同意の上の関係

 そのとき。ビュッ、と。何かがすごい勢いで、耳の横を通り過ぎていった。一瞬遅れて、滑り台のすぐ横で白い火花が散り、爆音が鳴り響く。


「え……え?」


 突然のことに、体が固まって、動けなくなる。君は私の後ろに視線を向けたまま「うわ……」っと呟いた。


「そんなイヤそうな声、出さないでよぉ」


 甘ったるい響きの声がする。振り向くと、女の子が一人立っていた。手にはピンク色に塗られたボウガンのようなものを持っていて、腰に巻いた黒いエプロンには『ラーメン豚坊っちゃん』と白字で印刷されている。


「さっきの……」

「菜々子ちゃん」


 やはり、先ほどのラーメン屋の店員だ。私は「ちょっと」と小声で君を咎めた。


「なんか、物騒な物持ってるけど。君、なんか怒らせたんじゃないの? セクハラしたとか」

「え? いや、そんな」


 わたわたと両手を振る君に、店員が「そうだよねえ」と笑う。


「ハラスメントはなかったかなぁ。同意の上ではあったけれどぉ」


 その、しなを作りながらの言葉に、私は「は?」と固まった。


「ちょ……菜々子ちゃんっ!?」

「やだー焦っちゃって。そんなに、カノジョにアタシのこと、知られたくないんだぁ?」


 鼻にかかった声で笑うなり、店員は「はぁい」と私に手を振ってきた。


「安心して? アタシ、ただの元カノだからぁ」

「元……カノ」


 ちらっと見ると、君はひきつった顔で頷いて見せた。なるほど。元カノ。へー。


「元カノさんに会うために、わざわざあのラーメン屋さんにしたわけ。ふーん」

「いやその。芽里ちゃん、ちがくて」


 妙に苛々して、私は「それで」と今度は元カノだという菜々子さんに向き直った。ボウガンに装填されているモノは、矢にしては先っぽに小さな機械的な物体がついている。あれが、さっき爆発したんだろうか。


「その物騒なのなに? てゆーか、もしかしてそれで、この人のこと撃ったわけ?」


 不機嫌さを隠さずつんけんと言うと、菜々子さんは「あらあら」と笑った。


「そんな怒んないで。アタシは、世のため人のために行動してるだけなんだからぁ」

「はぁ?」


 頓珍漢な言葉に、思わずおかしな声が出る。


「そんな凶器持ち歩いて、なにが世のため人のためなの? どう考えても銃等法違反とか、そういうやつでしょ。よく分かんないけど」

「どっちかと言うと、危険物所持じゃない? よく分からないけどぉ」


 そう、くすくすと笑う菜々子さん。馬鹿にされている。腹が立ち、私はびしっと指をさしてやった――一人ぼけっと、その様子を眺めていた君を。急に指された君は、びくっとして背筋を伸ばした。


「そもそも! 他人のお腹に穴開けてるんだけら、これはもう殺人罪とかそういうのでしょっ」

「でも、動いて喋ってるじゃない」


 けろっと、菜々子さんが言う。


「フツウ人間って、お腹に穴なんて空いちゃったら、動けないし喋れないよねぇ」


 ニコニコしながら、菜々子さんはボウガンを構えた――私の後ろで、ぼけっと話を聞いている君に向けて。


「それじゃあアナタの後ろにいるソレ、もう人間じゃないんじゃない?」

「え?」


 「ひっ」という小さな悲鳴が聞こえる。ボウガンの矢が放たれ――またどこかで、サイレンが鳴り響いているのが聞こえた。

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