サイレン
サイレンが鳴っている。遠くで。すぐそこで。そして、ここでも。
「感染体、確保しましたっ」
「隔離だ隔離ッ!」
機動隊だか自衛隊だかよく分からないけれど、そんな物々しい人達が公園を取り囲んでいる。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
そう、私の肩を抱くのは女性の自衛隊員で。優しげな言葉とは裏腹に、怖いくらいに真っ直ぐな目が私の全身をなめ回すように観察している。
返事ができないでいる私に、「一応、一緒に来てもらっても良いですか?」と返事を待たずに肩を押してくる。
抵抗もできず、それに従いながら目線だけ動かす。
ごついピンクのボウガンを、今はぷらんと地面に向けながら、菜々子さんは自衛隊員となにかを話している。さっきまでのくねくねしたしゃべり方が嘘みたいに、なんだかシャキッとしているけれど、腰に巻いたエプロンだけが浮いててちょっと笑える。
また視線を動かすと、そこでは防護服を着た自衛隊員が何人か集まって、君を縛っていた。
「あのぉ、こんなきつく縛られなくても、僕そこまで力強くはないんですけど……」
ロープの痛みなんか目じゃないくらい、真っ黒のボロボロになった君。どう見ても瀕死かそれ以上の重体なのに、相変わらずへらへらと自衛隊員たちに話しかけている。
縛られたまま、装甲車へと運ばれていく君と、ふと目が合った。だけど、それだけで。私はそのまま、別の車に押し込められた。
※※※
君は撃たれた。菜々子さんに、呆気なく撃たれた。
寸前、君に押し退けられた私は、地面に倒れながら君の身体が爆発と炎で、黒く焦げながら倒れていくのを見た。
「うわーっびっくりしたッ」
そしてあっさりと、そう言って起き上がる君を、どう思ったら良いか分からなかった。
「やっぱり、これくらいじゃダメねぇ」
菜々子さんが、溜め息をつきながら首を振る。一人、話についていけない私は、ただバカみたいに「え?」と疑問符を発するしかなかった。
「えっ……と」
「これでいい加減、分かったでしょ? カノジョさん。アナタの彼氏、もう人間じゃないの」
詰まらなさそうに、菜々子さんが言い放つ。
「えっと……実はね、芽里ちゃん」
おずおずと話しかけてきたのは、黒こげの君だった。正直、ちょっとグロいし嫌な臭いがする。私は一歩だけ後ずさって「なに」と聞いた。
「そのぉ……えっと、ほら」
そう言って、自分の手首を私に触らせてくる。
「ね?」
「ね……って、だからなにが」
「だから……ほら。俺、脈がないでしょ?」
「そりゃそうでしょ。心臓吹き飛んでるんだから」
そう、胸に空いた穴を見て言いながら、なんだか気がおかしくなりそうだった。君は呑気に「あ、そっか」と笑う。
「えーと、だからね、その。俺、ほんとはもう死んでるんだ」
「……でも、生きてるじゃない」
話してるし動いている。だけど君は、「うーん」と首を傾げた。
「ほんとは、死んでるんだよ。少なくとも、この体はね。だから、俺はなんて言うか……」
「ゾンビ、みたいなモノなワケ」
「カノジョさん、ニブイなぁ」と、菜々子さんがめんどくさそうに言う。
「もともとね、アタシと彼の職場は細菌の研究をしてたんだけど、そこで扱ってた菌が、未知の突然変異を起こしちゃってね。それに、何人かのメンバーが感染しちゃったの」
「感染……」
「――それが、二年前」
付け足された声に、私は君を見た。こんなときなのに、君はやっぱりへらへらと笑っている。
「まぁ、未知の細菌ってことで、軟禁状態みたいな感じだったんだけどさ。他人への感染力は限りなく低いってことで、決められた範囲内なら比較的自由に外出もできたんだ」
黒こげの君が、ぺらぺらとしゃべっているのを、どこか遠くから聞こえてくる話し声のように感じる。私には関係ない、雑音のような。
「でも、一年半くらいが過ぎた頃、感染者のうちの一人が亡くなってさ……分かったんだ。この細菌は、宿主の身体をゆっくりと乗っ取って活動停止させたあと、その身体を操りながら周囲への感染力を急激に強めて、増殖していくんだって」
「俺も、もう限界が来てたんだ」――その言葉だけは、ぽつりと溢したような呟きで。
「だから本当は、感染リスクが高まって、監禁される前にさ。芽里ちゃんに、ちゃんとお別れしたかったんだ」
「お別れ……って」
状況が飲み込みきれない。
だって、ゾンビだとか、感染だとか、お別れ、だとか。
ワケが分からなさすぎて、思考停止に陥ってしまう。
サイレンが聞こえる。近づいてくる。
「だから、ね。芽里ちゃん。今まで、ありがとう。それとね――」
「感染体発見! これより確保にあたるッ」
けたたましいサイレンと唐突な怒号。ボロボロな君が、いきなり現れた男達数人に吹き飛ばされるようにして地面に押し倒される。
私はそれを、黙って見ていた。
ほんの数分前まで静かだった公園は、耳を塞ぎたくなるほどの喧騒でいっぱいになり、君の言葉は私の耳に届かなかった。
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