第16話 祐介

 打ちあがる花火に重ねて俺は自分の記憶を思い起こす。今年も花火大会の日がやってきた。朱里がいなくなってから約一年が経ったという事だ。松山はあの後獄中で死んだらしい。とは言っても、あれだけの人数を殺した犯人と言うわけだから、裁判を全て処理するだけで人間の寿命を容易に超えるだろう。


 クラスメイトもいつの間にか誰も学校に来なくなり、俺も最後の一人になってから行くのをやめた。途中からクラスメイトが減っていたのは、授業のレベルとか関係なく、既に死んでいたのだろう。臨時で来た教師は普通の人みたいだったが、このクラスの事を知っていたのだろうか。次々と生徒が来なくなる教室を一体どう思っていたのだろう。少し考えたが、実のところ、そんな事には大して興味がなかったので特に知ろうともしなかった。


 社会は結局俺達の学校の事を知らないままでいる。一時は公にしてやろうかと思ったものだが、それをしても何の意味もない事くらいはわかっているからやめた。そもそも松山が死んだ今、俺は誰にこの件について問いただせばいいのかもわからない。学校を運営していた奴らが俺に接触してくる事もない。呆れた事に、ここまでしておいて、俺に対しては傍観を決め込むつもりらしい。観察と言うべきだろうか。


 一応俺は高校を卒業した事になったが、進学も就職もする気分にはなれず、一年浪人する事にした。


 さすがに全てを隠せるわけもなく、母には俺がわかっている事を全て話した。話し終わった後、母は俺に「ごめんね、ごめんね」と言って泣きながら謝った。当然母が悪いわけでもなく、俺は母を責めるつもりなど一切無かったが、母はそれから塞ぎこんでしまい、やがて認知症のような症状を見せるようになった。最近の母は俺の事を父の名前で呼んだりする。俺は「そっか」って頷いたが、耐え難い事だったのでさすがに少しだけ泣いた。


 俺は会議室での松山との話を思い出す。あの時俺は、松山にああ言ったけど、やっぱり大切なものは過去にしかないのかもしれない。今思えば俺が松山に言った、大祐達との未来の日々なんてものも、俺の中で作り上げた幻想でしかなかった。俺が大事にすると言ったあいつらとの未来は、俺があの時一番大切に思っていた日々は、結局過去と俺の幻想の中にしかない。


 昔を思い出しながら、俺は河原を歩く。四人で花火を見た場所。そして遥が死んだ場所。


 あの楽しかった日々を過ごしている間、そう、ちょうど四人で花火を見た日の帰り道とかに。この平凡な日々が楽しくて、すごく幸せだと実感しているけれど、成長して、こういう幸せに慣れていくと、段々こういう風に幸せを感じられなくなってくるんじゃないかって。今が幸せすぎて、これから先にこれ以上の楽しい事はあるのだろうか。これ以上楽しい事がないなら、人は何を夢見て生きていけばいいんだろう。そんな風によく考えていた。


 でも人が生きるってのはそう言うものじゃないのかもしれない。


 花火は実際にはどのような形に打ちあがるかは、明確にはわからない。でも作る人は、それが美しくなるように、人々を楽しませられるようにってイメージして作っている。結果的に打ち上がった花火のそれが、作った人のイメージと違っていたとしても、その花火はきっと誰かにとってかけがえの無い物になっているだろう。そうやって、作った人の意思は誰かに伝わっていく。


 重要なのは、今生きている人間がどのような意思を持って生き、他の人にどのようにそれをつなげていくかだ。


 俺は俺の大切な存在を全て失った。


 俺が今イメージできる幸せはやっぱりまだ過去にしかないし、今は幻想でも未来に希望をイメージする事はできない。


 『強い人間ってのは自分の持っているもんと持っていないもんをしっかり理解しているんだ。だが弱い人間ってのは自分が持っているもんも持っていないもんもわかんねえくせに、自分が持っていないもんを持っている気でいるやつだ。』


 大祐が最期に何を言いたかったのかは、今でもまだよくわからない。ただ、もう帰って来ない過去に囚われ続けてしまっている俺は、やっぱり今も弱いままなんだろう。


 それでも俺は生きて行かなくてはならない。あいつらが生きてきた証として、俺は未来に希望を抱いて、生きて行かなくてはいけないんだ。俺の意思はあいつらの意思でもあるわけだから。


 『今年の花火大会もフィナーレを飾るのはスターマイン。今年も皆様に会えた事に感謝と祝福を、そして来年も皆様に会える事に願いをこめて。それではどうか、最後までお楽しみください。』


 花火大会はクライマックスを迎え、最後を伝えるアナウンスがかかる。


 人の一生は記憶の断片だ。一瞬だけど美しく、儚く、喜びも悲しみもその一瞬に刻み込む。


 まるでこの花火のように。


 少し曇った空に浮かぶ花火は、去年よりも美しく、大きく見えた。




 『ねぇ、ゆーちゃん知ってる?』


 『なんだ?』


 『花火の後は雨が降るんだって』


 『なんのオカルトだよ』


 『どっかで聞いたの。科学的に花火の後に雨が降りやすいのか、花火の跡が雨みたいに見えるのか、実際どうなのかはよくわからないけれど』


 『それがどうしたんだ』


 『雨が降った後はね、晴れて虹ができるんだよ』




 俺の日々を彩っていたものは、もうどこにもないのに。

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花火のあと @Akirpap

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