしょうか? 大半の人は首を横に振るはずです。

 嗅覚をどの程度おいしさに対して重要と考えるかはさておくにしても、単に舌で感じる刺激のみを測定しておいしさとしてしまうのはいささか危ういというべきでしょう。


 このように、たけのこの里が勝利したとするプロパガンダの多くは不適当な測定に基づく「勝利宣言」によっています。正しくこの戦争を認識するのであれば、この血で血を洗う残酷な戦いは未だ決着を見ておらず、今後もしばらくは殺戮の嵐がやみそうにないというべきです。


 そしてこの戦争で一番儲けてるのは、やはり武器商人で……。


【要約】

 きのこたけのこ戦争でたけのこの里が勝利したというのは悪質なデマ。おいしさを多数決の結果や甘みと塩味のバランスであると定義するのは妥当か疑問がある。


【元ネタ】

きのこたけのこ戦争:日本に未だ続く内戦。筆者は断然きのこ派。


【参考文献】

鎌原雅彦・大野木裕明・宮下一博・中澤潤 (1998). 心理学マニュアル 質問紙法 北大路書房

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