第4話 柳
「ゆーちゃん危ないよ!」
連日の寝不足からぼーっとしていた俺は、遥の声ではっと気が付く。
「一緒にいたのが遥じゃなきゃ死んでたぞ」
大祐が笑いながら言う。
俺は結局、小学校の五年生が終わった後の春休み、暇だったのもあって、大祐たちに誘われて井上がやっているネットゲームを一緒にやる事になった。それからは俺がどっぷりとハマってしまい、始めてからかれこれ三年になる。
「全く、相変わらず祐介殿は遥ちゃんがいないとてんでダメでござるなぁ~」
ボイスチャットで一緒に会話している井上の声がスピーカーから聞こえる。
「なんだよそのしゃべり方。気持ちわりい」
大祐が笑いながらそう言う。
「やっぱ拙者みたいなクソオタクの引きこもりは形から入らないとダメかなって最近思った次第でござる」
「それ笑うからやめろって」
相変わらず大祐と井上は仲がいい。井上と大祐は今やっているゲームの中じゃダントツのトッププレイヤーだ。学校にも行かずにやり続けていた井上はともかく、大祐は単純にゲーム自体のうまさで他のプレイヤーを圧倒している。しかしそれよりもすごいのは、その二人と同等くらいのレベルでプレイをしている遥だ。遥は俺と一緒に始めたのにも関わらず、すぐに大祐と井上に追いついた。一応俺も一緒にやれてはいるのだが、遥が常に一緒にプレイしてくれているおかげだろう。
「ゲームでもお前らには歯がたたないのか・・・」
ずっと思っていても言わずにいた言葉がポロっと出てしまった。
「まあ実際、なんで拙者と大祐殿と遥ちゃんのパーティーに普通の一般人が混じってるんだって他のトッププレイヤーは不思議に思ってるレベルでござるね。このゲームの事が書き込まれている匿名掲示板でも、祐介殿は拙者達に寄生しているとか言われている始末でござる」
「おい」
大祐が明らかに怒りを込めて井上を威圧する。
「い、いや拙者はただの事実を言っただけの事でござるよ」
「どうでもいいだろうが。ゴミの意見なんて」
「いやそうだけど・・・」
井上は、大祐に圧倒されたのか、普通の口調に戻る。
「ちょっと!ゆーちゃんと一緒にやらないなら私もやらないからね」
不穏な空気を遥が打ち消す。
「いいんだよ。祐介には祐介のいいところあるし、お前のできる事をやりゃいい」
いつも通りの口調で大祐は言う。
大祐が俺のために井上に怒っていた事に、内心少しうれしかったが、結局井上の言っている事が事実である事を自覚している以上、大祐と遥のフォローが逆につらくもあった。
「俺にできる事ってなんだよ」
自分の中の感情をうまく整理できずに、女々しい自分を気持ち悪いと思いつつ、俺はついめんどくさい返事をしてしまう。
「んー。例えば俺も遥と同じように、お前と遊びたいし、お前と一緒にゲームやりたいって思ってる事とか」
「答えになってなくね?」
「いや、だからそういう魅力はあるよ。お前には。多分。俺もよくわかんねーけど」
「大祐君ってフォロー下手だね」
遥が笑いながら言う。
「いや、遥、お前祐介と一緒に遊びたいんだろ。なんでそんな余計なツッコミすんだよ」
「大丈夫だよ。ゆーちゃん別にこんな事でやめたりしないし。多分明日になったらいつもどおりやってるよ。たまに落ち込んじゃう時あるんだよね?」
「うるせーよ」
そうやって誰よりも俺の事を理解しているみたいな言い方をされると恥ずかしくなる。
「まあ、悪かったよ」
井上が気まずそうに言う。
「ところで今週の日曜日のイベントはみんな参加できるの?」
バツが悪いのか、井上が急に話を変えた。イベントとはネットゲーム内の運営主催のイベントだ。レアなアイテムが手に入ったりする。
「あれ、もうござる口調やめたの?」
大祐が、自分が原因だとわかっていながらも、とぼけて聞く。
「まあ、ああいうのはテンションあがってないとできないからな」
井上も強がる。
「で、みんな行けるの?」
「あーわりい、俺日曜日朱里とデートなんだわ」
朱里とは大祐と付き合っている俺達のクラスメイトだ。勉強の成績はあまりよくない代わりに、いやそれでももちろん俺よりは上位にいるのだが、とにかく身体能力がずば抜けていて、陸上競技をやっているらしい。なんでも国内の女子中学生どころか男女含めて高校生も誰も相手にならないとか。
そんな奴なんだが、突然大祐に告白してきたらしい。実際はもっと二人のやりとりがいっぱいあったのだろうが、大祐はあまり深く話したがらないのでそこはよくわからない。
「いいねぇ、おあついですねぇ~。デュフフフ」
「おい、なんか今度は遥が気持ち悪いキャラになってんぞ」
「ゆーちゃん~。私達もデート行こうよ~」
「いや俺らはそういうのじゃないだろ」
「え!?どういうのなの?」
俺もよくわからん。
「まあそういうわけで、俺は今回はパス。ごめんな」
「朱里ちゃんも一緒にゲームすればいいのに」
「あいつは陸上忙しいし、そもそもゲームとかあんま好きじゃないんだってさ」
「まあそれじゃしょうがないな。俺と遥と井上だけでもいけるだろ」
「なんか祐介殿にそう言われるのは釈然としないでござるなぁ~」
「お、井上。テンション上がってきたの?」
「唐突な祐介殿の強気発言にあてられたでござる」
「はぁ?また落ち込んできた」
特にもう落ち込んでもいないが、井上と大祐の茶番に乗っかってみる。
「おい井上・・・」
「か、勘弁して欲しいでござる・・・」
井上がそう言うと俺たちは四人でゲラゲラ笑った。
それからも四人で下らない話を少ししながらゲームをし、夜遅くなるとみんなそれぞれ寝ると言ってボイスチャットが切れた。
俺ももう寝ようかと椅子から立った瞬間、遥からの個人通話がかかってきた。
「ゆーちゃんもう寝る?」
「うん、まあ寝るところだったけどどした?」
「なんか今日は随分大祐君に甘えてたなぁと思って」
遥はふてくされているかのように言う。
「なんだよ。やっぱ気持ち悪かったかな俺」
「全然。ゆーちゃんのそう言うところもかわいいけど、ちょっと嫉妬しちゃった」
「なんで大祐に嫉妬するんだよ」
俺はさすがに遥が冗談を言っていると思って軽く笑った。
だが遥は俺とは違って随分とまじめな雰囲気で再び話し始めた。
「さっきゆーちゃんが言ってた、私とゆーちゃんがそういう関係じゃないってどういう事?私は私とゆーちゃんは付き合ってるって思ってた」
「えぇ。マジか。いや、なんかもう小さい頃から一緒にいすぎて幼馴染って枠を離れてないって言うか、そういう風に考えた事なかった」
「じゃあ実際私と恋人同士になるのは嫌じゃないの?」
「嫌じゃないけど、うーんなんか今の関係が変わるのが嫌って言うか・・・。今が俺すげー楽しいからさ、なんかそうじゃなくなるのも嫌なんだよね」
「あーなるほど。それならいいや。納得」
びっくりするくらい遥はあっさり納得した。本心を言うと、幼馴染ってだけで俺に好意を持ってくれる遥に比べて、自分があまりにも劣っている事がなんとなく許せないからだ。今の立場でもちょっと恥ずかしいが、やはり中学生男子として、恋人となった時に、男が彼女に尻拭いをしてもらってるってのはなかなか許せないのだ。と言う俺にも変な男のプライドがあるらしい。
まあ何はともあれ、遥があっさり納得してくれてほっとした。
「でも私諦めないからね。ゆーちゃんがよくなったらいつでも言ってね。その間に他に女作っちゃだめだからね!」
「わかったわかった」
そんな事したら相手の女を殺しそうな勢いだ。
「それにしても、井上は相変わらず俺へのあたりがきついな~。やっぱりどうしても苦手だ」
「あー。井上君私の事好きだからじゃない?」
遥は平然とそう言ってのけた。
「ネトゲやりだしてからちょいちょい個人チャットで話しかけられてから思ったけど、多分ゆーちゃんに嫉妬してるんだよ。ま、でも井上君もそこまで馬鹿じゃないし、ゆーちゃんと同じように今の関係楽しいみたいだからそれでどうこうするってわけじゃないと思うけどね」
「まあだからちょいちょいゆーちゃんにはきつく言っちゃうんじゃない?」
「お前よくそんな事平然と言ってのけるな。そういうの女の子ってやっぱ複雑な問題になるんじゃないのか?」
「何もならないよ。私はゆーちゃんの事好きで、それは絶対変わらないから、何も複雑になりようがないよ」
相変わらずのブレなさだ。
「お前はすごいな」
「私にこんなに愛されてるゆーちゃんのほうがすごいよ。もっと自信持ちなよ」
「はいはい。それはどうも」
たまたま幼馴染だっただけなんだよなぁって思いつつも、そう言えばまた怒るだろうから俺は適当に返事した。
「じゃあね。ゆーちゃん。おやすみ」
「うい。また明日」
「また明日ね」
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