第13話 大祐

 至近距離で刺したせいか、大祐は松山からおびただしい量の返り血を浴びたようだ。廊下に続く血の道は途切れる事なく、二階の職員室まで続いていた。


 職員室の扉に手をかけると、中から小さな銃声が二発聞こえた。


 「あぁ・・・。いてぇっ。クソ。いきなり撃つのかよ」


 銃声の後には大祐の苦しそうな声が聞こえる。


 「お前やっぱり他にもいたのか」


 「ははさすがは天才少年。大して驚きもしないとは察しが早い」


 血を辿った先にいる大祐は、右足と左腕を撃たれてうずくまっていた。そして大祐の前には、さっき死んだはずの松山が立っていた。


 「さっきの話を聞けばお前が何人かいる事くらいは誰でも想像できる。・・・それで、どっちなんだ?」


 大祐は松山に聞く。


 「ん?何がだ?」


 「どっちが拡散したんだ?」


 「おお。さすがだな。やはり一瞬で事態を全て飲み込んだみたいだな」


 松山は感心して手を叩く。


 「だが、残念。お前の悪い予想通りだ。拡散したのは俺のほうだ」


 「おいおいどういう事だよこれ。お前がクローンでいっぱいいるのはわかったけど、なんで大祐を撃つんだよ」


 思わず俺は声をあげる。


 「おっ。お前もやっとおでましか。何で撃つって、こいつ俺の事見るなりすげえ形相で向かってくるからさ。さすがに撃つだろ。正当防衛ってやつ。後恩師にお前って言うのやめろって言ってるだろ」


 ニヤニヤ笑いながら松山は言う。


 「あ、ああ」


 もうどこから突っ込みを入れればいいのか、倫理観とかそういう概念はどこに行ったのか。松山の発言は、仮にも教師の人間とは思えない発言だが、もはや俺はその松山の発言もすんなり受け入れ、思わず頷いてしまう。


 「まあこいつ自殺するつもりだったんだろ。ちょうどいいじゃん」


 「俺はお前なんかに殺されるわけにはいかないんだよ」


 そう言うと大祐は松山を睨みつけ、飛びかかろうとしたが、右足を撃たれたせいか、立ち上がる事ができずに、その場に崩れた。


 「おお怖い。まだやる気なのか」


 松山は驚いたような顔を見せた。


 「俺も一教師として、最後にお前に教えてやらなきゃいけないよな。お前みたいな犯罪者は、自分の目的も果たせずに、虚しく死んでいくだけだって言う現実を。これが教師としてのつとめだよな?」


 松山は表情を変えずに、そのまま大祐の左足を撃った。


 「ぐぅ・・・」


 激痛に大祐は呻き声をあげる。


 「まあ直接殺しはしねえ。放っておいたらいずれ死ぬかもしれないけどな。お前はもう諦めろ。目的を果たすのは無理だ。そのまま死ぬまで、虚しく、大人しくしとけ」


 そう大祐に言うと、松山は職員室から出ようと、俺の横を平然と歩いていった。


 「おい!」


 思わず俺は松山を呼び止める。


 「なんだ?」


 「中庭で話したのはお前の方なんだろ?あの時お前言ったよな?俺の望み通りにとり計らってくれるって。なんでこうなっちまうんだよ。俺はこんな事は望んでないぞ」


 俺は今更こんな事を松山に言っても仕方がない事を理解していながらも、まるで駄々をこねる子供のように言う。


 「何言ってんだ。お前の望み通りにとり計らってやるなんて俺は一言も言ってないぞ。ちゃんとこいつが目標達成させられるようにはとり計らってやったけどな」


 松山は大祐を指して言う。


 「お前に頼んだ俺が一番馬鹿だったって事か」


 「まあお前が俺のところに来ても来なくても、同じ結果だったけどな。お前が俺に相談して満足していたとすれば、それは間抜けな話しだが」


 図星をつかれた俺は情けなくて黙ってしまう。


 「あ、そうだ。いっぱいいるって言ってたけど、俺はもう二人しか残ってない。正確にはさっきもう一人殺されたから俺で最後だな。安心しろ」


 すれ違いざまに松山は俺に言う。


 「・・・何に安心するんだよ」


 そう言う俺を見て松山は少し考えたが、特に何も言わずにいつもの不気味な笑顔で去っていった。


 「待て!クソ!」


 再び無理やり立ち上がろうとした大祐は、バランスを崩してその場に倒れる。


 「無理だよ大祐。とにかく一度帰って手当てしよう」


 「よくねえよ!もう俺には時間がないんだ。あいつ・・・俺がやった事実もその意味すらもなかった事にしちまうつもりだ」


 「どういう事だよ」


 「クソ!なんで気づかなかったんだ。やけにすんなり殺されてくれて、あっさり目的を達成した気分になっちまった。これじゃ俺は一体何のために・・・。これをやり遂げる事だけが最後の俺の使命だなんて、そう思い込んで、馬鹿だなと思いながらもやってきたのに・・・。最後の最後にこれじゃ惨め過ぎるだろ・・・」


 「惨めでもいいだろ。もういいよ」


 こんな事やめてやり直そうとか言おうとしたが、もうすぐ死ぬと言う大祐に俺はなんて声をかければいいかわからなかった。




 「なあ祐介」


 しばしの沈黙の後、そんな俺を察したのか、大祐の方から話しかけてきた。


 「どうした?」


 「俺の例の書き込み、丸一日で百人くらいに拡散されただろ?あれどう思った?」


 「どうって・・・。俺はどうしようとしか・・・」


 「はは。まあそうだよな。友人がいきなりあんな書き込みしてたら困惑するな」


 そう言って大祐は床に寝転んだ。大祐が笑ったのを久しぶりに見た気がする。


 「朱里に嫌味を言ってきたやつらもそうだけどさ、俺は人間って全ての行動に覚悟が伴っていないといけないと思うんだよ。自分が何かした時、何か言った時に、それがどのような結果をもたらすか、それに対する責任を負う覚悟がないなら人間は行動するべきじゃない」


 「ああ、まあそうだな」


 「自分より強い人間に馬鹿って言ったら殴られるかもしれないだろ?だから馬鹿って言うなら殴られる覚悟をしてから言うべきなんだよな。でも今の社会って、良くも悪くも、誰でも好きな発言を好きな場所に発信してしまえるだろ。だから発言に覚悟も責任も持てないようなクズがあふれかえってしまってるんだ。だから俺はあの書き込みで試したんだ。あれを拡散するような奴ってのは人が死ぬって事、自分がそれに加担するって事への責任と覚悟を持っていないといけない。だからその証明として俺はあいつらを殺してきた」


 「お前には覚悟があったから人を殺す事が許されるって事か?死ぬってのは覚悟になるのか?」


 「はは。手厳しいな。まあ最後まで聞いてくれよ」


 「それでさ、実際に最初拡散されている数を見た時は、意外と少なくて、案外この社会もクソじゃないのかもなって思った。でもやっぱ許せなかった。俺達が死んでも、祐介が残されたとしても、社会は俺達の事をほとんど知らずに、死んだ事も何のために生きたかもみんな知らずに普通にいつもの日々を過ごすんだって思ったら、何か爪あとを残してやらないと気がすまなかったんだ」


 「結局俺が一番クソなんだ。こんなクソみたいな運命を呪って、俺と同じようなクソみたいな奴らも、同じようにクソみたいな結末にならないと気がすまない。ましてや朱里たちみたいな普通に生きてきた奴らが不幸に死んでいくのに、他人の死を楽しもうとするみたいな、そんなクソが平然と生きているなんて許せない。そんなどうしようもない、ガキみたいな感情でやってきたんだ。」


 大祐は自嘲気味にまた笑う。


 「なんか目的作って、それを自分の生きた意味にするだなんてさ。そんなものに何の意味もない事くらいはわかってる。だが感情ってのは本当に厄介だな。どれだけ頭が回ろうが、理性が働こうが、本当にどうしようもない感情ってのはある」


 そう言うと大祐はこっちを見た。


 「お前にも正直最初は少しむかついた。そもそもお前の親父がやった事だし、俺達を犠牲にしてお前だけ生きていくって考えるとな。でもよくよく考えたら俺達なんかより、お前のほうがずっと地獄かもな。俺は自分が死ぬ事に対してはどうでもいいって思ってるし、そう考えたら周りが死ぬ事がつらいって件じゃお前も一緒だしな」


 大祐は少し体をこちらに向ける。


 「お前はしかも親友も失うわけなんだから」


 そう言って大祐は微笑んだ。


 「そうは言っても、これだけの事なんだ。何度も言うけど、やっぱりどうしようもない感情が抑えられなかった。だからお前に殺しの映像を見せたのは、半分は復讐のつもりだよ」


 「おかげでなかなかのトラウマを植えつけられたよ」


 「はは。まああれを全部見たなら、これから先ある程度どんなもの見せられても大抵の事は耐えられるだろ」


 そう言うと大祐は天井を見上げた。


 「あーなんか死ぬまでに殺しきって自分の手で死のうって思って、それだけを最後の生き甲斐にしてきたし、失敗したら絶対後悔すると思ってたけど、もう無理だってわかると案外虚しくもならないな。あー終わりかって感じ。失敗したけどやっと終われるって思うとすげー穏やかな気持ちになれるよ」


 「おいおいもう死ぬみたいに言うなよ」


 「いやーもう無理かな。血出すぎだし、意識若干朦朧とし始めてる。出血で死ぬのか、寿命で死ぬのかはわからないけど。まあ俺はなんかそれなりに満足したよ。変な事言うけどさ、男ってなんか死に場所を求めて生きているのかもしれないな。自分の理想とする死に場所って言うか、ここって時に死ねたら最高だなとか。映画とかでもよくあるじゃん。仲間を救うために自爆特攻するやつとか。ああいう奴ら、あっさり死ぬけど案外満足して死んでるんだと思うぜ。ここだ。って自分で決めて、やってやったぜって思いながら死ぬんだから。結果的に無駄死になってもいいんだよ。本人は満足して死んでいくから」


 「なんだよそれ。そんなの本人がよくても周りはよくねえよ」


 「死ぬ奴と死なれる奴だとどっちがかわいそうかって言うと、正直わかんねえけど、お前の場合は親父の事があるんだから、今回はその議論、俺に譲れよ」


 大祐はうれしそうに言う。俺は何も言えずに黙る。


 「悪いな。親父の事言うのはちょっとフェアじゃないか。まあでもどうせ死ぬんだし、最期くらい好きな事話させてくれよ」


 「つっても俺の場合は最後の最後に自分の死ぬプランを妨害されたわけなんだけどな。あのまま松山が出てこないで死ねたら一応は満足して死ねたのになぁ~。あのクソ眼鏡、マジでドSだよ。さすがお前の親父のクローン」


 また大祐は意地悪い笑いをしながらこっちを見ながら言う。


 「さっきも言ったけど、それでもなんかもう今は満足してんだ。お前と最期に話せたし。こんなもんかな。俺の人生」


 「待ってくれよ。俺はまだ全然話してないぞ」


 「お前の話は遥に聞かせてやれ。ちゃんと二人の時間、無駄にしないように過ごせよ」


 「あ、ああ。そうだな」


 遥が死ぬと言う現実を思い出して俺は俯く。


 「朱里が死んだ時、お前はこんな気持ちだったんだな」


 「いいか、祐介。強い人間ってのは自分の持っているもんと持っていないもんをしっかり理解しているんだ。だが弱い人間ってのは自分が持っているもんも持っていないもんもわかんねえくせに、自分が持っていないもんを持っている気でいるやつだ」


 「なんだ突然。意味わかんねえよ」


 「俺はここまで生きてきて、何よりも、自分の事が一番わからなかったんだな」


 「だからなんだよそれ。お前、最期だからって適当に思いついたかっこいい事言ってるだけだろ」


 俺がそう茶化すが、もう返事はなかった。大祐は満足そうな笑顔のまま死んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る