#12 【名探偵コナン】見た目は子供、頭脳は大人!そんなことある?【子供の認知】

 「真実はいつもひとつ!」で有名な名探偵コナンは、元々高校生探偵の工藤新一でした。劇場版を見ると必ず挿入されるシーンで説明されている通り、黒の組織に毒薬を飲まされ体を小学生にされてしまいました。


 小学生になったコナンはしかし、探偵としての能力は失っていません。ときに「あれれ~おかしいぞ~」などと言いながら事件現場をうろつき、またときには腕時計型麻酔銃を使って毛利小五郎を眠らせ、推理を披露することで事件を解決していきます。


 しかしここで気になることが。工藤新一の飲まされた毒薬『APTX4869』は未知の薬ですが、仮にこの薬によって引き起こされた幼児化が「体を臓器まで含めて完全に幼児の状態に変化させる」のだとすれば「見た目は子供、頭脳は大人」という状態が起こるとはいささか考えにくいのです。


 人間の頭脳を司るのは脳、これもまた臓器のひとつです。脳は人間の成長と発達に従って増大し、その機能を増していく器官。つまり体が子供になれば、必然的に脳も子供の状態に戻るので、頭脳も大人のままではいられないはず。

 これは単に、高校生のときの記憶や知識がそのまま残っているのがおかしいという話ではありません。人間の頭脳は、年齢に従って単なる知識や勉強のレベル以上の、いわば質的に大きな変化をしていきます。


 子供の認知発達を研究した有名な心理学者にピアジェがいます。彼は子供の発達段階を4つに分け、それぞれでできることが違うと主張しました。

 発達段階の最初は「感覚運動期」です。これは2歳くらいまでの子供が当てはまる時期で、まぁぶっちゃけるとそんなに知能っぽい動きはありません。まだばぶばぶ言ってる頃合いですから。


 重要なのはここから。7歳くらい、丁度コナンくらいの年齢までを「前操作期」といいます。この時期だと記号や数字といったシンボルを用いた思考が出来るようになりますが、まだ自己中心的かつ不十分です。

 そのことを表すわかりやすい課題が「三つ山課題」と呼ばれるものです。要は「お化け煙突」だと言えばイメージしやすいでしょう。煙突にせよ山にせよ、視点によって互いに重なり合うので立つ場所が違えば見える数が変わるのですが、前操作期の子供はこれがまだ理解できません。なので幼児に「私(質問者)の位置から山がいくつ見える?」と尋ねても、幼児は自分の位置から見える山の数を答えます。


 前操作期を脱し、12歳くらいまでが「具体的操作期」と呼ばれる時期になります。これは文字通り、具体的な物事に関しては安定して考えることができる時期ということです。この時期になると例えば「保存課題」にもきちんと答えられるようになります。これは底の面積の違う2つの入れ物の一方に水を入れ、これをそのままもう一方の入れ物に移したとき、どっちの水の量が多いかを答えさせるものです。底の面積が違うので、それぞれの入れ物では水面の高さが異なりますが、そっくりそのまま水を移し替えただけなので水の量自体に変わりはありません。しかし前操作期の子供は「見た目が変わっても物の量は変わらない」ことが理解できず、水面の高いほうが水が多いと答えてしまいます。


 具体的操作期になると思考もずいぶん大人に近づいた感じがしますが、しかしもう1つ、「形式的操作期」と言われる段階が残っています。具体的操作期ではまだ目の前にあるような、実際に存在する事態にしか対応できなかった思考が、未来のことを考えるように時間的展望を踏まえた思考が出来るようになります。また確率事情といった抽象的なことを理解したり、ある事実から別の事実を推測するといった推論が出来るようになるものこの時期です。


 もちろん発達段階には個人差があるので、コナンのような利口な子供は平均よりも段階が進んでいる可能性があります。しかしそう極端に差があるとも考えられないので、せいぜい具体的操作期というところでしょう。この時期だと目の前の事件の状況を理解することはまで可能かもしれませんが、そこから考えを進めて犯人を推理することが出来るかと言われるといささか怪しいものがあります。


 ピアジェはそれぞれの段階が質的に違うと主張しました。つまり前操作期にいる子供はいくら頑張っても保存課題は出来ないので、その段階にあった教育をすべきだということです。最新の研究ではそれぞれの段階で出来ないとされていた課題も、尋ね方を工夫するなどすれば出来ることもあるという知見も示されていますが、この主張は現在も教育現場でもおおむね受け入れられています。


 こうしてみると、大人と子供の知能には、単に勉強をしているかどうか以上に大きな違いがあることがわかります。子供って意外と何にもできないんですね。


 ちなみにもう1つ、子供に出来ない意外な認知課題に「球探し」課題というものがあります。これは広場に落としたボールをどうやって探しますかと地図上にルートを書かせて尋ねるもので、大人なら普通満遍なく広場を歩いて探すと答えるであろうものです。しかし8歳くらいまでの子供だと満遍なく探すということが出来ずぐしゃぐしゃに歩き回ってしまい、徹底的に綺麗に探せるようになるのはそれ以降の年齢だと言われています。


 これは「自分がいま何を考えているか」を考える「メタ認知」と呼ばれる機能の発達によるものです。小学生が夏休みの課題を全然計画的にやらないのも、「形式的操作期」にないから時間的展望を考慮できないのと同時に、どのように勉強したら効率がいいか考えるためのメタ認知が発達していないからかもしれません。


 ともあれ、本当に『APTX4869』がまるっと体を子供に戻す薬であれば、名探偵コナンが誕生するのは難しいでしょう。この毒薬は、脳機能はそのままに体だけ元に戻す作用があると考えるべきです。


 そういえば「ピクシブ百科事典」とかで調べてみると、この薬には毒薬のほかに本来の目的があったみたいですね。記事の筆者は「若返りの薬かも」などと推測していましたが、確かに脳機能を維持しながら体が子供になるのは、若返りの薬として合理的……おっと、こんな時間に誰だろう。


【要約】

 小学生低学年は前操作期なので、相手の視点に立つことも難しい。仮に具体的操作期でも推論は無理ではないだろうか。江戸川コナンは心理学的には存在する可能性の低い人物だが、例の毒薬が知られざる効果を発揮していれば話は別。


【元ネタ】

名探偵コナン:青山剛昌の漫画、およびそれを原作としてアニメ・映画。筆者はジュディ先生がどうちゃらという辺りから見てないのでもう最近の話題にはついていけない。


【参考文献】

小嶋秀夫・森下正康 (2004). 児童心理学への招待[改訂版] 児童期の発達と生活 サイエンス社

三宮真智子 (2008). メタ認知 学習力を支える高次認知機能 北大路書房

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