#3 【しあわせアフロ田中】誰も!!消防車を呼んでいないのである!!!【責任分散】
恐ろしい集団心理である……。と書かれればあなたはもう、例のシーンを想像しているはずでしょう。知らない人のために説明すると、火事で燃え盛る建物を前にみんなが右往左往し、消防車が来ないなどと騒ぐのですが実は誰も119に通報していないというギャグシーンです。
ニコニコ大百科によれば2016年11月ごろからTwitter上で見られるようになったこのシーンは元々、のりつけ雅春の漫画『しあわせアフロ田中』第5巻に登場するものです。なお大百科などの情報では第3巻に登場するということになっていましたが、私が確認したところ掲載は第5巻でした。なぜ。
それはさておき、読者であるこちらもつい「いや、呼べよ」と素でツッコミを入れてしまうシュールな光景(でも笑い事ではない)ですが、現実にこうした状況は起こりえます。
キティ・ジェノヴェーゼ事件というものをご存知の方も多いでしょう。これは1964年、ニューヨークの夜道で襲われた被害者であるキティ・ジェノヴェーゼが暴漢に襲われ助けを求める声をあげたにもかかわらず、その声を聞いたはずの多数の住民は誰一人誰も助けに行かなかったという顛末を迎えたものです。
まぁ実際には、ちゃんと通報した人もいたようなので誰も助けなかったというのは言い過ぎですが。
同様の事例としては日本においても、2006年に滋賀電鉄の駅構内で女性をトイレに連れ込み強姦した事件で、目撃者がいたものの車掌に通報すらできなかったという事件があります。
両方の事件において、それが発覚した直後マスコミは「都会人の冷淡さ」「モラルの欠如」という視点で記事を書きましたが、そこで素直に受け止めず「むしろそれこそ人間の性質なのでは?」などと言い出すのが社会心理学者の悪い癖。この件でもそういう発想をし、実際に実験をしてしまった研究者がいました。
ラタネとダーリーという心理学者は、マイクとスピーカーを介して相手と会話する状況で討議し、その途中で同じグループの参加者が発作を起こして倒れるという状況を作り出すことで事件の状況を再現しました。参加者のグループを2名、3名、6名としたところ2名のグループでは全員が行動を起こした一方、6名のグループでは3割以上の人が動かなかったことが明らかになりました。
このように、周囲に人がいると急な行動を要する場面でも動けなくなってしまう効果を「傍観者効果」といいます。
「傍観者効果」が起きる原因はいくつかありますが、「誰も!!消防車を呼んでいないのである!!!」のシーンで最もよく効いているのは「多元的無知」でしょう。
「多元的無知」というのは「みんなはこう思っているだろうと自分は考えているけど、実際はそうでもなかった」というようなちょっとややこしい状態を指します。具体的に言うと、なんか異常な事態が起こっているが、みんなが動かないから実は急を要する状況ではないのでは? と自分は思っているけど実はみんなも同じことを考えて、実際には滅茶苦茶急を要する状況だったというような状態です。
例のシーンでは誰一人として通報をしようとしていないところや、したり顔で日本の消防事情を解説するおじさんの存在から「もう誰か通報しているだろう」という前提で集団が動いていることが予想できます。実際には「誰も!!消防車を呼んでいないのである!!!」なのでこれは誤りなのですが。
集団において個人の責任がすっ飛んでいってしまうという意味で似たような現象に「社会的手抜き」というものもあります。これは集団で動くとそれにかまけて力を抜く人が出てくるという現象で、個人の力を単純に合算すると100kgのパワーでロープを引っ張れるのに、みんなでやると95kgしか力が出ていないぞぉ!! みたいな例が挙げられるでしょう。運動会の綱引きで聞いたこともあるかもしれません。
キティ・ジェノヴェーゼ事件のような悲劇を防ぐには、ほかでもないあなたが多元的無知を振り払って行動を起こすことが肝要です。人間というのは案外、良くも悪くも最初の一人が動くとぞろぞろと後に続いてくれるものです。
それによく言うではありませんか、ペンギンの群れには率先して危険な海へ飛び込む「ファーストペンギン」がいると。しかし意識の高い界隈を見渡すとファーストペンギンはもう時代遅れなのか、彼は群れから押し出されているだけだとか暴走気味だから実際はセカンドペンギンの方が大事だとか散々言われているようですけど。
押し出されてなお暴走気味とか言われるペンギンの気持ちになったことがあるかね君は!
【要約】
集団だと動かなければいけない状況でも動けないときがある。これが傍観者効果。
周りが動かないからみんな大丈夫だと思ってるんだろう。こう考えるのが多元的無知。
どういう意図で一番に飛び込んでいるのであれ、ペンギンを人間視点であれこれ言うのはやめてあげよう。
【元ネタ】
しあわせアフロ田中:のりつけ雅春の漫画。問題のシーンは第5巻に。
【参考文献】
池田謙一・唐沢 穣・工藤恵理子・村本由紀子 (2010). 社会心理学 有斐閣
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