第11話 梅雨
テレビのニュースでは未曾有の連続殺人事件の事で持ちきりだ。およそ百人も死んでいると言うのに、犯人が誰なのか、犯人が一人なのか、もしくは集団テロなのか、死んだ人間達の関連性も含め、全く実態すらつかめていない。そもそも同一人物による連続殺人事件ではないのではないかと考えている奴さえいる。まあこれだけの人間が死んでいたらそう思うのも当然か。
それにしても、さすがに日本の警察の無能っぷりにあきれる反面。そこまで社会も警察も無能ではないだろうと言う違和感もあった。
大祐が犯人だと知った俺は、結局未だに通報もできずにいた。大祐は失踪している事から、事件に巻き込まれているとして一緒に捜索されている。
連続殺人事件の最初の被害者は大祐の両親だ。考えたくもないが大祐がやったのだろう。もはやあいつは俺が知っている大祐とは別の存在だ。
大祐と普通に話していたのはまだほんの少し前の出来事なのに、ふと思い出すと悲しい気持ちになる。
『あいつらが例えお前が思うようなあいつらじゃなくなったとしてもか?』
会議室での松山の言葉を思い出す。俺はあの時大祐がどうなろうと大祐の味方でい続けたいと本当に思っていた。だがそれは松山の言うとおり、簡単な事ではなかった。大祐が自分の知っている大祐じゃなくなったと思うと悲しくなってしまう俺は、結局過去の大祐が大切だっただけなのかもしれない。今じゃ、あの日の松山に胸を張って反論できる自信もない。
大祐から最初の動画が届いてから、俺はずっとこうやって意味のない自己嫌悪をし続けてきた。本当にすべき事は最初からわかっていた。
「大祐を止めなきゃいけない・・・」
当たり前の事だった。これがずっと俺にはできなかった。俺は大祐を信じると言う甘い言葉と共に、ただ逃げ続けていただけだった。
言葉にした事で無理やり決心をつけた俺は、携帯の画面を開くと、電話番号登録はしているが、今まで一度も電話をかけた事のない相手の名前を選び、コールした。
電話をかけるとすぐに相手は出た。
「君が俺に連絡してくるって事は、大祐の事かな」
ネットゲームをやらなくなってからは全く話す事もなくなった井上に、数年ぶりに連絡を取る。学校では試験の時に会ってはいたが、特に話す事もなかった。と言うか、二人で話をするのはこれが初めてかもしれない。
「察しが早くて助かるよ。この事件にお前も絡んでるんだろ?」
「どうしてそう思うんだい?」
「あいつは例の書き込みを拡散した奴を特定して殺している。ハッキング技術にでも長けてなければ拡散した人間を特定して回るなんて事できないだろ」
「だからハッキング技術に長けている俺が協力していると。いやーやるね祐介君。君を見くびっていたよ」
またこいつは中学の時みたいになんか変なキャラにハマっているらしい。
「馬鹿にすんなよ。こんな事誰でも気づくだろ。別にお前に用はない。大祐に会わせてくれ」
「いや、馬鹿にするよ。だってもう十ヶ月近く経っている上に、百人近くも死んだんだぜ?気づくの遅すぎだし、今更会ってどうすんのって感じ」
急に井上は態度を変えて俺を罵る。しかし正論すぎて何も言い返せなかった。確かに俺は大祐の行為をずっと何もできずにただ見守ってしまっていた。
受話器越しに井上のため息が聞こえる。
「そんな責めるつもりで言ったわけじゃないけど、まあ君の立場なら気にも病むか。いいよ。ちょうど今晩大祐がうちに来る事になっていたんだ。君も来るといい」
「何時だ?」
「特に決めていないけど、二十時くらいでいいよ」
「わかった。それじゃ二十時にお前の家で」
「ふふ。楽しみにしているよ。君と大祐の因縁の対決ってやつを・・・」
その後も何かぶつぶつ気持ち悪い事を言っている井上を無視して俺は電話を切った。
案外あっさり大祐に会える事になり、心の準備が出来ていなかった俺は、なんとなく遥に会いに行った。
「ゆーちゃんから会いに来てくれるなんて珍しいね。どうしたの?」
「今晩大祐に会う事になった」
遥は少し驚いた顔をする。
「・・・。そっか。絶対に無理はしないでね。もしもゆーちゃんが大祐君に殺されたら、私は大祐君を殺すと思う」
遥には少し動画の話をしただけで、大祐が犯人である事は伝えていなかった。
「気づいていたのか」
「薄々はね。今ゆーちゃんが来て、大祐君と会うって言ったから確信した」
「そうか・・・。まあさすがに殺される事は・・・ないと、思う」
両親をも手にかけた。そんな大祐はもはや俺や遥にとって得体の知れない存在であって、正直俺達に何もしない確証はない。
「私も一緒に行く?」
「いや、いい。これは俺がなんとかしなきゃいけない問題な気がするんだ」
「まあ大祐君はゆーちゃんと二人で話したいだろうね」
「遥は大祐の事どう思う?」
「どう思うって?正直ちょっと怖いってのはあるけど、別にやっている事を非難したりもしないよ。私からしたら私の大事な人以外が死ぬ事は正直どうでもいいし」
「お前も大概いかれてるな」
「そうかな?赤の他人が殺されて、本当に悲しむ人のほうが私はわかんないよ。そりゃ私の大事な人も同じ目にあうかもしれないって恐怖は覚えるけどさ」
「そういうものなのか・・・」
「んー。でもゆーちゃんの感じ方のほうが普通なんだと思う。感覚的な問題としては、ダメだよね。そもそも犯罪だし、赤の他人でも殺していいわけないよ。多分許せないって思うのが普通だと思う」
そういえば遥とこういう風にまじめに話をするのは初めてかもしれない。
俺はまだ今の現実を現実として受け止めきれていないのかもしれない。今もなぜか人事のように今の現実を見ていて、今の遥の話も別の人間同士のやり取りを見ているかのように聞いている。
そんな俺を知る由もなく、遥は続ける。
「でも私にはよくわかんないんだ。その許せないってのが、本当に許せないってほどみんな怒ってるのかな?一度テロリストに捕まって殺される人の映像見たけどさ、その時は思ったんだよね。許せないって」
「じゃあその気持ちが、みんなが人殺しを見て許せないって思うのと同じ気持ちじゃないのか?」
「ううん。その後よく考えたら違ったの。私が許せないのは、人がこんなに簡単に死んでしまうって言う事実」
「こんな事言ったらゆーちゃんは引いちゃうかもしれないけどね、私はその殺された人も殺した人の事も全くわからないし、赤の他人だから、正直死んでも殺しても本当にどうでもいいと思ったの。でも動画を見たときすごいつらい気持ちになった。それがなぜかって考えたら、ああそういう事なんだって納得したの。私は結局自分とか自分の大切な人も簡単に死ぬって事実が怖くて許せないだけで、赤の他人の生き死ににはやっぱり興味ないんだって」
「そんなの絶対おかしい」
「そうかな。ゆーちゃんも本当は薄々感じているんじゃない?だって本当に大祐君の事が許せなくて、被害者を減らしたいって思ってるなら、もっと早くに行動しているはずだもん。別に何もゆーちゃんを縛ってなかったよね?」
「それは・・・」
井上にも言われたがその通りだ。
「ゆーちゃんは別に大祐君が人を殺す事に対しては本当はなんとも思ってないんだよ。対岸の火事ってやつ?誰が何人殺されようが、そこ自体には本質的には興味ないんだよ」
「違うそんな事はない」
「でもやっと気づいたんだよね。このままじゃ大祐君を失うって。大祐君が他の人を殺して、他の誰が死のうがどうなろうが構わないけど、大祐君と会えなくなるのはつらいって思ったんだ。だからやっと今になって動こうとしてる」
もはや否定する言葉も出なくなってきた。俺の行動を見れば確かに俺でも同じ事を指摘するだろう。実際そうなのかもしれない。一番目の動画を見たときに、俺がすべき行動はすぐに警察に通報する事だった。
「そうだ。そうだな・・・。俺は朱里がいなくなってから、大祐もいなくなって、人殺しの動画が届いた時、本当は犯人の男が大祐だって事、すぐに気づいてた。その時内心ほっとしたんだ。大祐はちゃんと生きてるって。そう思うだけで、殺されている人達を助けようだなんて考えたりしなかった」
「うんうん」
遥は子供をあやすように俺の頭をなでる。
「でもやっぱ大祐を止めなきゃって思ったんだけど、今俺は大祐とどう接すればいいのかとか、どうすればあいつを癒してやれるのかって事を考えてるだけで、答えの出ない自分を言い訳に、次々と殺されていく人達を見ながら、ただそれを傍観していたんだ」
「しょうがないよ。ゆーちゃんがもっと早く動こうが、どうしようが結局大祐君はやりきっただろうし、ゆーちゃんには止められなかったと思う」
「そうなのかな?俺はあいつと親友だと思っていたし、あいつもそう言ってくれていたが、それでもダメなのか?」
「恋人と親友じゃ重みが違うでしょ。まあ大祐君が朱里ちゃんの事をきっかけに、なんでこうする事に決めたのかはよくわかんないけど、きっかけが朱里ちゃんなのだとしたら、それは親友じゃどうにもならないと思う」
「あいつは恋人のためにそこまで全てを捨ててしまうような奴なのか?」
「それが普通なのかはわからないけど、恋人ってそういうものじゃない?私は少なくともゆーちゃんが死んだら、他の人なんてもう誰も関係ないよ。親友も親も。何も私を癒してくれないと思う」
そう言うと遥は遠くを見るように少し上のほうを見てから続けた。
「癒してくれるとしたら時間だろうけど・・・。まあ大祐君もそこまでわかってると思うけどね。いくらつらくても、何年か時間をおいてゆっくり立ち直ればよかったのにって私は思うけど。大祐君には時間がなかったのかな」
「朱里が死んだ悲しみは、俺には理解できないような事かもしれないけど、俺はあいつと遥と三人でもまた楽しくやれるのが、俺にとっての一番の望みだったよ」
「でもそれって大祐君から言わせれば、ゆーちゃんが朱里ちゃんの死を赤の他人の死って受け止めてるって思ってもしょうがないんじゃない?」
「そんな事はない。俺は朱里の事も大事に思ってたけど・・・。しょうがないじゃないか」
「ふふ。ごめんね意地悪言って。でもゆーちゃんが悪いわけじゃないし、別に私の言っている事も正しいってわけじゃないから。でもやっぱり、人が死ぬって言う事は、関わる人達それぞれによって色々感じ方が違うんだよ」
そう言うと遥は突然俺の唇に優しくキスをした。
「なっ・・・」
驚く俺をよそに遥は照れくさそうに話す。
「えへへ。どさくさにまぎれてしちゃった。私達こんなに長く一緒にいるのにまだキスもした事なかったなんて、大祐君が聞いたらびっくりしそう」
そう言って遥は微笑む。
「これからどうなっても誰もゆーちゃんを責めないから。ゆーちゃんはゆーちゃんにだけ出来る事をしてくればいいよ」
「うん・・・。まあまだ納得しきれない事もあるけど、なんとなく気持ちは落ち着いた。ありがとう」
「うん。がんばって」
そう言う遥に俺は自分からキスをした。
自分からは平気でしたくせに遥は驚き、真っ赤になって固まっていた。
「じゃあな。行って来る」
そのまま固まってる遥を後に部屋を出ようとした俺に、遥が後ろから言う。
「ゆーちゃんが死んだら、多分私目に見える人みんな殺すと思う」
「それはマジで死ねないな・・・」
そう言うと遥は満足そうに笑っていた。
そして俺は二十時ちょうどに井上の家に着いた。インターホンを鳴らすも、何も返事がない。両親が出払っているとしても、さすがに俺と約束した時間なんだから、いくら引きこもりと言えども井上は出るはずだ。
だが誰も出ない。痺れを切らしてドアに手をかけると、先にドアが開いて、そこには俺がずっと会いたかったし、会うのが怖かった人間がいた。
「よう。祐介。待ってたよ」
大祐はそう言って俺を井上の部屋まで案内した。
少し予想はしていたが、井上は既に殺されていた。
「こいつも・・・」
井上も例の書き込みを拡散したのか?とか聞こうとしたが上手く言葉が出てこない。まさかとは思っていたが、井上も殺されているとは思わなかった。俺は拡散してないが、もはや大祐はどこまでやるかわからない。俺も殺されるかもしれないと本気で恐怖を感じ始める。
「なあ祐介」
状況が飲み込めず、恐怖で呆然とする俺と、目が合うなり突然大祐は話し始める。
「なんだ?」
「俺ってすごい恵まれた環境で生きてきたと思うんだよ。そもそも頭がいいし、運動神経もいい。そんでもって何不自由ない家に産まれて、更に勉強もスポーツも日本で一番能力を伸ばしやすい環境の学校に小学生の時からいる」
大祐が唐突にわけのわからない話を始め、俺は更に混乱する。
「ああ、ごめん。そうだよな。こんな状況でいきなりこんな話をしてもわけがわからないよな」
大祐は昔からの、俺が知っている大祐の顔をして笑う。その笑顔を見てほっとした俺は、大祐の話を無視して井上の事を聞く。
「どうして井上を殺したんだ?少なくともこいつはお前の事を一番の友達だと思っていたぞ」
「おいおい。何をそんな事を言っているんだよ。俺がこいつを殺したって事は理由はシンプルだろ。こいつも俺の書き込みを拡散していたんだ」
「じゃあもしも俺が拡散していたとしたら、お前は俺も殺していたのか?」
「もちろん殺していたよ。まあお前がそんな事をするわけがない奴だって事くらいはよく理解しているけどな。あと井上に関して言えば、こいつは放っておいてももう長くは生きられなかったしな。遅かれ早かれって事だ」
「どういう事だ?なんで井上が死ぬんだ?」
「それはまあ、そのうちわかるよ。今話す事じゃない」
意味がわからずしかめ面をしている俺を見ながら、大祐は相変わらずの笑顔でうれしそうに俺と話す。
「それよりもさっきの俺の話に答えてくれよ。俺はずっと、お前と直接こんな話をしたかったんだ。祐介」
井上の事で頭がいっぱいになっていた俺は、一瞬何の事かわからず戸惑ったが、先ほどの大祐の話を思い出し、少し考えてから話す。
「お前が恵まれた環境で生きてきたって事か?ああ、恵まれてるよお前は。一つの悲しい出来事だけで人生を棒に振って、全てを台無しにするような真似は絶対にするべきじゃない。お前には俺と違って、あらゆる素晴らしい未来が待っていたはずだろうな。その悲しい出来事が大した事じゃないとは言えない。お前にとって一番大事な事だったかもしれない。でもダメなんだよ。お前みたいに恵まれて優秀な人間は、それでも立ち直って生きていくべき人間なんだよ」
「そうなんだよ。それなんだよ。俺がこの世で一番嫌気がさすのはその考え方なんだ。わかるさ、確かに俺は恵まれている。だから他の人間に比べてはるかに多くの選択肢を持っているし、俺はその中でも普通の人間じゃできないような社会的功績を残すべきなんだ。・・・まあ今やっている事もある意味社会的功績を残してはいるがな」
こんな人殺しを社会的功績と言ってしまうところに大祐の狂気を感じる。
「いい意味で、例えばノーベル賞とか取ってみたりするべきなんだろうな。でも違うんだよ。お前らはわかってない。恵まれている人間、才能のある人間の気持ちをお前らはわかってないんだ。その考え方なんだよ。恵まれている人間はその恩恵を授かるべき、才能のある人間はその才能を活かすべき、こういう考え方なんだよ。凡人は『お前らには選択肢がある。』なんて俺達に言うけど、ないんだよハナからそんなもん。その凡人達だって、俺達、恵まれた人間が何もしない選択をしたら、宝の持ち腐れやらなんやら言って馬鹿にするだろう。それは俺達自身もそうなんだよ。俺達自身が何もしない選択を受け入れられないんだよ。恵まれている人間、才能のある人間ってのは周りはもちろん、自分自身も、自分達が許せるレベルの結果を出す事を強いてしまうんだよ」
大祐は一度深く呼吸してさらに続ける。
「よく教師がさ、いい環境にいるのにも関わらず、勉強をしない中高生に向かって『やる気がないならやらなければいい。』なんて事言うだろ。そんな事わかってんだよそいつらは。教師が言わなくてもわかってる。でも恵まれてたり才能がある人間ってのは、やりたくなくてもやるしかない、やるべきだなんて事はわかってんだよ。でもやっぱりやりたくないし、別に将来にどうにかしたいなんてビジョンもないんだよ。そういうやつらってそんな葛藤の中でうだうだしちまってんだよ」
「今更俺にそんな話をしてどうするんだよ」
「まあただの愚痴だと思って聞いてくれよ。恵まれた環境下にいなくて、やる気がない奴に、周りの人間は『やる気がないならやらなければいい。』なんて残酷な事言わないだろ?そいつらはやる気があったってどうしようもないわけだから。だからそういう言葉を投げられる人間ってのは恵まれた環境にいるわけで、やっぱり周りも『お前はやるべき人間だって思ってる。』って考えるんだよ。だから俺達は人より優れていなくてはならない、ある程度の結果を出さなくてはならないって思うわけ」
大祐の真意を読み取れず、ただ黙って俺は話を聞く事しかできない。
「朱里はああ見えて結構努力してたんだ。周りの期待に応えようとか自分はやらなきゃいけないとか思ってな。あいつには能力があったし、みるみるうちに上達したから、実際最初は楽しかっただろうな。そしてあっという間にトップに立ったわけだ。そしたら周りの人間はそんなあいつに『才能にも環境にも恵まれているんだから当たり前。』って言ったんだ。確かに凡人からしたら俺達は羨ましい環境にいるだろうし、あいつらからしたら『自分達もあいつらと同じ環境ならもっとやれてる。』なんて考えたりしちゃうんだろう。人間ってのはどうしても妬んでしまうからな。そういう弱さもわかるよ。俺も馬鹿じゃないからな」
大祐は俺の目を見て続ける。
「でも言われた人間はどうすればいい?環境に恵まれているんだから努力すべきだって思われながら、自分は努力しなくてはって思って努力して、その先に待っているものは『できて当たり前。』って答えになるわけだ」
そう言うと大祐は少し黙った。俺の答えを待っているのだろうか。
少しの沈黙の後、俺が口火を切る。
「それは極論だろう。大衆がそう思ったとしても、少なくとも俺は素直にすごいと思ったし、朱里をはじめ、俺よりも優れているお前らを妬んだりもしない。俺は俺の出来る範囲の事をやるだけで、お前たちはお前たちの出来る事をやればいいと思ってる。それが俺よりもすごい事なら、俺は素直に賞賛するよ。それは俺だけじゃないし、そういう風に考えられる人間もたくさんいるはずだ」
「お前がそういうやつだって事はよくわかってるさ。でもいないんだよそんな奴はほとんど。いたとしてもわからない。そういう奴らはあえてそんな事を言わないからだ。誰もが耳にする言葉は、いつも愚鈍な大衆の言葉なんだよ」
「いいじゃないかそれで。そんな事はそれこそ、お前らだけじゃなくて、一般人だって抱えうる悩みだろう」
「ああ、わかってるよ。だから俺は間違った事をしているって自覚してる。こんな事は感覚的な問題なんだ。なんとなく気に食わないからみたいな感じの」
「間違った事をしていると自覚しているわりには、殺した奴らへの自信満々の説教は、自分を正しいと思っている人間が言うそれだったが?」
俺の言葉を聞いて、大祐は少し悲しそうな顔をした後に少し笑って言った。
「俺は物心着いてから一度も自分が正しいなんて思った事はない。ただあらゆる問題に自分なりに答えを出してきていただけだ。そして、あいつらが俺の答えを求めていたから俺は答えただけだよ」
『自分がクソみたいな目にあったからって、八つ当たりで他人が死ぬ事を望むようじゃ、やっぱお前も十分クソなんじゃないかな』
最後の動画で見た大祐の悲しい顔をふと思い出す。あれは大祐自身に向けた言葉でもあったのかもしれない。
「だからって・・・それだからってお前がやって来た事の理由は全然わかんねえよ。ここまでする必要がどこにあったんだ?そんな事朱里は望んでないし、頭のいいお前がこんな短絡的な殺人に走る理由なんてどこにあるんだよ」
「・・・」
しばらく考え込むように大祐は黙った。俺はそんな大祐に何も言わずにただ大祐の答えを待つ。
「朱里が」
しばらくすると大祐が話し出した。
「うん?」
「朱里がああいう奴らを平気で許してしまうんだよ。俺が大嫌いな、何の覚悟も責任も持たずに平気で他人を傷つけようとするクズを」
「だったら・・・やっぱりお前もこんな事するべきじゃなかったんじゃないか」
「わかってる。朱里はいつも言ってた。弱い人間なんだから仕方がないって、強い人間が受け入れてやるしかないって。でもそんな風に生きてきた朱里が真っ先に死んじまったんだ」
「・・・」
「そしたらもうわかんねえじゃねえか。そんな優しい人間が死んで、そう言う人が、どんな思いでクソみたいな奴らを受け入れて生きて来たのか、あいつらはそんな事考えもしない。強くて優しい人達に支えられてのうのうと生きている癖に、あいつらはそんな人達を尊いとも思わない」
「それは・・・」
「違うのか?」
そうかもしれない。そう思ってしまった。
中学時代にやってきたネットゲームによって、学校以外の人達と関わる機会が多々あり、当時はそう言う機会をいい経験だとして思っていたが、実際に大祐の言うような人間がたくさんいる事も知る事になった。
「さっきも言ったが、俺は自分のやってる事が正しいなんて思っちゃいない。こんなもんはただの八つ当たりだ」
黙りこんでしまった俺に大祐は続ける。
「それに、お前にこうやって俺のやってきている事を見せる事自体も俺には意味のある事だと思ってる。まあ後付けと言えば後付けの理由だけどな」
「何を言っているんだ?そんなもの俺に見せてどうなるんだ」
「いや、まだいい。忘れてくれ」
大祐の性格的に、俺が追求しても答えないであろう事がわかっているから、俺は何も言わなかった。
しばらくの沈黙の後、俺は沈黙に耐え切れずによくわからない事を口走った。
「お前それで何人目なんだ・・・?」
俺は、物言わぬ、井上だった物体をさしてそう聞いた。
「これで百人目だ」
大祐は急にこちらを向いて言った。
「そうだ。後二人なんだ。この二人はどうしてもお前に直接見てもらわないといけない」
「着いてきてくれ」
「そんなの受け入れるわけないだろ。今すぐ自首してくれよ。もう昔みたいには戻れないけどさ、せめてこれで終わりにしてくれよ」
「祐介。わかってるだろ。もう昔には戻れないんだ俺達は。ましてや俺なんかもう大量殺人鬼の化物だ。そんな俺には未来なんて残ってない。だから最後なんだ。最後のお願いを聞いてくれ。これで本当に終わりなんだ。そして俺にとってもお前にとってもとても大切な事が待っている」
「それに・・・どっちにしても俺はもう」
「なんだ?」
「いや、なんでもない」
「さっきから意味わかんねえよ・・・」
俺はどうにもできない状況とどうにもできない自分の無力さに震えながら。これが最後と言う言葉を希望に、ただ大祐に着いて行く事しかできなかった。
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