第3話 秋雨

 もう夏も終わると言うのに外は蒸し暑く、ずっと雨が降っている。家に帰ってポストを見ると、差出人不明の封筒が届いていた。封筒を開けると中にはUSBフラッシュメモリーが入っている。


 何か嫌な予感を覚えるも、部屋につくなりパソコンにそれをさして見る。


 USBの中にはいくつかの動画が入っていて、タイトルは日付になっているようだ。俺はとりあえず一番最初の日付の動画を開く。動画にはどこかで見覚えのある青年と、女子高生と思われる少女が映っていた。 


 「お兄さんみたいなかっこいい人でもこういう事するんだね」


 どこかのホテルと思われる場所で、少女はベッドに座りながらそう言った。


 「それを言ったら君みたいなかわいい子でもこういうことするんだなって、俺は驚いているよ」


 その青年の乾いた笑い声はどこかで聞いた事があるのだが、動画の音質が悪く、はっきりとはわからない。誰かの声だとも言えるし、誰の声だとも言えるような、そんな風に聞こえた。


 「そう?お金欲しいし、うちの友達は結構やってる子多いけどな~。減るもんじゃないしね。数時間程度我慢したら普通のバイトの何日分のお金もらえるんだもん。普通やるっしょ」


 少女はかわいいと言われたことがまんざらでもなさそうで、少しうれしそうに答える。


 「減るもんじゃないし・・・か。もしも、君が将来的に大きな夢を持って、例えば芸能人になりたいとかってなった時、少なくとも今の行為が障害になるとは思うけど、そういうリスクとかを考えても本当に減るものじゃないと思う?」


 「あはは。何それ説教?大丈夫。お兄さんはうちの事子供だと思ってるだろうけど、これでも現実的な考えしてるから。芸能人になりたいとかそんな大それた夢なんか見ないって。今は適当にお金作って遊んで楽しんで、二十半ばくらいまでは好きなように遊んで、そこらでできた好きな人と適当に結婚して適当に子供できれば、うちの人生はそんなもんで満足だから」


 「へぇ・・・。随分と人生を達観して見てるんだね」


 「タッカン?何それ?うち難しい言葉はわかんないや。ねえ、それよりもやらないの?お兄さんイケメンだし、うちも嫌じゃないからサービスするよ。とりあえずお風呂入る?」


 少女はそう言うと服を脱ぎ始めた。


 「いや、もうちょっと俺の話に付き合ってもらえないかな。そうだね。君のその人生プランにしても、例えば将来結婚したいと思った人が君の今の行為を知ったとしたらどうなるかな?下手したら結婚できなくなるんじゃないかな?」


 「えー。なにお兄さん。うちにこういう事やめさせたいの?そんな説教されたってやめないし時間の無駄だよ。そんなの大人たちから嫌ってほど聞かされてるしわかってるってば。それにうち、そういう過去の事詮索するような奴の事好きになったりしないし。うちと同じで今を一緒に楽しめる人がいいかな。てか男だって少なからず色んな女とやりまくってんじゃん。お兄さんだってうちとしにきてるわけだし、説得力ないよ。お兄さんも将来そういう女が出来た時、今の事ばれたらまずいんじゃん?」


 少女は論破してやったと言わんばかりに得意気な顔をした。


 「まあ確かにそうだね。でも女に比べて、男は女の過去とかをやたら気にしてしまうんだよ。もちろん女もするだろうけど、男ってのはそれよりももっと気にする。だから処女が好きな男って一定数はいるだろ?まあ一言で言えば、男は女に比べて過去に囚われやすいって事かな」


 「あーなるほどね。男って過ぎた事でウジウジ言うやつ多いもんね。うちらからしたら今が楽しけりゃなんでもいいって感じだけど、うちはだから今楽しむためにお金がいるわけ、だから手っ取り早くお金が稼げる援交をする。将来困ってもその時また考えればいいじゃん。将来なんて結局どうなるかわかんないし、大事なのは今でしょ」


 「そうだね。確かにそれも間違ってないな。ところで君が言った人生プラン、二十半ばくらいで適当に結婚して適当に子供作るってやつ、実はすごい贅沢な未来だとは思わない?」


 「え、そうかな?みんなそんな感じだし普通じゃん?別に玉の輿乗りたいとかイケメンと結婚したいとかそんな事言ってないし、誰でもそれくらいは叶えられるっしょ」


 「君が言うみんなが誰かは知らないけど、そういう人たちはきっと、それなりに苦労とか我慢とかを抱えて生きてきてそうなれたんじゃないかな」


 「うーん。さすがにしつこいよお兄さん。もういいよ。うちだってもしかしたら明日死ぬかもしれないんだし、将来とかどうでもいいよ。とりあえずどうするのよ。やるの?やらないの?」


 少女の発言を聞いて、青年は本当に驚いたような顔をした。


 「お、そういう想定もあるんだね」


 「はぁ?」


 青年の真意がわからない少女は露骨にいらだった態度をとる。


 「このSNSの書き込みを知ってるかな?」


 青年はスマートフォンと思われるものを取り出すと、少女に画面を向けて見せる。


 「あぁ。見た見た。面白そうだから拡散しちゃったけど、どうせこんなのネタでしょ。やるわけないって」


 「これ、書き込んだの俺なんだ」


 その青年の不気味で威圧的な声を聞くと、少女は何かを察したのか、顔を一気にひきつらせ、あわてて脱ぎかけていた服を拾い上げ、体を隠す。


 「え、ちょっと待ってどういう事?何が言いたいのかわかんないんだけど」


 「はは。それだけあわててるって事は大体察したんでしょ。君は頭は悪そうだけどそう言う勘だけはいいみたいだね」


 青年は立ち上がり、腕を広げて少女に近づく。


 「冗談でしょ?なんでうちなの?」


 「さっき自分で言ったじゃん。拡散したって」


 「いや、何をするのよ。近寄らないで」


 青年は逃げようとする少女に少しずつ近づいていく。


 「何をするって、今から君を殺すんだよ」


 青年は至って当然の事を言っているかのように言う。


 「は?あんた頭おかしいでしょ。何言ってるの?なんでそれでうちが殺されなきゃならないのよ。うちじゃなくてもいいじゃない」


 「はは。まあ頭はおかしいかもな。でも俺がそう決めたから、決めた以上はするよ」


 少女は壁を背にして、青年に追い込まれる。


 「全然意味わかんない。やだ、来ないで。許してよ。ねえ、なんでもするから。あ、生でしてもいいよ。なんなら中で出してもいいし、お兄さんの好きな事なんでもしていいよ。だから許して」


 少女は泣きながら命乞いをする。


 「どう殺されたい?君みたいな人間の血をあびるのは嫌だから、できれば絞殺がいいんだけど、君のそのサービスに応えて、今俺が出来うる限りの、君の好きなやり方で殺してあげるよ」


 そう言いと青年は少女の腕をつかみ、すばやく少女を縛り付けて拘束した。


 「ちょっと、やめてよ。ねえ。馬鹿じゃないの?何言ってるのよ。こんな事してただで済むわけないでしょ。頭おかしいんじゃないの?」


 「特別に注文がないなら、このまま絞殺かなぁ」


 青年は少女を無視して続ける。


 「やだ、ねえやめてよ。私まだ十六だよ?やりたい事いっぱいあるし、欲しいものもいっぱいある。お母さんもお父さんも悲しむよ。ねえ。今やめてくれたら誰にも何も言わないから、許してよ」


 「はは、こんな事しててもお母さんとお父さんの心配もちゃんとするんだね。でも君言ったじゃん。明日死ぬかもしれないって。まあ今日なんだけどさ」


 「だからってなんであんたに殺されなきゃいけないのよ」


 「君の拡散で一人は確実に多く死ぬ事になったわけだけど、君にとってそれは別によかったんだろ?赤の他人が死のうが。いやむしろ死んで欲しかったのかな?赤の他人が死ぬ事を望んで拡散したんだろ?」


 「ちが、あんなの本気にする奴なんかいるわけないじゃん。普通あんなの本当にするなんて思わないからみんな面白半分で拡散してるだけだよ。なんでみんなやってるのにうちだけ殺されなきゃいけないのよ。おかしいじゃない」


 「安心して。君だけじゃないよちゃんとみんな同じように殺すから。それに、君が拡散した俺の書き込みを、更に拡散した真里ちゃんだったかな?昨日から連絡取れないんじゃない?」


 「は?え、あんたまさか真里の事もう殺したの?」


 「いや、まだやってない。実は俺の家に監禁しているんだけど、そうだな、こうしよう。殺すのは君か真里ちゃんかのどっちかだけにしよう。しかもなんと、その選択権を君にあげよう」


 「・・・。何よそれ。うちに友達売れって言うの?」


 「いや、今時の女子高生の友情ってのを知りたいな」


 青年は楽しそうにそう言った。


 「馬鹿にしないでよ。うちは頭はよくないかもしれないけど、友達を裏切ったりはしない。いいわよ。真里が助かるなら代わりにうちが死ぬわ。ほら、殺しなさいよ」


 少女はそう言うと目を閉じて首を青年に差し出した。


 「あはは、もしかしてここでそう言う答えをしたら、俺が君を見直して君を助けるとか、そんな都合のいいドラマみたいな展開でも期待して言ったのかな?それとも君は本心でそう言ってるのかな?だとしたらなんていい子なんだ。ただ絞殺するのじゃもったいないね。もっと楽しいやり方をしよう」


 そう言うと青年は少女を三角座りの状態で手足をぐるぐるにしばりあげた。


 「え、どうするの?やるなら早くしてよ、何するつもりよ」


 少女を無視し、青年は少女を抱きかかえてそのまま風呂場に向かった。風呂場の映像は見えないが、遠くからバシャーンと言う大きな水の音の後、少女の叫び声が聞こえる。


 「はぁ!はっ!や、やば、やだ!!たすけ、だずげばばば!!ば、まり!ごろじでだばば、ごろじでまり!!ばだしだしぼだすけで!ごぼぼ」


 「んー?よくわかんないけど、真理ちゃんの代わりに死ねて喜んでるのかな?」


 「ち、ちがっ!だすげっ!で!だすげ!」


 恐らく少女はあの姿のまま風呂の中に沈められているのだろう。そこから必死に口を出して助けを懇願している様子が音声だけではっきりわかる。


 「なんだよやっぱ真理ちゃんより自分を助けて欲しかったんだね。薄っぺらいな~。女子高生の友情」


 「やば!じにだぐっぐるぢ!だずげ、ぼぼぼ」


 「そんな大声出したら余計苦しくなるぞ」


 青年の乾いた笑い声が聞こえる。


 「ごべださい、ごべんださい!ゆるじで!だずげばば、ごぼぼ・・・。ごばっ!ごぼ・・・ごぼぼぼぼぼぼ・・・・」


 しばらくすると少女の声は聞こえなくなり、静かになった。そして小さく青年の声が遠くから聞こえた。


 「馬鹿だな。友達ももう死んでるよ」

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